第一話(後) 『ようこそ、【知識の樹】へ』

「なんだってこんなに――!」


 建物の外だろうが、建物の中だろうが――場所を問わずに行われる、勧誘に次ぐ勧誘。どこのグループもメンバーを欲しているらしく、半ば強制的に引きずり込まれる同級生を見かけたのも、一度や二度では無かった。


 ……どこでもいいから、普通に話をしてくれる所はないのだろうか。


 今となっては、一番初めの先輩の話をゆっくり聞いた方が良かったのではないかと思える程に、学園中が戦場の様な有様となっていた。


 たしか上級生が監督役をすると言っていたし、このグループというやつも成績か何かに直結しているのかもしれない。


「そりゃあ、必死にもなるわけだよな……って――!」

「おい、あそこに新入生がいるぞ!」


 ようやく振りきったかと思えば、廊下突き当りの階段から目を血走らせた上級生たちが!?


「その制服の色、君も新入生だよね!? 僕らとイイトコロに行かない!?」

「今なら洗剤も付けるよ!」


「なんの勧誘してんだアンタら!?」


 ――こんな調子で、ひたすらに追われ続けていた。メンバー勧誘の為に新入生狩りを行う上級生――むしろ誰のための時間なんだこれ!?


――」


 曲がり角を曲がった瞬間に姿、渡り廊下から中庭へと飛び降りる。――そのまま植え込みの中に潜り込んだ。外からは見えないし、万が一見つかったところで新入生だとバレることはまずないだろう。


 自分の種族固有の変身能力。昔から父も兄弟たちもできていた、そう珍しくもないが便利な力だ。ただ、この姿では戦えないし、打たれ弱くもある。ホイホイと使ったりはしないのだが、この場合はキリもないしやむを得ないだろう。


「はぁ……。とんでもない学園だな……」


 グループについては、数日後に落ち着いた頃を見計らって、適当な教師に話を聞けばいいか……。とりあえず、ここではまだ安心できないし、もっと人目につかない場所まで移動して――


『お、おい……あれ、なんだかヤバくないか!?』

『どこの科の生徒がやったんだよ……! 早く先生を呼んで来てくれ!』


 なんだか中庭の様子が騒がしい。


「妖精の入ったリガートが暴走したらしい」

「あれ、装置なのか……!? まるで小さな太陽だぜ!?」


 気になって見に行くと、空に浮かぶ小さな金属の球が炎をまとい、眩いほどの光を放っていた。


 “りがーと”というものが何なのかは分からないが、あの中に妖精が入っており、それが原因で光り輝いているのか? 状況は掴めないものの、このままではマズいらしい。


 魔法を使える生徒が水を撃ちだしているものの、あまりの眩しさに狙いが付けられず、上手く消火できないようだった。


 せめて誰かが地面に叩き落せばいいのだろうけど――


「なんだぁ……? 騒がしいじゃねぇか」


 渡りに船というべきなのか。色眼鏡グラサンをかけたガラの悪い生徒が向こう側から歩いてきたではないか。


 太陽並みに輝く金属球。そしてグラサン。――となると、どう動けばいいのかは想像に難くない。幸いにも、浮いているとはいえ、まだ建物二階程度の高さだ。


 ……自分なら、壁を蹴って十分に登っていける。

 この騒ぎの中から、誰かに見られるということもないだろう。


 グラサンをかけた生徒が横を通り過ぎた瞬間に、植え込みの中から飛び出し、人と獣の中間――亜人デミグランデの姿へと戻る。この姿が一番動きやすいけど、衆目にさらすのははばかられるからな。


「――借りるぞ!」

「眩しっ!? オイなんだ、誰だテメェ!!」


 背後からグラサンを奪い取り、一目散に駆けていく。怒号が飛んでくるも、これだけ眩しければ追っても来ないだろう。距離としては10mと少しぐらいか。中庭で混乱している生徒たちの間を縫うように走り抜け、棟の壁に足をかけた。


 ――身体が軽い。思い通りに動く。どこにだって行ける。入学式では生まれてきた境遇に恨みがましいことも言ったが、この黒猫の亜人デミグランデの身体だけは気に入ってるんだ。


 一歩、二歩と壁を蹴り、ぐんぐんと登っていく。そのまま光球へと飛ぶ。

 グラサン越しでもまだ眩しいが、場所を見失うほどじゃない。


 高度は十分。少し高いぐらいのベストポジション。そのまま身体を捻り、人の少ない場所を狙って強く地面へと蹴りつけてやった。一瞬だし、靴越しだったので火傷はしなくて済んだみたいだ。


「落ちて来たぞー!!」

「急げっ!! 一斉消火だ!!」


 ガシャンと大きな音を立てたものの、誰かに当たったりはしていないみたいで安心した。地面に着地する前に猫の姿へと変わり、誰かに見つかってしまう前に、また身を隠すことにした。






 ……これで、騒ぎも収まったかな。


「このグラサン、どうやって返したもんかなぁ……」


 残る問題は、背中に引っ掛けているこの借り物だ。


 もう用は済んだので持ち主に返そうにも、あまりの人ごみに簡単には見つかりそうもなかった。とりあえずは、どこかで人の姿に戻った方がいいか……と道中身を隠しながら学科棟の裏へと回ったその時――


「――やあやあ子猫ちゃん。どうした? 迷子かなー?」

「――っ!!」


 ――時が止まったかと思った。


 背中に引っ掛けていたグラサンを奪われ、急に体を持ち上げられる感覚と共に、視線がどんどんと上昇して。抜け出そうともがくも、首根っこを掴む手は微動だにしなくて。


 ――うっ!? なんだこの匂い!?


 強烈な臭いが、ヒトの時よりも鋭敏えいびんになった嗅覚に突き刺さってくる。花かなにかを使った香の臭いなのだとは思うのだけれど、そんなのをしっかりと確認する前に意識が飛びそうだった。


「ほらほら鳴いてみ? ほら、ニャーンて」


 嘘だろ、おい。いったい誰だ!?


 ――決して気を抜いていたわけじゃないのに。まさか、この姿の状態で人に捕まるだなんて。捕まる直後まで気づかなかった臭いといい、あまりに訳が分からな過ぎて混乱していた。


「あー、可哀想に。今はどっこも騒がしいからねぇ。驚いて怯えてるんだろう? なぁ、そうだろう? んふふふふ……」


 怪しい笑い声と共に、くるりと回されて目に入ってきたのは――


「――っ!」


 ――言葉を失った。


 自分から取り上げてかけたグラサンの奥に覗かせるのは、にやけた表情の中でも印象的な琥珀色アンバーの双眸。俗に言う“黄金瞳”というやつで。その瞳と、蠱惑的な唇を包むように伸びているのは、焔のような真っ赤な髪だった。


 その髪も、後ろの方は纏めて垂らしていて。どこをとっても‟美人”と表現するしかない外見の女子生徒だったのだけれど――


「んふふふふふふ……」


 何処からともなく湧き上がってくる恐怖心が、警戒心が。『下手に動くべきではない』と、脳に警告を発していた。幸いにも目の前の彼女は自分の正体に気が付いていないようで――俺の首根っこを掴んだ状況のまま、何処かへと向かい始めたのだった。


 うっぷ……。


 その怪しい笑いと、むせ返るようながそれをぶち壊しにしていた。ついでに言えば、所々で意味も無く挟まれている軽やかなステップが、三半規管さんはんきかんにダイレクトアタックを仕掛けてくる。


 右へ、左へ。まるで酔っ払いだ。

 ――この人もヤバい部類の人なんじゃ……!?






「やあやあ、みんなお待たせぇー! 悪かったね、待たせちゃったね!」


 そうして連れられたのは、式が行われた中央棟から少し離れた棟の一室。自分と、自分を連れてきた彼女以外に、既に椅子に座っていたのが三人。制服の色からして全員、自分と同じ新入生で。


「待たせただなんてとんでもない! 何時間だって余裕で待つっすよ!」


 嬉しそうに目を輝かせている男子生徒――こげ茶色の短い髪を後ろに流しており、肌に少し赤みがかかっていた。右腕には腕輪を付けていて、赤い宝石が嵌められている。……炎の妖精魔法師ウィスパー? 外見からしてドワーフ族だろうか。


「私たちみんな暇ですし……。あはは……」


 その向かい側に座っている、少し遠慮して佇んでいる様子の女子生徒――腰までありそうな長髪は濃い紫をしていた。種族は分からないけれども、頭に付けたゴーグルと工具のはみ出したポケットを見る限り機石魔法師マシーナリーだろう。


「あらあら、可愛いお客様もご一緒なんですね。お菓子でも出しましょうか?」


 その隣の……ウサギの亜人デミグランデ? 状況を理解しているのかいないのか、ほわほわニコニコと微笑んで。ピンと立ったウサギ耳には花輪が引っ掛けているあたり、天然でやっているのだろうか。魂使魔法師コンダクターには見えないし、機石魔法師マシーナリーにも見えないし。こいつも妖精魔法師ウィスパーあたりだろう。


「よし、これでメンバーも揃ったことだし! 自己紹介といこうか!」

 

 そう言って、空いていた椅子に自分をちょこんと乗せて。名の知らぬ先輩様は窓際の、一際豪華そうな机へと着いた。


「そうだなぁ……まずは君から!」


 ――間髪入れず、集められた一年勢こちら側を指さしてくる。いやいや、普通上級生からだろ、こういうのって。人に名を尋ねる時は、まずは自分からというのを聞いた事がないのだろうか。


 ……まぁ、自分はたまたま見つかって拾われただけだし。

 このままやり過ごせば――


「…………?」


 ――間違いなく。寸分違わず。その指先は自分へと向けられていた。


 振り返ってみると、他の三人も意味が分からず、困った表情をしながらこちらを見ていた。


 自己紹介をしろと言われて、目の前の猫を指さしている先輩がいるのだ。誰だって困惑するだろう。可哀そうに……開幕から冗談を飛ばすような、つまらない先輩にあたってしまって。


 ……


「ほら、?」

「――――っ!」


 ――バレていた。全て分かった上で、連れて来ていた。


「あぁ、そうか。こういうのは、こちらから先にするものだったか。悪いね、うん。なんせまだ慣れていなくてねぇ。私は――三年のヴァレリア。所属は妖精魔法科ウィスパーだ。君たちを心の底から歓迎するよ」


 グラサンを外し、ヴァレリアと名乗った先輩は――外から差し込む陽光を背にして、机に肘を突き両手を組んで。そこに顎を乗せたまま、楽しそうにこちらへ微笑みかける。


「――ようこそ、【知識の樹】へ」


 そう言うヴァレリア先輩の瞳は、先ほどと変わらず金色の輝きを放っていた。

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