第二話 『迷わない奴は迷わないもんだよ』

「なんなんだいったい……」

「いやぁ、面白い先輩に捕まっちゃったもんだよね。お互い災難だねー、うん」


 カラカラと隣で笑っているのは、先ほどの【知識の樹】加入の際にいた女子生徒――自己紹介ではアリエス・レネイトと名乗った機石魔法師マシーナリー科の一年女子だった。


「猫のままでも可愛かったのに、勿体ない」

「……うるせぇ」


 男子に向かって可愛いとは不届きな奴め。例え猫の亜人デミグランデということを加味したとしても、そこは口に出さないのが礼儀だと思う。


 隣を歩いているのは、この馴れ馴れしい女子だけではない。アリエスの他にあと二人、計四人。突如組まされた一年メンバーで、現在学内の廊下を歩いている最中だった。


 それもこれも、グループを組むきっかけというか、元凶であるヴァレリア先輩からの命令のせいだった。あの先輩の強引さに呻きながら、右手に刻まれた花の紋章をさすった。






――――――


 それは、【知識の樹】での自己紹介があらかた終わった後のこと――


『というわけで、全員自己紹介をしてくれたってことは、ウチに入るってことでいいな? 何か異論のある人はいるー? どうせどこかに入るまでは、ドタバタと追い掛け回されるだけだぞ?』


 全員が簡単な自己紹介を終えると、ヴァレリア先輩は組んでいた手を開いて、表情も最初に会った時の腑抜けたものに戻っていた。心なしか、瞳の輝きも収まっているような、いないような。さっきまでの物々しい雰囲気はなんだったんだろう。


『もちろん、俺はここで決まりっスよ!』

『私は……ここが一番落ち着くと思うので』

『まぁ、どこに入ったって同じだろうしねぇ』


『…………』

『子猫ちゃんは? んんんん?』


 このまま勢いでグループに入ってもいいものなのだろうか。目の前の先輩は少し(?)変わった人だけれど……。ただ、ここで加入してしまえば、他から勧誘されるわずらわしさが無くなるというメリットもある。


 まぁ……嫌なら最悪、バックれてしまえばいいか。

 それこそ、言えばどこにでも入れるのだろうし。


『……自己紹介したんだから、子猫ちゃんはやめてください。俺だって、別にこだわりもないし……ここでいい』


『よーしよし! それじゃあ、全員加入けってーい! それでは、キミたちに渡したいものがあるので――ほら、ハナさん以外は全員こっちに来て、手を出してみ』


『え……?』


 にこやかな笑顔を浮かべ“おいでおいで”してくる先輩。その様子に少しだけ怖気づく。……良い事がある気がしないんだけど。


『なんでハナさん以外……?』

『はやぁぁぁぁぁく!』


 先輩に急かされ、まずは一番近くにいたアリエスが手を差し出す。


『あ、右手ね。左手じゃなくて』

『は、はい……』


 何が起こるか分からない不安に、オドオドとしながら。

 ……初めて“真実の口”に手を入れた人みたいになっていた。


 そうして出された手を包む様に、先輩が両の手で上下に挟み込む。そこから淡く光りが灯って――


『はい、完成!』

『……なにこれ?』


『うおぉぉぉぉ! カッケェ!』


 ――解放されたアリエスの手の甲に浮かんでいたのは、大きな四枚の花弁のマーク。いわゆる紋章クレストというやつだろうか。次にヒューゴ、そして自分と、ハナさんを除いた三人の右手の甲に紋章が刻まれる。


『これが! このグループ【知識の樹】に所属している証だぁ!』


 ということは、グループごとにこの紋章は変わるのだろう。円形の枠の中に一本の花がドンと描かれており、これはこれで映えていた。入れ墨というほどではないけれど、こういうのにも憧れていた部分がどこかにあって、少しだけワクワクしている自分がいる。


『で、なんでハナさん以外なんです?』

『あの……私は先に貰っていたので……』


 そう言って、遠慮がちに左手の甲を見せるハナさん。

 そこには、自分たちと同じように花の紋章が浮かび上がっていた。


 話を聞くに、ハナさんは入学式よりも前の日にあのヴァレリア先輩と出会っていて、その時にはもうグループ加入が決定していたらしい。紋章もその時に刻まれたそうだった。


『んっふっふー。ようこそ、と歓迎したところで――どうだ、まだまだヒヨッコの君らに、課題を与えようじゃないか』


『……課題?』

『おっしゃ、任せてくださいよ! 何をすればいいんです?』


 恐る恐る尋ねるアリエスと、意気揚々と立ちあがる男子――ヒューゴ・オルランドとかいう妖精魔法科ウィスパー一年。自分としてはアリエスと同意見、嫌な予感がしてならない。


『――見学だよ。今日の予定にあっただろう? “構内自由見学”って。互いの親睦しんぼくを深めるついでに、四人で回ってくるといい。広いからあっという間に日が暮れるぞー』


 そんな呑気な口調で、いかにも『今決めました』みたいな事を言い始めたかと思いきや、何やら傍に置いてあった袋に顔を突っ込みスーハースーハーしていた。


 ――あ、これ絶対ヤバいやつだ。

 白い粉だとか危ない薬だとかそんなやつだ。


『あ、気にしなくていいからね。これ、ただのお香らから。うん……うん……ふへへへへ……』と段々と呂律も回らなくなり怪しい笑いが漏れ出していた。


『嘘つけぇっ!! 中毒性高そうな雰囲気がプンプンしてんだよっ!!』






「……もう一度聞きたいんだが、お前らなんであのグループに入ろうと思ったんだ」


 思い出しただけでも頭が痛くなってくる。匂いのことも当然ながら、あの先輩の奇行。適当なグループでいいとは考えちゃいたけど、明らかに入るべき場所を間違えていた気がする。


「そりゃあ、あの先輩が超絶格好いいからだ!」


「いやぁ、本当に危ない感じなら断ろうと思ったんだけど――」

「袋の中身のお香も、ちゃんとしたものでしたし」


「本当かよ……」


 魔法使いにとって、精神面の状態というのは密接に関係していて。集中を欠いていれば魔法の制御はままならないし、逆にリラックスしていれば、それだけ魔力の回復力も上昇するらしい。


 そのリラックス状態を作るのに、植物の花や枝、その油を焚いて香りを嗅ぐのが手頃な方法だった。けれどもあの先輩の場合は嗅ぐこと自体に夢中になっているようで。


「アタシらは先輩に強引に連れてこられたんだよねぇ、ハナちゃん」


「レネイトさんは作業場にいたところで声をかけられたのでしたっけ。私は外れにある自然区の入口にいたのですけれど――」

「あー、アリエスでいいよ。家名で呼ばれるの慣れてないし」


「お前はぶら下げられた状態で連れてこられてたよな」


 なにも、好きでぶら下げられていたわけじゃない。それこそがっちりと首根っこを掴まれており、逃げる暇なんて無かったんだから。


 ……ありゃあ普通じゃないよなぁ。もそうだけど、なによりあのヤバい状態と周囲を巻き込む強引さだ。――不意に巻き込まれるといった感じだと、これで二度目……いや、三度目だろうか。


「……何度遭っても慣れないな。この学園に入るきっかけも、あれと似たようなものだったし」


「きっかけって?」

「……ここの学園長に声をかけられた」


 もちろん最初は、学園の関係者なんだろう、ぐらいは思っていたけれど……まさか学園長とは。けれど、それなら『融通が利く』と言っていたのも頷けるか。






「……あら、ここでしょうか?」


 そんなこんなで辿りついたのは、中央棟にある一室。学園の施設の中でも代表的な、図書室の扉の前だった。


「なんせ魔法学園の図書室だから、期待しちゃうよね」

「……期待?」


「そりゃあ、あれだろ! 魔法の極意だとか奥義書だとか、はたまた禁書だとかさ!」

「読んだら最後、意識を失ってしまったり――」

「そんな……怖いですそんなの……」


「いやいや、そんなもの生徒の手の届く所には置かないだろ」


 お前ら図書室をなんだと思ってんだ。


 適当なことを言っている三人を置いて扉に手をかけると――目の前で固く閉ざされていた扉は、驚くほど静かに、それでいて滑らかに開いた。


「……うわぁ」


 見渡す限りの本、本、本。そしてそれを貯蔵するためだけに設えられた部屋――いや、部屋と呼ぶには生ぬるいか。館でもまだ足りぬ。言うなればそう、城である。階段の先にはまた階段があり、前を見ても左右を見ても果ては遠い。


「明るいけど、照明はどうなってるんだろうね」

「これも何かの魔法?」


「光源も見えない――ってか、天井が見えないしなぁ……」

「すっげぇ……」


 壁という壁、そして部屋中に規律正しく並べられた書架の群れにも関わらず、閉塞感が一切ないのはそのせいもあるだろう。


 まるで、田舎に住んでいた者が初めて都会に来た時のように。四人が四人とも口を開けて辺りを見回していたところで、真正面のカウンターから声をかけられた。


「いらっしゃい、新入生だね。何か探している本でも?」


 中にいた初老の女性が、腕組みをしながらこちらを見ている。他に教員っぽい人の姿が見えないことから、どうやらこの人が図書室を管理しているらしい。


「いえ……今日は学内の探検です」

「今日は借りないけど、図書室の中も回っていい?」


 アリエスは何度かここに訪れたことがあるのか、気軽にやり取りを交わす。


「構わないよ、走ったり本を傷つけたりしなけりゃあね。本を借りたり返したりする時に、このカウンターに来ることさえ守れば出入りは自由さ」


 ざっくりとした説明だったけれど、まぁ図書室なんてそんなものだし。どことなく厳しそうな雰囲気を漂わせた女史を前にしては、粗相を働こうだなんて奴はいないだろう。


「ありがと。それじゃ、お邪魔します」

「あーあの……ローザ女史?」


 さっそく探検を始めようとした自分たちとは入れ替わりに、女子生徒が一人。


「シエル・フランシールの‟竜記伝”って本と、氷魔法を専門に扱った教本を借りたいのだけれど――」

「氷魔法についてなら三階の第八ブロックの棚、第一区画にまとめてあるから好きなものを選びな。竜記伝は同じく三階の反対側第二十八ブロック、第七区画の七段目、左から四番目の青い皮表紙の本。メモを渡すから失くさないように」


「え、えぇ。助かりますわ」


 いかにもお嬢様っぽい口調、そしてもはやテンプレと言うべき金髪のフワフワロール。自分たちと同じ一年生の様だったけども、その落ち着きは育ちの良さ故だろうか。


「最初の本を見つけたら、一度この一階まで降りることだね。あと、万が一迷った時は全力で叫ぶといい。場所にもよるが――どこにいても最悪、餓死しない程度の時間で助けてもらえる」


「ま、迷うわけないでしょ!」


 ――すれ違う時に見えた耳が少し赤くなっていた。この年で迷子になる心配をされるだなんて、馬鹿にされているのだと感じたのだろう。


 ……いや、流石にこの広さは、注意の一つもあるだろうよ。


「……最後の一言は余計だったかね」


 やれやれといった風に肩を竦めるローザ女史。


「図書室にある全ての本の場所を覚えているんですか?」


「もちろん、基本は一人で管理しているからね。妖精たちは忘れっぽいし、私が記憶しておかないと始まらない。まぁ、数年も続けてりゃこんなの自然に覚えちまうさ」


「数年で覚えられるようなもんでもないだろそれ……」


「たまに整理するように言って、図書室中を回ってもらうんだがね。一年に一回は遭難しかける奴が出るんだよ」

「は、はは……」


 やっぱりというか、なんというか――迷子どころか、遭難者が出るレベルかよ。妖精たちが見回りをしているおかげで死者は出ていないみたいだけど、この規模だと流石に笑うに笑えなかった。


「あんた達も、何かを探す時は迷わないようにね」

「気をつけますけど、この広さですからね……」


「――広さなんて問題じゃないさ。広くなければ迷わないだなんて、思い込みに過ぎない。逆に、いくら広くても、迷わない奴は迷わないもんだよ」


「はぁ……」

「…………?」


 本を扱うものだからか、難しいことを言っているような。単純な助言なのか、はたまた哲学的な教示なのか――判断のつかないその言葉に、自分たちはただ頷くしかなかった。






「先生に迷わないようにって言われてたし、これぐらいにしとくか?」


 ぐるりと図書室の中を半周するかしないかといったところ、いくら歩いたところで本以外に目に入るものなんて無くて。ここはもういいだろうと切り上げようとしたところで、アリエスがぽつりと呟いた。


「んー、こうしていろいろ見てると、いろいろな所に目移りしちゃうんだよねぇ」


 棚の中を並ぶ背表紙を眺めているだけでも辟易としてくる。『世界を救った五人の英雄』、『天才魔法使いココ・ヴェルデの軌跡』、『黒茨の騎士』、『神へと至る道』だなんて誰が読むんだこんなの。


「アリエスさんは読書がお好きですのね」

「ま、人並にはね。物を作るときはいろんな視点を持っておきたいからさ」


 先ほどの女史との会話でもチラリと思ったけれど、今後も図書室を利用する気満々らしい。正直、第一印象ではそんな風には見えなかったので以外だった。どちらかと言えば、格納庫でひたすら機械いじりをしているようなタイプだ。


「――――れか――」

「…………ん? なにか聞こえなかったか?」


 何かの音――人の声。確かに聞こえたような気がして。


「そんなの聞こえたかよ?」

「んー、アタシも全然」

「私も誰かの声が聞こえたような……こっちかしら――」


 ウサギ耳だし、きっと自分以上に聞こえているに違いない。自分も同じように、ハナさんが向いている方に意識を集中させる。


「――――だれか――」

「聞こえたぞ! もしかして誰か遭難して――」


 微かにだけれど、もう一度。

 人の声が、少し先のブロックの方から聞こえたのだった。


―――――――


 ……どうする?


▷見に行く

 放っておく


―――――――

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