第二百十三話 『よろしくしなくてもいいぜ』

 場の熱気に呑まれないよう、恐る恐ると歩を進める。どうやら、この賭博場の一角一角で、好きなようにゲームが行われているようで。一対一のものもあれば、数人を相手に行うものと様々だった。


 ちらりちらりと盗み見てみただけだが、現金と現金のやり取りは見られない。どちらかというと、物品を賞品として置いている形。勝てば割安で手に入り、負ければとことん金を注ぎ込むシステムらしい。


「目的の機石があるかって話だったけど……」


 勝負をしている人は様々、もちろん賭けられている物も様々だった。本当にそれがいるのかと疑いたくなるような布切れだったり、遊び道具だったり。かと思いきや、見ただけで震えそうなほど豪華な剣だったり。


 確かに……金を幾ら積んでも欲しいと思う奴もいるだろう、という品があるにはある。そもそも、どっからそれを仕入れてきたんだ。甚だ謎が謎を呼ぶ場所だ。


「連れて来たのはいいけど、賭け事なんて全然分からないぞ」


 そりゃあ、昔はゲームで少し触れたことはあっても、実際にやるのでは全然勝手が違うだろう。そもそも、ルールも分かってない状態で適当にやっていたし。


「いいのいいの。後ろで見てるだけでいいって言ったでしょ? 味方がいる方が、私が波を感じやすいってだけだから」

「波……?」


「あー、うん……調子が良くなるって言えばいいのかな?」

「『かな?』って……聞いてるのは俺なんだけど」


 賭け事なんて、所詮は運頼みのイチバチかだろうに。調子がいいっていうのは、その運を引き寄せやすくなるってことだろうか。


 そこまで来ると完全にオカルトの域だった。


「そうだなぁ……それじゃあ、少し待っててよ」


 そう言ってアリエスが向かったのは、大人数が扇状にずらっと並んで座っている一帯。中心にいる生徒が持っているのは、サイコロ二つと植物で編んで作られた小さなザルだった。


「さぁ、張った張った!」


 ガヤガヤと騒がしい中で、笊を持った生徒の横にいたもう一人の、威勢の良い声が通る。進行役の中盆と、サイコロを振る役である壺振りは別。中盆なかぼんの声に合わせて、ツボ振りがサイコロ二つの入った笊を数度振った。


「丁か、半か!」


 ……丁半か。サイコロの出目の合計が奇数か偶数かを当てるだけの、極々シンプルなゲーム。どちらに賭けても、勝つか負けるかは半々の50%。きっとどんな世界だって、サイコロがあれば同じようなものに落ち着くんだろう。


「…………」


 十数人の生徒が『丁だ』『半だ』と賽の目の結果を予想して、持っていた銀貨を賭けていく。アリエスはまずは様子見なのか、動かずに観察に徹していた。


 予想の結果が出尽くしたところで、中盆が『勝負!』と高らかに声を上げる。全員が祈るように見つめるなかで、笊が上げられ――


 ⚁ ⚄


 そこにあったのは、二と五の目。合計は七、奇数だ。


 周りにいた半数の生徒からは歓声が上がり、もう半数からは悲鳴が上がる。勝ったほうの生徒には、場に出された額に合わせた量のチップが分配されていた。よくみりゃ、最初から賭けるときにチップを出していた生徒もいたな。


 どうやら物のやり取りは無いため、他で使えるチップを、ということらしい。


 賭けていた生徒の表情からみても、もはや天国と地獄。二つ振ったサイコロの出目を、奇数か偶数か当てるだけ。それだけのことで、これほど熱狂的になれるのだから不思議なもんだ。


 ――そうして、アリエスが動いたのは、座り込んでから二回目の勝負。


 先ほどと同じような流れで、賽が振られ、結果にそれぞれ賭けていく。


「うーん……半!」


 すこし悩み込むように頭を下げ、紫の髪を垂らして。

 アリエスは少し唸ってから『半』と予想した。


「…………」


 自分も頭の中で予想してみる。何も深く考えず――丁の結果が浮かんだ。

 さっきが二、五の半だったからだろうか。同じ結果は二度続かない?


 とはいえ、今回が二、五が出ないからといって、他の奇数が出ないという道理もない。なんだったら、また同じ賽の目が出る可能性だってある。


 …………むむむ。考えてたら拉致があかないな。


 亜人の利用が禁止されてるってことだし、音から出目を判別するやつもいるんだろうか。……自分もできるか? いや、やめとこう。下手なトラブルのもとだ。


 そうこう考えている間に、再びの『勝負!』の声。


 ⚀ ⚁


 笊が開かれ、一、二の目。三で奇数で、結果は半。

 アリエスの勝ちで、俺の負けだ。その差はなんだろう?


『丁!』『半!』


 そのあとも、少し悩んでからアリエスは結果を予想し、銀貨数枚から倍々とチップを増やして。戻ってくるころには、片手に山積みになる程の量が集まっていた。


「どう? ちょっと頑張ればこんなものよ!」


 ふんすと鼻を鳴らして、自慢げに胸を張っていた。後ろで答えを予想していた自分は、負けて勝っての五分五分だったのに。これがアリエスの言う流れってやつなんだろうか。


「まぁ、今回は少し早めに来たかなーって感じだったんだけど」

「……来たって、波がか?」


 アリエスは相変わらず、よくわからないことを言っていて。確かに、ほぼ全ての結果を当てた以上は、何かしらを感じ取っていたと認めざるを得ないんだけども……。その正体というのが、全くつかめないのが少しもどかしかった。


「チップを調達してきたのはいいんだけどさ。目的の機石が無ければ意味がないんじゃないか? あれから少しは周りを見てたけど、それらしいのは見当たらなかったぞ?」


「無ければ無いで、また来た時に交換すればいいじゃん。……まぁ、できれば今後いつ入ってくるか分かれば楽なんだけど――あ、丁度いいところに!」

「…………?」


 自分の背後にいた誰かに気づいたようで、アリエスが部屋の中心から少し離れていた男子生徒に声をかける。


「ハロじゃない。最近の調子はどーお?」

「去年お前に掻っ攫われたせいで散々さ。最近はここに近づくこともなかったのにどうしたんだよ。自慢の愛機でもぶっ壊れたか? ヒヒッ」


 なんというか……不気味な雰囲気の生徒だった。前髪は垂れていて目元が見えず、細く長い手足を投げ出して、ただ何をするでもなくここに座っていた。……え、亜人デミグランデ……じゃないよな……?


「この怪しい笑い方が特徴的な子はね、ハロ・ハロっていって――」

機石魔法科マシーナリーの二年さ。よろしくしなくてもいいぜ、別に」


 そう言って、再び『ヒヒッ』と怪しい笑い声を上げる。

 な、なんだコイツ……。率直に言って、あまり関わり合いになりたくない。


「……とにかく、ここの常連の一人で、上がって来る商品についてもいろいろと詳しかったりするの。ねぇハロ、聞きたいことがあるんだけど」


「おいおいおいおい、ちょっと待てよ。まさか、俺がタダで教えてやると思ってるわけじゃないよな? 少なからず、お前には恨みがあるんだぜ?」


 そう言って出したのは、ザルとサイコロ二つ。

 ……まさか――


「情報だって賭けの対象だ。勝ったら一つだけ、なんでも答えてやるよ。ただし負けたら――そうだな、お前の持っているそのチップ、全部頂くぜ」

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