第百六十二話 【本当にごめんっ!!】

「――悪りぃけど、少し離れててくれよな」


 ハナさんの妖精まで焼いちまうわけにはいかねぇ。後ろの方へ避難しておいてもらって、もう一度拳を打ち鳴らして気合いを入れ直す。


 ――身体中が、力で満ちている。

 痺れて動けなくなっていたのが、嘘のようだ。


「俺の身体が自由になった以上は、どうなるか分かってんだよな」


 熱い。身体が熱い。とはいっても、痛みはないけれど。

 内側から、次から次へと湧き上がってきて、収まる気配を見せない。


 こいつも妖精魔法のおかげなんだろうか。


 ……こうしてくれ、と妖精に命令したわけじゃない。

 契約とは関係のない、心からの頼みだった。漢の頼みだ。


 俺が『力を貸してくれ』と思わず叫んで。

 コイツ妖精がコイツの意思で応えてくれた、その形だった。


「はっ、身体の自由が戻ったからってなんだ? 所詮お前は炎の妖精魔法師ウィスパーで、俺は水の妖精魔法師ウィスパーだぜ?」

「分かってねぇなぁ! これでお前をぶっ飛ばせるってことだ!!」


 炎だとか、水だとか。そんなものはもう関係ねぇ。

 今だったら、相手がどんな奴だろうと負ける気がしねぇ。


「……話が噛み合ってないな。馬鹿はこれだから面倒くせぇ」


『もう一発で終いにしてやるよ』とベリエルが叫んで。

 頭上にでっけぇ水の塊が現れた。シエットが押し負けたあの魔法だ。

 俺たちを丸ごと飲み込んでも、まだ有り余るほどの水が降ってくる。


「大質量の水に! 押し潰されちまえっ!」


 ……でも、どうしてだろうな。


「――それでも、負ける気がしねぇんだ……!」

「なっ……!?」


 何か考えがあってそうしたわけじゃねぇ。ただ、何かをぶっ壊すのには拳を突き出さないと始まらねェと思っただけだ。逃げるんじゃねぇ。退くんじゃねぇ。真正面からぶつかって、打ち砕いて進むんだ。俺たちの道を塞いでくる敵も、押しつぶそうとしてくる水でさえも――


「俺にあるのは一つだけっ! だた純粋な火力のみ!!」


 拳を発射台にするようにして、その勢いのままに火柱が上がる。

 まるで槍のような鋭さで、水の塊を一気に貫いて、弾けて。

 そこら中に、雨みたいに降り注ぐ。


 いつもならずぶ濡れになるところだけど、そうはならなかった。

 ジュウウと音を立てて、水が肌に触れた次の瞬間に蒸発していく。


「どいつもこいつも……! 似たようなことしてんじゃねぇよ!!」

「火が水に弱いだなんて誰が決めたんだ? 見てみろよ、現にいま! 俺の中の火は――消えちゃあいねぇ!!」


 消えねぇ。俺が折れない限りは、絶対に。

 負けねぇ。この魂の炎にかけて――!


 思いっきりに振りかぶって、拳を振るう。向こうが咄嗟に分厚い水のバリアを張ったけど、そんなものは関係ねぇ。止められるものなら止めてみろっ!


「ちく……しょう……! てめぇなんかに――!」


 次の瞬間には、水のバリアは弾けて全て蒸発して。

 それでもなお、何一つ通らない水の魔法を撃ち続けてきた。


「俺たちの勝ちだぜ……!」

「くっ……!?」


 その拳が届くと思った次の瞬間、ベリエルが勝手に膝からガクンと崩れ落ちた。

 ――無理に魔法を連発したことによる、魔力切れを起こしていた。

 リーダーが気絶して、他の二人も戦う気力を無くして降参していた。


「あらら、残念。ま、別に僕自身は復讐とかそれほど興味なかったけどね」

「……完敗だ」


 戦うための武器も、ゴゥレムも、ルナが全部ぶっ壊していたし。ここで逃がしても魔物に襲われてしまう。どうするべきか迷っていたところで――


「――魔法の渦!?」

「……脱落と判断されたみたいですわね」


 ――ウィルベル先生の魔法によってどこかへと消えていった。






 終わった。とりあえず、障害は消え去った。

 他の生徒と戦うのに、こんなに苦戦するとは思わなかったぜ。

 ……ま、俺が油断してたのがいけなかったんだけどよ。


 …………。


「お嬢様の手……冷たくて気持ちいいです……」

「いつもいつも、幾らいっても無茶をして……!」


 ルナがシエットに膝枕をされる形で横になっていた。

 その額に、淡く光る両手を重ねられて。


 ……魔法を使ってんのか?

 冷たいってことは熱々の頭を冷やしてんだろうか。


「……安心しました。昔のような大怪我をしてしまったらイヤですから」


 シエットの膝に頭を乗せて見上げたままで。

 腕を上げて、主人シエットの髪に触れて。


「貴女がいつも先に怒り出してしまうからっ! 私が怒れないのよっ……! ……それに、私に実力が無いのは本当の事だから……」


「……じゃなくて、土の妖精魔法師ウィスパーになれば良かったんです。そうすれば――」

「――そうしたら。誰が熱くなった貴女の熱を冷ましますの……?」


「――――っ」


 シエットの言葉に、ルナは目をぱちくりとさせていた。

 俺だって驚いた。氷の妖精魔法が苦手ってなんだよ。


「お、おい――」

「うわぁぁぁん!!」


 俺が今の話がどういう意味か聞こうとしたところで、ルナが突然泣き始めた。

 ――つっても、機石人形グランディールだし。涙を流してるわけじゃねぇけど。


「そうやって……いつも誰かの為に厳しい道を選ぶお嬢様だから……! 誰かに馬鹿にされるのが許せないんですよぉ!!」


 ――――。


 ただの主人とメイドの二人だと思っていた。けれど、実際には互いに相手のことを考えていて。……大切なヒトを思う心に、そんなに違いはないんだろうな。


 そういうの、俺は嫌いじゃない。


「――シエット」


 こいつが悪いヤツじゃないってことが、痛いほど分かったとこで――。いまこそ、俺が謝るタイミングな気がした。ここで謝らねぇで、いつ謝るんだ。


「あ、あのよ……」

「……なにかしら」


 正直、戦うときよりも緊張していた。誰かに対して真剣に謝るなんて、初めてのことかもしれねぇ。でも、不思議と嫌だとかは思わなかった。これだけはしておかねぇと、成りたい自分に成れない気がしたから。


 ――気合いを入れろ、俺!


「……ごめん! 俺……お前に酷いことを言ったのに、ちゃんと謝らねぇで……。お前が俺の家に何かしたわけでもねぇのに……。本当にごめんっ!!」


 賢くねぇから、どう言えば許されるのか、どれだけ謝ればいいのかも分からねぇ。頭を下げているうちに、だんだんと不安になってきちまう。


 …………。


「……馬鹿ですわね」

「…………」


 ……やっぱり駄目か? そりゃあそうだよな……。

 それだけ酷いことを言ったんだ。今更こうやって謝ったって――


「前にも言ったでしょう。――もう、気にしてませんわ」

「マジかっ!?」


 慌てて顔を上げる。そこにあったのは、普段見たことのないような柔らかい表情で。どこか冷たい印象もない、温かい微笑みだった。これまでのわだかまりも、なんだか全部溶けてしまったような。そんな気分だった。


「おっしゃあ! やった――……。あ、あれ……身体が動かねぇ……!?」


 思わずガッツポーズをして。安心したところで、全身の炎が消えて力が抜ける。立っていられずに、だらりと地面に倒れ込んでしまった。


「貴方も魔力切れですわね。普通に考えて当然でしょう。あれほどの火力をずっと放出し続けていたんですもの」


 ちくしょう、またかよ。ほとんど倒れてるような気がするぜ。


 同じぐらいの目線の高さにいる、ルナと目があった。

 おでこには、魔法でひんやりとしているらしいシエットの両手。


 …………。


「それ気持ちよさそうだな……。お、俺にも――」

「お断りですわっ!!」






 ……状況はそれほど良くなかった。俺は魔力切れを起こしかかっていたし、ルナも同じような状態で、すぐには動けずにいた。シエットもボロボロで疲れているみたいだ。


「おっと、悪ぃ。すっかり忘れてた」


 ハナさんの妖精のことも思い出して。

 焦る気持ちが再び湧き上がってきた頃だった。


「――さて、と。どんどんと脱落者が続出しているところで、お知らせだよ」

「……学園長の声ですわ」


 森の中に響く学園長の声。脱落者が続出って……いったい今はどんな状況なんだ? テイルたちは大丈夫なのかよ。それに――


 学園長からのお知らせって、なんかいい予感がしねぇんだよな。前の時は、ミル姉さんまで森に投入するって話だったし……。


 ――って、それからどんだけ時間が経ってんだ……?


 そんなことを考えた瞬間だった。


「テメェら……。なぁにくつろいでんだァ!! ピクニックじゃねェんだぞ!!」


 あぁ、少なくとも俺たちの目の前に現れるぐらいには、か。

 ……それぐらいは、俺の悪い頭でも簡単に理解できた。

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