第百五十二話 『全力でやってナンボだろ!』

「――昨日の反省はしたかァ。課題の反復はしてんだろうなァ。前と同じことしてたら、ぶっ飛ばすぞテメェら」


 特等席みたいなものなのだろうか。いつものように、倒れた石柱に腰掛けていたミル姉さんが、ゆらりと立ち上がる。


 昨日に引き続き、特訓の延長戦。


「お、お手柔らかに……」


 あちこちが陥没し、ひび割れた闘技場。なにもかもが昨日のまま。

 近々、新しいのを学園長に用意させるって言ってたっけか。


 ――つまり、今回が最初で最後のチャンスかもしれないということ。


「殺す気で来ォい! じゃねェと、一瞬で刈り取るからなァ!!」


 いの一番にと地面を蹴る。ナイフで爪を弾き、常に背後を取るつもりで動き続ける。自分以外に攻撃をしようとすれば、すぐさま一撃を入れるつもりだぞ、と。


 武器をとられるようなヘマは二度としない。はやく。鋭く。それでいて、軽すぎないように。それをミル姉さんからの攻撃をしのぎながら行うのは、なかなかに至難の業だった。


「まずはテメェ等からだな――」


 ヒューゴとハナさんは、攻撃圏内の外から隙を見計らっている。

 ここに来るまでにした、打ち合わせ通りの行動だった。


 ――――。


 今はアリエスの援護だけが頼りになっている。自分がミル姉さんを足止めしながら、射撃で一方的に削っていくやり方。シンプルだけども確実な一手。


 高速で、特大の魔力の塊が――自分のすぐ傍でミル姉さんに当たり弾けていく。


『そりゃあ敵に当てるのが大前提だけどさ……。味方に当たった時は冗談じゃ済まないじゃない。訓練でそんな危険を冒すわけにはいかないでしょ』


 味方が射線に入り誤射してしまう可能性があった。

 威力を抑えていた状態で援護しているのも、当たり前のことだ。


『――俺ならなんとか避けられる。負けるわけにはいかないんだ、最初から全力でいこう。賭けに出るのは嫌いじゃないだろ』


 そもそも、そんな心配をする必要もないぐらいの技術を持っているだろうに。少しばかり苦労をかけることなるが、それも信頼あってのことだ。


「少しは鬱陶しくなってきたじゃねェか……けどなあァァァ!!」

「――くっ!?」


 鋭い爪が、屈んだ自分の頭上を奔り抜ける。風を切り裂く音が、鼓膜にこれでもかと届き、背筋に冷たいものが走る。


「ンなもん、ダメージの内に入ンねぇぞ!」


 ――分かっている。いくらアリエスの銃弾がミル姉さんに当たったところで。自分のナイフが少し掠ったところで。これといって大きな変化はないことぐらい。……けれど、ここで倒す必要なんてない。自分が前に出ているのは、ただの盾としての役割に過ぎないのだから。


「となると、頼みの綱はあと一人ってことになるが――」


 前衛二人で戦うにしても、ヒューゴと自分じゃスタイルが違い過ぎる。互いが互いに干渉して。全力で動けない上に、ミル姉さん相手ではそれを逆手に取られてしまう。


「――おっと、不意打ち失敗だ」

「くっそぉ!」

 

 これだというタイミングで鎚を振るうも、何かを察してか。詠唱も無く、死角である真後ろからにも関わらず、直撃を避けて柄の根本で受け止められていた。


「アド・ヴィーム・セプト、エンシィス・ヴィル・メイン!」


 ヒューゴの詠唱と共に、真っ赤な炎がミル姉さんを包む。


「相変わらず派手な魔法を使いたがる奴だ――宴会芸やってんじゃねェんだぞ!」


 本来なら火傷どころじゃ済まない状況でも、ミル姉さんには通用しない。髪や服にすら焦げ目が付かないのは、機石人形グランディール特有の魔法処理が施されているんだろうか。


 赤から青、青から黄色と色が変わりながら、炎はミル姉さんに纏わり続けている。熱から逃れられないのもあるけども、それ以上に視界を奪うという面では効果的な魔法だった。


「はッ。どうせ視界を塞いで、ちきちき外側ガワから撃つだけだろうが! それじゃあ、何も変わらねェって――」


 自分の得物ナイフではリーチが短すぎて、炎の熱にやられてしまう。ヒューゴの鎚だけでは、いとも簡単にいなされてしまう。……それじゃあ、前回の焼き増しなのか? いいや、それは違う。


 この炎は、攻撃のためのものじゃあない。

 あのヒューゴでさえ、のだ。


 昨日までの自分と同じに考えてもらっては困る。

 ミル姉さんに勝つために、全員が全力を尽くすと決めたんだ。


「アタシを止めるためには、火力が全然たりてねぇンだっつってんだろうがよォ!! テメェが真っ先に落ちるか、ヒューゴ・オルラ――ッ!?」


 ――きっと度肝を抜かれたことだろう。

 視界を塞がれて。援護射撃にイラつきながら。


 直接襲い掛からんと、炎を越えようとしたその瞬間に――


「…………っ」


 自身の足を捨てた、妙計奇策みょうけいきさくの一撃。まさか、乗り物を飛び道具として使う奴がどこにいようか。打ち合わせでは無かった行動に、自分でさえ驚いたというのに。


「いいぞいいぞいいぞいいぞォ!! それでこそ面白ェ――!!」

「受け止めたぁ……!?」


 ――ミル姉さんが硬直したのは、ほんの一瞬だけで。すぐさま両腕を広げ、大質量の車体を真正面から受け止めたのだった。


「なりふり構わなくなってきたじゃねェか……! それでいいっ、全力でやってナンボだろ! こういうのはよォ!!」


「ああああぁぁぁぁぁ!? き、き、き、傷がぁぁぁ!!」


 景気よく投げ飛ばされ、地面をゴロンゴロンと転がっていくロアー。アリエスの悲鳴が上がる。けれど――この甚大な被害の代わりに得たものは大きい。彼女の意表を突いたこの一撃は、確実に、一瞬だけども確実に、ミル姉さんの動きを止めたのだから。


「まだここからぁっ――!」


 ヒューゴと左右からの挟撃。

 全く同じ、完璧なタイミング。けれど――

 

「はっ! まぁた同じことを……! 馬鹿の一つ覚えってンだよ!」


 けれど、

 地面からも、ハナさんの妖精魔法によって植物が湧き出していた。


 自分と、ヒューゴと、ハナさんの三面攻撃。それでもミル姉さんの余裕の表情は変わらなかった。……少なくとも、最初の数瞬だけは。


「それが通用しなかったことをもう忘れて――っ……!?」


 数本の木の幹がうねるようにして、ミル姉さんの足首を捕らえた。そのまま間髪入れず、太もも、腰へと巻き付いていきながら伸びていく。


 先日の比ではない量、速度、そして強度。一本の大樹が成長するのを、早送りで見ているかのようだった。夜から朝にかけて短期間に魔法の修行を行って、劇的にパワーアップしたわけではない。偶然に起きた出来事でもない。


『私……、少しだけ悪い子になります……!』


 ――事前の準備と、これまでの布石によるものだった。


「この強度……前もって植物を成長させていた……。戦いの前から、根を張り巡らせてやがったな……?」


 闘技場のひび割れの間から、石板を押しのけるようにして太い幹がどんどんと顔を出す。その数は既に十を越えていた。


「植物は散ったら終わりじゃありません……。種子を落とし、その養分となり、次の命を育んでいくんです。――昨日は駄目だったとしても、それが今日に新しい結果を生み出す力になる……! 私たちは――負けませんっ!」


 ギシギシと揺れながらも、植物はミル姉さんの腕あたりまで達していた。完全に身体の隅々まで巻き付き、拘束してしまえば逃れる術はないだろう。しかし、ここまでくると向こうも本気を出さざるを得なくなる。


「これぐらいで終わったなんて、思ってんじゃあねェだろうなァァァァァ!!」


 ――咆哮。

 鼓膜がビリビリと震え、痛くなるほど。


「ま、まじぃぞ……! また引き剥がされて――」


 分かっていたさ。ミル姉さんが、これぐらいで止まるわけがないことぐらい。

 腕が折れたって、足が千切れたって、平気で戦い続けそうなことぐらい。


 だからこそ……! 自分だって、黙って見ているわけがないだろっ!!


「やっぱりテメェが来るか――!」


 狙うは植物に覆われていない頭の一点。

 跳躍し、身体をしならせ、全力で踵を叩きつける体勢に入った。


 ――ここまできて更に追い討ちをかけるのに、少しも気が引けなかったと言えば嘘になる。頭が砕けるんじゃないかとか、首が折れるんじゃないかとか。そんな心配が頭を過ぎると共に、それを追うようにして兄の声が響く。


『殺す気でやっちまえ! お前にも、俺たちと同じ血が流れてんだ。お前もじきにそうなるんだよ!』


 ――うるさいっ……!


 それは――ほんの少しばかりの抵抗だったのか。

 、ただの踵落としを見舞う。

 それだけで十分だろうと――そう思っていた。


「終わりだ――!!」


 …………。


 直撃した。両手足を封じられて、防御なんてできるわけがない。もちろん身動きが取れない以上、回避だって不可能だ。……気絶ぐらいはしてるかもしれないが、こうして晴れて無力化できて俺たちの勝ち。


「痛っ……!?」


 ――そんな簡単に、ことが運ぶわけがなかった。


あぁにがなぁにがおありらっへ終わりだって……?」

「嘘だろ、おい……」


 ……!?

 鋭い痛みが自分の足を襲う。その強靭な歯で、踵に噛みついていた。


 ……なんでだ。なんでだよ。

 どんだけしぶといんだ。化け物モンスターか。狂戦士バーサーカーか。


 勝つためにはまだ足りないって? 力が? 判断力が? 冷酷さが?

 こんな状況で慌てるだなんて、なんて情けないことか。


「くそっ――もう一発だっ!!」


 ミシミシと骨が軋むのが分かる。まさかこのまま噛み砕くつもりか。

 しばらく歩けないようになるのは困るんだよ!


 ドォンッ――と思い音が響く。痛む右足に、更に上から左足を叩きつけたからだ。魔力を打ち込むだけなら、多少は無理な体勢でも、力が入らなくても十分。


 衝撃でミル姉さんの歯から右足が解放され、自分の身体が宙に投げ出される。といっても、なんとか空中で体勢を整えて。ミル姉さんの方を窺うと――オブジェのように空中で植物に固定され、今や足の先から首元まで、ガッチリと動かないように幹に巻き取られた姿があった。


「――――」


 これ以上暴れる様子もない。蔦や幹を引きちぎろうにも、指一本動かせない状況だろう。いくらミル姉さんが人並み外れた怪力を持っていようが、ここまでされてはどうしようもない。


「こ、今度こそ……終わり、だよな……?」


 まったく。酷い戦いだった。

 全員それほど負傷を負ったわけでもないのに、息を切らせていた。


 なんとか乗り越えることができた、という達成感が徐々に込み上げてくる。――その喜びを表に出さずにはいられない気持ちも、分からないでもない。


「おっしゃあぁぁぁ! あのミル姉さんに……勝ったんだぜ、俺たち!」


「私たち……やれたんですね!」

「やったよ、ハナちゃん……!」


 誰もが集中を解いていた。大きくほっと息をついて、勝利を噛み締めている。ハナさんとアリエスが、ハイタッチした時だった。


「まだ、だって……言ってんだろうがぁぁァ!!!」

「――っ!?!?」


 ビリビリと空気が震える。馬鹿でかい声のせいだけじゃない。魔力的な何かが、辺り一帯を包んでいるように思えた。身体の奥底が振動を感じる。その中心は――もちろんミル姉さんである。


 とてもヤバい空気だった。雰囲気だった。


 なんだろうか、ミル姉さんの中にある機石が、その魔力が。

 光と音を伴って、膨れ上がっているのを感じる。

 全身が仄かに光りだし、どんどんと光量を増していく。


「オオオオオオオオォォォォ……!」


 なんだこれ、暴走? むしろサイヤ人化?

 奥の手があるなんて聞いてねぇぞ……!


「と、止まるのこれ……!?」


 微かに聞こえるミシミシブチブチという音。間違いなく、ミル姉さんを拘束していた植物が悲鳴を上げていた。どんだけのパワーなんだよっ……。


 これは次の瞬間には全員地べたを這いつくばっているんじゃないかな、とか考えた矢先――アリエスが放った機石銃の弾丸が、ミル姉さんの頭に直撃したときだった。


 …………。


 本来ならばヘッドショット、致命傷を与える一撃だ。けれど、それがミル姉さん相手には通用しないことは全員分かっていた。少し頭を揺さぶって怯ませるぐらいが関の山。そう思っていたのだけれど――


 さっきまで冷や汗を呼び起こしていた魔力の圧が、ふっとかき消えた。それと同時に、ミル姉さんの身体の輝きも収まる。『――チッ……』と小さく舌打ちが聞こえたような気がした。


 …………。


 いつ爆発するんだと戦々恐々と見守っていたが……動く様子がない。


 既に大半を引きちぎられた植物は、ミル姉さんを拘束する力を失っていた。ハナさんも唖然としていて、再び魔法を使う様子はない。完全に開放されてはいるが、どういう考えなのだろう。


「え、嘘。今のが効いたの」

「……いや、なんだか自分で止めたような……」


 ぐしゃりと地面にそのまま落ちて。膝立ちの状態で俯いて。さっきまでの爆弾っぷりが嘘だったかのような変わりよう。とうとう本気で壊れてしまったんじゃないかと心配になる。


「あの……ミル姉さん……?」

「――――」


 ……反応がない。流石に四人で顔を見合わせてざわざわし始める。


「ミル……クレープさん?」

「ミル姉さんと呼べぇ!」


「うわ、生きてた」

「テメェらなんかに殺されるかよ。本気を出すとヤベェからやめただけだ」


 額に手を当てて、頭を一振り、二振り。どうやら、完全にクールダウンしたようで、獣のような勢いを失っていた。少なくともこれ以上続けるつもりがないのなら、こちらとしては『助かった』の一言しかないだろう。


「お前らは合格だ。まぁ、まだまだだが……ちったぁマシになった方だろ」


 ぷらぷらと手首の調子を見ながら、お気に入りの石柱の上へと戻って行く。


「ご、合格……」

「喜んでいいんだよね……?」


「――はぁ~……」


 今度こそ、地獄の特訓の終了を告げられ。全身が脱力した。ハナさんもアリエスも、その場に座り込み。ヒューゴに至っては地面に大の字だ。


「……ムーンショット……」


 ミル姉さんが何やらボソリと呟いた。……ムーンショット?

 聞き覚えのない単語である。酒の名前か?


「ムーンショット?」

「……なんだろうな。記憶にねぇのに、勝手に口から出てきやがった」


 戦いの結果については、もうどうでもいいようで。ミル姉さんは、自身の口を突いて出た言葉が何なのかと、しきりに首を傾げていたのだった。

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