第九十九話 『燃えるような赤い色』
「あ、アルル先輩――!」
「はい?」
ルルル先輩が女子生徒から声をかけられたのは、その日の聞き込みがあらかた終わった夕方のことだった。収穫が無かったことに肩を落としたり、現段階での情報で考えを巡らせていたり。
五人でぞろぞろと中庭を歩いていたところで、二学年の女子が駆け寄ってきたのである。――先輩と学園の中を歩いていて、他の生徒に声をかけられることは珍しくなかった。
誰彼かまわず取材をしているからか、先輩はとても顔が広く。学園の中で、先輩のことを知らない生徒はいないのではないかと思うほど。
大概はちょっとした挨拶なのだけれど、たまに依頼が舞い込んできたりすることもある。そして、今回もその例に漏れない様だった。
「あの……ちょっと相談があって……」
「なになに? それって、面白そうなことかな――……?」
慣れた手付きで手帳を取り出すと、ペン先をぺろりと一舐め。いつもの取材モードに入っていた。が、女生徒が思った以上に心配そうな表情をしていたので――ルルル先輩も真剣な表情に変わって。
「……話してもらっていい? ここでも大丈夫かな? ライカさん」
ライカと呼ばれた女生徒は、そう尋ねられて小さく頷く。
別に自分たちが横で聞いていても、特に問題の無い内容らしい。
……たまにいるからな。わりとプライベートに突っ込んだ話を、出会い頭にいきなりしてくる奴も。後から自分の存在に気付いて、嫌そうな顔をされるのも慣れっこではあるけど。
「それが……友達のリヨンが、今日の朝から姿を見かけないの」
「んんん……?」
たったそれだけの情報だけでは、目の前の問題がどういったものなのか判断しかねているのだろう。『朝から戻ってきていない』。それだけを聞くと、別に少し長め外出しているだけなのかもしれないし。
リヨン先輩も、焦った様子とは裏腹に『探して欲しい』という依頼ではなく“相談”としたのも、今の状況を掴みかねているのか。
「リヨンさんって、
髪型や身長などの、ざっくりとした特徴を挙げるルルル先輩。面識のない自分にとっては、そんな生徒もいたような気がする程度のもの。それでも、聞き込みをするには十分な情報か。
「この時間だったら、少し早いけど――女子寮には戻ってきてないの?」
「ついさっき見てきたんですけど……」
授業にも出て来ず、食堂にもおらず。外出の許可も出ていないと言う。
「はー、やっぱり何でも知ってるんだねぇ、ルルル先輩」
「何でもは知らないけどね。……現に、こうして行方も分からないわけだし」
「先生には相談してないの?」
「それは……まだひょっこり帰ってくるかもしれないから……。明日の朝まで待って、それでも帰ってこなかったら言いに行こうと思ってますけど」
不安を抱えたまま待ち続け、それでも普段の時間に戻ってこなかったからこそ、おかしいと思いルルル先輩を探してきたとのことだった。
「うーん……。そうだね、明日の朝には言った方がいいかな」
「アルルせんぱぁい! ウィムがどこにも見当たらないのぉ!」
そうして、ルルル先輩を求める者が新しく一人。どうやら一年生のようで。ルルル先輩やアリエスの様子を見るに、
肩まで伸ばされている桃色の髪の隙間から、短い角が二本出ていた。房になっているモミアゲを揺らしながら、先輩の方へと迫ってくる。
「うっ……。ガ、ガゼットさん……」
僅かにアリエスの口元がひくつく。
「――ん? あぁ、アリエスさんもいたの」
ガゼットと呼ばれた女子生徒が、こちらの存在に気がついたらしい。いや、知っていたけど、今気づいた振りをしたというところだろうか。わざとらしくグリグリとした目を見開いて、まるで品定めをするようにジロジロと見てくる。
紺碧の海を思わせるような、鮮やかな青。
その瞳の奥から映し出される感情は、好奇心とは違う。
もっと得体の知れない、何か。
悪意は感じられないが、あまり気持ちのいいものではない。
「レース大会、優勝したんで先輩から取材を受けてるの? 羨ましいな」
「い、いやぁ……今は別件で先輩の手伝いというか……」
特にアリエスに対して、その眼差しは顕著で。それに気づいているのか、アリエスは『あはは……』と乾いた笑い声を上げながら、逃げるように視線を逸らしていた。
自分もあまり好きなタイプではないとはいえ――珍しいな、アリエスがこんな反応をするの。……あのアリエスが苦手にしている? そういう奴もいるのか?
「エレンちゃん。慌ててたみたいだけど、どうしたの?」
「それがですね――」
話を聞くに、ガゼットと呼ばれた女子生徒はエレン・ガゼットという名前らしく。出会い頭になにやら大声で訴えかけていたのは、同級生のウィム・シトラールが見つからないために、行方をルルル先輩に聞きにきたとのこと。
「今日の朝までは一緒にいたんですけどぉー!」
「はいはい、わかったから。少し落ち着いて」
「……またか?」
「どこかに出かけに行くとか言っていなかった?」
「ないですないです! お昼ご飯食べたあとにお昼寝してて……いつもは起こしに来てくれるんだけど、今日はそれがなくて……どうしよう、朝に少し喧嘩したからかな……」
しかし、その前の二年生とは少し状況も違うようで。
今度こそ、当人たちの間のトラブルなのだろうか。
こちらも、何かすぐに問題が解決するわけでもなく。明日の朝まで戻ってこなければ、教師の方に相談するとのこと。
なんでまた、まず一番にルルル先輩なのか。
頼りにされていると言ったら聞こえは良いけど。
相当いろんなところで、情報通だという認識が広まっているらしい。
まぁ、実際そうなんだろうけど。
それはやっぱり、先輩の方から、他の生徒のことをよく見ているからで。
自分に対して興味を持つ者に、興味を持ってしまうのが人の性というところか。
【真実の羽根】で収集している情報だけで解決できる問題ならば、きっとその場でぱぱっとルルル先輩が解決するのだろうし。そうでなければ、今のように依頼して協力を仰いできたのだろう。
気になった部分については、手間を
「なんだか……また新しい問題が発生しちゃったみたいね」
「これについても調べるんですか?」
「流石に明日になれば先生が動くだろうし、私達ができることはないかな。……同時に複数のことを調べても、こんがらがっちゃうだろうしね――うん、とりあえず今日は解散かな」
先輩はグループ室に戻って、今回の情報のまとめだったり、少し調べ物をしてから帰るらしい。自分たちは寮に戻ろうとしたところで、先輩がアリエスを引き止めた。
「あ、アリエスちゃん」
「はい? どうしたんです? ルルル先輩」
「ヤーン先輩の方も落ち着いたみたいなの。『明日の朝にでも取材をしてもいいかな』って行ってたから、明日の朝にでも【真実の羽根】に来てくれる?」
「はい! わかりました! ……ロアーも持ってきましょうか? 狭いかな……」
「展開する場所は……流石に無いかもね」
「一人で大丈夫ですか? ただでさえ、二人も姿が見えないって話があったばかりなのに……」
「大丈夫大丈夫、私は逃げ足だけは早いんだから。知ってるでしょ?」
そう言って苦笑いするルルル先輩を送り出して。
「それじゃあ、また明日な!」
「おやすみー」
自分たちも、それぞれの寮への分かれ道で解散となる。ヒューゴは今日一日退屈だったからと早々に別れ、自分も後を追おうとしたところでアリエスが『あ、そういえば』と声を上げた。
「あ、そういえば」
「……ん?」
「いやぁ、偶然かもしれないんだけどさ――」
そう言ってアリエスが短く続けたのは、本当に大したことの無いような内容で。
昼から姿が見えなくなったと言っていた、
「あの子の髪も、燃えるような赤い色をしているんだよね」
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