第百三十四話 『この村を出ます』

「……帰ったわね」


「凄かったな、テイルの兄貴も親父も。うちのよりもおっかねぇぞ……」


 兄を担いだ父さんが、森へと消えていって。緊張で張り詰めていたヒューゴたちが、ようやく大きく息を吐いた。


 戦いに巻き込まれないよう、離れるよう指示を出したのは自分だけれど、それでもアリエスを筆頭に一同申し訳なさそうにしている。


「テイル……大丈夫……?」

「ごめんな。俺たち、全然動けなくてよ……」


「……別にいいさ。あれを前にして、どうにもならない方がおかしい」


 ココさんはともかく、ハナさんがあそこで声を上げたのが意外だったかな。

 自分の境遇と重ねている部分もあったり、譲れないところがあったんだろう。


 たまにオドオドとしている時もあるけど、ハナさんだってやる時はやるんだ。

 ……エクターの見る目も、ぜんぜん当てにならないな。


「さて、それじゃあとは後始末をつけるだけね。少しばかり準備をしてからだけど――」


 カラカラと鳥かごを振るココさん。その揺れに合わせて、中から悲鳴が上がる。遮光布がまくられると、中にいた神父が怯えるようにしてうずくまっていた。


「――まさか、嫌だとは言わないわよねぇ? 自分がしてきたことを、これから他の人にされるのって、どんな気分なのかしら」


 幼気いたいけな面立ちで笑うも、もはや恐怖しか感じない。


『ひっ……』と、肩を震わせ身体を小さく縮こませるラフール神父。

 ……ただでさえ、鳥かごの能力ちからで小さくなっているのに。






 ボロボロの教会を見ると、なんだか世も末だなって感じがする。

 とても冒涜的というか。むしろ冒涜以外の何物でもないというか。


「こっちも全部片付いてるわね」

「アリューゼさん……」


 崩れた壁から教会に戻ると、そこには祈りを捧げるアリューゼさんの姿があった。大量の死体人形たちはどこにもない。埋葬し直したのかと尋ねると、『損傷したままでは可哀想だったので、肉体ごと浄化した』のだと言う。


「……神父さまは?」

「ちゃんと捕まえたわよ。このとおり、ね」


 鳥かごを掲げて、再びゆらゆら。また悲鳴が上がる。


「でも……村の人達は私達の――私のことを快く思っていません。話したところで信じてもらえるかどうか……」


 この期に及んで嘘をつかないという保証もない。と本来はなるところなのだけれど――ココさんが既に手を打ってあった。


「それについては問題ないわ。ねぇ? 嘘は吐けないものね」

「は、はぃぃぃぃぃっ」


 従順な様子で、ココさんに返事をする神父。

 アリューゼさんが驚くのも無理はないだろう。


『聞かれたことには答える』、『本当のことしか言わない』。


 この二つの制約が、今の神父には課せられていた。

 住人たちに対して、嘘で身の潔白を偽ることを禁止するためである。


「本当なら彼女の前でこんなことをしたくはないのだけれど、今回ばかりは背に腹も変えられないわ。進んで悪役になるのも、大人の役目だからね」


 ラフール神父がサフィアさんやシエラさんに行ったことを、一時的だがココさんも神父にしているらしい。大昔の魂使魔法とも言える魔法の一つだった。


「本当は禁止されていることだから、皆ここだけの秘密にしといてね?」

「は、はぁ……」






「はいはい、皆さんお騒がせしちゃったわね」


 そうして、教会から出て村の中心に向かうころには、村人の半数程度が集まっていた。怯えたような表情をしている者、怒りの感情が滲み出ている者。どちらにしろ、こんな夜中に大暴れした奴を、暖かく迎えるわけがないのは当然のことだった。


「教会の壁や塀が壊れているのはお前らの仕業か?」

「ええと……」


「その説明をこれからするわ」


 すっかり様子の変わった神父の、威厳も何もなくなってしまった姿が衆目に晒されるのは、これで何度目だろうか。


「神父さま……!? どうしてそんなところに……!」

「お前たち、何をやってるんだ! 神父さまを離さないか!」


 詰め寄ってくる村人たちを『まぁまぁ』と手で制しながら、事情を話すココさん。口調は穏やかだったけど、横でアルメシアが控えているため、全然状況は穏やかではない。


「静かにしてくれないと、聞こえないでしょう?」

「…………!」


 流石の威圧感に、ようやく村人たちも口をつぐむ。


「何をもなにも――村が野盗に襲われてたのは、全部この神父が仕組んだことだったのよ。私達はそれを解決したの。ほら、洗いざらい話しなさい」


『そうよね?』とココさんが尋ねると、顔面を蒼白にした神父が鳥かごの網部分を握りしめ、必死に村人へと訴えかけようとしていた。――のだけれど、その言葉はどうやら本人の意志とは正反対だったようで。


「何もかも私が行った! 野盗に金を払い、村人や旅の者を襲わせて、定期的に死体を集めていた! シスターたちは私が操っていた死体人形だ! 全て私の魔法の研究に必要だったのだ!」


「というわけで、ね?」


 ココさんのにこやかな笑顔とは対象的に、神父の絶望したような表情。

 村人たちも、これにはにわかに信じられないようだった。


「そんな……何かの嘘だ……」


「ざ、残念だが、これは真実だ」

「ほぅら、何事も正直が一番よね?」


 村人が何を聞いても、神父は本当のことしか言わない。


 村人が『自分たちを騙していたのか』と尋ねれば、『騙していた』と答えるしかない。少なくとも鳥かごの中にいる間はそうなるのだと、ココさんは言っていた。


「真実を知ることは、ときに痛みを伴うけれど。本当のことを話すときは、嘘をついたくときよりもずっと楽になれるものよ。ねぇ? そう思わない?」

「は……はい……!」


「村には数日もすれば、他の街から新しい神父が来るでしょう。これでこれから先、誰も犠牲になることは無くなる。既に亡くなった人たちは還らないけれど、それでも今までよりは怯える必要もなくなるわ。これで万事解決ね!」


 ――と、ココさんが上手く締めたように見えたのだけれど。まだ一つ、残っている問題があった。他でもない、アリューゼさんのことである。


「……あなたは、これからどうするの?」

「私は……」


 もう、グロッグラーンの村の教会には誰もいない。

 ――神父も、神父の操り人形だったシスターたちも。


「…………」


 村人たちの、この期に及んで『お前のせいだ』と言わんばかりの視線。ハナさんでさえ、悲しそうに目を閉じ首を振る。


 いまや俺たちは、一人残らず。この村の住民に愛想を尽かせていた。

 ここにはもう、一秒たりとも居たくない。それはアリューゼさんにとっても同じこと。


「私は――この村を出ます」


 静かにそう決断したのも、当然のことのように思えた。


「決まりね! それじゃあ、長居をする必要もないわ」

「……早く出ましょう、こんな村」


 今はただ余計なことをしただけなのかもしれない。

 けれど、他の街から新しい神父が来れば、おのずとわかるに違いない。


 それまで待とうという気さえ、起こらなかっただけの話だ。






 ――塀の外に出た自分たちは、一旦ココさん達と別れることになった。


「私とトトは飛んで帰るわ。この子は魔力切れで動けないようだし、先に学園に戻って休んでるわね。あなた達は――隣の街から馬車かしら」


「まぁ、そうなりますね」


 流石に今から森を通るのは骨が折れるけど……。それなら翌日には馬車には乗れる。問題は、旅慣れしてないであろうアリューゼさんである。彼女はどうするのかというと――


「私は……街へ着いたら、この辺りを離れる準備をしようと思います」


 どこか一人で、誰にも見つからないところで。前に言っていたように、ひっそりと隠れて暮らすと言う。もちろん――


「その話なんだけどさ……」


 それを良しとする奴は、俺達の中にはいないわけで。


「うちの学園に来ない? 寮には住む部屋だってあるし」

「飯だって食堂に行けば美味いのが出てくるぜ!」


「あの……いいんですか?」


 キョトンとするアリューゼさん。まさか自分が学生として学園に通う未来などは、露程つゆほども想像していなかったらしい。……そりゃあ、生まれた時から教会にいたんじゃ、そうなるのも仕方ないのか。


「……自分たちも、学園長にかけあってみるさ」


「いいでしょ、ウチの学園なら別に」

「きっと……お友達もたくさんできますよ」


 一般学生として入れるかは分からないけれども、少なくとも《特待生》としてなら。なんせ寵愛者アンジールの少女だ。自分なんかよりも、ずっと特別な存在なのは間違いない。


「みなさん……!」


「というわけで、あらかた話は決まったようね」


 ククルィズの背に乗り、ふわりと飛んだココさん。まだぐったりとして、時たま悪態を吐いている先輩を無視しながら、『それじゃあ、学園で会いましょう』と言う彼女の言葉に――


「――はいっ」


 アリューゼさんは、少しだけ期待を込めて大きく返事をしていた。

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