おまけ 思考する、操り人形
『私の魂を受け入れた“器”は、誰の死体だったのだろう』
そう考えたのも、一度や二度では無い。とはいっても、無数の死体の寄せ集めで作られた、という事実を知るまでのことだけど。でも、土台になった“誰か”確かにいるわけで。その“誰か”に対しては、いつも感謝と申し訳なさの両方を感じている。
記憶っていうのは、肉体に宿ると同時に、魂にも宿っているんだって。
そうじゃないと、彷徨う魂なんてありえない。というのは、後になってから『なるほどな』とは思った。けれどもまぁ、こうして実感してみると、なんとも不思議な感覚だった。
死ぬ前の記憶、私の“終わりの記憶”は確かに残っている。――魔物に襲われ、激しい痛みと共に意識を失った記憶だ。私の住んでいた村には、教会が無かったから。行き場を失った私の魂は、神父に拾われてしまったのだろう。
そこで一度終わって。新たにシエラとして始まったのはそう――
『……ここは……?』
数年前に、教会の地下室で目が覚めた、その時からだった。
まず最初におかしいなと思ったのが声だった。これは私の声? 記憶にあるのとは違う。少しだけ高い。自分の知らない音が、自分の口から出ている違和感。寝ていたベッドから降りて、立ち上がってもなんだか感覚のずれを感じていた。
「ここっていったい……どこなんだろ……」
暗くてじっとりとした、周りが石壁に囲まれた部屋。調度品は全くない。窓は無く、扉が一つだけ。外に出ようと扉を押し開けようとしたのだけれど、鍵がかけられているようだった。
もしかして私、閉じ込められている?
「嘘でしょ……? ここから出して――! ……えっ!?」
少しばかり恐怖を感じて。どうにかしてこじ開けようと、思いっきり扉を揺らしたその時だった。ベキリと
「何よ……これ……。私がやったんだよね……?」
知らないうちに、力持ちになっていた。なんで?
「……おや、もう目が覚めたのかね」
「っ――。誰っ!?」
部屋から出た先の廊下も、周りが石造りで。灯りが少なく薄暗い中に、人影が二つ現れる。私と同じぐらいの年齢の黒髪の女の人と、それよりも二回りは離れている男の人。
男の人の方が、静かに言った。
「一人で出てくるとは、実に活発な女性のようだ。事情は上で話そう。“付いて来なさい”」
「…………!」
何の説明もなしに、素直に従うわけがない。――と思ったのだけれど、身体の自由がきかなかった。意識では後ずさろうとしたのに、足は前に進んでいく。
これはおかしい。何もかもが変だ。
私はもうパニックになっていた。
「わ、私に――何をしたのよっ……!?」
あの時は、殆ど悲鳴のような声を出していたと思う。当たり前じゃない。知らない場所で目が覚めて。知らない声が自分の喉から出ていて。そして、何の説明もないままに命令されて、身体が勝手に従うのだから。
「……何を、ですか。私の助手として、蘇らせただけです。人手が必要なので」
「助手……?」
――聞けば、男の方は教会の神父様だと言う。
ここは教会の地下室で、どうやら本当のようだった。私に対して、なにか悪意を持っている様子もなく。上にある鏡で自分の姿を見せられて、驚愕した確かだけれども――どんな形であれ、生き返らせてくれたことに感謝していた。
少なくとも、シエラとしての新しい居場所を与えられた私は。
“サフィア”と呼ばれた、もう一人の方はそうでもなかったみたいだけれど。
「……あなたは、こんな姿になってでも蘇れて嬉しい?」
助手としての仕事の一つは、教会のシスターの真似事だった。その立ち振る舞いについての教育が終わったところで、突然にそんなことを尋ねられたのだ。
「もちろん、嬉しいよ。見た目が全然違うし、食事もできないのは戸惑ったけど……。こうして人と話したりできるのは、とても嬉しい。そっちは違うの?」
私は素直に、第二の人生が与えられたと喜んでいた。
その段階でそんな美味い話は無いと気付いていれば良かった。
気づいたところで、何かできたわけではないのだけれど。
その時のサフィアは『……じきに分かるわ』とだけ呟いて、自室に戻って行った。
「あんな子、この村にいたんだ」
甦らせられて、神父の下で修業しているシスターとして働いて。そんな平和な毎日を過ごして、二週間ほどした時だった。ようやく村の住民たちの顔を覚え始めたところで、私は初めてアリューゼちゃんを見かけた。
身を小さくしながら、村の中をおどおどと歩く女の子。私たちと同じ修道服を着ており、どうして一度も教会で見なかったのか疑問だった。その時いっしょにいたシエラに尋ねたら、一人だけ塀の外で暮らしていると聞かされた。
「そんな……酷いよ、それって。とても危ないじゃない」
魔物に襲われたことがある私じゃなくても、村の外が危険だと理解できるだろう。どうしてそれで、あんな小さな女の子を一人にしているのか。
それに加えて、どうやら村の住民たちからは、快く思われていないみたいで。店で買い物をするにも、賞品を乱暴に渡されたりしているようだった。それは見ていて、気分のいいものじゃない。
たとえ嘘っぱちのシスターだとしても。……いや、立場なんて関係ない。同じヒトとして、そういった行いを見過ごすことはできないと、近づこうとしたのだけれど――
「……身体が動かない? どうして……!」
「私たちが彼女に近づかないように。何もできないように、神父が魂に“命令”しているからよ」
「なんでっ……そんなことをする必要があるのよ……!」
「……知らないわ」
答える彼女の視線が、どこか悲しそうだったのは気のせいだろうか。『知らない』とは言いながらも、あの小さな女の子の姿が見えなくなるまで、ずっと視線で追い続けていたのは、なぜなのだろうか。
今になって思えば――母親である彼女の魂は、私よりもずっと強固な“命令”に縛られていたのだろう。誰よりも、アリューゼちゃんの境遇に心を痛めていたのは、間違いなくサフィアだったのだ。
私が神父の本性を知ったのは、それからだいぶ後のこと。
地下室に呼び出され、そこに置かれているモノを見た時には絶句した。
「日が完全に落ちたら、二人で埋め直しておきなさい」
「……はい」
「これって……」
地下室に運び込まれていたのは、先日に教会の管理のもとで埋葬した、村の住民の遺体だった。既に血抜きがされているため、辺りが汚れてはいなかったけど、無の辺りを一度大きく切り開いたような傷痕が残っている。
……死因を調べていた?
たしかこの人は毒死だったはず。魔物に負わされた傷が、じわじわと身体を蝕んでいき、村で治療をするときには体力が殆ど残されておらず、魔法も効かなかったのだ。
既に一度掘り返されて柔らかくなっている土を、再び掘り返していく。常人離れをした筋力を持つこの身体を与えられて、力仕事が苦になることはなくなったけれど。
けれど、こうした状態も人目につかない夜中の間だけ。日中、住人たちの相手をするときは、普通の人にまで抑えられている。もちろん、私達が“普通のヒト”ではないことがバレないようにだ。
「この人も、その時が来たら“使われる”のね」
「……“使われる”?」
――これが、神父の趣味を手伝った、初めての記憶。
それからというもの、神父に命じられるがままに、死体の処理を続けた。
「……このヒトたちも、神父の操り人形になるのよ。私達とは違う、中身の込められることのない、ただの人形として」
ただの人形。サフィアはどうだったかは分からないけど、私はその時、心の何処かで彼らを見下していたのだと思う。 ……“私たち”には成れなかった、ただの人形、と。
「なんで? 私達みたいに生き返らせればいいじゃない」
「必要じゃないからでしょう。突然に何人もヒトが増えたら、それだけ住人に気づかれる可能性が高くなる。それに――」
でも……“私たち”も、所詮は操り人形に過ぎない。
今となっては、馬鹿な考えだったと分かる。
「私たちが幸せだと。あなたは本当にそう思う?」
人形が、人形を下に見るなんて。
――こんな、滑稽な話もない。
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