おまけ その魂に、救いがあらん事を

『……アロイスめ、余計なことをしてくれた』


 教会で神父が巨大な魔法陣の中で意識を集中させていた。


『魔法学園の生徒たち? どうせ奴等だけでも片付けられるだろうが……、念には念を入れておくとしよう』


 各地に忍ばせている死体人形を操って、旅の者を襲うことも偶にあった。

 誰かに噂を立てられると面倒なので、確実に対象を殺す時に限ってだけれど。


『…………』


 それを使って、テイルくんたちを殺そうとしていたのも、私たちは間近で見ていた。けれど、それを止めることもできない。私達など所詮は死体人形。主人に逆らうことなど、できないのだから。


 ――しかし、それにも例外が生まれた。

 皮肉なことに、テイル君たちが生み出したものだった。


「……ねぇ。神父さまが寝ている今のうちならさ……」


 神父が野盗に襲われて倒れたあの日。唯一その数日だけは、僅かな自由を得ることができた。チャンスは今しかないとサフィアに相談をしたのだけれど、『無駄よ』と一蹴される。


 私達に残された“命令”。これのせいで、助けを求めることも、神父が黒幕だということも教えることはできない。……けれど、彼らから手伝いを申し出てきたのも運が良かった。


 できうる限りで、私達はヒントを与えようとした。神父の“命令”の抜け穴を探すようにして。神父は大嘘つきなのだと。死体人形を生み出すために、野盗と手を組んでいるのだと。黒い翼を持つ寵愛者アンジールに固執していて、何か怪しいことを企んでいるのだと。


 ――その夜のことだった。


「な、なによ……!?」


 その願いが通じたのだろうか。それとも、何かの偶然か。

 武器を取り、自分の意思とは関係なく走り出す身体。

 向かった先は教会だった。






 ――嫌だ、嫌だと心がどれだけ叫ぼうと。私達の身体は、私達の知らない体捌きで彼らに襲いかかった。武器を持って戦わされたのは、いつごろ振りだっただろうか。まさかテイル君たちと戦うことになるだなんて。


 それでも互角に戦えていたことに、素直に驚いたけど。

 神父によって手を加えられ、強化されている私達と互角。

 ……魔法学園って凄い所なのね、きっと。


おっどろいた、全然技術が違う……」

「失礼ね、当たり前でしょう? 私を誰だと思っているのかしら」


 特に、ココと呼ばれた女の子は別格だった。彼女の操るゴゥレムは強く、あっという間に地面に縫い付けられてしまう。


 ――強い。この身体で、誰かに負けることがあるだなんて。私の意思で動かしているわけでもないけれど、少なくとも自分も強い


 サフィアは他ならぬ神父によって、再び物言わぬ死体に戻された。


「…………」


 だんだんと力が抜けていくのを感じる。これは、この子の魔法なのだろうか。それとも、神父が魔力の供給を止めたのだろうか。――神父を逃がすための足止め役を押し付けられて。使い捨てにされるのが、私達に相応しい終わり方なのだろうか。


「――すいませんっ、ヒューゴさん! もう……、ここにある植物たちだけじゃ、止められません……!」

「このまま一気に燃やし尽くしちまえば……!」

「無茶しちゃダメ! 魔力切れの方は大丈夫なの!? ……ああもう! 早くテイルを追わないといけないってのに――」


 アリエスちゃんたちの声が聞こえる。


「……このままじゃ、全員危ない」


 助けてあげたい。彼らの側に寄り添って、力になりたい。

 でも――文字通り手も足も出せない私は、とても惨めだった。


「あなたも加勢に行った方がいいんじゃないの」

「大丈夫よ。ここはもう問題ないわ。だって――」


「――――っ」


 教会の中を光が走り抜けた。いったい何が起きたのだろう。供給されていた魔力が絶たれ、身動きがうまく効かない。それでも身体をなんとかよじって、見上げた先に――


「――とんでもなく“相性の良い子”が一人いるじゃない」


 ――彼女がいた。翼を大きく広げて。剣を両手で真っ直ぐに構えて。

 泣き崩れ、先程まで動きのなかった彼女が。

 あの、アリューゼちゃんが立ち上がっていた。


 その視線の先には、教会の中になだれ込んできた死体人形たちが、軒並み身動きもしないままに横たわっていた。先程の眩い光――あれはきっと、高位の神告魔法師ディーヴァでなければ使えない魔法だ。


 その証拠に彼女の全身にある紋様が、服越しに光っているのが見える。


 神告魔法の中には、アンデッドというアンデッドを浄化する、“神聖なる光”というものがある。それはゴゥレムを操る魔法の核さえも、生体に対する異物として消し飛ばす。きっと私だって、直接受ければ浄化されていたに違いない。


「凄い……」


 剣を抜いて振る度に、光がほとばしる。次から次へと現れる死体人形が、その一撃で倒れ伏す。彼女のその目は力強く。真っ直ぐに前を見据えていた。


 村を歩いているときには、誰の目にも留まらないよう。背中の黒い翼を折りたたんで、小さくなっていたのが嘘のようだった。


 やるときはやる子だった? ……違う。彼女自身が、変わることを決めたんだ。


「みなさんは……早くテイルさんを追ってください」


「何言ってんだよ、早く神父を――あでっ!?」

「分かった。……ほら、行きましょ」


 やっぱりアリエスちゃんは賢い。直ぐに周りの空気を察して動くところがある。


 全ての死体人形を浄化した今、教会に残っているのはアリエスちゃん達とアリューゼちゃんと私の三人。……ではなく。神父によって活動を停止させられたとはいえ、サフィアの中にはまだ“彼女の母親の魂”が囚われている。


「別れの言葉もあるだろうから。とどめは刺さずに私も行くわ。それに……」

「……長くは保たないんだよね、これ。なんとなく分かるんだ」


 気を抜くと、視線が虚ろになってくるのが自分でも分かる。私が『……ありがと』と礼を言うと、目の前の女の子は少し悲しそうな顔をして。そうして、アリエスちゃんたちを追い抜くような速度で、彼女も飛び出していった。


 ――教会に私と、サフィアの身体と、アリューゼちゃんを残して。


「……一緒に過ごすって道も、あったはずなんだよね」


 こうして対面した瞬間から、後悔が溢れて止まらない。


「……シエラ……さん?」

「ずっと見てたんだ、あたし達。あなたの不幸せな境遇を、遠くから」


 どうしてこんな出会い方だったんだろう。『私たちが幸せだと。あなたは本当にそう思う?』というサフィアの言葉の意味が、今になってはっきりと理解できた。


 誰かの操り人形である人生だなんて、これ以上不幸なことはない。

 こんなに――辛いことはない。


「手……差し出せないまま終わっちゃった。……ごめんね」


 始まりからして、間違っていた私達だったけど。アリューゼちゃんが黒い翼を持って生まれたからこそ、作り出された私達だったけど。決して、みんなで幸せになることは無いのだと解ってはいても。


 ……それでも。一度でいいから、抱きしめてあげたかった。

 サフィアと二人で、この寂しそうな女の子を。 


「ごめんね……ごめん」

「……大丈夫、です。私にはお母さんがいたから。ちゃんと、生きていける気がします。こんな黒く醜い翼に……負けたりなんか……しないです」


 ひたすら謝る私に、ゆっくりと近づいてくる。神父が白状したのもあって、翼に対しては嫌悪感しかないようだったのが不安だったけど――それでも、負けないと言ってくれただけでも、少しは気が楽になれた。


「――そう。それなら良かった……。きっとサフィアも……っ」


『きっとサフィアも喜んでる』と口を滑らせてしまって。それを聞いた彼女の表情が、一瞬だけ泣きそうに歪んだのを見てしまった。必死に我慢している彼女を、私が傷つけてどうする。


 ……ダメだな、もう。終わりが近づいてるんだ。もともと気遣いができる方じゃなかったけど、思考もままならなくなってきた。


「……ひとつ、お願いがあるんだ」

「……なんでしょう」


「その、浄化するのさ……。サフィアと一緒にしてもらってもいいかな」


 偽りの生活の中で、唯一同じ境遇を過ごした仲間。ぜんぜん性格は合わなかったし、私の方が迷惑をかけることも多かったけど。それでも、良いコンビだと思ってたんだよね。


「――っ。わかりました」


 もっとシエラに対して、別れの言葉をかけるものだと思っていたのに。彼女はそっと頬に触れただけで、祈りの体勢に入り始めた。


 跪き、胸のあたりで両手を組む。その祈りは深く、深く、深く――。

 全身の輝きが、どんどんと増していく。


 ちょうど月が陰り、教会の中に外からの光が差し込まなくとも。まるで小さな太陽のように輝くアリューゼちゃんが、辺りを照らしている。


 ……その時だった。私は……確かに見た。


「――――」


 大きく広げられた翼の根本が、中程が、先端までもが。

 陽の光のような、暖かい山吹色に輝いていくのが。


 もしかしたら、私の気のせいなのかもしれない。

 浄化される間際のものにしか見えない輝きなのかもしれない。


 けれど、これこそが――真実なのだと思えてならない。


「……黒い醜い翼?」


 ……そんなもの、所詮はただの見た目に過ぎないんだよ。

 その本質は、魂は。とても清らかで、そして眩しい。


 私の魂が、そう感じるのだ。

 消える寸前になろうとも、その優しさに包まれているからか恐怖はない。


 ――あぁ。なんて神々しいんだろう。

 これが寵愛者アンジール。神の御使いと呼ばれる者。


「…………」


 光がどんどんと強くなり、視界が真っ白になっていく中で、私も祈る。彼女がこの先、不幸になりませんようにと。シスターの真似事をしてきた今までの中でも、最も強く、最も純粋に祈った。


 誰だって、縛られて生きては欲しくない。彼女にだって、自由に生きる権利がある。幸せに生きる権利がある。でないと、私もサフィアも浮かばれない。


 ……蔑まれることなんてない。きっと、誰かが分かってくれる。


 隠れて、怯えて暮らす必要なんてない。

 たくさんのヒトの中で、笑顔で過ごせる日がきっと来る。


 ――祈る。自分の魂が、光と同化していくのを感じながら。

 この子の未来に、幸あれと。


 頑張って、アリューゼちゃん。あなたは。あなたの魂は。


「決して――醜くなんて……ないんだから」

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