第二百二話 『ずっとここを護っていて』

 扉を塞ぎはしたけれども、超ド級の魔物が迫ってくる中での探索。ハナさんの魔法次第だけれども、いつ扉を突破してくるかも分からない。


 ……もしかすると、別のルートからやってくるかも?


「まさか、あんなのがゴロゴロいたりはしないですよね?」


 一体を相手にするのでさえ一苦労なのに、複数来られたらまず生きていられる自身がない。ココさんのことだから、またごっそりと記憶が――というのも何度目だろう。


「そ、そんなに酷い遺跡だったら、いくらなんでも忘れたりしないわよ。とりあえず、降りましょう。……大丈夫、もうすぐのはずだから」


「本当ですかぁ……?」

「私の魂が、すぐ近くにある気がするのよ」


 奥へ行けば行くほど大変になっていく探索に、疲れが出始めているのも事実。そう時間は経っていないはずだけれど、半日ぐらい居るような気がしてくるのは広さゆえだろうか。


 ――呪いの島、ジューダス島。その島に建てられた巨人の巣の遺跡も、もう三層目にまでたどり着いた。一層目、二層目と様々な危険が迫ってきたけれども、この層ではいったいなにが襲ってくるのか。


「正直、もう勘弁してほしいところなんだけどな……」


 と、警戒しながら奥へ奥へと進んでいった。けれども、殆ど稼働している機石装置リガートが残っていない。いったい、どういうことなのか。


「全部壊されちゃってる?」


 どことなく残念そうなアリエスの声。おい。

 コイツ、また活躍できそうなタイミングを狙ってるな?


「そうみたいですね……」


 過去にこの遺跡にやってきた機石魔法師マシーナリーは、なんとか設置はできたものの、魔物に全て破壊されてしまっているらしい。


「かなり近いところまで来ているのは感じるんだけどねぇ……」


 流石に、どの方向かまでは分からないか。ロリココさんのように、自分から来てくれれば楽なんだけれど――それだと、また血で血を洗うような戦いに発展しかねないよなぁ。


 三層ともなると、同じような景色でも少し構造が変わっていた。長い通路が減り、扉の付いた小部屋が増え。そして、部屋と部屋とが繋がっていることが多くなっていた。


 あの“ヌシ”がいつまた追ってこないとも限らない。急ぎながら、されど襲撃に備えながら。広い通路や小部屋を探索すること十分近く。ただでさえ広い遺跡なのだし、同じ道を間違えて通らないよう、注意深くあたりを確認しながら進んでいくのだけれど――


「アンタ……本当にこの付近にあるんでしょうね……」


 ――いくら探しても、ココさんの言う仙草が見つからない。


 刻一刻と時間が過ぎていく。トト先輩の目つきが険しくなっているのも仕方のないこと。彼女以外のメンバーにも、どことなく焦りが出始めた、そんな時に――


『オ゛オ゛オ゛オオオオォォォォ――――っ!!!』


 びりびりと、遺跡全体が震えた。


「み、耳が……」

「い、痛いです……」


 自分やハナさんだけじゃなく、他の皆もこれには堪えたらしい。慌てて全員が耳を塞いでいた。遺跡の壁という壁に反響した咆哮は、ダイレクトに自分たちの鼓膜を襲ってくる。


「もー! 鳴き声だけでこんなに殺人的だなんて、反則じゃないの!!」


 炎なんかよりも、ずっと驚異的だ。至近距離でやられたら、無事でいられる保証はないか。……くそっ、耳栓でも持ってくればよかった。


 “主”との距離は全くつかめない。少なくとも、この三層に降りてきていると考えるのが無難だろうけど。ここはどうするべきなんだ?


 ――逃げを優先するか。

 ――それとも、まだ余裕があると、探索を優先するか。


「ココさん……!」


「この階層のどこかだった気がするのよ……!」

「さっさと思い出せ、ババア!!」


 とうとうトト先輩も痺れを切らす始末。


 二十年も生きていない(二度目だけど)自分だけれども、四十年という年月は途轍もなく長いことは分かる。普通に考えれば、ただ思い出すのも大変だろうに。いくら天才と謳われようが、魂ごと記憶を持っていかれてる可能性も高い。


 それでも、ぐぬぬと歯を食いしばりながら、ココさんの下した決断は――


「ううん、やっぱりこっちじゃないわ……! みんな、戻るわよ!」

「はぁっ!?」


 ――全員が絶句した。


 全力で前に進むか、ゆっくり前に進むかの話だった筈なんだけど。どうしてそこで、後ろに戻るという選択肢が出て来たのか。わざわざ“ヌシ”とカチ合いに行くだって?


「冗談じゃない――!」

「……ごめんなさいね。でも、信じて欲しいの」


 ココさんが深く頭を下げる。その様子に、烈火の如く怒りをあらわにしていたトト先輩も、強く責めることができなくて。これ以上言い争う時間すら勿体もったいないと判断したようだった。


「……もう機石装置リガートがいないのは分かってる。ここからは飛ぶわ」






 “ヌシ”との再びの遭遇――できれば回避したいところだったけど、これがココさんの判断なのだから、腹をくくるしかない。


「やっぱり下に降りてきてたか……!」

「迂回路を探してる余裕なんてないわ! 突っ切るわよ!」


 耳を塞いで、体勢を低くして。あとはココさんとトト先輩のゴゥレムを操る技術に任せるのみ。ククルィズとマクィナス――二羽のゴゥレムでぐるぐると螺旋を描きながら飛び、そのまま背後に抜けようとしていた。ヌシの巨大な体躯で、通路は半分以上が埋まっている。隙間を抜けるだけでも、かなり難しいってのに――


「また火を吐くつもりだぜ……!」

「ヒューゴさん、待ってください!」


 再び“ヌシ”のブレスを受け止めようとしたヒューゴを静止したのは、ククルィズの背に乗るハナさんだった。


「ハナさんっ――!?」

「私たちが、止めますっ!」


 ――合図を受けて、アリエスがこくりと頷いたのが見えた。


 間髪入れず、“ヌシ”の足元に撃ち込まれる二発の弾丸。いつもの魔法弾……ではなく、何か別のもの。実弾か……?


「ヴィネっ」


 ハナさんの目の前で、緑色をした魔法光の陣が展開される。そして遥か下方――アリエスによって撃ち込まれた弾丸のところにも、同じものが現れていた。


「任せよ――!」


 ――吹き上がる間欠泉のようだった。


 無数に枝分かれした極太の幹が、地面から勢いよく立ち昇り、“ヌシ”の下顎を捉える。そのまま、身体ごと吊り上げるようにして、通路の天井へと頭ごと押し付けられる形。


 後ろ足を蹴るだけでは、脱出もかなわない。前脚の爪でガリガリと幹を削るも、頭が天井に固定されたままでは上手く動けないのだろう。


「そう長くはたない。早く抜けた方が良いだろう」

「十分よ! ありがとう!」


 その隙を逃さず、両方のゴゥレムが一気に横を抜けて背後へと躍り出た。このまま暫くは、あそこで足止めできるか。連続でハナさんの魔法に頼ってしまって、魔力の消費は大丈夫かと、心配が頭をよぎった次の瞬間に――ふと視界が暗くなった。


 影が迫っている……!?


 突然に視界を埋め尽くしたそれは――ヌシの尻尾の影。下からのG慣性力が、自分たちをマクィナスの背に押し付ける。緊急回避で大きく揺れるも、二度三度避けた後に、避けられない一撃が来た。


「ぐっ……!?」


 衝撃、ふわりと宙に投げ出される身体――。


「うおわっ!? ――ちくしょうっ!」


 直接にダメージを受けることは無かったが、かなりマズい状況だった。ヒューゴは自分から手を伸ばせば届く距離にいる。トト先輩とマクィナスは高い位置に弾かれていた。


 ……このままでは地面に落下してしまう。あと何秒だ?

 自分は着地できるだろうけど、ヒューゴは――


「ヒューゴっ! 大丈夫か!?」

「お、おうっ! 下に激突する前に、魔法で――」


「……いや、降りてる暇なんてないっ。――先輩っ!」

「――――っ」


 マクィナスへ向けて、ロープを投げた。飛距離は十分足りている。――その嘴で途中の部分を咥え込んだのが見えた。


 ――よしっ。手ごたえが強くなったのを確認して、ヒューゴの腕をガッチリと掴む。ずっしりとした重みが片腕にかかり、それと同時にグンと前方に引っ張られる感覚。


 流石に腕が折れたり、肩が外れたりってのはないけれども……。わりとギリギリの痛みに耐えながら、トト先輩の助けを借りてマクィナスの背へと復帰した。


「……一気に離れるわよ」


 自由になっている尻尾だけでも、叩きつけられただけでキツいダメージを負うのだ。あれに気を配りながら、一気に“ヌシ”を倒せるかと問われれば、難しいと言わざるを得ないだろう。


 それなら、先に仙草を回収しに行くべきだ。


 ココさんのククルィズになんとか追いついたところで、ちらりと後ろを振り返る。


 未だハナさんの魔法で出した植物に囚われ、もがいているヌシの姿がぐんぐんと小さくなっていくのが見えた。


「……急ぎましょう」






「――あったわ。ここよ」

「…………? 色が――違う?」


 ココさんに促されるようにして、注視してみて初めて分かる。間違い探しの最後に残るような、そんな小さな違い。


 地面の一部分だけ、少し色が濃いものに変わっていた。今まで、壁にも床にもそんな痕跡は見当たらなかったし、自然にこんな風になるとは考えにくい。ということは、ココさんがなにかしたのだろう。


「同じように追われながらも、あの時の私は逃げる場所を見つけることができた。魔物が入り込んでこないよう、入り口を塞いでいたのよ」


「……それじゃあ、この下にあるんでしょう。仙草。さっさとしたら」


 ぶっきらぼうにそう言うトト先輩に、ココさんは軽く肩を竦めると――魔法陣を浮かび上がらせて、軽く床に触れる。するとどうだろう。その色の付いた部分がゴゴゴゴ……と音を立てながら


「さ、時間もないわ。全員飛び込んで!」


 穴の中は真っ暗で、遺跡の壁のように舗装されている様子は一切ない。崩れて空いただけの縦穴だった。


 再びゴゥレムに乗り、ココさんが開けた穴へと飛び込む。続いてマクィナスに乗った自分たちも。岩肌に引っかからないよう、体勢を低くするように言われる。


 ――明かりの無い、少しばかりの狭い道。

 ひたすらに降りていくと、突然に開けた場所へと出た。


「……ここだわ」


 島の内部、ヒトの手の入っていない大空洞。機石魔法の工房の地下実験場とはまた違ったもの。少し違ったのは――どこかから潮風の匂いがしたこと。


 島を外から見た時には、全く見つからなかったけれど、どこかで外に繋がっているらしい。恐らくだけれど、岸に近いか……そりゃそうだよな。じゃないと、ココさんが魂を分割して入れた物を外に投げ出すこともできないし。


「もしかして――あれじゃない?」


 一番に声を上げたのはアリエスだった。広い広い大空洞の片隅、隙間から陽光差し込むその場所にあった大きな影。うずくまるようにしてそこに鎮座していたのは、大型のゴゥレムだった。


 ……なんだか、見覚えがあるな。


 といっても、ゴゥレムを目にする機会なんて大体決まっている。これは――そう、グロッグラーンの村で、トト先輩の出していた虎の子、アルヴァロと面影が似ているんだ。


「これは……!」


 ボロボロに朽ち果て、おそらく動作を停止しているのであろうゴゥレムが――何かを包み込むようにしてたたずんでいて。その大きな腕を広げ、何かに覆いかぶさっているようにも見えなくもない。


 スーッと近づいていき、すぐ傍で下へと降りる。ヒヤリとした空気が、体中を包んでいた。驚いたように目を見開いて、その名を呟いたのはトト先輩。


「スログニク……」

「……六十年の間、ずっとここを護っていてくれたのね」


 動き出す気配は一切見せないそれは、腕部も、脚部もところどころが欠けていた。その無数の“きず”をいたわるように、ココさんは優しく撫でて呟く。


「これが――スロヴニク。私の操る三体のうちの、最後の一体よ」

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