幕間 ~ヒューゴ過去話:父親の背中~
一流の鍛冶師である親父の工房では、常に炉が焚かれていた。ごうごうと音を立て、真っ赤な光が工房を照らす。炎の匂い。金属と油の匂い。それが俺の小さい頃からの好きな風景だった。
俺たちドワーフ族ってのは、熱さに対して滅法強い。炎だってへっちゃらだ。力も強いから物を運ぶこともあるけど、鍛冶仕事をしている家の方が多い。俺のいた村は、武器や鎧のための鍛冶工房が殆どだった。
親父の代あたりからは、複数の職人で作業をしているところも増えてきたらしい。けど、うちは一つの物に対して一人で――間違えた、正確には一人と一匹だ。大昔からずっとそうやってきていた。
ずっと小さい頃から、熱くなった鉄を一心に叩いて鍛える親父の背中を見て育ってきた。真っ赤どころか白に近い黄色になるほどの熱量が、肌をじりじりと焼いて。首筋からだらだらと汗が滴って。それでも親父は手を休めずに鎚を振り下ろす。親父は鍛冶師という仕事に誇りを持っていたし、俺だってそうだった。
火花が散る。カーンという固い音が、何度も何度も鳴り響いている。まだ剣の形になっていない鉄鉱石を、金床の上で叩く音だ。その横で、親父と契約している妖精が炉の火力の調整をしていた。こいつも曾爺ちゃんのそのまた前の代からずっと、ここで鍛冶を手伝っている妖精の一匹だった。
親父が赤くなった鉄鉱石を炉の中に差し入れると、妖精がそれと一緒に中に飛び込む。勢いよく炎が踊り、また色が黄色になるまで熱された鉄鉱石が出てくる。
『はぁあぁぁぁぁ――!』
そんな作業風景を覗いては、感動で声を漏らしているのが俺の日課だった。
『……まだ日も昇っていないだろう。寝てなくていいのか、ヒューゴ』
親父に声をかけられた。どうやら覗いていたのをバレていたらしい。それなら隠れる必要はないと、作業の邪魔にならないように近づく。
『俺も早く一人前になって、親父みたいなスゲェ鍛冶師になりたいんだ!』
この工房の空気が好きだってのもある。ただ、俺は三人兄弟の長男坊だ。ゆくゆくは、俺がこの工房長として頑張らないといけない。だから、今のうちに少しでも、親父の技術を見ておきたくて。
その頃からわりと馬鹿だった気もするけど、やる気だけは誰にも負けないつもりはあった。優れた鍛冶師になるためには、優れた
『――で、強ぇ武器をたくさん鍛えて、たくさん作ってやるんだ!』
っつーのが俺の口癖。
俺がこう言うと、親父はいつも『はは。気合十分で頼もしいな』と笑っていた。
――――。
『ヒューゴ。お前は、この剣とこの剣、どっちが強いと思う?』
その日の仕事終わりに、親父が俺に見せてくれたのは二本の剣だった。
両方どこか遠くの土地から、わざわざこの工房に持って来られたもの。
当然、親父に鍛えてもらうためだった。
『うーん……』
とにかくその二本の剣は凄かった。武器から持ち主の力量が滲み出てくるっつーか。両方とも、かなりの数の戦場を乗り越えてきたんだっていう臭いがしていた。
『ううーん……?』
片方は薄く鋭そうな長剣だったし、もう片方はまるで鉄の塊のようなゴツい大剣だった。どちらが強いというなら、そもそもの土台が違い過ぎて、悩むことなく俺は大剣の方を選んだ。
『そっちのゴツい方の剣かな……』
『そいつはどうして、そう思ったんだ?』
そりゃあ、そっちの薄い方の剣とこっちのゴツい剣を打ち合えば、薄い方が簡単に折れちまいそうだったからだ。武器の強さは、切れ味もあるけれど……耐久性だって重要だしな。
『残念、外れだ』
『それじゃあ、そっちの剣の方が強いってことだな!』
『はっはっは! そっちも外れだ!』
笑いながら親父は剣を置いた。
結局両方とも外れだって? なんだよそれ、ずりぃぞ。
『なんだよ! 正解は!?』
『両方強いさ。片方は切れ味鋭く。片方は硬くて粘り強い。全く違う強さを持っていて、比べられるもんじゃない』
両方強いって言われてもなぁ。大人がよくやる、曖昧な言い方としか思えない。そもそも『どっちが』って聞かれて答えたのに、『どっちも』だなんて。どう考えったってずりぃぞ。
『悪い悪い。少しいじわるな問題だったな』
『でも……俺の言ったことも間違ってないと思うけどなー』
いくら薄い剣が鋭いといっても、その大剣をズバッと斬れるわけじゃない。鋭さと硬さで比べれば、大剣の方が勝つだろうし。やっぱり現実として、ぶつかり合ったらどちらかが勝って、どちらかが負けるに決まってる。
『……持ち主を守ることが武器の役割だ。こっちの軽いのは、強度で劣るだろうが、それを補うほどの鋭さがある。重い武器よりもずっと早く振るうことができるから、使い手の腕によっては打ち合うことなく相手を倒すこともできるだろう。もちろんお前の言った通り、逆もあるかもしれない。“どちらが”なんてのは、状況次第でいくらでも変わるのさ』
『それじゃあ、“強い”ってなんなんだよ……』
一口に強さといっても、いろいろな形がある。そんなことを言われて、俺の中での“強さ”が何だか分からなくなってきた。
『俺の使う、それらの武器を鍛えるこの鎚も、やっぱり強ぇのさ。俺の大事な仕事道具だからな。特別なんだ。その人や物がもつ“特別な輝き”を、“強さ”と呼ぶんだ』
特別な輝きと言われても、俺にはそれがさっぱりわからなかった。
そんなもの、今まで生きてきて見たことがないし。親父が言うには、目に見えない輝きもあると言われて、ますますさっぱりだ。
『お前はまだ若い。今のうちからいろいろな経験をしておくのも大事だぞ。どんな金属だって、叩かれて、叩かれて、叩かれて強くなるんだ。いくらでも形を変えて、そして自分の持ち味を最大限に活かせる形を決めるんだ。そのためには、沢山のものを見て、沢山のことを知る必要がある。たまには村の外にも目を向けてみろ、そこは際限なく輝きで溢れているぞ』
『つっても、俺はこの村から出ようと思ったこともないしな……』
朝から晩まで、親父の背中を見ているだけでも満足だった。この工房でずっと親父を真似ていれば、いつかは親父のような鍛冶師になれると思っていた。
突然に村の外だなんて言われたって……と悩む俺に――親父は隣にいる妖精を指さして、こう言った。
『――なぁ、ヒューゴ。そろそろお前も、
――――。
「なんだか懐かしいことを思い出しちまったな……」
……ここは自然区のどこか。周りには誰もいねぇ。一人でこんな場所に投げ出された今、どうして今そんなことを思い出したんだろうか。
最後に思い出したのは、むしゃらにいろいろやっている時。ヴァレリア先輩やテイルに言われて、少し気が楽になったこともあって。そこからは、あんまり考えないようになってたんだけど。
――いつか学園を出て、家に帰って鍛冶師を継いで。
沢山の武器を鍛えたり、作ったり。それが俺の将来の姿。
そのためには、親父の跡を継ぐのに相応しい漢にならねぇと。
もしかしたら、親父はもっと細かいことを伝えたかったのかもしれねぇけど。やっぱりまだ、“特別な輝き”だなんて難しいことは分からねぇし。
もしかしたら、この学園に入ったときから全然変わってないかもしれない。
――けれど、ぐるぐる考えすぎて
「漢、ヒューゴ・オルランド! 一丁やってやるぜ――!」
そう意気込んで――俺は鎚を握りしめた。
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