第百三十一話 『あんたにはまだ早いわよ』
「……この状況、どうしたものかしらねぇ」
隣でココさんが溜め息を吐いた。どうしたもこうしたもない。
後方では依然として、サフィアさんと戦うヒューゴたち。前方の崩れた壁からは、わらわらとゾンビが入ってきている。……いや、追い打ちと言わんばかりに、教会の入り口からも。逃げた神父を追うには、邪魔なことこの上ない。
――けれど。それよりも、だ。
「トト先輩……どうして……」
激しい怒りを
そのあまりの怒りようを目の当たりにして、逆に冷静になってしまった自分がいる。ココさんに対して、キツい態度をとっていたのとは違う。先輩が爆発させた“殺意”が、衝撃的だったのだ。
「……トトの父親が言うにはね、
「ララ……?」
初めて聞いた名前。察するに、トト先輩の母親の名前か。……つまりは、先輩の祖母にあたるココさんの娘の名ということでもある。
祖母であるココさんと。既に亡くなっているララさん。そして、トト先輩。
――これがヴェルデ家に続く、愛憎入り交じった母娘三代の繋がり。
「だからこそ憎んでいた。母親として、ララに幸せな一生を送らせてやれなかった私を。それこそ、殺してやりたいほどに」
ララさんは、幼い頃のトト先輩と先輩の父親に看取られて病死したという。ココさんはそこにはいない。ララさんの歳がまだ二桁もいかない頃に家を飛び出し、そしてそのまま帰ってくることはなかったのだから。
瀕死の重傷を負って。三十年以上の時を超えて、トワルの街で復活して。
それから自分の家へと帰った時、ココさんは何を思ったのだろう。
「……あの子は、母親への愛が深すぎるのよ」
『私が言えた義理じゃないけどね』と、前方のゾンビたちをアルメシアで切り払いながら苦笑していた。
「…………」
――決して冷酷なわけでも、他人が嫌いなわけでもない。自分への復讐を目的に生きてきたせいで、周りからはそう見えるのだとココさんは言う。
「とりあえず、現状を何とかしないとね。これじゃあ、あの子を追うのもままならないわ。……私がヒューゴ君たちと変わるから、あなたたちでコイツ等を片付けなさい」
ここは広範囲に炎魔法を放てるヒューゴの方が良いと判断したんだろう。急激に方向転換をして走り出したアルメシアに付いて、ココさんがサフィアさんの方へと向かった。
「それじゃあ、こいつ等の数を削っておくか……!」
死体とはいっても、勝手に動くただの人形。森林で戦ったものと同じだ。こちらの攻撃を避ける意思すらない。操るための核となっている部分を確実に叩きながら、しらみつぶしに活動を停止させていく。
そうして、十体ほど片付けたところで――
「《ヴァン・イグノート・イン・ビードォ》!」
自分の横を、炎の渦が通った。……思ったよりも早かったな。
教会の中ならば燃え移る心配はないからと、最大火力でヒューゴが妖精魔法を放っていた。ハナさんの方も、威力は足りないながらも教会入り口から入ってくるゾンビたちを、魔法で押し留めている。
「ちょっと大きい音が出るけど――」
――続けて、ゾンビたちの頭上を越えて機石が投げ込まれたのが見えた。一度や二度、どこかで見たような。そんな怪しい光を出していた気がするんだけれど。
「お前っ、また機石爆弾を――」
次の瞬間には小さな爆発が起こっていた。これまでのとは違い、少しだけ威力を抑えたものらしい。ゾンビたちの肉体は四散することなく、ただそこらに薙ぎ倒されていた。
「テイルさんも、トト先輩を追ってください!」
「俺たちも後から追いつくからよ!」
「……っ」
教会の壁には、先程よりも二回りは大きな穴が空いている。後からどんどんとゾンビたちが入ってくるけども、今ならその頭上を飛び越えられそうだった。そして、所々にハナさんの魔法によって、植物で足場が作られている。――行くしかない。
「――任せたぞっ!」
地面から生えた小さな立ち木を飛び移りながら、ゾンビの波を越えていく。こちらを襲ってこない様子を見るに、どうやら教会に向かうことしか命令されていないらしい。安全な場所へと降りたのだけれど、どうしたものか。
「マズいな……」
村の住人たちが、騒音に気がついたのか外に出てきていた。……崩れた教会の壁、周りには大量のゾンビ。全く知らない人から見れば、神父が襲われているようにしか見えないだろう。(ほぼその通りなのでタチが悪い)
そのまま襲撃者として判断されても困るのだけれど。神父が悪だというのは紛れもない事実。だが、その証拠を示すことが難しい。説明して、素直に理解してくれるのだろうか。
兎にも角にも、神父を取り逃がすことだけはあってはならない。
どこに逃げたのか、辺りを注意深く観察して――いや、しなくても一目瞭然だった。村をぐるりと囲んでいる塀が、教会に近い一部分だけすっぽりと崩れている。そこから村の外へと逃げたんだろう。
教会横の墓の上をおっかなびっくりしながらも走り抜ける。ところどころに穴が空いているのは、死体人形として確保されていた住民たちが眠っていたからだろうか。
塀を抜けた先、森のそばにトト先輩と神父がいた。
「くふふ……追い詰められたと思っているのか? この私が? 違う、全くもって違う。私がここまで誘い出したのだよ!」
地面のありとあらゆる場所から骨が湧き出てくる。誰の、どこの、どんな骨なのかも分からないぐらいに。まるで熱湯の底から泡がふつふつと沸き上がるように。
それは一体一体で襲い掛かるのではなく。どんどんと集まっていく。収束していく。誰の骨だろうが関係ない。どんな骨だろうが関係ない。体積を増して、増して、増して形づくったのは、巨大な髑髏をした骨のゴゥレムだった。
それはちょうど妖怪にいるような、がしゃどくろそのもの。
こういうのは、スケルトンゴゥレムとでも呼称すればいいのだろうか。
「見るがいい、この圧倒的な質量差を。お前のそのゴゥレムでなにができる!」
幾万もの骨が集まってできた巨大な腕が、トト先輩へと降りかかっていく。
「先輩っ――!」
「“アルヴァロ”っ!!」
だいぶ前、ココさんを学園に連れ帰った時に、少し耳に挟んだことがある。天才ゴゥレム使いと呼ばれた彼女は、三体のゴゥレムを操りながら世界中を旅していたと。
三体のうちの二体までは、これまでよく目にしていた。
人型と、鳥型。ココさんもトト先輩も、その二体をよく使う。
トト先輩のスタイルが、ココさんを真似たものなのだから当然なんだろう。だというのなら――これが、今まで見ることの無かった三体目、先輩の奥の手か。
「でかすぎるだろ……」
アルヴァロと呼ばれたゴゥレムは、優に六メートルはあった。金属でできた巨大な体躯。頭の部分は王国の騎士のような兜の形。まるで要塞のような重厚さは、多少の攻撃ではびくともしないのだろう。
神父の操る骨のゴゥレムの一撃を、全くこたえる様子もなく受け止めて。そのまま
、空いた方の腕で勢いよく突き出した拳が、スケルトンゴゥレムの肋骨の何本かを粉々に叩き割った。
「そのゴゥレムは……。まてよ、その緑色の髪――貴様、まさか“あの”……!?」
神父のなにかに気づいたような様子。ここまで怪しい笑いばかり浮かべていたのに、初めて狼狽した様子を見せたんじゃないだろうか。そうしてその口から出てきたのは――
「天才ゴゥレム使いと謳われた、ココ・ヴェルデか!?」
「チッ」
嫌っている祖母と勘違いされて、先輩はこちらに聞こえるぐらいに舌打ちをしていた。目つきは違えど、二人とも似ているからなぁ。
神父でもココさんの名前は聞いたことがあるらしい。……こう言ってはなんだけど、実は本当に有名なのか半信半疑だった節はある。
「あの糞ババアは関係ない! ココ・ヴェルデの孫である前に、私は一人の
重厚な騎士の姿をしたゴゥレムが、勢いよく――文字通りの“鉄拳”を見舞う。
技も速さもない。シンプルに質量だけ。ただそれだけなのだけれど、だからこそ強い。何もかもを押しつぶす質量を前にしては、対抗するにも同じ土俵に立たないと始まらない。
……俺はいったい、何を見ているのだろうか。
これじゃあまるで、巨大ロボ同士の決戦だ。
スケールの違う二体が火花を散らしながら、骨片を散らしながら殴り合っていた。
「あらあら、私の“スロヴニク”にそっくりじゃない」
「ココさん……?」
呆気にとられていると、ふと、上空から声がした。声の方を向くと、ゆっくり降下してくるククルィズの姿が。どうやらココさんが追いついたようだ。
「……凄いですね。あんなに大きなゴゥレムを」
「あれぐらいできて当然よ、私の孫だもの。――まぁ才能の伸びしろだけなら? 百歩譲って、私よりもあるかもしれないわね」
「さて、と。それじゃあ、やり過ぎないように私も混ざろうかしらね」
巨大なスケルトンゴゥレムも、今や影も形もないぐらいに破壊されて。
神父も完全に追い詰められていた。
「はい、ここでストップね。神父の身柄は私が預かるわ」
反論するココ先輩を無視して、ククルィズの爪が神父を鷲掴みにする。そのまま連れ去ろうとする姿に、トト先輩が激怒していた。アルヴァロを収めて、次の瞬間にはマクィナスの背に乗る先輩。……あれ、どこかで見た構図だなこれ。
「てめぇは手を出すな! そいつは私が殺すんだ! 私が――」
「あんたにはまだ早いわよ。人殺しなんて」
「できる、できないの問題じゃなくてね。それに――」
「――――っ!?」
「魔力切れ……?」
「自分の限界を測れない所はまだまだって感じかしら」
よろよろと、自分の前に降下するマクィナス。ゴゥレムを収め、地面に飛び降りた先輩だったけども――膝をついて、肩で息をして。相当な疲労の色を見せていた。
「ゴゥレムを操るのに、だいぶ無理をしたようね。ま、汚い部分は私がやっといてあげるから、そこで見ておきなさいな」
ククルィズの背から飛び降りるココさん。ククルィズは空中で体勢を維持しており、その鉤爪にはぐったりしている神父の姿があった。どうやら、こっちもスケルトンゴゥレムを操るのに相当無理をしていたらしい。
「それじゃあ、覚悟はできてるかしら?」
神父へと近寄るココさん。
「な、何をする気だ……!」
「何って、ねぇ? 少し閉じ込めさせてもらうだけよ」
そう言って、懐から取り出したのは――
「あれは――」
それは、学園長の倉庫で見かけた鳥かごだった。豪華な台座から伸びた金属部分は全て金色で、外から見えないように覆うための遮光布が上部に備え付けられている。芸術品として見ても高額が付きそうなものだった。
「抵抗できなくなるまで弱らせておいてくれたのは好都合ね。さぁ、他人に命を握られる気分を、好きなだけ味わうといいわ」
ココさんが鳥かごに魔力を流す。すると、まばゆい光が放出され――次の瞬間には、ククルィズの爪の中にあった神父の姿は消え、鳥かごの中には、神父が小さくなった姿で収まっていた。
「さてさて、それじゃあ住民たちの前で洗いざらい全て話してもらうわよ。もちろん、嘘を吐けないよう、魂を弄った後でだけれど」
「ひぃっ……」
冷たい笑みを浮かべながら、ココさんが鳥かごを揺らす。
「自分が散々してきたことだもの、ねぇ? まさか、同じことをされないとでも思っていたのかしら。さっきは『魂が痛みを感じることは無い』って言ったけど、これは別。直接、魂だけに痛みを与える方法だってちゃんとあるわ」
ともあれ、これで神父も捉えたことだし一件落着? と、肩の力を抜いたところで――森の中から、黒い影が飛び出してきた。
「っ!?」
一瞬で地面に押し倒されて。首元にはナイフを突きつけられる。
……誰が予測していただろうか。
まさか、こんなところで、こいつが出て来るなんて。
「テェエエエイルッ……! まさか、本当に生きてやがったとはなぁ!」
「
エクター・ブロンクス。自分よりも三つ上の兄。四人兄弟の上から三番目。
左目には眼帯。左腕は包帯が巻かれている。家を飛び出したあの晩、初めて撃った自分の魔法が命中して、深手を負わせたからだ。
恐れていたことが、現実に起きてしまった。
逃げ出す自分の最大の壁だった兄が――
「あの時のオトシマエ、きっちり付けさせてもらうぜぇ」
――とうとう、復讐に来た。
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