第二百三話 『そういう運命が決まっていた』

 ココさんの操る、三体のゴゥレム。


 話には何度も聞いていた。トト先輩からも、他の魂使魔法師コンダクター』からも。ただ、実際に見たことは一度もなくて。奥の手なのだから、本当にピンチの時にだけしか使わないのか――だなんて考えてもいたけど……。


 そもそも復活した時から、アルメシアとククルィズしか持っていなかったのだ。


 ――最後の一体は、ずっとここにいた。

 ココさんの魂の欠片と、きっと仙草を守るために。


「……よく、今まで護り続けてくれたわね。――ありがとう」


 スロヴニクの項垂れた頭に触れ、ココさんが魔力を流す。覆い被さるようにしていたスロヴニクの目に、淡く光が灯った。ゆっくりと起き上がり、すっかり錆が出てボロボロの身体を、砂埃を落としながら一歩さがる。


 ――大きいな……。


 トト先輩のアルヴァロを見ても思ったことだけれど、人が一人で操るにしてはスケールが大きすぎだ。これを自由自在に操るのに、どれだけの修練を積んできたのだろう。


 そうして、念願の対面。全員が息を呑む。

 万病を治す力を持つと言われている仙草が――


「か……枯れてる……?」


 一番に目にしたココさんの声が震えていた。


「なんだって!?」


 慌てて全員が近づいていく。自分も目にした。そこにあったのは……一冊の手帳と色彩を失いしな垂れた仙草の姿。手帳の方は、ココさんの魂の欠片が収まっている道具だろう。……つまりは、間違えようがない。


 枯れ果てた仙草の姿が、そこにあるだけだった。


「う、嘘でしょ……? もともとさ、こんな感じだったとか……!」


 悲痛な声を上げるアリエス。ココさんは言葉を失って、ふるふると首を振った。流石のココさんでも……これにはショックを受けていた。全員の顔から血の気が引いていくのが分かる。


「ヴィネは枯れることはないって……! ヴィネ……!」


 ――ハナさんが必死に呼びかけるも、“ヌシ”を足止めするために魔力を消費して引っ込んでしまった精霊は応えてくれない。


 ここまで来たってのに、肝心の仙草が枯れているだなんて。これしか手は残されていなかったのに……。ココさんの病を治すためには、仙草の存在が希望だったのに……!


「そんな…………!」


 身体から力が抜けてしまったように、膝から地面に崩れ落ちるココさん。四つん這いになった形であっても、涙を流すことはせず。嗚咽おえつすらも漏らさないのは、自分の中で何かを押しとどめているのだろうか。


 ――絶望。それ以外に、表す言葉のない状態だった。


 誰も動くことができない。絶望に打ちひしがれているココさんに、何か言うこともできなかった。この場にいる全員が、同じ感情に染まっているのだから。


「――手帳? これが、アンタの最後の魂の欠片……」


 けれど唯一、トトさんだけが感情を顕わにしないままに、枯れた仙草へと近づいていて。その興味は、その横に置かれていた一冊の手帳に注がれていた。


 革の表紙でじられたそれを、ゆっくりと手に取って埃を払う。


「あっ……」


 それはココさんの私物なんじゃあ……。


 いくら親族だからとはいえ、個人的なことが書かれているかもしれない物を、本人の許可なく勝手に覗くのは如何なのだろうか。――と思いはしたが、先輩に注意できるような立場でも、状況でもなく。そして本人は、それすらも目に入らないぐらいに打ちひしがれている。


「――――」


 ついにその表紙を開き、怪訝な顔をしながらパラパラと中を覗き始めてしまった。……天才ゴゥレム使いと謳われたココさんの手帳。もしかしたら、日記として使っていたのかもしれない。どちらにせよ、その強さの秘密が記されているのだとしたら、トト先輩にとっても興味があるのは確実だろう。


 全体を通してみれば、十秒もかからなかったのかもしれない。


 初めの三分の一を過ぎ、半分を過ぎ――ほんの少しだけ手を止めて、視線を端から端まで走らせたあとに再開。時々、訝しげに目を細めている様子から、ざっとは中身を読んでいることだけは分かった。そして後ろの方――残り十ページもないところで、完全にめくる手が止まった。


「――――っ」


 いったいそこに、そのページに何が書かれていたのだろう。


 ギリギリと奥歯を噛みしめる音が、ここまで聞こえてきて。トト先輩の表情が、見る見るうちに怒りのものへと染まっていく。


「ちくしょうっ!!」

「先輩っ――!?」


 次の瞬間には、手にしていた手帳を地面に叩きつけて。自分が慌てて拾いに行ったときには――カツカツとココさんの傍へと近づき、その胸ぐらを掴んで無理やりに引き起こしていた。


「起きろ、ババアっ!! なに諦めたような顔してんだ!!」


 息がかかる程に顔を近づけて、地下空洞に響いた叱咤しったの声。罵声とは違うそれと、ガクガクと身体を揺する力強い両腕。


「どうして自分一人でなんとかできると思ってたんだ、馬鹿かよっ! なにが天才だ、ふざけやがって……! 誰にも話さず、家族を残して勝手に一人で野垂れ死んで! その結果がこれかっ!?」


 ――噛みつかんばかりの勢いだった。


 確かに、長い期間をかけ、幾多の困難を乗り越え、そしてここまでやってきて。その結末が、こんなことになってしまい、途方に暮れるしかない。それに対して、怒りが沸き上がってきたのも分かる。けど――ここまでココさんに直接の怒りをぶつけるほどなのだろうか。


 ココさんの瞳に、薄っすらと涙が滲む。

 自身の無力さを噛みしめて――声が、震えていた。


「……上手くいく筈だったんだけどね。ごめんね、失敗しちゃって。……私だけの力では、ララを助けることができなかった。あの時に無理をしてでも持ち帰っていれば、貴女のことだって……ごめんね――」


「謝るなっ!! 謝るなよっ! 自分の為にやって、勝手に死ぬなら好きにすればいい! 、それで謝られてなんになる!? ここまでやったんだろうが! 死ぬに死にきれないから、こうして足掻いてきたんだろうが! 諦めんなっ! 死ぬなら最後までやって、!!」


「……ど、どういうこと?」


 先輩たちのため……?


 手帳に書かれた内容を知っているのは、実際に書いた側であるココさんと、たったいま中に目を通したトト先輩の二人だけ。数年後には命が危ういココさんの病を治すため、ということで仙草を回収しに島にやってきた。そこで先輩たちのため、となる理由とは……?


「コイツの病は……母の命を奪ったものと同じ。そして……それは将来的に私の身体を蝕む可能性が高い。つまりは、なのよ。ヴェルデ家の娘は、長くは生きられない。初めから……そういう運命が決まっていた」


 先輩はその事実を、手帳を読んで知ったらしい。

 途中で手を止めたそのページに、病についての全てが記されていたと。


 ココさんだけじゃなく、トト先輩――それに続くであろう子孫にも、必ず降り注ぐであろう病の脅威。未来永劫に続いていく悲劇。それをなんとかするために、ココさんは旅を続けていたのだ。


「やっと……治療法を見つけたと思ったのに……。全てが良くなると、思っていたのに……!」

「ここが駄目だったぐらいで、何もかもが終わったわけじゃねぇだろ! まだ何年か残ってる! それだけあれば、世界を三周しても釣りがくる!」


「――いいや。まだ残っているぞ」


 突然に現れて、『手は残っている』と発言したのはヴィネだった。ハナさんの呼びかけに応えず出てこなかったのは、やはり消耗が回復しきっていないからだろう。身体の色彩が、どこかせているように見えた。


、だがな。まさか仙草が枯れているとは……誤算だった。済まない」

「済んでしまったことを責める暇は無いわ。……どういうこと?」


 謝罪をしたヴィネに対して、怒りをぶつけるわけでもなく。静かに続きを促したのはトト先輩だった。――その両の手はもう、ココさんからは離れていた。


「……枯れたからといって、その生命力が完全に潰えたわけではない、ということだ。これだけでも持ち帰れば、病を完治することはできなくとも、浸食を抑えることぐらいならできるだろう」


「本当ですか……!?」

「ただの薬草ならば、そうはいかない。……仙草だからこその可能性だ」


 延命治療としての効果なら十分にあるだろう、とヴィネは言う。

 自然を司る妖精の言葉――それならば、可能性は高い。


「とはいえ、この状態……病の度合いにもよるが、もって十年程度だと考えた方がいいだろう」


「……十分よ」

「そう……。まだ……終わりじゃないのよね。ごめ――……いいえ、ありがとう。こうして最後の魂の欠片も回収できたことだし、枯れた仙草だって使い道が無いわけじゃない。また仙草を探し回ることだってできるわ。悪いけど……もう少し手伝ってもらうかもね」


『ありがとね、拾ってくれて』と薄く笑うココさんに、手帳を手渡すために一歩前にでた――その時だった。


 遺跡地下の大空洞。自分たちが降りてきたあたりだろうか。

 遠くの天井が――音を立てて、崩れ落ちて来たのだった。

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