第百五十一話 『少しだけ悪い子になります……!』

「ボーっとするなよォ! 隙だらけだぞっ」

「マズい、さっさと起き上が――……っ!?」


 体勢を崩したヒューゴや自分の方が、距離が圧倒的に近いにも関わらず――ギラギラとした歯をむき出しにしたミル姉さんが、無防備なハナさんの方へ向かう。


「外からちゅんちゅん豆鉄砲撃ってるだけじゃあ、無駄無駄ァァ!」

「うそ、止まらない……!」


 高速で魔力を圧縮した弾丸を撃ち出すアリエス。小型の魔物なら一撃で屠る事ができる威力だけども、ミル姉さんには通用していない。あれを止めようってのが土台無理な話か。


「安全圏からじゃあ、対応が遅れンだろうが! 全体をいちいち見て判断してんじゃなェ! 考えるな、感じろォ!」


 そんな、どこかの燃えるドラゴンのようなことを言っていた。


「――って、早いっ!?」


 既にハナさんの目の前に。目にも留まらぬ程ではないけれども、いくら攻撃しても怯まず、止まらないというのとは驚異としか言いようがない。


 割り込むには遠過ぎる。自分も投げ飛ばされて受け身を取っていたけども、ヒューゴよりもまだ遠い位置にいた。走っても助けには入れない。


「ハナさん、戦わず距離を離してっ」

「マト・メイト――」


「――テメェはバカ正直が過ぎるな、あぁ? 人に言われてからじゃねえと動けないか? そぉら、まずは一人脱落だっ!!」

「きゃあっ!?」


 既に目前へと迫っているところに詠唱をしても、到底間に合わなかった。片手で抱え込むように胴を掴み、そのまま大きく投げ飛ばす。殴ったりして気絶させることもできたのに場外に退場させたあたり、ミル姉さんなりの優しさだろうか。……学園長に釘を刺されているのかもしれないけれど。


 ――けれども、あっという間にハナさんが倒されたことに違いない。


「ハナさんっ!? ……くっそぉっ!」

「――っ!? ヒューゴ、待――」


 何も考えずに飛び込んでいくヒューゴ。

 焦って飛び出しても、それでなんとかなる相手じゃないって!


「レイ・ケイズ、ブラン・リードォ!」


 その詠唱は――炎の檻。広範囲にいくつも炎の柱を出し、相手の動きを封じる魔法だけれども……。焦って妖精魔法を行使して、上手くいくはずもない。


「あ、危なっ……」

「またお前っ、制御の難しい魔法を……!」


 案の定、その炎は四方八方に散らばって。慌てて回避したが、自分やアリエスまで火傷を負いかける。


「一人落ちただけで直ぐに崩れてんじゃねぇっ!」


 しかもミル姉さんは炎をものともしていない。いくら機石人形グランディールだからといっても、反則的じゃないだろうか。


「お前が後先考えずに動くからよォ……! 今の状況に陥ってんたぞ、分かってるかぁ!! 一人の時じゃ起きないミスだよなぁ。ちったぁ、冷静に状況を見ることも覚えろっ!」


 ダメージを受けないからこそできる、乱暴な距離の詰め方だった。大きく振りかぶっての爪の攻撃を、なんとか鎚で受け止めてはいたが、一対一にするのはマズい。ハナさんの二の舞だ。


「狭い範囲での戦いで、味方にまで被害が出るような魔法を使うのは下の下の下だぞテメェ! 魔法の使い分けもいい加減意識しておけって話しなんだよォ! なぁ! なぁ! なぁぁぁぁ!!」

「俺だって、負けねぇぞっ――!」


 魔法と併せて振るわれるヒューゴの鎚を、難なく片手でいなしている。流石に直撃でもすれば、少しは揺らぐこともあるだろうに――致命的なダメージを受けるものだけを見抜いて、確実に地面に受け流している。


 ――化け物じみてる。というか化け物そのもの。

 刃が通らない身体の硬さ。炎も全く効いていない。

 それを持った上で、対応するのがやっとの速度と怪力と技術――


「こんな程度の炎で怯むものかよォ! オラ、テメェも脱落だ! ヒューゴ・オルランドォ! 外で頭を冷やしてろ、馬鹿野郎が!」


 鎚を持った腕ごと掴んで、背負投げの如く大きく投げ飛ばして。なんなら、空中に放り出した上に、思いっきり地面に叩きつけられていた。


「ぐはっ……」


 お、男と女で扱いが酷すぎる……!


 普段から訓練を受けているから、ここまではセーフと判断されてるのかもしれないけど――。つまり、自分も同じ目に遭う可能性大っ……!


「……いや、初っ端から腕を折られてたな……」


「あ、と、はぁぁぁ。テメェら二人だけだなァ!!」

「くそっ――」


 あれよあれよと言う間に、四対一から二対一へ。戦力半減。人数の上ではまだ有利に思えても、前提からして大間違い。勝てる気が全くしねぇ。


 それでも、自分が前に出ていかないと。


 一撃、二撃。五本一対の鋭い爪が、左右から遅いかかってくる。打ち合うにしても、懐に入らず。細かくバックステップで距離を一定に保つ。


 まだ、まだアリエスが残っているのだから、援護と併せて隙ができるのを待って……っ!?


「悠長にしてんじゃねぇぞコラ……!」


 不意にぐいっと伸ばされた左手。慌ててそれを、ナイフで受ける。

 掴まれる前に、魔力を込め弾き飛ばしたところで――


「なっ……!?」


 視界外から振るわれた右手に、完全に頭を掴まれた。

 完全にバランスを崩した状態で、こうして頭を狙うためだけの動きだった。


 一瞬の間に爪は収められていたから、頭がズタズタになるようなことは無かったけれども、こうして自分が捕まってしまった時点で完全にマズい。


 ミル姉さんの、肉を切らせて骨を断つ戦法。

 ……といっても、肉すら殆ど切れてはいないけれど。


「ようやく捕まえっ――……テェな」

「アリエス……!」


 それまでのものよりも威力を増した弾丸が、ミル姉さんの頭を横から弾いた。――が、それでも状況は変わらない。自分を掴んだ手が……ピクリとも動かない。


「一人落ちた時点で、お前の“リーダーとしての戦い”はほぼ負けてんだぞ。殺しはしねぇが、死ぬほど反省しろ。テイル・ブロンクス」

「――っ!」


 耳元で囁かれ、言葉を失う。

 それは、正論以外の何物でもない。

『でも』も『だって』も通用しない、戦いの世界だからこそ響く言葉。


「戦いの場に身を置くってのは、そういうことだ。

「ミル姉さんの……リーダー……?」


 本当は戦場になんて行かずに、ずっと学園にいたんじゃ?


「――? とりあえず、お前も脱落だぜ。あっけないな」


 ――いつの間にか抵抗するのも忘れていて。掴まれたまま、思いっきりに地面に頭から叩きつけられる。ミル姉さんの手に包まれてはいるものの、それなりの痛みと相当な衝撃が脳を揺らした。……そういえば、こうなることを忘れていた。


「全員が全員、考えナシに動いてたら、連携なんてままならねェ! 自分の役割を把握しとけよ、クソガキどもがァっ!!」


 場外に放り出され、身体の自由がきかなくなっている間に、ロアーに乗ったアリエスも捕らえられ、あっけなく午前の戦いは終了した。






 午前中だけでもヘトヘトだったのに、昼を取ってからすぐ来るように言われ。再び地獄のような特訓が始まる。


「休憩なんて飯を食うだけで十分だろ。散々手加減してやったんだからなァ!」

「は、はぁ……」


 本当に誰も来ないらしく、せっかくの相手を逃がすまいとしているのだろうけど……。そりゃあ逃げるだろう、こうも厳しいと。


「どうしたんだテメェ等、ぜんぜん動きがなっちゃいねぇぞ!」


 最初のようにあっさりと終わるようなことはもうない。それでも、ミル姉さんの強さは底なしで。……これも大事な経験だし、接待プレイをしてくれとは言わないけれども、いざ戦いになるとシビアになりすぎる。


 ――太陽が天高く昇り、段々と日が落ちるまで。

 戦っては休み、戦っては休み。そしてまた戦って。

 四度、五度は戦っただろうか。どれも完敗に終わったのは言わずもがな。


 ハナさんを優先的に脱落させようとする姿勢は変わらず、それを阻止しようと動くとかえって隙を突かれたりすることもあった。


 ……ハナさんを守らないといけないのは仕方がない。

 攻撃にも、防御にも起点となる存在だ。落とされるわけにはいかない。


 ミル姉さんは自分の身は自分で守れとは言うが、そこまで要求しなくてもいいのが、グループで動く強みでもあるだろう。そんなに厳しくしなくても、と言いたいのだけれど――


「テメェが一番の穴だぞ、あぁ? ハナ・トルタ!」


 実際に戦場に出た場合、それが命取りになりかねないからと。ミル姉さんは、わりと本気でぶち当たってきていた。別にハナさんだけが、こう厳しく叩かれているわけじゃない。――けれど、ハナさんの場合は、それすらも自らの負い目に大きくのしかかってくる。


「自分が全力を出さないとならない部分ですら全力が出せてねぇ! 出せる植物の強度も、速度も全然足りてねぇ。まだまだイケるだろうが! 魔物相手なら十分だろうが、アタシには通用しねぇ」


「無惨に散らせてしまえばそれっきり、あっても無くても同じだ。ハナ・トルタだけじゃあない。全体を見ても、及第点にも程遠いな。今日はもう終わりだ! さっさと寝ろ!」






「……おっかしいよなぁ。なんか上手くいかねぇっていうか」

「……?」


 ボロボロの身体をさすりながら、四人で寮へと続く道を歩く。薄暗い道に点々と明かりが灯っている中で、ヒューゴが首を傾げながら、なにやら訳の分からないことを言っていた。


「上手くいかないもなにも――ミル姉さんが強すぎるんだろ。一応は先生たちと同じ扱いなんだ。もともと、俺たちの勝てる相手じゃあない」


 だから負けるのも仕方のないこと。

 戦って得た経験自体は、決して小さいものじゃない。

 だから気にする必要はない、と自分に保険をかけているような気もしたけど。


「もっとさぁ、いままでのヤバい戦いでは『ドォーン!』って、凄いことして勝ってきたじゃねぇか。ハナさんが魔法を使ってよ。それができねぇのかなって」


 凄いこと、というざっくりとしたものだったけど、言いたいことは分かる。

 地下工房での戦いでは、ハナさんが打ち上げ台を用意してくれた。

 ゾンビの群れに囲まれた時は、ハナさんが木々を操って一掃してくれた。


「だからねぇ、戦う場所とかの条件があるじゃない。木々を操るにしても、森や林で戦っているわけじゃないんだから、そう簡単には――」


 アリエスの言う通りだった。

 それは、ヒューゴが水場では上手く戦えないのと同じこと。

 誰でも、得意なこと不得意なことがある。


「あーあ。いっそのこと、森を持ってこれたら最強なのになぁ」

「あんたはまたそんなデタラメなことを……」


「あの……結局は私が弱いせいなんです。全部言われたとおり。私なんかがいたら、ずっとミルクレープさんに勝てないまま……」


 立ち止まり、俯いて。振り向いてハナさんの方を見ると、これまで何度か見たように、兎の耳がぺたんと頭に張り付いて。次第にその場にうずくまって、膝を抱えていく。


 ――流石にこれは、凹むにしても限界がきてるな……。

 同級生、それも女子のメンタルケアってどうすりゃいいんだ。

 

「ち、違うぞ、ヒューゴだってそういう意味で言ったんじゃなく――」

「ハナちゃん……。ちょっと、ヒューゴ! アンタそろそろ黙って――」


「私、みなさんの足を引っ張ってばかりで――」


「な、なんでそうなるんだよ!? 違うって!」


 非難するような目つきと共に、アリエスが懐から工具を取り出した。なんとか弁明しようと、必死に手をブンブンと振るヒューゴ。思慮の欠けた発言をしたコイツの自業自得だが、完全に悪者扱いである。


 けれど――何も考えずに放った言葉が。

 良くも悪くも人に刺さることは、往々にしてよくあることで。


「俺たちの中で、ハナさんが一番すげぇだろ?」

「――――」


 普段から空気の読めない奴だからこそ、その言葉には裏表が無くて。嘘なんて混ざってなくて。だからこそ、真っ直ぐに届く言葉がある。


「ミル姉さんだって言ってたじゃねぇか。まだまだ全力じゃないって。ということは、本気になったら勝てるかもってことだぜ? な、そうだろ!?」

「ヒューゴさん……」


『俺はできると思ってる!』と、鼻息荒く腕組みするヒューゴに、呆れてアリエスも持っていた工具を下ろした。


「そういう意味で言ったんじゃないと思うけど……。いや、そうなのかなぁ……」

「別に一度や二度失敗したら終わりじゃないんだ。やれるだけやってみよう」


 いつの間にか“勝たなくてもいい”になっていた。

 まだ“勝てるかもしれない”と思っている奴がいたのに。

 “きっと勝てる”と思わせてくれる仲間がいたにも関わらず。


 ……ミル姉さんの言う通りだ。

 こんな情けないリーダーがいてなるものか。


「――ハナさん。俺たちはハナさんと一緒に戦ってきたから、これまでやってこれたんだ。これから先も、多少の困難があったからって、見捨てるような奴は俺たちの中にはいない。……ハナさんが自分を信じられなくても、俺たちが信じてるからな」


「わかりました……! 次こそは、絶対に勝ちます! 私達、みんなの力で!」


 ヒューゴの言葉になにかを思いついたのか、『よし!』と両手でガッツポーズをするハナさん。その目は、耳は、しょんぼりとしたものではなくなっていた。


 何か策があるのだろうか。どうやって勝利を掴み取ろうかと尋ねると――

 ちらりとヒューゴの方を見たあとに、こう言ったのだった。


「私……、少しだけ悪い子になります……!」

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