2-3-3 ヴェルデ編 Ⅳ 【大切なもの】

第百八十九話 『一番大切な物だったからよ』

 とても珍しい――むしろ初めてかもしれない、【知識の樹】への客人。それは、砂漠の町クラヴィット周辺のアンデッド騒ぎを解決してから数日後のことだった。


 全員が揃ってくつろいでいた昼日中。

 ――コン、コン、と二度ノックの音が鳴る。


 いったい誰だろう、と顔を見合わせ、一同が一応の監督役であるヴァレリア先輩へと視線を向けた。いつも通りの気怠げな様子で、『入ってもらえば?』と顎で指す。


 声を出すのも億劫なのか……。


「いったい誰だろ……」


 とりあえず、アリエスが『どうぞー』と入室を促すと――


「ちょっとお邪魔するわよ」


 入ってきた扉の半分ほどしかない身長で、緑色の癖っ毛を三角帽から溢れさせて。ゆっくりと室内へと入ってきたのは、ココさんだった。入ってぐるりと部屋の中を見回して、『いい部屋ね』とにっこりと微笑む。


「あ、ココさん。いらっしゃい」

「ちょっと待ってください。すぐお茶いれますね」


「珍しいっすね、グループ棟に来るなんて」

「少し用事があってね――あら」


 ココさんとヴァレリア先輩の目が合う。


「初めまして、かしら。ココ・ヴェルデよ、よろしく」


 ココさんもヴァレリア先輩も、ミル姐さんが学園に乗り込んできて暴れたときにいたはずだけども、そういえばこうして話すのは初めてだったな。


 むしろ、【知識の樹】に他の生徒が入ってくることが珍しいのかもしれない。ココ先輩を除けば、あとはアリエスが学生大会の打ち上げに招待したシエットとルナぐらいか。学園長は……まぁ、例外としよう。


「ヴァレリア・フェリウスだ。話はよくよく聞いている」


 部屋の奥にある机から身じろぎもせずに、外向けの微笑みをココさんへ向ける先輩。それはなんともまぁ、自分たちが初めてこのグループに誘われた時と似たような感じで。相手が天才ゴゥレム使いだったからといって、別に怯んだ様子もない。


 この間の様子から、あまりいい印象は持っていないのかなぁ、と思ってはいたけど……。表面的には、そう波風も立っていない様子。


「どうやら“度々たびたび”、“私の後輩たち”が、“世話になっている”ようで」


 ――いや、前言撤回。言葉の端々にトゲが含まれてた。


「……ごめんなさいね、独占しちゃって」


 戻ってきて何があったか話してはいるし、少なくとも半分ぐらいは自分たちの意思で同行していることは伝えているんだけども……。自分を構わず別の人のところに行っている、というのは構って欲しがり屋のヴァレリア先輩には思うところがあるのか。


 ――とはいえ、どちらも分別ふんべつがあるというか、落ち着きはらっていて。

 そこから喧嘩に発展する、ということは流石に無かった。


「今回もそういった用事でこちらに赴いたのかな?」

「……ええ、そうね。もちろん、本人たちの了承を得てだけれど」


「今度はどこに向かうんですか?」


 前回は砂漠だった。危険さで言えばそれなりに、といった感じだったけれど、別に『二度とついて行きたくない!』という程でもない。逆に、今回のを乗り越えられたということは、一端いっぱしの魔法使いとしてはそれなりの実力が育っていると自信が持てたわけで。


 自分にはこれといって切迫した用事があるわけでもないし。きっと他のメンバーも同じようなものだろう。なので、ココさんが誘ってくれるというのなら、ついて行くのもやぶさかではないのだけれど――


「もう前から一年経つからね。――墓参りと、忘れていたものを取返しに」


 ……墓参り?


「必要なのは後半ってことでいいのかね」

「詳しいことは今は話せないけど……どこに連れて行っても怒らないかしら?」


 半分おどけた調子でそういうココさんに、ヴァレリア先輩は『んっふっふ……』とこれまた不敵な笑みを浮かべていた。


「……残念だが、それじゃあ駄目だな。おこりゃあしないが、今話せ。これは監督役として、聞く必要のあることだと思うんだよにゃあ。ま、聞いてから『駄目だ』なんて言わないから安心していい」


 …………。

 再び、二人の視線がぶつかる。

 そうして折れたのは、ココさんの方で。


「――私の魂集めも、そろそろ終わりに近づいてきたのよ」


 右手を握ったり開いたりしながら、静かにそう口にした。


 初めてココさんと出会い、そしてこれまでいろいろと手伝ってきて。ようやく、その終わりが近づいてきて。だからこそ、自分たちを誘っているのだと。そう言われては、無下に断るわけにもいかないだろう。


「……今って何割ぐらいなんですか?」


「んー。七割ぐらいかしら」

「な、七割……?」


 先日あれだけロリココさんと激しい戦いをしていたのに、あれでまだ七割よりも少ない状態だったのか……。そして今で七割なら、完全に戻ったときにはどれほど凄いことになるのだろう。


「あれでもう八割超えてると思ってたんだけどな……」

「まだまだ。片鱗すら見せてないわよ」


 カラカラと笑うココさん。


「――で、最後の魂の欠片はどこに?」


 少しだけ『んんん……』と悩んだ様子を見せたけれども、大きく深呼吸をして、肩を竦める。……そこも含めて話すように、とヴァレリア先輩から条件を出されているからな。


「実は、魂の場所も既にどこにあるのか分かってるのよ」

「やったぁ! それじゃあ、楽に済みそうなんだ!」


「どうだといいんだけどね……。今回ばっかりは、覚悟しておいてね」


 そう言うなり、テーブルの上に地図を広げて。『まずはここが私の故郷』と指を学園から滑らせていく。学園から南西の位置の海の上。ココさんの指先にある小さな島には、港町であるボルダーとピーコートという村しかない。


 そこから更につつつーっと真っ直ぐに南に降りて、この間の目的地だったコンポートに近づいていく。――と思いきや、少しずつ西へと逸れていき、砂漠大陸の南西にある、またもや小さな島で止まった。


「ジューダス島……?」


 はて、その名前にはどこか聞き覚えがあるような。


「それって、ココさんが最期にいた島の名前じゃ……?」


 ハナさんがそう口にして、驚愕の色を露わにしたヒューゴとアリエス。『うええぇぇぇ!?』と二人が揃って声を上げた。


「そんなに驚くことないじゃない」

「だ、だってだって! 他でもないココさんが、あそこで死んだんですよね!?」


「正確に言うと死んでないんだけどねっ! 失礼しちゃうんだけど!」


 島で瀕死の重体を負ったココさんは、自分の魂を幾つにも分割して、それを所有していた道具などにそれぞれ封じ込めて海にばら撒いた。そうして数十年後に、自分たちの目の前で復活を果たしたわけだけd……。


 それを、命からがら逃げ延びたと言っていいのだろうか。

 ……ほぼほぼアウトじゃないか?


「――でも、危険だと分かっているからこそ、最後にしないといけなかった。今の状態で七割――つまりは三割の魂の欠片が、あの島に残されている。ざっと三分の一ね。それ以外の魂の欠片は無い。今の私にとって、これがベストの状態なのよ」


「どうして! 一番!! 取りに行きにくい物に!!!」

「一番大量に、魂をつぎ込んだんです!?」


 半ば悲鳴のように抗議の声を上げる二人。

 ……まぁ、実際にココさんでも危険だった場所に行こうというのだ。

 しかも、今回はまだ七割程度しか回復していないココさんと一緒に。


 それならせめて、万全の状態で連れて行って欲しいし、できることならもっと別の場所に回収に行きたかった、というのが本音だろう。


「それが――」


 しかし、それでもココさんには事情があった。

 少なくとも、自分にはそう見えた。


「私にとって、一番大切な物だったからよ」

「っ――――」


 そこに魂の三割を置いておかなければいけない理由が、きっとある。


「これを取り戻さない限りは、ココ・ヴェルデが復活したとは言えないわ。これから取りにいくもの――これは二重の意味で、私の魂の一部なの。……回収に協力してくれるかしら」


「そりゃあ、ここまで手伝ったんだからよ……。行かないわけにはいかねぇよな」


『なぁ!?』とヒューゴがこちらにも呼び掛ける。一度は驚き、怯みもしたけれども、ココさんの真剣さに押し切られた形。それに関しては言わずもがな、自分たちだって十分に理解している。


 あとは――ヴァレリア先輩がそれを良しとするかどうかだが……。


「命を懸けてまで成さなきゃいけないことがあるのは分かった。ま、死後の世界じゃなければ、どこだって構わないだろう。必ずここに、戻ってこれるな?」


 そう挑戦的に尋ねられた自分たちは、迷わず『もちろん!』と答えたのだった。






 それから少しだけ準備をして。ココさんと一緒に、学園から他の町へ移動するための馬車に乗るため、学園内の乗り場へと移動する。中庭を通り、学園の外へと繋がる廊下を歩いている時だった。


「――ココ!」


 そう彼女の名前を呼んだ珍しい声。

 学園の保険医的な立場であるウィルベル先生だった。

 普段の先生の様子からしては珍しく、少し怒っているような感じもする。


 たしか二人はずっと前に面識があったんだっけか。学園でもたまにだけれど、一緒にいるところを見かけたりもしている。仲がいいものだと思っていたけれど、二人の間に何かあったのだろうか。


「あらあら……先に行ってて。外でトトも待ってるわ」


 そう促されて、ココさんを残して先に向かう。


 話の内容も気になるけども……。別に聞いてもいいことなら、わざわざ『先に行ってて』とは言わないだろう。後から教えてくれることを期待して、外へと出ると――


 馬車乗り場には、ココさんの言っていたように、トト先輩が待っていた。


「へぇ、これが最後。長いことかかったものね」


 前回は“特別な事情”があっただけで、普段はトト先輩と二人であちこちの地域を回っているんだったっけか。それについては、トト先輩自身どう思っているんだろう。……こちらとしては、親子――というより祖母孫水入らずのところを割り込んだみたいで少し申し訳ないのだけれど。


「……アンタたち、アレココとどこか行ってきたんでしょう?」


 先に口を開いたのはトト先輩の方だった。

 自分から話しかけてくるのは珍しい。よっぽど気になることでもあったのか、もしくは、よっぽど気に障ることをしてしまったか、のどちらかだ。


「え、えぇ、まぁ……」

「…………」


 無言でこちらを睨みつけていた。……なんだってんだ、何か間違ったか?


 先輩とは一緒にどこか行ったこともないし、ましてや楽しく談笑をした経験があるほど仲が良いわけでもない。強いて言うなら、グロッグラーンの教会で一度一緒に戦ったぐらいだ。


『あの子も、なんだかんだ言ってテイルくんたちのことを気に入ってるのよ』


 ココさんはそう言っていたけれども、『ホントか?』と疑いたくなるほど、それが表面から見えることがない。これが嫌われているとかなら、まだ納得ができるのだけども。


「…………」

「トト先輩も聞きたいです? 砂漠であったこと。ちっちゃいココさんが見たことのないゴゥレムとか操ってたんですよー」


 アリエスが横からそう言うと、トト先輩がこくりと頷いた。


 ……なんだよ。話を聞きたかったのかよ。

 え、それじゃあそう言えばよくないか?

 なんで威圧されたの、俺。


 そうしてアリエスを中心に、クラヴィット周辺でのアンデッド騒動についていろいろ話して時間を潰して。十分もしないうちに、ココさんがやってきた。『チッ』っと舌打ちをするトト先輩。もう少し話を聞いていたかったのだろうか。


「……遅い。くだらないことで待たせるんじゃないわよ」


 本当はもっと話を聞いていたかったんだろうに。ツンデレか。


「ま、ちょっと友人からこってり絞られちゃってね。続きは帰ってからだわ。――で、何か話していたみたいだけど、面白そうなことでもあった?」


「…………っ」

「それがですね。実は――……っ」


 嬉しそうに答えようとしたアリエスだったが、『トト先輩がココさんの話を聞きたがって――』とまでは口から出なかった。途中で、険しくなったトト先輩の視線に気づいたからである。


「と、特にこれといって……あはは……」

「……? あらあら、挙動不審になっちゃって。可愛いわね」


 苦し紛れの誤魔化しでなんとか躱して。

 トト先輩とココさんの生まれ故郷、ピーコート村へと向かうのだった。

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