第百十二話 『天と地ほどの差があるんだぜ』

「――あ゛ぁん?」


 ミル姉さんが声を上げたのは、手ごたえの無さ故か。

 夕日に煌めく刃はこちらに触れることなく、ただ空を切っていた。


 自分が立っていた場所には、未だ直立不動の分身の姿がある。いつでも出せるように意識はしていたけども、まさかいきなり襲ってくるとは。


『発動があと少しでも遅かったら』そう考えると、生きた心地がしない。魔法によって切れ味が抑えられているのだとしても、あんな鋭い一撃……。無防備な状態で食らったら、首の骨ぐらいは折れてるよな?


「い、いきなり殺意全開かよ……!」


 となれば、ボヤボヤしているわけにもいかない。向こうが攻撃から体勢を整える前に一撃で終わらせる……!


「ふっ――!」


 すぐさまヒトの姿から亜人の姿へと変わり、魔力を乗せた一撃(足)を放つ。


 相手が“普通の人”ならば、ここで顎でも打ち抜いて昏倒させるんだけれど――機石人形グランディールがそう素直に倒れてくれるとは思っていない。


 悪いけど、思いっきりでいかせてもらうっ!


「甘ァい!!」


 ヂッと、つま先がミル姉さんの左頬を掠めた。


「外したっ……!?」


 頭を蹴り飛ばすぐらいの勢いで、足を伸ばしたんだけど。

 完全に当てたと思っていたのに、あそこから回避? 嘘だろおい。


 大きく吹っ飛びはしたけども、それは乗せた魔力の余波を受けただけ。

 ……大したダメージを受けたようには見えなかった。


亜人デミグランデか――」

「まいったな……」


 今の一撃が直撃とはならなかったのは、正直かなり痛い。

 どちらかというと、不意打ち用に過ぎないからなぁ。俺の魔法は。


 最初の一発を当てるまでが、最大で唯一のチャンスだった。一度危険だと認識された以上、隙を突くなんて余程じゃないと無理だ。


 つまり、ここから先は速度頼み、逃げ場ナシのガチンコ勝負。負けると決まったわけじゃないが、勝てる見込みはだいぶ薄くなったと思う。


 分身止まりのこの魔法も、ミル姉さん相手にどこまで通用するか――


「掠っただけでこれか……なるほどなァ。これがお前の本気のやり方ってことだな? だが――アタシにだって、それぐらいできらァ!!」

「うぇっ!?」


 飛び掛かるようにして距離を詰められ、そのまま振るわれた拳が床を叩き割る。弾けるような爆発音と共に、そこら一帯がすり鉢状に抉れていて。確かに、自分やにはるん先輩が行う、魔力を通した打撃と同じ様になっていた。


 ま、まさか、単純な腕力でこうなってるわけじゃないよな?


 速度はリーオ並み、力はトト先輩のゴゥレムを破壊できるレベル。遠距離にも近距離にも対応していて、戦闘における技術も一級品。


 砂煙の中から、再びこちらに飛びかかろうと体勢を低くする様は――獅子か、それとも虎か。


「死角ナシじゃねぇか……!」


「よぉぉぉく、目ン玉ひん剥いて見てろよ? 似ているところ、異なっているところ。アタシの方が上位互換だってことを、これでもかって程に思い知らせてやるからな?」


 さっきの打撃の影響で、服が破れて腕がむき出しになっていた。内部で淡く光っているのが見える。……これも機石を使っているってことか?


 手首から飛び出した銃口で、魔力を打ち出していたのは憶えている。そこから察するに、それの応用みたいなものなんだろう、きっと。問題は――原理が分かっていたところで、対処できるかどうかは別なことである。


「テメェ以外の奴らが! わざわざテメェに合わせて戦ってくれることなんざァ、一つも有りもしねぇんだからなァ!!」


 そこからは嵐のようにガンガンに攻められて。こちらは回避に専念することを余儀なくされていた。邪魔になるからか、爪は収めてあったけども――“あれ”が自分のものと同じなら、ガードなんてできたものじゃない。……というか、あの威力を前にして、まともに受けようなんて思えなかった。


 分身分身と回避をする度に、どんどんと魔力が削られていく。


「まぁたそれかよ……ピンチになると無意識に守りに入ってんのか? あ゛ぁ゛? それじゃあツマラネェよなぁ、オォイ! 前に出て来いよォ!!」


 一撃でも受けたら、即戦闘不能になりかねない。一撃、二撃と続く攻撃をギリギリのところで躱していく。


 一発目を打ってから、二発目を打つまでが異常に早い。連射ができるのか?

 ――そして、時には両手で同時に打つことまで。


「無茶言うなよ……!」


 あんなのどうやるんだ。どうやってんだ。

 機石人形グランディールだから、いろいろ改造してんだろこれ!


『目ン玉ひん剥いて見ろ』と言われても、全く突破口が見つからない。

 そんな中で――


「……? チッ……面倒くせェ」


 急に、攻撃の勢いが緩んだように見えた。


「た、弾切れか……?」


 今がチャンスっ――!


 ここぞとばかりに攻めに転じる。右手の爪で首を狙うも防がれ、それと同時に肘の刃を狙う。左の拳が触れたところで、一気に魔力を叩きつけた。


 金属が砕け折れる音が聞こえる。……本体にダメージがいかないからか、武器に関しては防御も回避も甘い。


 ――と、同時に地面をガリガリと削る音。

 もう一方の刃が迫っていた。


 分身を使って回避して、もう一発――踏み込みが甘く、弾かれてしまう。

 次いで、今度は再度分身を出した上での、挟撃。


「――――」

「――よしっ!」


 少しはヒビでも入っていたのか、魔力を乗せていない状態の蹴りで叩き折れた。


 ミル姉さん自身には、まだマトモにダメージを与えられていないが、これで何割かの戦闘能力を削ることはできた気がする。


『せめて身体に一発当たれば――』とは思うものの、素手でも難なく受け流される技は健在だった。距離を詰めても、対象までが遥かに遠く感じる。


「これだけ動けりゃ及第点ってところだが……。まだまだ荒いんだよ、邪魔だから少し大人しくしてろや」


 肘に付いたままの折れた刃を取り外し、こちらに投げ付けてきて。そちらに意識を向けて回避しているところで、距離を詰めてくる。伸ばされた腕は――こちらを掴もうとしており、慌てて後ろに飛び退く。


「――――っ」


 ガチャンと右腕の一部が開いた。そ……そんなとこ開くのかよ。

 そこからガラガラと、小さく真ん丸の機石が転がり出てくる。


「爪を外されたついでに、機石をあらかた没収されたからなァ……! 『あると撃ちたくなるのは悪い癖です』ってやかましいんだよクソボケがァ……」


 ミル姉さんの左手の上で転がっている機石からは、すっかり撃ち尽くしてしまったのか、魔法光が失われていた。強く握る度にギリギリと音がしている。


「……あんなもの、どうするつもりだ?」


 魔力切れとなっては、機石もただの石ころだ。

 精々、投げつけられて痛いぐらいじゃないか?


「あーん……」


 ミル姉さんはそれを、上手く宙で掴むなり、そのまま口の中に放り込んだ。

 口の中に入れ、そして――嚥下。のだ。

 

 ――――っ!?


「飲み込んだっ!?」

「げふっ。……いちいち驚くな」


 え゛……。あれってどうなんだよ。

 その行動の意図が掴めない。


「敵がテメェの知っていることしかしねぇ、なんて保証はねぇんだぞオイ」


 そして暫くむぐむぐとして、『ぺっ!』と吐き出したのは――煌々こうこうと薄水色に光り輝いている機石だった。



 ……まさか飲み込んだ機石に、魔力を充填したのかよ。そんな馬鹿な。


 これからこの先、こんなことをしてくる奴が出てくるって?

 いやいや! オメーぐらいだよ、こんなの!


 再び始まった猛攻を躱していると、足元に充填されたばかりの機石が転がってくる。なんだか嫌な光り方をしていた。なんというか、もう少しで爆発しそうな……。


「ほぅら、吹き飛べよォ――!」

「ちぃっ!!」


 あぁもう! 何でもありかよ!!


「――最後にもう一つ、見せてやる。こいつはデカいぞ?」


 爆風によって舞い上がった砂煙の中で、ギラギラとした赤い目だけが浮かんで見えた。そのままひたすら力押しで向かってくるかと思いきや、変則的な動きで無理やりに距離を詰めてくる。慣性を無理矢理に無視したかのような横っ飛びだった。


 殴ろうとする予備動作は見えない。こちらの体勢を崩すつもりか?

 けれど、向こうも背中を預けるように突っ込んでは、直ぐには動けない筈。


「テメェの未熟な技とは、天と地ほどの差があるんだぜ」


 ――二人の身体は密着していた。ツンツンとした金髪の、一本一本が分かる程に。ふわりと揺れた髪の束。自分の上半身に、ミル姉さんの体重が預けられていた。


「“こいつ”の長所は連射でも、両手で同時に出せるでもない――」


 その右手のひらは、確かに自分の身体に触れていた。


 ……今の体勢じゃ、大した威力なんて出るわけが――?


「――ってことだ」

「――っ!!」


 直後に響く破裂音。激痛と共に、ミル姉さんの手のひらと、自分の左腕の間で、圧縮された魔力が弾けたのが分かった。


 ……とっさに左腕で身体を庇った。庇ってしまった。


「づっ――」


 ダメージを受けた部分が、内側からジクジクと痛む。力の入らない腕が、第二の心臓になってしまったかのように大きく脈打っていた。致命傷、とまではいかないけど、この負傷は看過できない。


「で、テメェにゃあもう一つ弱点がある」

「弱点っ!?」


 そんなもんにかまってる暇ねぇよ!?


 この状態で、近接戦闘の範囲内に留まり続けるわけにはいかない。とにかく距離を離さなければ――と地面を蹴ったのだけれど、向こうの方が一歩先に動いていた。完全に後ろを取られ――


「弱点丸出しはいただけねぇなァ」

「ひぃっ!?」


 ――背筋に電流が走る。ミル姉さんに尻尾をむんずと掴まれていた。


「~~~~~~っっっ!!!!」


 そ、それだけはやっちゃあいかんでしょう!?

 猫の尾ってのはなぁ! 背骨に繋がってんだぞ!?


「オラ、終わりだ。反省点は山程あるからな? 覚悟しとけよ」


 付け根から背筋、首の後ろまで悪寒が走る。身体の自由が利かず、そのまま顔から地面にダイブしてしまい――そこであっさりと訓練は終わりとなったのだった。

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