第百六十三話 【言い訳無用っ!!!】

「あんな目印をぶっ放しやがってよォ! 舐めてんのか、あァ?」

「め、目印……!?」


 ミル姉さんが俺を見るなり、いきなり怒ってきた。

 ……お、俺か!? 何したってんだよ!? 心当たりがねぇぞ!?


「火柱に決まってんだろうがァ! テメェしかいねぇだろっ!!」

「……あっ! あー……」


 ――思いっきり心当たりがあった。

 でも、ああしねぇと、俺たちがやられてたしなぁ……。


「あれだけ目立つことしといて、そこに居座り続けるってのはよォ……。緊張感が足りないんじゃねェのかっつってんだよォ!」


「い、移動するにしたって、全員ボロボロで――」

「言い訳無用っ!!!」


 あ、圧がやべぇ!? 言い訳もさせてくれない、というか話を聞いてくれてるのは少し優しい。……けど、こんな時にまで説教するか? どうすりゃいいんだよ。


「――とりあえず、迂闊うかつな行動をしたテメェ等はここで脱落だァ!」


 いったい何人の生徒を脱落させたんだろう。ミル姉さんにこんな場所で襲われたら、それこそひとたまりもねぇ。こうなっちまった以上は、仕方ねぇとは思うけど――三人とも戦えるほど回復してねぇって!!


「ひ、ひぃっ!? ど、どうしますの……!?」

「逃げてください! お嬢様っ!」


 このまま一方的にやられるかと身構えていた、そのときだった。立ち上がったルナが、ミル姉さんの前に立ちふさがる。その髪の色は――てっぺんから橙に変わり始めている。


「また無茶を――!」


 ――あのミル姉さんと、正面からの取っ組み合いになっていた。右手と右手、左手と左手。ガッツリと掴みあって、完全に力比べの勝負だ。ルナは負けていない、力では同等かそれ以上……?


「すげぇな、あれ……!」

「自身の核である機石を暴走させて、一時的に出力を上げてるだけですわ! そんなに短時間に何度も使っていいものじゃないの……!」


 簡単に言うと、自分の中の魔力を無理矢理に引き出しているらしい。核にある自分の魔力を凄い速度で消費していくだけじゃない。核自体にも負荷がかかって、とにかく良くない。……だからあんなに怒ってたんだな。


「そうかいそうかい、そうくるかい。――チッ……。“生存訓練”だっつってんのによォ……。ホイホイ命を削ってんじゃあねェぞ馬鹿がァ!!」


 ミル姉さんの髪がブワッと舞い上がった。魔力の放出する量も膨れ上がっていく。


「お、おい……これって……!」


 直接触れられているわけじゃない俺たちでさえ、圧に負けて膝をつきそうだった。間違いねぇ。あの時に感じたのと同じ、ヤベェ気配の正体がこれだ。


「“第三世代”の機石人形同族か――」

「この出力と安定性――貴女は……“第一世代”……!?」


 第三世代とか第一世代とか、なんだかよく分からねぇ話をしていた。ルナとミル姉さんの間では伝わってるみたいだけれど……。ただ一つ言えるのは、ルナが少しずつ押し負けてるってことだ。


「さぁなァ、憶えてねぇが……」


 ミル姉さんの口元がにぃぃと大きく歪む。

 鋸のような歯が顔を覗かせていて、凶暴さが増していた。


「造られて百年も経ってねぇガキは寝てろっ!!」

「――ぐぅっ!?」


 完全に押し負けて。轟音と共に、地面が凹むほどの衝撃が走る。さっきの戦いであれほどの力と機動力を見せていたルナが。力技で黙らされているのを目の当たりにさせられて、俺たちは唖然としていた。


「さぁて、テメェ等もさっさと脱落だ」


 意識を失っているのか、ルナは暴走が収まって髪の色も元に戻っていく。それを確認したミル姉さんも、暴走状態を解除して。本人の次第で、一瞬で切り替えられるようだった。


 ……俺たちと戦った時は手加減してたのかよ。

 本気じゃない状態に戻っても、今の状況で勝てる気がしねぇ。


「待ちなさい、逃げますわよ」

「……無理だろ。戦うしかねぇ」


 俺もシエットも、まだ戦える程の力はねぇ。

 それどころか、逃げる程の体力も無かった。


「ルナ……」


 逃げるための時間を稼ごうとしたけれど、難なく止められちまった。……いや、あれ以上魔力を消費していれば、取り返しのつかない状態になる可能性もあったんだよな。そう考えると、一瞬で止められた方が良かったのか?


「……くそっ。まだ上手く身体は動かねぇけど――」


 なんとかして、力の入らない身体を奮い立たせる。


 目の前にいるのは、恐らく訓練で最大の脅威。テイルじゃあるまいし、逃げるのなんて到底無理だ。既に一戦を終えて完全に消耗しちまってる今じゃ、満足に戦うことも叶わねぇ。でも――


「かかってきやがれ。何もしないまま脱落なんて……してやらねぇぞっ!」


 ――と、その時だった。


 ガサッと横の草陰から、何かが――誰かが飛び出してきた。


「――間に合ったか!?」

「テイルっ!?」


 周りをフワフワと飛んでいるのは、ハナさんの妖精――お前も誘導されて合流しに来たんだな! も、もしくは俺の火柱を見て来てくれたのかもしれねぇけど。


「――って、余計なオマケまで付いてきてるじゃねぇか!!」

「グレン様っ!」


 あのグレナカートと、ムラサキっつうお供までいた。ミル姉さん並みにヤベェ奴らじゃねぇか。よくそんなのと遭遇して無事だった――って、こっちに押し付けに来たんじゃねぇよな!?


「いたいたいたぁ!! ハナちゃん、見て! ヒューゴもテイルもいる!」

「アリエス――と、ハナさんもっ!」


【銀の星】が揃っちまって、更に状況が悪くなったのかと思った矢先。テイルが出てきたのとは反対の方からも音がして。デカいロアーの後ろにハナさんを乗せて、アリエスが飛び出してきた。


 ――テイルも、二人も俺みたいにボロボロじゃなかった。

 ……やっぱすげぇな、俺の仲間は。


「――おっしゃあ!! これで【知識の樹】が全員揃ったぜ!!」


 これだけ仲間がいるなら、まだ戦える。

 ミル姉さんさえ倒しちまえば、この訓練は合格間違いナシだ!


 心配だったグレナカートの様子も、流石にミル姉さんを前にした状態で俺たちと戦うつもりもないらしく。ということは、既に倒れているルナを除いても七人だ。一対七なら、流石のミル姉さんも勝てねぇだろ。


 内心で合格を確信していたところに、水を差すように学園長の声が聞こえた。


「それじゃあ、新たに追加で投入する“狩人”を紹介するよ」

「か、狩人……?」


 ミル姉さんに驚いて、そっちに意識がもってかれてたけど――。

 新しく投入って、ミル姉さん以外に誰が来るんだよ?


「……また増えるのか」

「てめぇ……」


 気が付けば、グレンがシエットの様子を見に近くまで来ていた。今はムラサキが応戦しているらしい。けど、ミル姉さんがいつ本気を出すかわからねぇし……。


 こんな状況で、いったい誰が。

 頼むから、これ以上ヤベェことになるんじゃねぇぞ――!


「それじゃあお願いするよ。“謎の美少女魔法使い”さん」


 …………。


「なにぃぃぃぃぃぃ!?」


【知識の樹】四人で、それぞれ悲鳴のような声を上げる。“謎の美少女魔法使い”って、アレだよな……? 一年生のときの学生大会に参加してきた――ヴァレリア先輩だ。他の生徒にとっては、凄い奴程度にしか思われてないだろうな。


 ……けど、俺たちにはそれがどれだけヤベェのかはっきり分かる。


「テイル……! 謎の美少女魔法使いって、つまり――」

「あぁ……。ヴァレリア先輩も敵として襲ってくるってことだ……!」

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