2-2-4 激熱対抗戦編 Ⅲ 【抱えた過去】

第百六十四話 『やればできンじゃねェか』

 エレンに絡まれ、ウィムにも絡まれ。大型の魔物から逃げて、別れて。グレナカートとの一騎打ちかと思いきや、またもや魔物が乱入してきたり、ムラサキまで現れたり。


 次から次へと面倒なことが起こっているこの訓練。ミル姉さんが投入された時点でも、これ以上はもうメチャクチャになりようがないだろう。そう思っていたのだれけど――


「ヴァレリア先輩まで来たらもう、合格させるつもりなんてないよなっ!?」

「実戦じゃあ、それぐらい理不尽なことも起きるってことだ! こンぐらい切り抜けられなきゃあ、どこへ行っても通用するかァ!!」


 ――んなブラック企業の上司みたいなことを言われましても!?


 ミル姉さんとヴァレリア先輩。強さは勿論折り紙つき。この学園の中じゃあ、間違いなく上から数えた方が早い二人だ。そんなのに襲われるようなのと同等の理不尽なんて、普通に考えてまず有り得ないだろうに。


 ……まぁ、親父に遭遇してしまった経験がある以上、自分は何も言えないんだけども。少なくとも、“よくあること”で済ましちゃいけないのは確かだ。


「さぁて、まずは面倒なのから潰させてもらうっ!!」

「――――っ!」


 にやりと笑みを浮かべたかと思うと、ミル姉さんの中から溢れる魔力がぐんと濃くなった気がした。なんだか……様子が変わった? 嫌悪感――というよりは、不安感が胸を締め付けてくる。一瞬の油断も許さないような……そんな圧力プレッシャー


「また暴走状態になりやがった……! 気をつけろ、段違いに強ぇぞ!」

「暴走状態……!?」


 ――次の瞬間には、あのムラサキが一瞬で地面に叩きつけられていた。学生大会の決勝で見たキリカ並の速度、そしてこの衝撃からして力も同等――!?


「ど、どういうことだよヒューゴ!」


 かくかくしかじか。耳を疑うようなことのオンパレード。つまりはルナもミル姉さんと同じ機石人形グランディールで。こいつらは核となる機石を暴走させることで、一時的に能力を飛躍的に上昇させることができるらしい。ルナは髪の色まで変わるというし、どこの戦闘民族だ。


 ――実際、強さはスーパーな感じに跳ね上がっているらしいけど。


 ……信じられないが、ただでさえ最強クラスのミル姉さんが。四人でやっとまともに戦えたミル姉さんが。あれ以上に強くなっているという、悪夢のような事実。ムラサキのことを信用しているわけじゃないが、彼女が一方的に押された以上は認めざるを得ない。


「……なるほど、ルナが落ちたのも“そういうわけ”か……」


『大丈夫か』とグレナカートが声をかけると、砂煙の上がる中でムラサキが片膝を付いていた。……想像できなかった光景だ。


「これはあくまで“訓練”だ。それでいい、無理する必要はない。、だ。忘れるな」

「…………」


「チッ、頑丈だなァ……。テメェ等の中で戦える状態なのは――」

「ヒューゴ、とりあえずルナを回収して、巻き込まれないように下がっていてくれ」


 ルナは既にボロボロになって倒れていた。地面はバキバキにひび割れていて、相当なダメージを受けたのが分かる。……ヒデェな。


 ヒューゴとシエットもあの様子だと、戦闘に参加するのは無理だ。


 自分、グレナカート、ムラサキ、アリエス、ハナさん。この面子でミル姉さんを倒すことなんてできるのか……?


「――五人か。どれだけ保つんだろうなァ。時間まで耐えきってみせろよ……?」


「来るぞっ!!」

「――分かっている」


 言い切ると同時に地面を蹴っていた。高速でこちらへと突撃してきたミル姉さんを、グレナカートが剣を抜いて受け止める。衝撃で地面が少し陥没していた。うへぇ、なんて威力なんだよ……!


「くっ――」


 あれでムラサキは負傷を負っているらしく、しばらく動けそうにない。となると、自分がグレナカートの援護をしないといけないわけで。


 いけ好かない奴だけれど、背に腹は変えられない。ミル姉さんを倒さない限りは、このまま時間までに全滅してしまうのだから。


「――黒猫。邪魔だけはするなよ」

「あぁ? そりゃあこっちのセリフだっ!」


 ――目の前で火花が散らされる。

 金属と金属がぶつかり、擦り合わされる音。

 ミル姉さんの爪と、グレナカートの剣。


 あとはアリエスの援護射撃とハナさんの魔法による蔦も、さっきからずっと微力ながらミル姉さんに対して放たれていた。そんな攻撃の嵐の中をかいくぐりながら、自分も合わせていく。


 グレナカートから離れすぎないように間合いを調整しながら、ミル姉さんへ攻撃を仕掛ける。攻撃を受け流すようなことはないが、こちらの魔力を乗せた打撃を食らっても一瞬しか怯まない。勢いが止まらない。


「オラァ、吹き飛べ!!」

「やべぇっ……!」


 あの馬鹿でかい刃はない。肘からすらりと伸びていたあの刃だ。殺傷能力を抑えるためか。けれど、厄介な魔力を打ち出す機構は元に戻っていて。銃口をこちらに向けられたら即座に避けなければ、次の瞬間には大穴が――開くのか……?


 ちらりと自分が避けたところに撃ち出された跡を見ると、どれだけ深くまで抉られたのか分からないほど。……ぜんっぜん殺傷能力抑えられてないじゃねぇか!


 内心血の気が引いていると、バキリッと小さく何かが欠けたような音が聞こえた。グレナカートとミル姉さんの爪が交差した瞬間だった。


「流石はグレナカートって言ったところか? 持ってる剣も一味違うらしい」

「……ムラサキがタダでお前に遅れを取っていると思ったか?」


 ぐっぱと開いたり閉じたりしている、その右手の爪の何本かが失われていた。グレナカートの剣の切れ味か、それともアイツの戦闘技術なのか。本人の考えでは、ムラサキとの戦闘である程度ダメージが蓄積されていたらしいけど。


「まァ、たしかに厄介で優秀な生徒だ。とくりゃあ、ないってことだよなァ!」

「――――っ。マズい!」


 良からぬ気配を感じた。いくら本気を出すとはいっても、それは後に引かない程度の内でということで。そのたがを外そう、と言っているのだ。


 ――しかし、どう止めろというのだろうか。次の瞬間には目的が達成されていた。欠けた爪の右手をグレナカートに振り下ろし、剣で受け止められ。残りの爪も逆向きにへし折られてなおその動きは収まることを知らず。


「まぁ、まずは吹っ飛べや――」


 ミル姉さんの右肘あたりに魔法光が迸る――。グレナカートがすぐさま横薙ぎに剣を振るい、掌にある魔力の発射口へと刃を食い込ませたが……。ミル姉さんの半ば狂気に満ちたような瞳は揺るがなかった。


 ――嘘だろ。まさか、このままブチかます気か。


 一際強い輝きが、肘から掌へと――刃の食い込んだままの掌へと迸った。次の瞬間には、爆発が起きたかのような音がまばゆい閃光と共に辺りへと広がる。抗えないほどの衝撃に身体を持っていかれ、大きく吹き飛ばされて。


 その視界に映ったのは、至近距離でダメージを受けて吹き飛ばされたグレナカートと、それを肘から先を失いながらも追撃するミル姉さんの姿。


 逃げろ、と声を上げる暇さえなかった。グレナカートも一瞬のうちに地面へと叩きつけられて。俺は慌てて距離を詰める。とどめと言わんばかりに左腕が構えられていたからだ。このままじゃ、グレナカートが脱落してしまう。


「させねぇぞっ!!」

「テイル・ブロンクス――!」


 魔力が撃ち出されるその寸前に、左腕を蹴り上げた。大きく目標を逸らされて出てきた魔力は、轟音を上げて何本もの木をなぎ倒して。至近距離にあるミル姉さんの口元がニィイと嬉しそうに大きく歪む。


「そんなに迂闊に懐に飛び込んで――テメェも数秒後には同じ様にしてやるよォ!」


 そして、こんどは自分の方へとその爪が向けられた。

 首元へと向けられた鋭利な爪が、高速で迫ってくる。

 絶体絶命。命の危険というやつは、どんなところからでも襲ってくる。


「テイル――!」

「テイルさんっ!!」

「テイルっ!!!」


 仲間たちの悲鳴のような呼び声が耳に届いた。

 音速にずっと近いのか、ミル姉さんの爪は。

 もう目の前にまで来ている。


 ――これをムラサキとグレナカートは捌き続けていたのか。剣よりも小さく、ナイフよりも力を確実に伝え、そして自由に振るうことのできる五連の刃。暴走状態のミル姉さんは、それを目にも留まらぬ速さで操る。


 そのことに、なんだか少し感動していて。そんな余裕がどこかにあって。


「――――」


 ――ぞりっ。


 首元の毛が刈られる嫌な感触。けれど、肌には傷は付いていない。

 ……はずだよな? 痛みもないし。

 すっぱり切られて痛覚無くしてるわけじゃない。……はずだ。


「この距離で……避けたってか?」


 ――そうだ、避けた。

 今までよりも、ずっとよく見えた気がした。

 なんでだろうか。今までにない、規格外の強敵を相手にしたから?


「そ、そうみたいっすね……」


 更に嬉しそうに凶悪な笑みを浮かべるミル姉さんに、冷や汗を流しながら。自分の成長に対しての驚きを隠さないままに、そう答えるしかなかった。


「――やればできンじゃねェか」

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