第二百四話 『ココ・ヴェルデの独擅場よ!』
「な、なんなの……!?」
突然に轟音を立てて落下してきた大量の瓦礫。上の地面が抜けたのか、何かが無理やりに砕いたのか。こんなことが自然に起こるとも考えにくい。――となると、“
「もう目的の物は手に入れたでしょ。あんなのに構わず、さっさと逃げるわよ。魂の欠片を取り出すのだって、外に出てからでも――……」
――と、途中まで話をして、忌々しげに『チッ』と舌打ちをする先輩。
「……さっきまで差し込んでた陽の光が薄くなってるわね。今で塞がれてしまったか、小さくなったか……」
「――てことは……」
「遺跡側から脱出するしかないってこと」
『幸い、上に上がってしまえば追ってはこれないわ』とココさんが口にした時だった。砂煙が薄くなっていき、“
初めは、砂煙から飛び出した“
「うそ……でしょ……」
「――巨人族……!?」
高々と“
頭部には怪しげな仮面。ぐりぐりとした目の部分や、牙をむき出しにした口元の部分など、狛犬のようにも見えなくもない。肝心の身体の部分は、人の姿をしていて、身長は遺跡の扉と同じぐらい。筋骨隆々とまではいかないが、それでもサイズ差が違い過ぎて対抗できる気がしない。
左手にあった“
「そんなの聞いてないって……!」
この状況から逃げられるか? 向こうがどれだけ動けるかも分からない中では、下手に動くこともできない。ココさんのククルィズと、トト先輩のマクィナスで上に飛んで逃げても、あの様子だと簡単に穴から這い出て追ってくるだろう。
「お、おい! こっちに走ってくるぞ!」
「逃げられは……しないわね」
「……迎え撃つしかないでしょ。“アルヴァロ”――!!」
トト先輩の操るアイアンゴゥレムが、巨人の行く手に立ち塞がる。
「アルヴァロとスロヴニクの二体がかりなら、なんとか倒せるかもしれない。全員で止めるわよ。――ババアも早くしろっ!!」
巨人族を撃退するには、魂の欠片を取り込み、全盛期の力を取り戻したココさんが必要なのだと。トト先輩の指示によって、ヒューゴたちが魔法を使い始める。
自分も――まずはココさんに手帳を渡さなければ。そう思い、慌てて拾いあげる。……ボロボロになった手帳は、ページ劣化している上に地面に叩きつけられてしまったため、幾つか取れてしまっていた。
不意に目に入ってしまったのは、ページに書かれている文の量からして、おそらく最後のページ。少し乱れた字で、一行一行の隙間もバラバラ。
――だからなのだろうか。
その一文字一文字に、目を奪われてしまって。
紡いだ言葉に、視線を引き寄せられてまって。
「――――っ」
――――――――――――
……私は今、死にかけている。
遺跡の攻略に無茶をして、致命傷を負ってしまった。
だけれど、ここで死ぬわけにはいかない。
万が一、失敗した場合――途中で記憶を失い、最後まで儀式を完了させることができなかった時を考えて。私は、“私”へとメッセージを託そうと思う。
これまで記してきた日記を始めから読めば、きっと大体のことは理解できるでしょうけど――記憶を失ったとしても、“私”は私だし。結末から知りたがる“私”は、きっと後ろのページから目を通すと思うから、この方が楽でしょうね。
まずは私の身体を蝕んでいる“病”のことを話さないと。
……いや。これは病というより、もっと
母は病死だった。祖母も同じように命を落としていた。
私が必死に調べて分かったのは、それが過去何代に遡っても続いていたこと。
――三十余年しか生きることのできない身体。
原因は不明。手あたり次第に治療法を試しても、症状は回復せず。
それが、ヴェルデ家の中でずっと続いてきた運命だった。
私だけじゃなく、母を、娘を、一族全体を蝕む呪いだった。
――既に私の身体はボロボロで、数年後に死んでしまうことが確定している。
なんて馬鹿げたことだろう。
叶えたい願いがある。叶えなければならない願いがある。
どんなに願ったところで、私が何とかしなければ叶えられない願いが。
ただひとつ――『孫の顔を見たい』。
――それまで、私が生きている可能性は、限りなく低い。
孫娘の顔を眺めながら、娘と笑い合える未来。
そんな
絶対に嫌だ。嫌だ。嫌だ――!
ここまで近づくことができたんだ! 仙草は、私の目の前で輝いている!
でも、使うべき時は今じゃない。絶対に、絶対に未来の私が掴む瞬間が来る。
そのためなら、断腸の思いで一度引くことも辞さない。
どんなことをしても、全力をかけて、何度でも挑戦してやる。
“私”よ、決して諦めないで。
――同じ夢を。当たり前の幸せを。
娘のララにも。そして――未来へと続く子孫にも。
ココ・ヴェルデ
――――――――――――
他人の目から隠していた真実が、そこにはあった。
自分の命の為、という部分もある。けれど――誰かの為にも戦っていた。
『誰かが、いつか』ではない。それを“運命”で終わらせたくない。
『自分こそが、今』と、死の淵に立ってもなお、諦めなかった者の叫び。
この一枚に書かれた文だけで分かる。
このページに至るまでの、残りの手帳の厚みで分かる。
トト先輩の怒りと、それを受けて耐えなければいけなかったことが。
ココさんの自伝に、家族のことが殆ど書かれていなかったのならば。
逆に。その全てが、ここに詰まっていたのだと。
――重たい。あまりにも重たい戦いだ。
自分の命だけではない。自分だけの運命ではない。
自分の、その先に続いていく、一族全てのための戦い。
『どうして自分一人でなんとかできると思ってたんだ』
トト先輩がそう叫んだ気持ちも、今なら理解できなくもない。
「――あ……」
スッと、手に持っていたページを抜き取られ、間の抜けた声を上げてしまった。
「人の日記を許可なく読むなんて、
『……私が言えるようなことでもないのだけれどね』と、手帳と残りのページを受け取って、優しく微笑む。
「仙草もそうだけれど――それ以上に。こればかりは、他人の手に渡るのを避けたかった。どうしても大切なものだったから。それこそ、私の命と同じぐらいに」
――手帳に宿っていた魂の欠片が、ココさんの身体へと流れ込んでゆく。
小さな、小さな光の塊が、いくつも手帳から溢れ。それが手のひらに、額に、腹に、吸い込まれていく。どことなく、“器が満たされた”という表現が当てはまった。ココさんの身体は、溢れ出んばかりの魔力でぼんやりと輝いている。
「これね。この感覚、懐かしいわ」
ここから、ココさんは真の力を発揮する。纏う魔力で分かってしまう。
戦闘モードへのスイッチが――切り替わった。
「見ておきなさい! ここからが――」
指先から真っ直ぐに伸びた魔法の糸は、長年この場所を守り続けた騎士へと繋がる。――“鉄壁の”スロヴニク。その肩に颯爽と飛び乗ると、大きく叫ぶ。
「“天才ゴゥレム使い”ココ・ヴェルデの
大きな音を立てて――トト先輩たちが戦っているもとへ、走り出したのだった。
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