第二百十二話 『軽く遊んでくだけだって』

「丁か、半か!」


 ガヤガヤと騒がしい中で、進行役である中盆の威勢の良い声が通る。それに合わせて、十数人の生徒が『丁だ』『半だ』と賽の目の結果を予想していた。


「うーん……丁!」


 目の前に座り、紫の髪を垂らし。アリエスは少し唸ってから『丁』と予想した。


「…………」


 自分は手も口も出さず、見ているだけ。

 ……どうしてこんな場所に来てしまったのだろうか。


 それは――数十分前のことだった。






 ヒューゴとハナさんが、妖精魔法のレッスンということでヴァレリア先輩と地下工房にいる間、いつものように部屋でだらけていたときの話。山のように積み上げた本を脇に寄せ、顔を出してきたアリエスが力説してきたのだ。


「まずはクロエちゃんゴゥレムを小さくするにあたって、必要なものがあります!」

「必要なもの?」


 ぶっちゃけて言うと――クロエの工房へ行き、あのデカいゴゥレムを見た時点で『こりゃ無理だ』と感じていたらしい。それなら引き下がっとこうぜ。いや、それだと結局八方塞がりなんだけども。


「あの大きさをクロエちゃんの大きさまで小さくしようと思ったら、それだけ高性能な機石が欲しいの。基本的には大きさによって性能は比例するんだけど……中にはね、これぐらいの大きさで、二回り以上の大きさと同じぐらい魔法式を組み込めるものがあるとか」


 アリエスがこれぐらい、と示したのはビー玉大ぐらいのもの。これがソフトボール並の大きさに匹敵する性能を持つものがあるらしい。『このサイズで、こんなに大容量!』って……妙に聴き馴染みがあるんだよな。


「……とにかく、その機石が必要だとして――どうするんだ? アリエスが作るわけにはいかないんだろ?」

「そりゃあ、私が作れるほど凄腕だったら話は早かったんだけどね……。かといって、買うにしてもそう簡単には出回るようなものでもないし」


「……作れない、買えないときたら、どうしようもなくないか」


 わりと早い段階で問題点が浮き彫りになり、また別の方法を探したほうが良いんじゃあ……と提案すると、これまた企みがあるように『ふっふっふ』と笑みを浮かべるアリエス。


 こいつまた、何か良からぬことを考えてるな……。


「この学園にはあるのよ、普通なら手に入らないようなものが集まる場所が!」


『もちろん、付いてきてくれるよね!?』と突然に手を引かれ、【知識の樹】を飛び出して。今まで通ったことのないような学園の通路を進んでいく。幾つもの分かれ道を進んだ先、迷うことなくどんどんと奥へと連れていかれて。


 そうして辿り着いたのは――大きな燭台を両側に備えた一枚の扉だった。


「どこだよ、ここ……」


 人目につかないよう、学園の奥底にある怪しい部屋

 いや、薄々は予想がついてるけど……。


賭博倶楽部とばくくらぶよ!」


 やっぱり……と苦笑いをしつつも、内心驚いてもいた。まさか本当にあるものだとは。一年の頃からアリエスの話には出ていたけれども、どこでそんなことをやっているのかなんて一度も明かされなかったから。


「ここに例のブツが?」

「必ずあるとは限らないけど、見てみるだけ損はないでしょ。とりあえず今日のところは、テイルは後ろで眺めてるだけでいいから」


 もしかしたら、アリエスが裏で凄いツテを持っていて、それを隠すためにそんな嘘を言っている。とか、そんなことをヒューゴと話したこともあったけれど。


「ん……?」


 扉そばに立て看板があった。てっきり部屋の名前を書いてるものだと思って覗き込むと――これまた別の意味で眉をひそめる文字。


『妖精・亜人デミグランデは利用禁止』


「……なぁ」

「あぁ、それは――なんというか、差別とかじゃなくてね。ほら、目とか耳とかが特別よかったりするとさ、勝負の公平さが損なわれたりするじゃない? 妖精もそう。どういえばいいかな……感じ取っちゃうじゃない? いろいろと」


 アリエスが言うには、イカサマ防止のための取り決めらしい。中で行われてるのがどういうタイプの賭博かは知らないが、やっぱりそういう部分でイカサマができるのか。


「……つまり、俺は入っちゃいけないんじゃないか?」

「いいのいいの。テイルは普段から耳も尻尾も収めてるじゃない」


 いいのかなぁ。


 本気の状態ではないにしても、普通の人に比べればそういった感覚は優れたまま。自分にはそういう意思がないのだとしても、流石に目を閉じてやるわけにもいかないだろう。


 そう言うと、アリエスは『個人差ってことで収められるでしょ』と頬を掻きながら答えた。それでいいのかよ。


「叩き出されることになっても知らないぞ……」

「外から見ても、亜人だとは分からないんだから。でも――魔法はどんな小さなものでも使っちゃ駄目だからね。絶対にバレるから」


 常連で勝手知ったる場所だからと、楽観的なアリエスと一緒に扉をくぐると――


 ワッと溢れる音の波と熱気。


 中の広さはうちの【知識の樹】ぐらいだろうか。その中に二十余名の生徒たちが賭博に興じていた。見た限りでは、スロット台があり、サイコロを使ってのものと、カードの何か。ポーカー……に良く似た何かだろう。


「――二人か。ここのルールは分かってるんだろうな」

「やだなぁ、そんなに睨まなくても軽く遊んでくだけだって」


「…………」


 目つきの悪い、ガタイのいい男子生徒がこちらをジロジロとめつけてくる。頭頂部にちょくちょく視線が行っているのを見るに、俺たちが亜人でないことを確認しているんだろう。


 ……何年生なんだろう。俺より二歳は年上に見えるけど。


「……よし。入場前にアレを出してもらおうか」


 アレ? 金か? 入場料なんて聞いてないぞ?


「ほら、テイル。手を出して」

「……?」


 アリエスの言う通りに受け付けの男子生徒へ手を差し出した。なにやら切符切りのような道具を指に押し付けられた次の瞬間――


「――痛っ!?」


 チクリとした痛みが走る。

 慌てて手を引っ込めて、目を丸くしてると、アリエスが耳打ちしてくる。


「入るのに少しだけ血を提供しないといけないの」

「そういうことは、入る前に教えてくれよっ!」


 少量だけども血を採られるだなんて。吸血鬼が運営でもしてるのかよ。

 なんだか……一年生の頃に引きずり込まれたクロエの工房を思い出していた。


  …………。


「なんで入るときに血が必要なんだよ」

「さぁ……なんでだろう。でも、今の賭博場を仕切ってる生徒が、新しく決めたルールだってのは聞いたことがあるけど」


『吸血鬼じゃあないと思うんだけどね……』と首を傾げるアリエス。ちらりと視線を賭博場の奥の方へと向けて。そいつが例の仕切ってる生徒なのかと、目を凝らすと――見えた。


 奥の一段高いところに、あぐらをかいて座っていた。

 目立つぐらいに背が高い。ヴァレリア先輩と同じかそれ以上だった。


「ベイ・ディケイズ先輩。私が一年の頃にはもうここにいた、‟研究生”ね」


 隠そうともしていない指の間の水かきや、鋭く並んだ牙。

 ここからでもはっきりと見える、エラと思わしき器官。


「鮫の……亜人デミグランデ……」


 まさしく賭博場の取締役に相応しい、凶悪な目つきがこちらを見た気がした。

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