第百三十五話 『ここらで話しとこうと思う』

 グロッグラーンの隣町、アコーダに付いたのは翌日の昼だった。


 アリューゼさんと行動を共にするのなら、どうせならばと。彼女の小屋で朝まで睡眠を取ってからの出発。一応昨日の段階で、ココさんたちには時間がかかるということを伝えてあるので、別に問題はない。……はず。


 来た時と同じく、森を三時間程で抜けて。

 馬車に乗ると途中でどこかに寄ることはないので、適当な店で昼食をとって。

 そうして――今は帰りの馬車の中。


「思ってたよりも大きい馬車を借りられて良かったね」

「そりゃあ、金には余裕があったからな」


 もちろん、依頼の達成報酬として正式に受け取った金だ。


 野盗と神父が溜めこんでいた金品から、村の囲いや教会の修繕費などに色を付けて残った分。後から来た教会の人に事情を話し、交渉した結果である。


「行きはケツが痛くなったからなぁ」

「これならぐっすり寝れそうですね、ヒューゴさん」


 というわけで、【知識の樹】のメンバーと、アリューゼさんの計五人。少しスペースに余裕のある馬車を借りて、全員が車内でゆったりとくつろいでいた。


「ここからまた長いんだよね」

「それじゃあ、今度は下水道に潜ったときの話でも――」


 ここまでくるのにだいぶ時間があったため、だいたいの事は話し尽くした気がする。アリューゼさん自身のことや、こちらの学園についてのこと。アリエスを筆頭に、自分達が今まで経験してきた出来事を話すと、どれも楽しそうに聞いてくれた。






「――でね、ギリギリのところで私が優勝したの!」

「みなさんも、いろいろな経験をしてきたんですね……」


 そうして――あらかた話し終えて、一区切りがついたところで。 


「さて、と……」


 みんなに聞かせておかないといけない。

 いつかは、話さなれけばいけない話だ。


「……どうせ帰るまで、まだまだ長いだろうし、ここらで話しとこうと思う」


 ――――。


「いつ話すんだろうって思ってたよ、うん」

「…………」


「……なにをだ?」

「おい」


 さっぱり理解していないヒューゴは置いといて。アリエスはどことなく待ち構えていた感はある。そして……自分が一番気になっているのは、ハナさんの様子。


 動揺を表に出さないように努めている。けど、丸わかりで。

 実を言うと、自分も少し緊張をしていた。


 なんせ、今からお手本を見せようというのだ。

 自分で、自分の身をもって、実証しようというのだ。


 過去を知られた上で、それでいて周りがどういう反応をするのか。


 緊張はしているけども、エクターにいろいろと言われた時のような恐怖はない。一度覚悟を決めてしまえば、あとはどうとでもなれ、といった感情の方が強かった。


 ――いや、これは信用か。仲間たちに対しての。


「……俺が、学園に来るまで。どんな生活をしていたか」


 村でのやりとりで、殆どバレてしまっているわけだけど。それを隠すつもりはないと言うだけでも、少しは周りも気が楽なんじゃないだろうか。少なくとも、自分はそれで楽になる気がした。


 俺が話したからといって、ハナさんに同じことを強制するつもりはない。

 ただ、俺が大丈夫だったのだから、ハナさんも大丈夫だということを伝えたい。


『自然と話せるように、本人にも周りにも気づかれないよう手伝ってあげるのも、お姉さん的にはカッコイイと思うわよ』


 やっぱり俺にはそう上手くはできそうにないよ、シエラさん。


 それでも、こういう部分から始めてみるのも、自分だからできることで。

 それも案外、悪くないんじゃないかなと思った。


「俺の生まれた家はな――」






「――というわけで、今に至る」


 産まれて物心がつくようになってから、学園に来るまで。流石に前世のことまでは話していない。まぁ……いくらなんでも突拍子が無さすぎるし。悪い意味ではないけど、話しても信じてもらえないと思ったからだ。


 自分だって――こんな境遇じゃなければ、他の人に転生してきたと言われても鼻で笑うだろう。誰だってそうだ。魂、生まれ変わり、よくいってもそこまで。別世界からというのは、常識の枠を超えている。


「――まぁ、去年の始めの頃は吹けば倒れそうなぐらいだったもんねぇ」


 というのは、自分が学園に来て【知識の樹】に加入させられたファーストコンタクトでのアリエスの感想。家では常に弱肉強食の世界を叩き込まれていたし、落ちこぼれの自分は、まともな食事にありつけることが珍しかった。


「この一年で……太った?」

「おい」


 腹いっぱいに飯を食うこと自体、学園に来てからのことだったからな。仕方ないといえば、仕方ないことなんだけど。太ったというのは聞き捨てならない。


「肉付きが良くなった!」

「…………」


 少しはマシな表現になっただろうか。ともあれ、適度どころじゃない量の運動をしているおかげで、悪くない成長の仕方はしていると思う。


「きっと毎日のご飯が美味しいからですね!」

「まぁ、それは正しいと思うけど……」


「うふふっ」


 わりと深刻に受け止められるかと思ったけど、結局は他愛のない無駄話へと流れていって。横で聞いていたアリューゼさんも、それなりに楽しそうにしながら。


 ようやく長い旅路を終え、我らが学園へと辿り着いた。


「遅かったじゃないの。待ちくたびれたわよ」


 学園へと近づく馬車が見えたのか、ココ先輩とトトさんも入口で待っていて。

 馬車から降りてきた自分たちに早々愚痴を言っていた。


「私たちなんか、夜が明ける前には戻ってきてたのに」

「流石に空を飛んで帰ったのと比べられても……」


 無茶を言うな無茶を。陸路で魔物に遭遇しなかっただけ早く戻れた方だ。

 それにグロッグラーンの方では、こちらが待たされたわけだしなぁ。


「で、どう? どの科に入るのか決めた?」

「それが――」


 うちの学園に神告魔法について学ぶ科は設立されていない。妖精魔法は、もともとの素質が大きいので難しい。機石魔法についても、あまり手先が器用な方ではないとのこと。


「まだ決まってないんだよね」

「戻ってくる途中にいろいろ話しましたけど……」


 となれば、残っているのは魂使魔法と定理魔法なんだけども……。最後の選択を聞くまでには及んでいない。本人が『もう少し考えてから決めたい』と言っていたし。


「……私、決めました。あまり悩んでいても皆さんを困らせるだけですし。村から離れた今、自分でなんでも決断できるようにならないと!」


「それで、どこの科に?」


 とはいえ、無難に定理魔法だよな。魂使魔法はいろいろと嫌な思い出が纏わりついて、勉強どころじゃないだろうし……。優秀な講師や先輩はいるけども、そこはまた別の話だ。


「はい、魂使魔法に――」


 ――――っ!?


「え゛っ!?」

「ま、待って!? 本当にそれでいいの!?」


 予想の斜め上を来られて、全員が面食らう。

 いや、本人が決めたのなら、止める権利なんてないんだけど。


『どうするの!?』とテンパっているアリエスと顔を見合わせたところで、アリューゼさんがペロリと舌を出す。


「……冗談です。やっぱり定理魔法にしておきます」


 いや、俺たちとしては事の顛末をだいたい知ってるし、笑い話にしにくいんだが。これはどう受け取ればいいんだ、おい。


 過去との決別はできている。少しは吹っ切れた、ということだろうか。


 兎にも角にも、定理魔法に決めたようで。これはつまり、自分の後輩になるわけか。まぁ、《特待生》として学園に所属するのなら、一緒に授業を受けるのは難しいかもしれない。


 それでも、空いた時間になにか教えるぐらいのことはできるよな。


 わりと近い距離での後輩ができて、内心少し嬉しくなった自分とは裏腹に。ココさんたちは、少し不満げに口を尖らせていた。


「一般の魂使魔法師コンダクターを、あんなのと一緒にしないで欲しいわね」

「仕方ないとはいえ、みんなが全力で止めちゃうのを見てるとねぇ。私としては少し傷ついちゃうわ」


「ご、ごめんなさいっ」


 恐縮するアリューゼさんに『ちょっとからかっただけよ』と笑うココさん。しかし、そこは学園の講師として少しだけ釘を刺された。


「まだ決定したわけじゃないのだから、あんまり浮かれても駄目よ?」

「は、はい……」






「あぁ、うん。大歓迎だよ」

「軽っ!」


 あれ、もっとこう……手続きとかはいらないんですか。

 いや、そういえば自分もそんなの無かったっけ。


『学費は俺たちが払います』だとか、みんなで嘆願したのはなんだったのか。


「黒い翼の寵愛者アンジールか……。名前は?」

「……アリューゼ・ラビスです」


 学園長はふんふんと小さく頷きながら、アリューゼさんに幾つかの質問をしていく。人目見ただけで『なにやら事情がありそうだね』と黒い羽根についても、何か察したところがあるようで。


 ココさん然り、学園長然り、経験を積んでいる魔法使いなら、見れば何があったのかぐらいは分かるらしい。


「あの……学園長から受けた依頼先で、少々問題が起きまして……」


 ――かくかく、しかじか。


 最初の野盗に関しての対処の話から、神父が裏で行っていた悪事のことまでの一通りの話を学園長に話す。


「まぁ、依頼の結果については、そうした突発の問題についても対処できたということで、総合的に見て可としよう。お疲れ様」


「で、君の方は、今まで住民に差別を受けながら暮らしてきたと」

「ですので……周囲に馴染めるか、不安なことがいろいろあって……」


「ふむ、それも仕方のないことだろう。それなら《特待生》として、同じような経験を持つ仲間に混ざって慣れることから始めた方がいいかもしれないね。他の生徒と接するかどうかは君の自由だ」


 “同じような境遇”と聞いて、自分やハナさんをちらりと見てくる。


 そこだけを見れば自分たちもなんだけど、微妙に《特待生》との枠からは外れてるらしいんだよな。ただ、特別な力を持ったがゆえに、周囲から浮いた者たちの集まりがある、というだけでも。これまでの環境とは、天と地ほどの差があるんじゃないだろうか。


「《特待生》……」


 一括りに《特待生》と言えども、ヴァレリア先輩のように普通に(?)グループの監督生をしているパターンもある。クロエも殆どは“裏側”で生活しているけど、ときたま食堂などの表側にも顔を出しているし。


 同じ学園の仲間として、いつでも顔を合わせるというだけでも全然違う。少なくとも、自分たちは楽しく学園生活を過ごせるよう協力を惜しまないつもりだ。


 アリューゼさんの新しい人生が、学園生活が、これから始まる。


「なにはともあれ、歓迎するよ。ようこそ、パンドラ・ガーデンへ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る