第百六十一話 【俺に力を貸してくれよ……!】

 色の変わるほど(?)マジギレしたルナの動きは凄かった。立ちふさがっていたゴゥレムを前に跳び上がると、(実際に頭があるわけじゃないけど)その後頭部のあたりに両手を回して。次の瞬間には、鋭く突き刺さった右膝が勢いよく砂を撒き散らした。


「す、凄ェ……」


 破壊された部分を修復するために、砂が盛り上がっていたとこで、回し蹴りが思いっきりに胴体へ入っていた。大きく吹っ飛んだゴゥレムの身体から、核の機石が転がり落ちた。


「お嬢様が“あの人”についていくためにっ! どれだけ血の滲むような努力をしたのかも知らないでっ!」


 怯える様子で銃を構えた機石魔法師マシーナリー――エルンつったか。

 そいつが狙っているのは……ルナじゃねぇのか!?


「あぶねェ、シエット!!」

「撃たせませんっ――!」


 再びシエットの盾になるのも悠々と間に合っていた。銃弾はシエットのもとには届かず、地面に叩きつけられる。さっきまで蟲が入り込んで関節が動かなかったんじゃ……。


 ――メキメキという、嫌な音がしていた。

 それはルナから発せられていて。


「なんで努力をするしないに、生まれた家が関係あるんですか? お嬢様があなた達に何かしたんですかっ!」

「なんなんだよコイツ……!」


「無理矢理に力ずくで動いてんのか……!?」


 エルンが持っていた銃も、一瞬で接近して蹴り上げる。手首を抑えて飛び退いている目の前で、銃身ごと踏み折っていた。……まじでどんだけパワーアップしてんだ。尋常な力じゃねぇぞ。


 それじゃあ動けたとしても、ルナの方もただじゃ済まないだろ!? 


「てめぇ……そんな奥の手を隠してたとはなぁ……!」


 一瞬で大量の水がルナを包む。ベリエルの水の妖精魔法。あれじゃあ身体の自由を奪われて、息もできずに窒息しちまう――のか? 機石人形グランディールって、息する必要もないよな……?


「――――っ! 無駄……ですッ!」


 中で勢いよく斧を一振りするだけで、その呪縛からも解放される。辺りに水滴が飛び散り――決して近づけまいと、次々にベリエルが妖精魔法を放って撃っていた。


 どれもものともせずに突き進んでるのに、その姿がどこか痛ましい。

 それは限界が近づいているのを、どこか無意識に感じているからだった。


「ルナ、もう止めなさい――! 無理をしないでっ!」

「いいえ、まだいけます……!」


 ……とは言うけれど、段々と放出されていた魔力も収まってきて。その髪の色も、橙から水色へ。元通りになっていく。爆発的に能力が上がるといっても、短時間だけで。本人への負荷が相当なのか、ルナは地面に膝をついてしまう。


「――で、メイドが動けなくなって、馬鹿も痺れたまま。残ったのは役立たずだったお嬢様が一人だ。エルンの銃もイージアのゴゥレムもぶっ壊されちまったが、どうせ俺一人でも問題ねェ」


 よく言うぜ。ルナを止めるのに必死で、今だって冷や汗だらだらなクセして。シエットに向かって勝ち誇ってはいるが……。もうサバイバルを生き残るという目的も、どこかにいっているようだった。


「ま、まだ私が戦えないだなんて――!」

「……止めなさい。無茶しないで。を繰り返していたら、いつか貴女――」


 絶体絶命のピンチだった。ベリエルの野郎はまだ魔力に余裕がある。シエットとベリエルの妖精魔法師としての実力も、これまでの戦いではっきりとしていた。


だぁれもお前の味方なんてしねぇ! 家とお前の努力が関係ないのだって、誰も理解なんてしねぇ!」

「そんなこと……! 初めから理解していますわっ!」


 絞りだすようにして吠える。ちくしょう、味方がいないわけじゃない。俺だって身体が痺れてなけりゃあ、一緒に戦ってやるのに。


 ……今回の俺、カッコ悪すぎじゃねぇか?


「ざまぁねぇぜ、“エーテレイン”!! 貴族の面汚しとして、学園からも退場させてやるよォ!」

「…………!」


 ――その瞬間、シエットの頬に涙が伝ったのが見えた。きゅっと結んだ口元と。これでもかと相手を睨みつける視線と。精一杯に強さを保っている中の、小さな綻びを見たような気がして。俺の心臓が大きく跳ねた。


 女の涙には慣れてねぇ。できればそんなもん見たくねぇ。

 俺自身が苦手なことと、親父との“ある約束”をしてるからだ。


 ベルエルたちと戦い始めたときからのモヤモヤが、俺の頭の中でグルグルと回って。馬鹿な俺の頭が、馬鹿なりにいろんなことを考えて。


 ……こいつシエットを泣かせたのは誰だ?


 ベリエル、エルン、イージア。目の前のこいつらか?

 ――いいや、違ぇ。それだけじゃねぇ。

 シエットはきっと、ずっと今まで、同じようなことに耐えてきたんだ。


 ……そう。最初からモヤモヤしていた。

 アイツらの、言葉の一つ一つが聞き覚えがあったんだ。被ってたんだよ。

 誰とだって? そいつは――俺だ。……少し前の俺だ。


 俺は、学園でこいつシエットと始めて会った時になんて言った?


『エーテレイン家が』、『貴族が』――。

 全部、全部、全部。俺が、こいつに言っていたことだ。


 シエットの事を知らないままに、一方的な不満をぶつけていた。


 ――このモヤモヤの正体は、そう。罪悪感だ。

 それが今になって込み上げてきているのを、知らないフリをしていただけ。


「カッコ悪ぃな……!」


 こうやって、シエットたちがボロボロになっているのを、地面に転がったまま見ていることじゃない。あれだけシエットを傷つけておいて、何事もなかったかのように今まで過ごしていた。そんな自分が、これほどにも無いくらいにカッコ悪ぃ。


 ……最低だ。――最っ悪だ!


「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ――恥ずかしかった。それこそ、顔から火が出るぐらいに。


「どんだけカッコ悪ぃんだろうなぁ、俺ってやつはっ!!!」


 居ても立ってもいられねェ。身体が痺れてようと関係ねェ!

 力が入らない右手を、なんとか地面に突っ張って。


「頼むから……俺に力を貸してくれよ……! “オルランド”の――」


 今すぐにでも謝りたい。謝らないと。シエットに対して、頭を下げたい。

 そうじゃないと、俺は一生カッコ悪いままだ。そんなの漢じゃねぇ。


 ……そのためには、まずはぶっ飛ばねぇといけない奴等がいる!


「ヒューゴ・オルランドが、漢になる為にっ!!」


 親父から言われてついてきただけだった炎の妖精が、俺の言葉に頷いてくれた。いままで呆れながら俺を見ていたんだろうか。それを、やっと認めてくれるのだろうか。


『……ヒューゴ。オルランド家の漢はな――』


 まだ入り口に立っただけなのかもしれねぇけど。

 それでも、俺はここから。親父のような漢になるんだ。


「女を泣かせるような奴にだけは、なっちゃならねぇんだ!!」


 手から、足から。全身から――

 俺の身体の隅から隅までから、炎が吹き上がった。


 あかい、あかい、あかい焔だ。

 金属が形を変えるほどに熱い焔が、俺を包んでいた。


 身体の痺れは既にどこかへといってしまった。もう俺を止めるものは何もない。立ち上がり、パシンと拳を反対の手のひらに叩きつける。こっから名誉挽回だ。


 ――今の俺は、全身から力が湧き上がっていた。

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