第百十三話 『テメーは甘えてるっつーんだ』

「テメェもまぁ、ギリギリ上から二番目ってところだな」


 ――自分が倒れた時点で訓練は終わった。ミル姉さんから椅子の様な扱いを受け、背中に腰掛けられながら、総評を受けている最中である。


「ぐ……グレナカートと同じかよ……」


 ……屈辱的だけども、身体が動かねぇ。左腕も痛いし。


 そしてなんとか今の実力で齧りついた位置付けは、上から二番目。口ではグレナカートと同じとは言ったけども、そこには天と地ほどの差があるに違いない。


 そうそう何事も上手くいかないことを、思い知らされる結果だった。


「攻撃や回避の魔力の消費がデカい。分かっちゃいるだろうが、長期戦には向かねェ。ただ――お前の“それ”は幸運だったな」

「……それ?」


 背中の上から“幸運”という言葉が聞こえたのだけれど、聞き間違いだろうか。


 この世界に産まれてから、むしろその前の人生でも運が良いと思ったことなんて無かった気がするんだが。いったいどの部分が幸運なんだろう。


「どーせ『自分のどこが幸運なんだ』みたいな顔してんだろ。不景気で冴えねぇ、クソみてぇなツラだ。ハッ。自分の能力も把握できねぇんじゃ、いつまで経っても二流、三流だなァオイ」

「…………」


 ミル姉さんは背中から腰を上げ、自分はようやく重みから解放される。正面へと回られ、顔を覗き込まれた。機石人形グランディール特有の、無機質に輝く瞳が、こちらを真っ直ぐに捉えている。ギザギザの歯が、間近で見ると本当に鋸のように見えた。


「なぁ“黒猫”。足りねェ頭でよーく考えろよ。素の身体能力でその速さ、その動体視力、その瞬発力! 戦闘という一瞬の判断が明暗を分ける状況では、持てる選択肢が圧倒的に違うんだぜ? 攻撃か防御か回避か逃走か――よりどりみどりだ」


 ――攻撃、防御、回避、逃走。

 ミル姉さんが一つ一つ指折り、選択肢を上げる。

 こうして並べられると、まるでゲームのコマンドのよう。


 ただ、実際問題そんなもので。取れる行動など、あらかた決まっている。

 いちいち脳内で選択するほど、悠長なものでは無いのは致命的だけれど。


「そんなことを言ったって……」


 けれど、言うほどそこまで考えながら動いた憶えはないし。ミル姉さんに『それらが利点だ』と言われても、今の状況が現実を如実に表している。


「現にミル姉さんに負けてるんですけど――い゛っだぁっ……!?」

「だぁかぁら、テメーは甘えてるっつーんだ。あぁ?」


 わりと遠慮のない力で、ばしりと肩を叩かれた。

 振動がダイレクトに腕に響いて痛いんだって!!


「アタシにゃ時間をかけて磨いた“技”がある。重ねて、重ねて、重ねて。積み重ねた技術と経験が、お前を今叩き潰した実力の差だ。あぁ? そうだろうよ!」

「ぐっ……」


 自分の時には出てこなかったが、前に見せた音もなく剣を受け流したあの技術。確かにあれは、立派な技だ。まさに“技”と形容するしかないものだった。


 見えるだけでは駄目なんだろうなと思う。

 疾いだけでも駄目なんだろうと理解できる。


 次に移る行動の為の、最善の選択。数手先に優位を取るための、後に響く一手。無自覚に、無知覚に力を振るうだけとは違う、ヒトだからこその叡智えいちが細部にまで詰め込まれた徹底的合理化ルーチン。


「――で、他の奴らが魔法で補ったり、勘や経験で補っている部分を、テメェは見てから行動することができんだよ。それでいて、攻撃面は魔力によって一撃の威力を跳ね上げている。やり方としては間違っちゃあいねぇ。だから“幸運”だって言ってんだ」

「じゃあ――」


「ただ問題は。テメェが、全然、まったく。話にならない程“未熟”だってことだ。だから地面に這いつくばる羽目になる」

「あ、はい……」


 今度は頭をぐりぐりとされて。相変わらず左腕はじくじくと痛い。


「えーっと……。ボロクソに言われているけど、少なくとも方向性は合っているということ……ですよね?」

「方向性! 方向性だけはな! ただ方向性だけ合ってても、何が必要なのか理解してねぇだろうが、このポンコツが」


 ……世も末だ。半分イカれてるような人形に、ポンコツ扱いされるなんて。


「今のテメェは、魔力の流れを無理矢理作り出すために全身を使ってる。ここから先、打てるようにしろ。それだけで、打つ前の予備動作が無くなって、連射も利くようになるだろ」


 言われてみれば、にはるん先輩も杖で軽く叩くだけでも地面を砕いていたし。ヴァレリア先輩に至っては、肩に軽く手を置かれただけで自分に膝を付かせた。どちらも自分のように、思いっきり振りかぶったり、なんてのは殆どしていなかった。


「はぁ……遠いな……」


 ――結局は魔力のコントロール。内側での魔力の流れだけで、出力を調整できるようにならないといけないというわけだ。


「なぁに黄昏れてんだテメェ……死ぬ気でできるようになるんだろうがよォ! 今日はこれで終わりだオラ、帰れ!!」






「あぁ、そこに座るといい。腕を見せてみろ」


 訓練が終わって、ミル姉さんに小闘技場を追い出され。腕が痛いし、動かせないしで保健室へ行って、ファラ先生に診てもらったのだけれど――


「折れてるな。触れなくても分かる」

「え゛」


 ……ものの見事に折れているらしい。

 いや、まさか。これマジで折れてんの?


 学生大会の時は骨折とまではいかなかったし、自分の知る限りでは初めての体験だった。たぶん体験したことはないはず。……“森”で父親や兄たちにしごかれていたときも、身体中痛みはしたものの、動かなくなるなんて経験はなかったから。


「ファラ先生……。あの……魔法で――」

「私はこの程度では祈らん。治すなら、薬と自然治癒だ」


 やれやれと煙草の火を灰皿で押し消して、怠そうに立ち上がる先生。

 あの、急患なんですけど。一刻を争う事態なんですけど。


 こんなことなら先に【知識の樹】へ寄って、ハナさんに回復魔法をかけてもらえばよかった。骨は繋がらないだろうけども、痛みぐらいは引いていたはず。


 机の反対側の壁にある棚の中から、先生は小瓶を取り出す。

 これといった装飾もない、シンプルな青いガラス瓶だった。


「まぁ、骨折に効くのはこのあたりだろうな」

「……ありがとうございます」


 外側からじゃあ色が分からない。臭いは……糊だとか接着剤だとか、特有のものが鼻の奥に来る感じだ。正直、かなりの勇気を必要とする。


 ……割と冗談抜きで痛い。

 これで痛みが引くならと、覚悟を決めてグイッとあおって――


「塗り薬だぞ」

「危っぶねぇ!」


 慌てて瓶から口から離した。

 どうりで中の液体の粘度が高ぇと思った!!


「余程慌てているようだが、しばらくは安静にしておくように」


 折れた左腕が動かないよう、包帯でグルグル巻きにされて。薬のおかげで痛みは引いたけれども、なんだか釈然としないまま保健室からも追いやられた。






「やっちまったなぁ、テイル。だがわかるぜ……男なら強くなりてぇもんな!!」


【真実の羽根】の部屋へと向かう道で、隣を歩いているヒューゴが、実に共感しづらいフォローをしてくる。


 包帯をした状態でグループ室に行ったら、いろいろな方向から心配されてしまって。とりあえず、保健室で治療したことを伝えて、出かけようとしたのだけど――


『どこかでトラブルに巻き込まれて悪化したらどうすんの!』

『そ、そうです……! 最近のテイルさん、どこか気を急いているようで……』


 と、止められたのだ。誰か一人が付き添えばいいだろう、となんとか説得した上で、手ごろなところにいたヒューゴを指名したのだった。


「まぁ、しばらくは休まざるを得ないけどな……」


 ……二年に上がって早々に、こんな大怪我をしてしまうとは。

 自分だって、こんな結果は不本意だ。


 今までも怪我をすることはあったけど、流石にここまでの深手を負うようなことは無かった。食らったら危ないものは、死ぬ気で避けてきたし、自分よりも早い奴と本気で戦ったことはないからだ。


 回避すらできなかったということが、ミル姉さんと自分との圧倒的な力の差を証明しているんだよなぁ。


「はぁぁぁ……」


 ため息が出る。深い深い溜め息が。


 先輩の過去について調べると約束したはずなのに。一番の近道は、先輩に直接聞くことだと思っていたけども、それには先輩に勝たないといけなくて。それは現段階で不可能に近いので、力をつけないといけなくて。


 いいタイミングでミル姉さんという訓練相手が見つかったと思ったら、初日から左腕を折られてしまったのが今の状況である。……あれ? 厳しすぎない?


「で、どこに行くんだ? とりあえず付いてきたけどよ」

「なんだか……実力行使だけじゃなくて、情報収集にも手をつけないといけない気がしてきたんだよ」


 これでも相当な茨の道だという覚悟は、しておかないといけないようだ。


「情報収集? なんの?」

「この学園で昔に何があったのか……とかかな」


 ……【真実の羽根】に何か情報が残っていないだろうか。

 ルルル先輩が見逃すとは思えないけれども、万が一ということもある。


「七不思議について調べないといけないしな!」

「あぁ……それも引き継いで調べないとなぁ……」


 そうして、もう誰もいない【真実の羽根】の扉を開いた時だった。

 ――もう、誰もいない筈の……。


「…………?」


 誰か……いる?


「ありゃ、お客さん? ――いや、君はたしか――」

「ウェルミ先輩……と……」


 この青い髪に、二振りの

 三年生に上がったウェルミ・ブレイズエッジ先輩。


「テイル・ブロンクスとヒューゴ・オルランド! 期待の一年生――じゃなくて、今はもう二年生ね! 残念!」

「なにが残念なんですかね……」


 彼女がここにいるのは、なんとなく分からないでもない。ルルル先輩とは懇意こんいにしていたみたいだし、【真実の羽根】に何か物を置きっぱなしにしていたのだろう。けれど――


「で……こいつらは誰です?」


 橙色のツンツン頭の目つきの悪い少年と、エメラルド色をして後ろに束ねた髪の少女。制服の色を見るに、二人とも一年生だった。


「あぁ、みんな初対面よね。紹介するわ! ロラン・サクシード君とナナエ・バレットちゃんよ!」


 ウェルミ先輩の明るさとは真逆に、静かで暗い雰囲気の二人。人見知りでビクビクしているというよりは、敵意混じりの警戒した視線を投げつけてくる。


「俺たちはさっき紹介されたよな。よろしく」


「…………」

「…………」


 先輩が挨拶したってのに、返事もナシかい。


 ……初対面は最悪。なんだおい、礼儀がなってないな?


「二人共、私が連れてきたの! そして――」


 ナナエと呼ばれた少女は、腰のホルスターに二丁の拳銃を携えていた。

 ロランの方は、武器を持っていない。肉弾戦メインか?


「この子たちが新しい【真実の羽根】の一員よ!」

「……へ?」


 ウェルミ先輩の突然の言葉に、自分もヒューゴも耳を疑ったのだった。

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