第二百十六話 『波に乗れない奴から溺れていくんだぜ』
丸テーブルに対して、椅子が二つ。一つは既にベイが座っている。残りの席は、対面する形ではなく少しだけ近づく位置にあった。何故なのだろうと疑問を浮かべながら席に着いたところで、それを解消するように一人の生徒が加わった。
「カードを配るのも、シャッフルするのも、コイツに任せる」
――なるほど、ディーラーか。
両者が極力カードに触れない、というのは公平を期すのに重要な部分だ。どちらかかがゲームの進行の主導権を握ると、それはイカサマを仕込むチャンスになってしまう。……ちょうど、さっきのアリエスとハロの勝負の時の様に。
とはいえ、仕込みが行われない、という確証はないのだけれど。なぜならば、彼はベイの側の生徒なのだから。親玉を勝たせるために、周りの全員が敵だと思って挑まないと。
「……この場所において、イカサマは絶対に
視線か、他の何かを感じ取ったか。それとも普段から疑われ慣れているのか。頭の中を見透かしたようなことを言われた。
「よろしくお願いします」
ディーラーとして加わった生徒が、落ち着いた声で挨拶をする。
偏見かもしれないけど、大人しそうで。とてもじゃないが、ベイの下に付いているタイプの人じゃないように見えた。ただただ、自分の役割をこなすために、この場にいるような――
「…………」
……さて、プレイヤーが二人に、ディーラーが一人。
ちょうど丸テーブルを三等分にしたように、それぞれの位置についている。ディーラーの目の前には、五枚のカードを置くスペースが用意されていた。
ディーラーは無言で全てのカードを広げると、欠けているカードや重複しているカードが無いかを確認させてくる。……そういえば、こっちの世界のトランプをマトモに眺めるのは初めてだった。
J・Q・K、そしてJOKERは無い。一から十まで数字のみだ。
そして、それぞれに四つの絵柄。
妖精を表す開かれた羽根、丸は機石を表しているらしい。
定理魔法は杖で、魂使魔法師は魂だ。
十の数字に四のマーク、合計四十枚のカード。
それの確認が終わったら、次はそのカードを纏めて束にし、入念にシャッフルが行われる。一通りカードを混ぜ終わると、こちらとベイにそれぞれ一枚のカードを伏せた状態で配った。
「順番を決めます。カードを」
表にするように促され、カードに書かれた数字を比べた。……自分の方が高く、親であることを示すためのチップが自分の側へと置かれる。
「ルールは説明しなくても分かるな?」
……ポーカーだな。
自分の知っているものとは微妙に違うようだけど。
賭博場では様々なゲームが行われていた。ただ、道具を使った遊びなど、どんな世界だろうと大して変わりはないようで。六面ダイスを使った丁半もそうだったし、スロットだけって絵柄は違えど、三つ揃えばいいという基本的な部分は同じ。
ただ、唯一の不安点はカードぐらいだった。
他の生徒たちが遊んでいる様子を見ている限りでは、やはり基本的な部分は同じ。ただ、手札は“五枚”ではなく“二枚”。共通の場に最大五枚まで一枚ずつ足されていき、場と手札の合計七枚の中から“五枚を抜き出して”できた役の強さを競うもの。
ペアが一つのワンペア、二つのツーペア。
同じ数字が三枚のスリーカード、四枚のフォーカード。
五枚の数字が順番に並ぶストレート。五枚の絵柄が同じフラッシュ。
[4、4、5、5、5]といった、二枚と三枚で作られるフルハウス。
“五枚を抜き出す”ので、ペアが三つでスリーペア、というのは無い。
……これさえ分かっていれば、問題ないか。基本的な部分は、こっちの世界でも共通している。ルールの説明は必要ない。……というか、この状態で一からの説明を希望するほど、空気が読めないわけじゃない。
「…………」
静かに首を縦に振る。
「……先輩だぜ、オレぁ。返事ぐらいしたらどうだ」
「……問題ないですよ。やりましょう」
問題ない。あくまで、ルールについての部分は。
ただ、大きな問題がまだ残っていて。それは――殆どゲームで遊んだものばかりで、実際に勝負をしたことが無いということだ。駆け引きだとか、確率論だとか、そんなのに関してはズブの素人もいいところ。
けれど、そんなことは向こうには関係の無いことで。
「お前がこの勝負に勝てたら、
「なっ――」
「テメェらも三年だ。残り一年ぐらいどうってこたぁねぇだろう?」
そうは言っても、自分の都合でアリエスの娯楽が制限されてしまうのは……。
……こいつは、下手に負けられない勝負になってしまった。
「それでは、始めたいと思いますが――準備はよろしいですか?」
ディーラーから渡されたのは、二十枚のチップ。これを取り合って勝負しろ、ということである。丁半の時よりも少し多めなのは――ゲーム中に賭け金を上げることができるからだろう。
「
ゲームの開始にベイが二枚のチップを出し、自分もそれに
参加者が“降り続けた”場合、ゲームは永久に続いてしまうので、それを防止するためなのだとか。今のような一対一ならまだしも、複数人でやればそれだけで纏まった枚数になるので、ゲームに進んで参加させる狙いもあるのだろう。
「さぁ、勝負の始まりだぜ。あまり時間をかけてくれるなよ」
順番決めで出されたカードを回収し、それぞれに新たに二枚のカードが配られる。それが自分の手札だった。
……プレイヤー選べる選択肢は、自分で
……五と七。絵柄はバラバラ。パッとしない手札。
二枚だけじゃあ、判断のしようがない。
「……コール」
現状維持ということだけれども、場の賭け金に合わせるため、
《チェック》。
「――それでは、共通カードを開きます」
全員が同じだけの賭け金を出したのを確認したところで、ディーラーが場に三枚のカードを出す。まずはこの段階で役が出来ていればいいのだけれど――
……九、一、三とかすりもしない。
絵柄は一つだけ同じだけれども、殆ど飾りのようなもの。
「……チェック」
四枚目、五枚目でペアができるかもしれない。そんな希望を胸に、現状維持を選ぶ。勝てるかどうか分からない勝負にチップを賭けるほど無謀じゃないし。
「チェックだ」
ベイ先輩の手も大して変わらないのか。同様にチェックを選んだ。
勝てる手札じゃなかったのだろうか。それとも、わざと自分にチップ出させようとしている……? 確かに、ここで掛け金を上げられていたら、
様々な可能性が頭の中をぐるぐると回っている。運の要素もあるけれど、心理戦の面の方がポーカーは大きい。下手に釣られないようにしないと。
慎重に、下手に振り込まず、勝てる手を待っていればいい。
手さぐりに近い状態で、勝負は始まったのだけれど――
――ゲーム開始から十五分。
「――か、勝てねぇ……!」
まだ危機的状況には陥っていない。けれども、ゲームを重ねる度に差がずるずると開いていく。間違った戦法を取っているわけではないのに。無理な攻め方をしているわけでもない。それでも――なぜか勝てない。
……いや、勝っていないわけではないのだ。けれど――
「
「……
こちらが値を上げると、すぐさま降りてしまうのだ。結果的にはプラスとなっているけれど、それでもそれ以前に稼いだベイ先輩のチップには足りない。
気が付けば、チップは十五枚を切っていた。向こうは二十枚を超したチップを、一枚一枚、つまらなそうな表情で積んでいる。
「三年生で、この場所に連れてこられたってこたぁよ……ちったぁ
「入れ知恵……? そんなものっ!」
……そう、ベイ先輩はなにか警戒していたみたいだけれども――実のところ全くの無策。このポーカーについてだって、前世の知識をフル動員してなんとか騙し騙し続けているだけで。
「あるわけないだろ――!」
そうであろうとも、やるしかない。そう鼓舞して配られたカードを
杖の八。妖精の九。
二つ並んでいる、というだけで、これが役になるわけじゃない。
でも――
「……チェック」
まだ。まだ勝負は分からない。せめて、三枚が開かれるまでは……。
続くベイ先輩の『チェック』の声で、共通の場に出された三枚がオープンされる。ここで勝負をするかどうかが殆ど決まる。
妖精の七、機石の五、魂の二。
……ワンペア。けれど、ストレートも見えている。
「――――」
ようやく待ちに待ったチャンスがきた。勝負に出たい。けれども、ここで賭け金を釣り上げても、降りられてしまっては元も子もない。『チェック』で流し、先輩も同様に見送った。
「それでは、四枚目――開きます』
機石の六――!
手札からは杖の八。妖精の九。
場には妖精の七。機石の五。魂の二。機石の六。
五から九までのストレートが完成した……!
勝率としてはどうなのか。ストレートとしては、これより上はない。絵柄はバラバラなのでフラッシュもあり得ない。勝てるか……? いや、勝てるだろ……!
俺から『レイズ』をしたところで先輩はすぐに降りてしまう。別に五枚目まで待ったっていい。ぐっとこらえて、『チェック』と流す。そうしたところで――
なんとベイ先輩の方から『――レイズ』と二枚のチップが足された。
――――っ!
もちろん、ここで降りるつもりはない!
「コール……!」
自分も合わせて
杖の五。もちろん、完成されたこちらの手には絡まない。
「……レイズだ」
こちらの役の完成を知る由もないベイ先輩のレイズ。追加で足されたのは、四枚のチップ。これで場には十枚以上のチップが置かれていた。
……このタイミングしかない。稼げるだけ稼ぐしかないだろ。これだけ待ったんだ、“波”は来ているはず。手持ちのチップを全てつぎ込んで、勝負に出てやる……!
そうだ、アリエスだってやっていただろう。
劣勢になってからの逆転劇を――!
「更にレイ――……」
『チップが無くなるまでは、終わりじゃない』
…………っ。チップを握る手が止まった。
一瞬だけ、アリエスの顔が脳裏に浮かんだのだ。
「……どうした? 勝負に出るんじゃねぇのか?」
……いいのか?
ごくりと、
いいのか……? このまま勝負に出ても……。
ざわざわとした嫌な感覚が、背中を撫でている。
手札の二枚と場に出ている五枚で、作れた役はストレート。向こうがスリーカードまでだったらこちらの勝ち。場に出ているカードの感じからすれば、向こうもストレートの可能性はある。でも俺の手より上のストレートは無い。
フルハウス……? フォーカード……?
最初の手が良くなければできないし、それなら四枚目まで様子見していたことの説明がつかない。
負ける可能性だってある。けれど、ほんの僅かだ。……ここで勝負をかけないと。
そう頭で考えてはいても、これ以上は手が伸びない。
流れで言えば、勝負をしかけるべきなのに――
「……降り……る。フォールドだ……」
「いいのか? 勝てる気がしたんだろう? だから今、チップを握ったんだよな? ここでチップを取り返すんじゃないのか、なぁ、テイル・ブロンクス」
……考えれば考えるほど分からなくなってくる。けど――今出した答えを引くのは間違いだ。賭けには強くないし、勝負運に恵まれてもいない。だが、確かに直感が告げていた。それを信じる。
「降りる! 持っていけよ!」
十枚近くのチップ――とはいえ半分以上はベイ先輩が出したものだ。ここで負けたとしてもまだゲームは続く。今の俺には……流れを読むだなんて難しいことは無理だ。
「そうかい。……じゃあ、こいつは頂いていくぜ」
不思議そうに眼を細めたのも一瞬。持っていた札を伏せて、場に出ていたチップを全て持っていった。ベイ先輩の方はどんな役ができていたのか、勝負に出なかった自分は知る由もない。後悔と安堵が同時に湧いてくる。
手元のチップはこれでもかと減ってしまった。それに対してベイ先輩の傍には山積みのチップが。俺の判断の積み重ねがこの結果だ。
――切り替えろ。
チップが無くなるまで、勝負は続くんだ。
「ふ……ふぅ……ぅ……」
落ち着こうとして吐いた息も震えてくる。
目の前の男からの
「教えてやろうか、テイル・ブロンクス」
勝てない。……このままじゃあ勝てない。
「この場所じゃあ――波に乗れない奴から溺れていくんだぜ」
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