おまけ 世界に一つだけの
“学園長”と呼ばれた人から、学園についての一通りの説明を受けて。それからはテイルさんたちと一緒に、中をぐるっと案内してもらった。
「凄い……!」
「そうか?」
――圧倒されたのは人の数。
街、という場所には殆ど訪れたことが無かったけど……。少なくとも、私がいた村よりは賑わっていているんだろうな、という印象。テイルさんたちは別段普通にしているし、私が世間知らずなだけなんだろうけど。
あちこちに絶えず人の往来があって。部屋の一つ一つでは、教会のように何人もの生徒が一人の教師に教えを受けている。
翼を隠すためのケープを、ぎゅっと握って。しっかりと身体を覆って、あまり目立たないように、テイルさんたちの影に隠れるようにして歩く。
村の中でも、人の視線が集まることに慣れていなかったのに。怯えていたのに。
こんなに沢山の人に注目なんてされたら、身体に穴が空いてしまう。
食堂のご飯はみんなの評判通り、舌が蕩けるほどに絶品だった。
みんなは毎日こんなご飯を食べているんだ……。なんて羨ましい。
今日からは私も自由に堪能できると考えると、うっかり涎が出てきそう。
……いけない、いけない。
「あ、学園長」
そして――いよいよ、そのときが来た。
『さ、こちらに』と、聞いていた《特待生》の寮諸々へと案内される時が。日が落ち始めて、夕焼けが眩しい時間帯だった。テイルさんが付いてきてくれると言っていたけど、そこは流石に申し訳ない気がしたので遠慮しておく。
そこまでお世話になるわけにはいかない。
いくら学園では後輩だといっても、私の方が歳上なんだから。
「大丈夫。私一人でも、これぐらいは頑張れるよ」
――と、潔くケープを脱ぐ。大丈夫、“お母さん”が私の勇気を後押ししてくれる。……はずだったんだけど。
件の学園の“裏側”へ向かう道中だ、薄暗い廊下が長く続いたりして、だんだんと心細くなってくる。どことなく、幼い頃の記憶に残っている教会の廊下に似ていて。……私が向かっている場所は、本当に大丈夫なの?
「こちら側では、事情があって他の生徒と共に授業を受けていない生徒が集まっているんだ。特別な力を持っていたり、はたまた特別な境遇で育ってきたりね。人によって様々だけれど、それでも僕は彼らに学生として生活してもらいたい。ここは彼らの“家”なんだ。部屋も一人ずつに一つ用意して――」
道すがらにつらつらと説明をしてくれる学園長の言葉が、廊下の中を薄く反響している。それだけコチラ側は静かだということ。“表側”の騒がしさとは全く対象的な静かな空気。確かに、ここなら人目を気にすることもないけれど……。
「あの……」
少し不安に思い、話しかけてみたときだった。
正面の大きな扉を学園長が押し開け、小さな食堂のような部屋に出たのは。
そこにも生徒が何人も座っている。まるでこれから授業が始まるような雰囲気。
「…………」
最前列に座っているのは、長い金髪をした可愛い女の子。ちょっと気が強そうな視線で、こちらを見ていた。一番後ろの方には、村にいたどんな大人よりも大きな、包帯で全身をぐるぐる巻きにしている男の子。そして、その隣の机には……なぜだか棺桶が立てかけられていた。
と、とっても不思議な場所だった。
これは確かに、“表側”とは全然違う。
「君たちと共に、新しく学園で生活するアリューゼくんだ。同じ《特待生》の仲間として、みんな仲良くしてあげてほしい」
――集まる視線。
ココさんたちのような、好奇の目とは違う。
私が『同じ』と言われて、みんなはどういう印象を持っているんだろう。
確かに私の黒い翼を見ても、驚いてはいないようだけど。
「彼女は
……私と同じ、特別な境遇に生まれてきた人たち。
でも、神父さまから言われてきたことが未だに頭にこびりついていて。『この子は奇跡に奇跡が重なった、運命の子。特別な子だ」と。もちろん、片方の“奇跡”というのは他ならぬ神父さまが無理矢理にもたらした嘘っぱちなものだったけど。
それでも、他の人とは決定的に違うのだ、という事実が私を
ここでも一人、特別だからと浮いてしまう。そんな気がして。
そ、それでも挨拶だけはちゃんとしないと。
自分から、近づける機会を失うようなことだけはしちゃダメだ。
「――――っ」
いつの間にか席を立っていて、間近でこちらをじろじろと眺め回す女の子の姿。
「……クロエ? これから彼女が挨拶をするから、もうしばらく座って待っていてくれないかな?」
けれど、まるで唯我独尊。クロエと呼ばれた女の子は、まったく気にした様子を見せずに、今度は私の翼の方を遠慮なしに観察してくる。
あの……これはいったい……どうすれば?
やっぱり黒い翼が、気になってしょうがないのかな……。
「あ、あの……私……」
――不吉の象徴。死の予兆。
『お前がいたせいで』『近づかないで』
これがあったが故に、ひどい言葉を叩きつけられた過去。
……わかってる。
私は一生、この苦しみを背負って生きていかなければいけない。
「私、アリューゼ・ラビスといいま――」
――私だけが、この世界でただ一人。そう思った時だった。
「まぁ、私の方がカッコイイわね」
その背中からずるりと出てきたのは、まるでコウモリのような艶めかしい黒い翼だった。突然のことに息を呑む私の前で、そんなものは大したことないと言わんばかりに、クロエちゃんが胸を張っている。
「――――」
『どう?』と見せびらかせてくるその仕草が、どこか可愛らしくて。
パタパタと羽ばたくその翼は、彼女によく似合っていて。
誇らしそうにしているのが、どこか羨ましくて。
「わ、わたしのだって……」
真似をして、自分も翼を羽ばたかせてみた。クロエちゃんのとは違い、風を切るようには動かないけど。撫でるようにして風を掴み、そして押し出す私の翼。
席に着いている生徒たちが、楽しそうにそれを見ているのが分かる。
こんなこと……村では一度も無かったのに……。自分の抱えていた不安が、羽ばたきに吹き飛ばされたかのように。どこかへと飛んでいってしまう。
「……クロエ・ツェリテアよ。よろしく」
彼女もきっと、他とは違う何かを持っていて。
恐らく彼女だけではなく、この場にいる誰もが。
同じ様に、誰かと違う。
そして私も、今日からその仲間。
それが――ここの“普通”なんだ――。
違うからといって、嫌われることはない。疎まれることはない。
それが嬉しくて……少しだけ泣きそうになった。
『学園に通う人はみんな、少し変なところがあるからな』
『ちょっと! それ私達も入ってる!?』
『変……ですか?』
『黒い翼があるぐらいじゃ、誰も驚かないってことさ』
テイルさんたちから聞いていたけど、本当だった。
今までの私の“世界”からは到底考えられない、本当に変な場所だ。
どれだけこじんまりしたものだったんだろう。
私が過ごしていた、村での生活は。
勇気を持って一歩を踏み出せば、一生このままだなんてことはない。
世界は、私が考えていたよりもずっと広い。
私、この学園なら――
「……はい! よろしくお願いします!」
――友達がたくさんできそうだよ、お母さん。
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