第百八十八話 『具体的に何をしてたんです?』

「あっという間に飛んでっちゃったね……」

「目が合ったらいつもあんな感じだよな」


 ココさんと帰ったタイミングでたまたまトト先輩と出会ってしまったのが運の尽き。何度かやりとりしているのを後ろの方で眺めていたら、いつの間にか喧嘩に発展していて。またまた廊下の壁をぶっ壊して、二人で飛んで行ってしまったのだった。


 初めて顔を合わせたのが一年前だったか。……全く成長してねぇな!


「もー! こんなに可愛く撮れたのに!」


 トト先輩が放り投げ、アリエスの拾い上げた写真を見せてもらうと、なんともまぁ。砂の丘の上で、ロリココさんがこちらを見下ろしている写真だった。砂漠のど真ん中、馬車を壊された直後でよく撮ったもんだ。


 逆光でもしっかり撮れているのは、アリエスの撮影技術なのか、それとも機石カメラが優秀だったのか。


「写真を見た時に、少し驚いていたみたいでしたけど……」


 たしかに、一瞬だけ驚いて。それからの、あの態度……。


「……思った以上に、自分に似てたのかもしれないな」


 自分だって、どちらかといえばトト先輩に似ているかもと思ってしまった場面もあったし(あれだけ魔法をバリバリ撃ってくるような凶暴性を含めてだけど)。それに、見せる前にアリエスがあれだけ『可愛い!』と連呼してればなぁ……。


 先輩だって、きっと複雑な気持ちになったことだろう。

 あれじゃあ、自分が褒められているのと同じようなもんだ。


「それじゃあ、余計なことしちゃったかな……」

「――まぁ、いいんじゃないか。楽しそうだったし」


 ココさんもそうだったし、それを追いかけていくトト先輩も。

 ロリココさん魂の欠片を回収したココさんは、トト先輩により似てきて。

 やっぱり二人は、血のつながった祖母と孫なんだよな。


 なんだかんだで、これがパンドラ・ガーデンの日常か。とか思いながら、【知識の樹】へと向かう。クラヴィットからの帰路も移動時間が長かったし、すぐさま寮に戻って休みたかったけれど……。一応、ヴァレリア先輩にも帰ったって報告しておかないとな。


「…………。ただいま戻りましたー」


 扉に手をかけ、一瞬だけ逡巡しゅんじゅん。意を決して扉を開くと――


「うわぁぁぁぁぁんっ!! 流石に出かけすぎだろぉぉんっっ!?」

「うわぁ!? 先輩っ!?」


 案の定というべきか。中からヴァレリア先輩が飛び出してきた。


 自分はさっと避けたけども、その後ろにいたアリエスが犠牲に。高身長の先輩に急に抱きつかれては抵抗できるわけもない。豊満な胸へと顔を埋められながらジタバタともがいているアリエスを横目に、さっさと中に入ってしまう。


 ……まぁ、これもウチではよくある光景だ。


「逆に、先輩が外に出なさすぎるのでは?」


 半ば呆れながら言うと、先輩はパッとアリエスを開放して、ぐるりと回り込んできた。こういう時だけ無駄に俊敏だよな……。


「あのなぁ! あちこちに出かけて経験を積むのはいいことだ! だけどなんだか、先輩である私をないがしろにしすぎじゃないかい? んん? お前たちの帰ってくる場所、それがっ! この【知識の樹】なんだからなっ!?」


「蔑ろったって……。俺たちがいてもいなくても、先輩はここでゴロゴロしてるだけじゃないですか。ぶっちゃけ、最近は先輩らしいこと何もしてないですよ?」

「そういうところだぞぉぉぉぉ!! うわぁぁぁぁん!! テイルが苛めるぅ!!」


 ソファーに飛び込んで、足をバタバタとさせて。

 それはもう駄々っ子のようだった。


 なんだろう。ココさん然りヴァレリア先輩然り、精神の退行が流行ってんのか。


「私だって、お前たちがいない間あれやこれやと忙しかったんだぞ?」

「ホントですかぁ……?」


 “あれやこれや”とフワフワしたことを言ってる時点で怪しい。


「何をしてたんです?」

「そりゃあもう……いろいろと……」


 先輩の目が右や左に泳いでいた。


「具体的に何をしてたんです?」

「――…………」


 ――嘘か。嘘だな。

 残念ながら、ヴァレリア先輩は自分たちの説得に失敗。


「あぁ……。また後輩からの信頼がガタ落ちして……」


 ……元より有るか微妙なところだけど。


『うううー!!!』とソファでジタバタする先輩。

 いい加減にしてくれないと、座る場所もないだろう。


「もう、これぐらいでいいんじゃないでしょうか……」


 ハナさんがそう言うので、先輩をからかうのはここまでにしようか。


「――というのは冗談です。大丈夫ですよ、先輩! 別に見損なったりしてませんから。ほら、起きて!」


 と、無理矢理に先輩を起こして。 


「で、こんなに優しい先輩をほっぽってどこに行ってたのかにゃあ?」


 ……リカバリーが早いな。

 というか、出かける前に一応言っといた筈なんだけど。


「砂漠? あぁ、そういえばそんなことも言ってたかぁ……。その顔ぶりだと、面白そうなことはあったんだろう?  流石の私も、砂漠には行ったことが無いからなぁ」


『聞かせてくれ!』と期待のこもった目で見られても……。話が上手い方でもないし、だいぶプレッシャーがかかるんだけど。


 海上を船で移動し、砂漠を馬車で移動し。砂の海の、日中と夜中の温度差。巨大な砂嵐に襲われ、壊れた馬車の中で一夜を過ごし(ココさんとの件はボカしておいた)。


 あとは、ココさんの魂の欠片について。魂使魔法にはあまり詳しくない先輩は、多少は興味を持ったようで――少しは大人しく話を聞いていたんだけれども。それから、遺跡工房にロリココさんを追い、自ら霊体になったセルデンと戦った話まで。


 一通り、なにからなにまで話した。

 それこそ、セルデンとの別れの部分まできっちりと。


「なんだか悲しいよね。あんな悟ったようなこと言われちゃうと」


 “あんな”というのは、セルデンとココさんとの最期の会話のこと。


『この世界の誰も私のことを思い出せなくなった時が、いつか本当の意味でこの世から消えてしまう時なのだから』


 そう考えた上で、『さっさと忘れてくれ』と言うのがどういう意味なのか。


「“忘れる”っていうのは怖いことさ。……“忘れられる”ことはもっと怖い」


 ヴァレリア先輩が静かに呟く。――振り返ってみれば、終始そんなことに囚われた数日間だったな、と思わないでもない。ココさんもロリココさんも、互いに大事な記憶を失って、まったく別の人格のようになってしまったのだし。


 アリエスの『悲しい』と先輩の『怖い』が、どこか違うような気がして。だけれど、それが何なのかがモヤモヤとして分からなくて。いつの間にか、真剣モードに入った先輩が淡々と続ける。


「誰の記憶にもなく。何を残してもいない。要するに、“世界と何の関わりのない存在”ってのはだ、たとえ生きていたとしても対外的には“死んでいるのと変わらない”ということ。……――と、本気で考えちゃう奴が世の中にはいるってことだにゃあ」


 初めはとんでもない極論を出して何を言い出すのかと思いきや――最後にまた、くだけた感じの口調に戻って。不安と緊張で重たくなった肺の中の空気を、先輩以外の全員がどっと吐き出す。


「そういう奴は、必死に何かを遺したがるものさ。何もなくなってしまうのが“恐怖”だから。時には誰かを傷つけることも厭わず、誰かの記憶に残ろうとする。酷いときには傷さえも遺したものとしてしまう。ま、努力の方向は人それぞれ。こいつは悪い方向に向かったってだけの話」


 良い方向に努力するというのは、とても多くのエネルギーを消費する。結果が出れば満足感は得られるが、失敗すればさらにストレスになる。孤独感が強まる。誰だって最初は続けていられるが、次第に限界が来てしまう。そこで諦めてしまうのだと、先輩は言う。


「きっと――そのセルデンって奴は、決して褒められるようなことはしていないが、満足して消滅したんだろう。話を聞く限りでは、“一番記憶してほしい”ヒトに、最後に出会えたんだから。そこで区切りをつけた。終わりにした。大往生ってところだろうさ」


 珍しく饒舌に喋って。そして、ぐるりと部屋の中を回ったかと思うと、自分の机に座った。いつも通りの気怠げな感じで、肘を立てながら――


 ぼんやりと窓の外を見て、小さくこう呟いた。


「ひっそりと独りで生き、ひっそりと独りで死んでいく。……そんな怖いことに耐えられる奴が、どれだけいるんだろうな」

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