おまけ トト・ヴェルデの憂鬱

「……今日で六日目。遠出してるのね」


 なんの日数かと問われれば、忌々しいあの女ココが二年生を何人か率いて依頼に出て行ってから六日目ということ。一挙一動が癇に障るアイツがいない学園というのは、なんとも過ごしやすいものだったけれど、こうも長いとどうにも物足りない気がしてくる。


 普段は半ば強引に連れまわすくせに、今回に限っては私に隠れてコソコソとしていたし。……よっぽど知られたくないことでもあったのかしら。


 弱みを握ってやる機会を逃したかと思うと、少しだけムカついた。


 ムカつくといえば、アイツのゴゥレムについても文句がある。今まで何度かやりあったけれど、三体のうちの二体しか使っていないことだ。


 私の操っているルロワ、マクィナス、アルヴァロの三体は、元となったゴゥレムがいる。これに関しては、アイツが死ぬ前の世代の魂使魔法師コンダクターなら誰だって憶えている名前だろう。


 アルメシア、ククルィズ、そして――虎の子である“スロヴニク”。

 “天才ゴゥレム使い”ココ・ヴェルデの操る三体。


 けれど、アイツが使っているのはアルメシアとククルィズが殆ど。――復活してから今に至るまで、一度もスロヴニクを使っていない。……これは私が実力不足だと舐められているのか。


「……どうにかして引き摺りだせないものかしら」


 カリカリと親指の爪を噛む。


 スロヴニク。未だかつて負け知らずの、まさに鉄壁ともいえるゴゥレム。


 特殊な鋼鉄によって作られたそのゴゥレムは、膨大な質量を有しながらも自由自在に動き回る。ただ腕を振り下ろしただけで地面を抉り、振り上げれば大木も削り取る。常人なら動かすだけで精一杯のそれを、ココ・ヴェルデは己の身体の一部のように操ってみせる。


 普段は鳥型や人型のゴゥレムを繊細に操るので、技術に特化したゴゥレム使いだと思われがちだけれどそれは違う。魔力によるゴリ押しこそ、アレの真骨頂だ。


 ……と分析してみたところで、実物を見たわけじゃないのだけれど。


 兎にも角にも、スロヴニクを破って初めて“ココ・ヴェルデよりも私の方が上だ”と証明できるのに。まだ一度も使わせていない、という現実。


 ……あぁ、苛々する。


 今までアイツの魂の欠片集めに同行して、あちこちに飛び回ってきた。もちろん、そのどこかしらで戦うこともあった。それは魔物だったり、魔法使いだったり、盗賊だったり。


 そこでスロヴニクを出すところか、苦戦するようなことすら一瞬たりとも無かった。認めたくはないけれども、ゴゥレム使いとしての腕は本物だった。私ができないのだから、そこらにいるような雑魚にできるわけなんてない。


 ――そこで使っていれば楽だった、という場面はあったけど。そこはなんやかんやで口車に乗せられて、私がアルヴァロを駆使してた。そこではたと思い当たる。もしかして……。


「何か使えない事情がある……?」


 前例は聞いたことはないが、魂の欠片を集めているぐらいだ。

 まだ万全の状態ではないのだとしたら……?


 出したくても出せない状態の“ココ・ヴェルデ”を下したところで、満足感が得られるのか? それで本当に勝ったと言ってもよいのだろうか? 答えは――否だ。


 ……不本意だけど、協力する必要性がありそうね。

 別に、これまでとやり方は変わらないだろうけど。


 となると、さっさと全ての魂の欠片を回収させないと――


「トト先輩っー!!」

「――っ」


 そんなことを考えながら、魂使魔法科コンダクター棟の廊下を歩いていると、背後から突然に声をかけられる。この声は――例のグループの……。


「これ、なんだと思いますっ!?」


 ――アリエス・レネイト。【知識の樹】に所属している機石魔法師マシーナリー。私よりも一学年下で、接点はないはずなのだけれど……。去年のあたりからやたらと声をかけてきていたし。それにスカイレースの一件以来、アイツがいたく気に入っているせいで――更に顔を合わせる回数が増えている気がする。


「…………」

「ほら、見てくださいっ! 砂漠にちっちゃいココさんがいてですね!」


 ……写真?


 見ろと言われても、持っていた紙は腕を振る度にペラペラとめくれて非常に見づらい。それまでイライラしていたこともあって、半ば無理矢理に糸で腕を絡めとって奪い取る。


「小さいアイツ……?」


 ――――っ。


 そこに写っていたのは、確かにどこかで見た面影で。ココ・ヴェルデと出会ったときの――いや、それよりもずっと前。母に撮ってもらった写真を――って……! あれは私の写真だ。姿


 どうしてだろうか。アイツの写真なのに、そこまで嫌悪感を感じなかったのは。


「……はっ。どうせロクデモナイ性格だったんでしょ。目に浮かぶようだわ」

「あ、あはは……」


「可愛いかったでしょ?」


 憎悪の対象が目の前にまで出てきて、余裕そうな表情でこんなことを言われては、一気に気分が害されてしまう。……こんなニコニコと笑う奴だったっけ。なんだか気味が悪い。


「……最悪ね」


 一気に魂の欠片とか色々なことに対しての興味を失ってしまった。本人に聞こうとしていたことも、今じゃなくてもいい気がしてきた。これ以上は疲れるだけだし、寮に戻りたい。


 持っていた写真を放り投げて、立ち去ろうとした時だった。


「あら? あららら――」


 ――ピクリ、とこめかみが動いた気がして。


「――っ! ルロワっ!!」

「ククルィズ――!!」


 まさか向こうから仕掛けてくるだなんて。

 なんだコイツ、本当に別人みたいになりやがって……!


「年上に対する口のきき方がなってないんじゃなぁい? 躾が必要かしら?」


 こころなしか向こうのゴゥレムククルィズの攻撃が重たい。ルロワに繋いでいる糸からビリビリと伝わってくる。


「やり方も知らねぇクセして……!」


 母親ララを家に置いて勝手に出ていって、勝手に死んでいった奴が、躾なんて言葉を口に出しただけで反吐が出るわ……!


「表に出ろォっ!!」


 やっぱり自分たちの関係とはこうあるべきだ。

 ゴゥレムを操る技術を競う。ゴゥレムを作りだす技術を競う。

 切磋琢磨、だなんて気持ち悪いけど、これしかないのだから。


 万全じゃないココ・ヴェルデを下したところで、だなんて我ながら甘い考えだったわ。一度で満足できないのなら、十回でも百回でも叩きのめしてやらなければ。


 憎さが原動力だったはずなのに、それが薄れてしまってはダメだ。


「元気たっぷりじゃない! 私についてこれるかしら――!」


 意気揚々と飛び出したココ・ヴェルデは、楽しそうに笑っていた。何がおかしいのだろうか。まるで遊び相手としかこちらを見ていない。


 ――ムカつく。腹が立つ。

 

十編じっぺんは殺してやる……!」


 数倍癇に障るようになった祖母ココを追うため――

 私もマクィナスの背に乗り、廊下を飛び出した。

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