第二百十一話 『絶対に認めさせてみせるんだから!』

「えええええ! なんでぇ!?」


 余程びっくりしたのか、アリエスが素っ頓狂な声を上げた。広い工房の中で、声はぐわんぐわんと反響して。本来ならば自分が『いきなり大声を上げるな』と注意するべきなんだろうが、自分もアリエスほどではないにしろ、それなりの驚きが胸中にあった。


「……いくらアリエスの提案だといってもね。私の“作品”である以上、他の人の手が入るのはできるだけ避けたいの」


 自分たちに対して、クロエはとても落ち着き払っていて。普段はキツイとさえ感じる目線は少し抑えめで。きっぱりとした口調とは裏腹に、どこかしらに罪悪感でもあるのか、こちらと目を合わせようとしない。


 ……"作品”。


 わざわざそう言ったことには、ちゃんと意味があるのだろう。確かに、二年近くという長い年月――これだけのものを作るには、並大抵の努力でできるものじゃあない。ましてや、一から作り上げているところを見ているんだ。冷静に考えてみればその思い、分からないわけでもない。でも――


「でも……このままじゃ大変なんでしょ?」


 大事なゴゥレムを小さくする、という部分で詰まっているのは事実で。更には、それに力添えできるのが、現状アリエスぐらいしかいない。これらの点を見れば、『それじゃあ……』となるのが流れだと思うじゃないか。


「時間はなんとかあるのだし、いつかなんとかしてみせるわ」


 クロエはクロエで、前に冷や汗ダラダラで話していた時と同じことを言っていた。


 ……本当に時間で解決できるようなものなんだろうか。別にクロエの"作品”を壊そうとしているわけじゃないし、あくまで善意による協力なんだ、ということは伝えてある。


 どうにかして、クロエの力になりたい。その思いは純粋そのものなのだけれど――クロエにとっては、それすらも今は遠慮しておく、といった様子で。


 旗色が悪いどころの話じゃないなぁ、と眺めていたところで、そろそろ終わりが近づいていた。アリエスがクロエの足に縋りつくなどという無様を晒していたのが決め手だったか。


「そんなに時間はかからないよ? ちょこっと取り付けるだけ……」


 なんか、怪しい業者みたいな物言いだな。

 取り付け工事の押し売りみたいな。


「いらないわ」


 ぴしゃりとはねっ返すクロエ。


「それに……聞いておきたいんだけれど。アリエスが協力してくれた場合、どれぐらいの大きさまで小さくできるの?」


「それは……腰に巻けるぐらい……かな?


 船舶につかうような太い綱程度、腰に三、四周ほど巻いて身につけるぐらい。アリエスが提示したサイズは、もともとの大きさから考えればかなりの縮小具合だったのだけれど――


「それじゃあ、動きにくくて仕方ないわ。もっと、こう……手首に巻けるぐらいにしたいのよ。ここもあまり妥協はしたくないから、『時間をかけて、なんとかする』って話をしているのよ」


 単純に、力不足。アリエスの申し出を断るための方便だったとしても、どちらにせよ持って移動できるぐらいじゃないと話にならない。クロエの言うサイズにするには、どうにも今のアリエスじゃ無理なようで。


「私も頑張って勉強するから、ね?」

「申し訳ないけど、やる気の問題じゃないのよ。失敗したらやり直しがきかないし、きかせたくもないの。あなたも、職人マイスターの端くれなら理解できるでしょう?」


「う、うう゛……」


 流石にこうまで言われてしまっては、諦めずグイグイと食いついていくかと思われたアリエスも、折れざるを得なかった。意気揚々と向かって一転、門前払いに近い形で申し出を断られてしまい――手のなくなったアリエスがグズり始める。


「私が……私がなんの取柄もない、賭博狂いの駄目っ子機石弄りオタクだから……。だからクロエちゃんは私のことを信用してくれないんだ……!」


 ……正直、クロエのゴゥレムに対しての情熱を舐めていた部分はある。これまでの量産型とは違う、唯一無二のカスタムメイド。失敗は許されないし、あらゆる部分で慎重に進めている。ココさんならともかく、まだ学生であるアリエスには荷が重い依頼だった。


「確かな信用を得るには、実績あるのみってことだよな……」


 少なくとも――クロエのゴゥレムサイズのものを、指定された大きさまで小さくできる、という実力を示さないと。『挑戦したことはないけど、できると思います』じゃあ、簡単には通用しない世界なのは確かだった。


「う……うわぁぁぁん!!」

「アリエスっ……!?」


 嘘泣き……だよな?

 泣き声をあげながら走って出ていってしまったけど……。


「なんだったの……。嵐のようなだわ、まったく」


 散々騒いで作業を中断させて、クロエには迷惑をかけてしまった。けれど、それも――アリエスや自分なりに、力になりたいと思ってのことで。多少は強引めに進めようとしたことは、少しは悪いと思ってるけど。


「どうせコイツを小さくすること以外にも、手伝えることはあるんだろ? 今回の件を含め、たまには様子を見に来るからさ。だから――」


「……わかってるわ。別に出禁にしたりなんかしないわよ。私だって、心配してくれているのは分かってるし。来たいときに来ればいいわ、勝手に手は出させないけどね」


 ……今はまだ、距離感が掴めないでいるけど――頑張れば、もう少し互いに寄り添えるような。これもまた、時間が解決してくれるものなのだろうか。






 先に飛び出していったアリエスはどこへ行ったのだろう。広い学園の中を闇雲に探すわけにもいかず(むしろ探さないといけない義務もないが)。一度【知識の樹】に戻って休憩でもしてからでいいか、なんて考えていたのだけれど――


「――もう! 絶対に認めさせてみせるんだから!」


 話が早いというべきか、拍子抜けというべきか。山積みの本に埋もれるようにして、何やら熱心に調べ物をしているアリエスの姿があった。


 部屋には、ヒューゴとハナさんも戻ってきていて。ヴァレリア先輩の姿はないけれど……いつもの"開かずの扉”の中だろうか。


「山ほど本を抱えて戻ってきてよ、急にどうしたんだ……?」

「アリエスさん、頑張ってるみたいですし。お茶を入れてきますね」


『うふふ』と微笑みながらお茶をれに向かったハナさん。『勉強なんてもってのほか、ましてや読書なんて』という性格のヒューゴは、アリエスのそれを奇行と言わんばかりに首を傾げていた。


「実はな……」


 ……かくかくしかじか。


「マジか! いいじゃねぇか、見せつけてやろうぜ!」


 実力を認めさせるために、猛勉強中(たぶん)だと話すと――なぜだか勝手に盛り上がっていた。なんというか、こういうことで全力を出す、みたいシチュエーションが好みらしい。


「うおおおおおお! 頑張れぇぇぇぇぇっ!!」


 かといって、上手く気を回せる方でもなく。器用な応援の仕方も分からないために、とにかくテンション爆上げで鼓舞するヒューゴだったのだけれど――


「気が散るから静かにしててっ!」

「あだぁっ!?」


 ……本を呼んでる後ろでされては、当然邪魔にしかならないわけで。アリエスの投げた工具が、見事にヒューゴに命中し――見事に火花を散らしていたのだった。

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