第一話(前) 『聞いてないけど!?』
「――皆さんパンドラ・ガーデンへようこそ。私が学園長のヨシュアです」
「学園……長……?」
歌劇場にもひけを取らないほど豪華なホールに、落ち着いた声が響く。
複合式魔法学園、パンドラ・ガーデン。
剣術、弓術、槍術――闘う
――で、その学園に自分、テイル・ブロンクスは入学したわけだ。
昨日に目の前の壇上で話をしているヨシュア学園長に助けられ、“少しの融通を利かせて”入学枠に押し込まれたのである。
荷物の中に入っていた案内にざっと目を通したけれども、そんなことがつらつらと書かれていた。あくまでも‟この世界における一般常識”が少々欠けている自分にとっては、こんな薄っぺらい紙の束でもこの上ない情報元になるのだから
「己の才能を、この学園で発芽・開花させるために。是非とも、ここを卒業した暁には。後世に語り継がれる程の大輪の花を咲かせていることを、私は期待しています。それ故のガーデンなのですから――」
なんて、長々とした挨拶を聞き流しながら、新入生、在学生、教師陣、来賓。この広いホールに集められた他の人たちの様子を、横目で観察してみたりして。
ステージ上には自分を導いた(まさかの学園長だった)人物が歓迎の言葉なりを述べている。ホール横の壁からこちら側に並んでいる客席のような場所には、教師っぽい大人がずらりと並んでいた。中には『……先生?』みたいな人もいたけど、そこは気にしない。
――後はステージ正面の席。まさしく自分達が座っている部分。
学年順に列が分けられていて、一番前が自分達新入生の席で。その後ろが二学年、三学年と続いているのだと思う。座っている人たちの雰囲気で判断しているだけだけど。
なんせ、この世界は種族によって外見も寿命もバラバラで、人間基準で考えてたらダメだというのが、表の世界へと出てきて理解しなければならないことだった。
あとは……各学年の右端の数列も、気にはなるところ。
不自然にきっちりと二列ずつ空けられ、そこだけは殆ど空席になっていた。……席が余ってたんだろうか、それにしては無駄に取り過ぎている気もするけど。
「続いて――新入生代表、グレナカート・ペンブローグ」
……新入生の挨拶まであるのかい。思っていたよりも普通じゃないか。
いや、この段階で普通じゃない学園も嫌だけどさ。
「――はい」
先頭に座っていた男子生徒が立ち上がると、あたりがざわつき始める。
『ペンブローグってあの……?』
『キャー! グレン様ァ!』
『……面倒なことにならないといいけど』
『本当に!? やったぁ!』
『あれと同じ代って、今年の新入生は災難だねぇ……』
新入生席の女子生徒からは浮かれたような声が上がり――逆に男子生徒からは絶望に似た感情が声に滲み出ていた。在校生席からは
「あの……」
「…………」
隣の椅子に座っていた白髪長髪の女子に話しかけるも無反応――とは、厳密には違うか。視線がこの上なく冷たい。鋭い。それだけで心が折れそう、というか折れた。なんというか……生理的にマズい。謎の苦手意識だった。
仕方ないので反対隣に座っている男子生徒に尋ねる。……むしろなんで最初からこっちに話かけなかったのだろう。おっかしぃなぁ……?
「あのさ……“ペンブローグ”って……いったい何?」
「……お前知らないのか? ペンブローグっつったら名家中の名家だぞ」
……え。少し気になったから聞いてみただけなんだけど。
そんな呆れ顔をされなきゃいけないのか?
「ドワーフ族の中でもかなり上位に食い込むぐらいの金持ちで、どの代の家長も才人揃いらしいぞ。あのグレナカートについてもいろいろと噂が飛び交ってたけど、こうして人前に出てくるのは初めてなんじゃないか」
壇上へと上がったことで、‟その”グレナカートの様子がよく見える。雄々しく逆立った髪の毛に薄く黒がかった肌。整った顔立ちに引き締まった
「へぇ……」
金もあって、才能もあって。
――そのどちらも、自分にはないもので。
生まれ変わる前はもちろんのこと、この二度目のチャンス――生まれ変わった後でも、到底勝ち目のない程の差があった。
「世の中恵まれてる奴もいるもんだねぇ……」
どうせ生まれ変わるのなら、あんな感じにして欲しかったんだけどな。
……恨むぜ、神様よ。
そうして長かった入学式も終わり、明日またホールに集合するまでは自由行動ということで。寮へと戻って一人で時間を潰すも良し、学内を一足先に見て回るも良し、ということらしい。
「……構内自由見学――及びグループ見学?」
構内を見て回るのは分かるけど――グループってなんだ? 入学時に渡された学園の地図には至る所に☆が付けられていた。右下に小さく『☆:遭遇ポイント』と書かれて……って、なんだこれ。
――ガササッ!!
「グループが何なのか知りたいって!?」
「いや、聞いてないけど!?」
いきなり道端の植え込みから、女子生徒が飛び出してきた。いや、むしろ飛びかかってきた。制服の色が新入生のものと違うことから上級生――後のブロックだったから三年か。
「少し長いだろうけど、しっかり聞いてよね!」
「いや、別に聞いてないんだけど!!」
ドンと張られた胸元についた、大きな星型のバッジがキラリと光る。……星? まさか『☆:遭遇ポイント』ってそういうことか? 不安になって地図を再確認すると案の定――
「グループっていうのは、文字通り数人で組む集まりのことで――」
……始まってしまった。どうやら人の話を聞かないタイプらしい。
「基本的には四人か五人。多くて六人ぐらいかな。基本的に魔物の討伐をする狩猟者だったり、遺跡の探索をする冒険者だったりって依頼を受けるときは他の人と組むものでしょう? 今のうちに感覚を掴んでおくもよし! 未来の仕事仲間として結束を深めるもよし! ただ、個人同士で勝手に組んでもらっても学園側での管理が大変だから、一部の上級生とか教師が監督役として必要なの。行事だったらグループに向けてのモノもあるし――」
この間、約十秒。もう駄目だ。滑舌よく、更に早口で一気に説明されて頭がパンクしそうだった。何もかもが一方的過ぎて、どう反応すればいいのか分からない。
「――ということで、入っておいて損はないと思うわよ。ここまで説明したんだからさ、是非私のグループに――てぇっ!?」
突如、窓の外で轟音と共に火柱が上がった。遠くからは悲鳴も聞こえる。
……おいおい、本当になんなんだよ、この学園っ!
「っ――」
――ともあれ、このチャンスを逃すまいと飛び出した。最初に捕まった段階で飛び出しても良かったのだけれども、情報は多い方がいいと何処かで考えていたせいもある。
親切を仇で返すようで悪い気もしていたけど、最初から見返りを求めるつもりだったのならお互い様ということで。
「もー! 私はまだ優しい方なんだからねぇー!」
……遠ざかっていく中で、なんだか嫌な発言が聞こえた気がする。戻ってどういう意味か問いただしたい気持ちもあったけど、どうやらそんな必要はないらしい。
――すぐにその意味を理解することになったのだから。
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