第百六十話 【……なにが可笑しいんですか?】

「てめぇは……あのエーテレイン家のヤツだよなぁ」


 現れた三人の中でリーダーっぽいやつが、シエットの方を指さした。


「しらばっくれても無駄だぜ。少なくともこっちはテメェの顔を忘れたことはねぇ。こんな早々にカチ合えるとは……」


 その手首には、深い海のような色をした青い宝石がはめ込まれた腕輪をしている。俺たちには一目で分かる。ありゃあ、妖精魔法を使うための触媒だ。


「こいつも俺たちと同じ妖精魔法師ウィスパーだ!」

「……そんなことぐらい分かってますわ」


「見りゃ誰だって分かることだ。――おっと、お前のそいつはなんだ?」


 ……そいつ?


 リーダーっぽいヤツは、今度は俺のそばを飛んでいるハナさんの妖精を指差していた。そういや道案内してくれるって話の途中だったっけ。


「そいつは炎の妖精じゃないよなぁ」

「……げ」


「なぁんで炎の妖精魔法師ウィスパーであるお前が、そんなのを連れてんだ? ――あぁ、そいつが仲間のもとへ連れてってくれる筈だったんだな」


 ちっ、こっちの動きが筒抜けかよ。……ちらっとシエットとルナの方を見てみる。呆れられたような視線を向けられていた。べ、別に俺のせいじゃねぇだろ!


「……ということは、そんなにゆっくりもしていられない。さっさと片付けよう」


 横にいたもう一人のデカい男がそう言うと、シエットの目の前にいたゴゥレムが再び動き始めた。こっちは魂使魔法師コンダクターか……!


「頼むよー、イージア!」

「……任せておけ」


 イージアって呼ばれたヤツのゴゥレムは、その身体が全て砂で作られていた。そのせいで相性が悪いのか、攻撃が簡単に受け止められちまう。ルナが斧を力いっぱい振るっても、衝撃がまともに伝わっていない。


 ……くそっ! 俺だったら爆発でいっぺんにぶっ飛ばしちまうのに!


 俺が動けないのはきっと――三人のうちの残り一人、小柄な男が持ってるあの銃のせいだ。アリエスも同じような物を持ってたから、こいつは機石魔法師マシーナリーだな。


 俺が一番ヤベェからって、まっさきに動けなくしやがって!


「それなら私が凍らせて――」

「おっと、させないよ!」


 ルナがゴゥレムに邪魔されて、思うように戦えないでいる。シエットがそれを助けるために魔法を使おうとしても、あいつがそれを阻んでいた。


「三人とも痺れちゃえば、あっという間に終わるよね! 何人倒せるか競ってんだから、しっかり“的”として頑張ってよー!」

「何を馬鹿なことを……!」


 機石魔法師マシーナリーと水の妖精魔法師ウィスパー。二人を相手しているシエットが、真っ先に潰されそうだった。こいつら、わざと狙って集中攻撃してんだ。


 ……クソ、このままじゃ負けちまう……!


「少なくともお前個人には恨みがあるからなぁ! どちらにしろ逃がすつもりはねぇぜ。なぁ、エーテレインのお嬢様よ! その後はペンブローグだ!」


 ――水の弾があちこちに飛び交う。シエットもなんとか氷の魔法で盾を張って防いでいるけど……。もうひとりの攻撃のせいで、反撃するための詠唱が追いつかない。


「お嬢様――っ!」

「あらら、庇うんだ。メイドは後回しにするつもりだったのに」


 ルナが無理矢理にシエットの盾として割り込む。その腕に銃弾が当たって――


「けれどこれで痺れ――……てない?」

「エルン、どうなってんだ! てめぇの“蟲”の故障か?」


「……蟲?」


 “蟲”ってなんだ。あれだよな、足が沢山あって、ちっこくて。あの蟲のことを言ってんのか? それがあの、エルンって呼ばれた機石魔法師マシーナリーの秘密か?


「待って待って、ベリエル。そんなはずはないんだけどなぁ……。そこのドワーフには効いてるんだ。んんん……まさか――」


 水が鋭い刃となって、ルナへと襲いかかる。危ねぇと声を上げる暇もなく、まともにそれを食らっちまって。とっさに防いだ腕の部分や、膝のあたりまであったスカートの布地が破れていた。


 ……って、それだけで済むわけがねぇ!

 身体までズタズタになっててもおかしくないよな!?


「ルナっ!」

「だ、大丈夫です、お嬢様……」


 けれど、血の一滴も滴らず。その中から現れたのは、ヒトの身体には無いはずの、どっかで目にしたような球体関節。それを見たエルンが、嬉しそうに声を上げた。


「……まさかヒトじゃない? ゴゥレム……いや、こいつは――機石人形グランディール!? なるほどなるほど、わけだっ!」


 機石人形グランディールってーと……。ミル姉さんと同じってことか。

 あれ……? 確かすっげぇ珍しいんだったよな?


「とにかく、ミル姉さんみたいに、身体中から武器が出てくるんだな!?」

「あ、あんなものと一緒にしないでくださいっ!!」


「そんな珍しい玩具オモチャを連れ回して、お嬢様ってのは贅沢だよなぁ!」

「ヒトを玩具扱いとは失礼極まりないですね……!」


 ルナの背中から“羽”が広がった。俺とテイルも一度見たことがある、水色の羽だ。


 向こうの攻撃の要になっている妖精魔法師ウィスパーを倒すつもりか?

 一気に距離を詰めればやれる! いけぇ! ぶっ飛ばしてやれ!


「……どうするんだ。お前の蟲が通らないのなら――」

「……いや、もう手は打ってるよ」


 リーダーベリエルがやられそうなのに、さっきまでの焦っていたような表情が一変。


 にやりと笑って愉快そうに指を鳴らすと――大斧を振りかぶっていた腕が、何かに掴まれたようにピタリと止まった。そのまま頭上を通り過ぎて着地。ルナは自分でも何が起こったのか不思議だという表情をしている。


 なんでだ? 機石人形グランディールの硬い身体には、蟲は効かないんじゃなかったのか?


「これは……!?」


 うぞうぞと何か小さいものが蠢いているのが見える。あれが……“蟲”? しかも一匹や二匹じゃない。ここからでもはっきり見えるってのは、それが一箇所に集まってるからだ。そいつらは関節部に集まって、膝や肘を動かないようにしていた。


「一番面倒そうだったメイドもこれで動けないね。勝負あったかな?」

「はっはぁ! 全員が全員、使い物にならないってのは運が悪かったなぁ! 残ったテメェだけなら、わざわざ動きを封じるまでもねぇ!」


 ベリエルが短く詠唱すると、大量の水の塊が頭上に現れた。


「そ、それで俺たちを押しつぶすつもりかよ……!」


「私が全部凍らせてしまえば――」

「はっ。できねぇだろうがよォ――!」


 ……駄目だ、間に合わねぇ。どうやったところで、シエットの魔法は追いつかない。中途半端に凍らせたとしても、その氷が降ってくるだけでどうしようもねぇ。


 魔法を切り替えて、ギリギリのところで盾を張るけども――それも簡単に破壊されてしまい。シエットもルナも、立っているのがやっとな程にボロボロだった。


「所詮は“ペンブローグ”の付属品ってこったろう? 二年になっても詠唱短縮もできねぇ“オマケ”はよぉ!」

「…………っ」


 その言葉に言い返せずに、悔しそうに奥歯を噛み締めているシエット。その姿を、見ていた俺は、ぼんやりと頭の中で何かが浮かんだのを感じた。


「――あれ」


 ……どこかで聞いたぞ、それ。

 今の言葉を聞いたのは、初めてじゃないはずだ。


「ペンブローグも足を引っ張られて迷惑してんじゃねぇのか? 学生大会でも三回戦でこんなやつに負けて、失望されてんじゃねぇのかよ」

「そ、そんなことはありませんわ! 私だって、エーテレインの名に相応しくなれるよう、努力しています!」


 必死にシエットが言い返しても、相手にまったく聞いちゃいなかった。

 むしろ、そんな姿がもっとムカつくと言わんばかりな様子だ。


「俺たちの苦しみも知らずに、よくも抜け抜けと……」

「ペンブローグ、エーテレイン……好き勝手にしてきたツケだよね」


 シエットたちの家に恨みを持っている奴等。たぶんだけど、想像は付く。住んでいる土地を奪われ、親やその前の代から貴族を恨んでいる奴等だった。


 ……なんでそんなことが、簡単に分かっちまうんだろうか。


「…………!」

「シエット……」


 自分の場所からじゃ、表情は窺えない。ただ、その背中は小さく震えていた。


「必死に学園で齧りついてたって、無駄なんだよ! 才能がねぇんだよ、貴族のくせに! いい気味だよなぁ、滑稽だぜ! 笑っちまう――」


 轟音が鳴って、ベイルの言葉が遮られる。それはルナが――まだ動く方の腕で、持っていた斧を地面に叩きつけた音だった。そこで一旦静かになって。少し震えたような声で、ルナが尋ねる。


「……なにが可笑しいんですか?」


 問い詰めるような、そんな声だった。本気でそれが分からないと、気になって仕方ないような声。こちらが圧倒的に不利な状況だというのに、それすらもどうでもいいという様な声だった。


「あぁ……? これを笑わないでいられるかってんだ! いいとこ生まれのボンボンが! 一丁前に『努力してます』だぜ!? そんなのは――」

「だからっ――!」


 噛み付くような怒声と共に、地面がルナを中心に大きくひび割れる。


「それの何がっ! わらうようなことなのかって、聞いてるんですよっ!!」


 ルナの髪の色が、青から橙へと色を変えていた。肌で感じる程の魔力が、あいつを包んでいるのが分かる。周りの輪郭がぼやけるほどの熱気を放出する、その様はさながら太陽だった。


「な、なにが起きてんだ……」


 その様子は、ミル姉さんの時にみたような気もしないでもない。【知識の樹】のメンバーで戦った時に、一瞬だけ本気を出そうとしたあの時だ。ありゃあ、全員がマジでヤバいって感じてたと思う。……今も、似たような感覚がしてんだ。


 表情は怒りに満ち満ちて。まっすぐにあいつらを睨んで。

 これを人は――鬼気迫るって言うんだろう。


 ルナがマジギレした瞬間を、俺はただ呆然と見ていた。

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