第二百一話 『追ってこれねぇだろ!』

「急いで急いでーっ!!」


 切迫した声が真正面から飛んでくる。


 遺跡のあちこちに設置された機石装置リガートが予想以上に面倒だったこともあり、魔物に対しての脅威度が下がっていたのは確か。正直なところ、『本当にこれよりも厄介なものがあるのか?』と疑っていた。


 けど、そこまでして内部に封じ込める必要があったわけだ。『あ、これは外に出すわけにはいかないだろうな』と、否応にも認めざるを得ないだろう。


「先輩っ! もっと高く飛んでくれよ! 追いつかれちまう!!」

「チッ……。靄の影響を忘れてんじゃないわよ……!」


 お世辞にもドラゴンとは呼べないフォルム。大きな顎、爬虫類の肌。妙に太い後ろ脚、鋭利な爪を備えた前脚を宙に浮かせて。まるで肉食の恐竜を彷彿とさせる――というより、そのまんまだった。


 それが地面を踏みしめながらココさんたちを追って来ている。


「通路の半分近くが身体で塞がれてるじゃないかよ……!」


 このサイズ、とてもじゃないが正面から戦えるようなレベルじゃない。それこそ、森の中で襲ってきてくれた方が、幾分かはマシだったんじゃなかろうか。


 遠目からでも見えるぐらいに、身体の至る所に木杭が刺さっていた。きっと自分が破壊した、例の機石装置リガートによって撃ち出されていたものだろう。どうせなら、倒してくれていれば楽だったのに……!


「トトのゴゥレムに飛び乗りなさいっ――!」


 ココさんの操るククルィズには、既にアリエスとハナさんが乗っていた。無理して狭い背中を埋めることもないだろう。トト先輩とすれ違うタイミングで、マクィナスの背に飛び乗った。


「どうする、テイル。全員で戦うか!?」

「……逃げるしかないだろ。ココさんや先輩だって、そう考えてるだろうし」


 負傷していたとしても、こんな場所で暴れられてはひとたまりもない。


「――先輩! この先の突き当りに扉があります!」

「扉……? 大丈夫なの?」


 あの扉はちょうど少しだけ開いていたはずだ。それこそ、あの主は通れなくても、自分たちなら軽々と抜けられるぐらいには。


機石装置リガートは破壊しました。扉も俺たちぐらいなら通れるような隙間が――うわっ!?」


 ――途中でグンと速度を上げられた。マクィナスが、前方を飛んでいたククルィズを追い越していく。一瞬だけ怪訝な顔をしたココさんだったけれども、トト先輩の“逃げ道がある”というハンドサインで察してくれたみたいだった。


 そうして、突き当りが見えてきて――


「扉はどこ?」

「左ですっ!」


 急カーブののちに扉の中へと滑り込む。ココさんも、それほど差がないうちに追いついてきた。階段のあった間とそっくり同じ。ここも上を見上げると、濃い靄が天井を覆っていた。


「中の様子は?」

「確認してないですっ!」


『もうっ』と肩を竦めて、ククルィズを収めるココさん。トトさんもそれに倣うようにして、全員で地面に降り立った。上層の時のように、機石装置リガートが突然に襲い掛かってきてもマズいし。この局面なら、なおさらのこと。


 扉の裏側へと、急ぎ飛び込む。


 扉は上と同じで、巨大な上に分厚い。自分たちが全力で押しても閉められるかどうか、といったところ。逆を返せば、“主”でもこじ開けることは難しいんじゃないだろうか。


「足音が大きくなってくるよ……!」


 地響きがダイレクトに伝わってくる。初めは小さかった音と振動が、あっという間に身体が浮くぐらいのものへと変わって――そしてピタリと止まった。


 ――――っ。


 ちらりと覗いて見えたのは、“ヌシ”の巨体。猛スピードで行き止まりまでやって来たのはいいが、こちらの姿を見失ったので探しているのか。慌てて引っ込み、唸り声がこちらへ近づいてくる。


 ドクンッ、ドクンッと心臓が大きく跳ねる。気配を消すのが得意だといっても、こんな窮地に立たされたのでは話が別だ。喉が渇いていくような気はするが、喉が鳴っただけでも気づかれるような気さえしてくる。


「へっ……。コイツも扉の中までは探してこねぇだろ……」

「馬鹿ッ、またそんなことを言っていると――……っ!」


 ひそひそと、ヒューゴと言葉を交わした次の瞬間――ドンッという衝撃と共に鈍い音が響いた。


 やっぱりかよっ……!


 というよりも、痺れを切らしただけのことだろう。もしくは、匂いで感じ取ったか。島に入っただけで、何かを察知したぐらいの魔物だ。これだけ接近された以上は、結果は決まっていたのかもしれない。


「こいつ……無理やり入ってこようとしてるぞっ!!」


 叩きつけた頭をそのまま、唸り声と共に、ゴリゴリと鼻先を押し込もうとしていた。ちょっとやそっとじゃ動かないだろうとたかくくっていた扉も、なんだか少しずつ開いてきているような……!


 ……どうする?


 階段のある場所は見えている。全力で駆け込むか?


 もしかしたら上の層の時の様に、機石装置リガートが出てくるかもしれないが、それが“主”の足止めになる可能性だってある。けれど、ダメージを負うことを多少は覚悟していかないと……。


「させるかっ……!」


 ガァンと固い音を鳴らせて扉を叩いたのは、ゴゥレムの太い腕だった。トト先輩が出したアルヴァロが、扉を内側から押し始める。


 ねじ込まれようとする鼻先。そうはさせまいと押し返すアルヴァロ。

 拮抗していると思われたその中で――“ヌシ”の口元から炎がチラリと見えた。


火炎ブレスがくるぞっ!!」

「炎ならァ――!」


 ヒューゴが咄嗟に前へと飛び出した。掲げた金槌の先に、真っ赤な魔法光をした魔法陣が浮かび上がった。そこから吹き上がった炎が、壁となり――炎の息吹を包みさえぎる。


 ――熱い。炎が広がることは防げても、熱は遮断することはできない。

 熱の影響もあるけれど、息を吐く暇もないぐらいに切迫した状況。


 トト先輩とヒューゴだけで、“ヌシ”を押し込むのは無理だ。こちら側に入られたら、そのまま全滅もあり得る。早くなんとかしないと――


「一瞬でも怯ませないと――」

「俺が行きますっ!」


 攻撃を受けないように注意しながら、こちらからもダメージを与えに出る。もちろん、真正面から飛び込むような馬鹿な真似はしない。炎もそうだけども、何よりも前脚――鋭い爪は驚異以外の何物でもない。


 ……なるべく、視界の外からの攻撃。

 狙うは――頭。


 生物の弱点なんて、大体は決まっている。心臓などの臓器。そして、目や脳を中心にした頭部。喉も場合によっては。生物の身体の構造上、位置も同じで狙いやすい。こういった部分を考えると、機石装置リガートなんかよりもずっと楽だ。


 まぁ……攻撃が通れば、の話だけれど。


 未だ炎を吐き出し続けている“主”の視界の外――扉の裏側を足掛かりに、一気に登っていく。


「――――」


 トト先輩もハナさんも、タイミングを合わせる準備はできていた。怯んだ隙に一気に扉を閉め、開かないように植物で固定する。……こうする以外に、“ヌシ”から逃れる術は無いだろう。


 飛び上がり、頭上よりも高い位置に。“ヌシ”がこちらに意識を向けている様子はない。ここから落下の速度を利用して――一気に魔力を叩き込む!


「――くらえぇっ!」


 こいつの頭蓋骨がどれだけ分厚かろうが、脳を直接揺らされたらひとたまりも無いはずだ。それはもう、頭蓋骨をたたき割るぐらいの気合を入れての一撃。魔力の通りも悪くは無い。――はずだった。


「倒れたか……?」

「炎が止まったよっ! でも――」


 一瞬だけ白目を剥いて、崩れ落ちそうだったが、ギリギリのところで一歩踏みとどまったのだった。大きな誤算だった。まさか、あれだけの一撃を耐え抜かれてしまうなんて。


「耐えやがったぜ……!」

「チィッ……! 外見通りタフだな……!」


 ――とはいえ、一瞬怯ませることには成功した。意識は完全に頭上の自分へと向かっている。これから上を向いて大口を開けてくる前に、さっさと退避しておかないと。


 完璧とはいかないが、ここは無理を押し通すしかないか?


 ハナさんは既に魔法陣を展開しており、トト先輩と視線を合わせて頷いている。

 そこで狙いを澄ましたように、アリエスが叫んだ。


「もう一押し――っ!」


 機石銃から放たれた一発の銃弾が、“ヌシ”の目元に当たった。


「やるじゃない……!」

「妖精さん、お願いしますっ!」


 “ヌシ”の重心が後ろに動いたのを、トト先輩は見逃さなかった。一気に押し込んで、扉の隙間があっという間に小さくなっていく。完全に閉じた瞬間には、地面から植物の幹が並び生えていき、扉の下部や横の隙間を一部だが埋めていた。


「これで向こう側から押し開けるにしても……少しは時間を稼げるはずです」


 ヴィネの力を借りてはいても、森から離れた場所だと消耗が大きい。全員の状態を確認して、急いで下に降りる階段へと向かう。階段までにいた機石装置リガートは、自分たちが“ヌシ”を押し返している間に、ココさんが全て破壊していたらしい。


 上よりも数は少ないけれども、壁に設置されていた砲台タイプ。これらの攻撃を自分たちに向かない様、ココさんが一人で抑えていたなんて。『そっちは私抜きでもなんとかなると思ったから』と笑うココさんにも、少しだけ疲れが見えていた。


 けれど――


「ま、また階段かよ……」


 ――と、ヒューゴが溜め息を吐いた瞬間のこと。


「危ないっ!」


 どこに隠れていたのか、一体の機石装置リガートが襲撃してきて。砲台タイプではなく、移動するタイプ――それも、脚部の間に鋭い棘のようなものが仕込まれているもの。それがヒューゴに、今まさに迫っていた。


「――――っ!」


 決して気を抜いたわけじゃない。けれども、このタイミングで新たに機石装置リガートが襲ってくるだなんて、誰も予想していなくて。ヒューゴの傍にはアリエスしかいない。一瞬で弾き飛ばすのも、破壊するのも難しいだろう。


 再び戦闘態勢に入った時にはもう遅いっ。間に合わない……!?


「避けろ、ヒューゴっ! ――って、え……?」

「――――お、おぉ……?」


 飛び散ったのは血飛沫ちしぶき――ではなく。

 機石装置リガートを構成していた沢山の部品パーツ


 核となっていた機石が、地面に落ちたコロコロと地面を転がっていく。


 ヒューゴが金槌で殴ったわけではない。ココさんやトトさんのゴゥレムじゃない。もちろん、ハナさんの魔法でも、自分が間に合ったわけでもない。


「あ、あれ……?」


 ――アリエス。

 彼女自身が、一番驚いていた。


「な、なんだか勝手に身体が動いて……。あはは……?」


 自分は確かに見えていた。アリエスが機石装置リガートを分解した工程を。


 腰に巻いていたベルトから取り出した工具。それを何本も隙間にねじ込み、魔力を通して、緩んだ部分から引き剥がしていくそのさまを。


 無意識にそれを行ったって……?


「も、もともと分解したり組立てたりってのは、よくやってたけど……。一度、バラしてみたからかな……? なんかできちゃった」


「前々から手癖が悪そうとは思ってたけど……」

「なにそれっ!? 手癖が悪かったことなんて一度もないんだけど!?」


 よく軍人とかが、銃の分解とかを高速でやっている映像とかあるけど、まさにそんな感じだった。身体に染みついた一連の流れというか、それこそ職人技のような。


 ……自分だって鍵開けだとか縄の結びだとか、似たようなことはできるけど。それでも、あの一瞬で身体を動かすことができた、というのは本物だ。


「――ま、レースの時だって、機石バイクロアーを組みなおしたりしてたものね……。アリエスちゃんなら、不可能じゃないでしょうけど。……なんにせよ、誰も怪我をしなくて助かったわ」


「でへへ……。今の私、カッコよくなかった? ねぇ?」

「はいはい……。いいから進むぞ……」


 自分のしたことに興奮を隠しきれないアリエスを宥めながら――更に遺跡の奥へと降りて行くのだった。

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