おまけ 女子会
「というわけで、待ちに待った女子会です!」
女子寮の一室に、ぱちぱちと小さな拍手の音が鳴る。
少し広いその部屋の中には、数人の女子生徒が円の形に座って。その中心には、ちょっとしたお菓子や飲み物などが置かれていた。
女子会の開始を宣言したのは、主催者であるアリエスだった。その隣には、本日のゲストであるクロエ・ツェリテアが、居心地が悪そうに肩を縮めて座っている。
拍手をしたのは、ハナとルナ・ミルドナットだった。そして、ちょうど向かい側の位置に座ったシエットは、少し困ったようにして軽く額を抑えていた。
「催し物をするのは勝手ですけど、なんで私たちの部屋で……」
突然に『部屋借りるね!』と荷物両手に飛び込んできたのがつい先程のこと。あれよあれよと見覚えのない小さなゲストも現れ、無碍に追い返すこともできずに一緒に座っているのだった。
「だって、シエットさんたちの部屋の方が広いじゃない?」
学生寮には部屋に余裕があるということで、基本的に一人一部屋あてがわれていた。シエットとルナは主人と従者。二人で一部屋の共用も希望していたために、通常の一人部屋よりも広い部屋で生活していたのである。
「せめて事前に言ってくださいませんと。こちらにも、都合というものがあるかもしれないでしょう?」
部屋の主が、ちびりと手元に置いてあったコップに口を付けながらボヤく。
「……こんな時間にある都合ってなに?」
「そ、それは……」
「……わたしやっぱり――」
「――座っていなさい」
そんなアリエスとシエットのやり取りを聞いていたクロエが、そわそわとして立ち上がろうとすると、ぴしゃりと、他でもないシエットがそれを制した。
「一度部屋の中に招き入れた以上は、追い返してしまってはエーテレイン家の名が廃りますわ。えぇ、そんな失礼なことはいたしませんとも。――特に、相手が初めて会った、名も知らぬ淑女であれば当然のことです。……コホン」
シエットが後半部分を強調して言って、軽く咳払いする。
――言外に、『いいから早く、ゲストを紹介しろ』と言っていた。
「あぁっ! そ、それでは、皆さんお待たせしました! 今日はなんと、《特待生》のクロエちゃんが遊びに来てくれています! はい、拍手ー!!」
そうして再びパチパチと、今度は三人分の拍手が上がり、華やかな女子五人での女子会が幕を開けたのだった。
最初は各々が軽く自己紹介を済ませて。そこから、広げられたお菓子をつまみながら、他愛のない雑談を交わす。全員、入学してからは普段は学園内で生活しているため、おのずと話題もそっちに偏ったものになっていく。
アリエスからは授業での愚痴など。シエットは同学年の生徒に対しての不満など。
クロエはと言われれば、いろいろ聞かれても言葉を濁すため、主にその二人が会話の中心だった。
「…………」
どうしてこいつらは、こうも楽しそうにしているのだろう。
クロエの脳内では、そんな疑問とも、妬みとも言えない感情が渦巻いていた。
こうして話を聞いているだけでも分かる。――決定的に育ちが違うのだ。特に、いかにも『お嬢様』といった装いをしているシエットとは、目も合わせようとしない。
どうせ飢えに苦しんだこともないのだろう。
決して拭えない孤独に抗うこともやめ、己の世界に閉じ籠もった経験も。
アリエスからも似たような部分を感じてはいるが、シエットよりも酷くはない。それに、自分自身のために奔走してくれたという話を聞いた以上は、そう毛嫌いするわけにもいかない。
完全には気を許していないが――こうして“お願い”を聞くのが、受けた恩を返すうちに入っているのだ、と思うようにしていた。
シエットのお付きメイドだというルナの方を伺うと、ふと目が合う。――が、その瞳からは何も読み取ることができない。《特待生》とはまた違った、根本的な不自然さを感じたのだった。
そうして残ったのは、アリエスを挟んで反対側に座っていたハナだったのだが――
「――――?」
この面子の中では一番物腰の柔らかそうな、主体性のないほわほわとした印象を周囲に与えるハナだが、クロエが感じたのは――どちらかと言うと、自分たち側の匂いだった。
「……どうされたんです?」
「ふぅん……アンタも、惜しいのね」
ふと視線を感じ、クロエと目があうハナ。何か話したいことでもあるのかと首を傾げたところで、何やら意味深なことを呟かれたものだから、頭の上には大量の疑問符が浮かんでいた。
「え、え……?」
「ん? どうしたの、クロエちゃんも、ハナちゃんも?」
戸惑っているハナに気がついたアリエスが興味津々で尋ねるも、クロエは『特に話すようなことはない』と言わんばかりに、再びそっぽを向くのだった。
「――でね! 地下の工房にでっかい
「そんな危ない戦闘を……」
下水道での戦いや、地下工房での戦いなど。話題が学園の中での生活から、学園の外での依頼へと変わって。
クロエも以前から興味があった外の世界に、耳を傾けることもあったのだけれど――彼女を除いて全員が一年生。そう経験も多くなく、あっという間に全て話し終えてしまって。今度は、同じグループの戦い方についての話になる。
「――――」
手持ち無沙汰となったクロエは、今更ながらにシエットたちの部屋の内装に視線を巡らせていた。流石にベッドなどは備え付けのもので、学園の“裏側”で生活しているクロエのものとそう大差はない。少しカーテンが
そしてその中でも、特にクロエの興味を引いたのは――
「(あの背表紙……小説かしら……)」
彼女のちょうど背後にあった、小さな棚の中に並んでいる大量の本だった。
クロエも学園での生活は長いものの、誰かと遊ぶといったことは決して数多くはない。そうなれば、一人で時間を潰すというのが常なのだが、“本を読む”という選択肢が唯一にして最も手っ取り早い手段なわけで。
決して教養がないわけではなく。小さい頃から勝手に本を読み漁っていたクロエにとって、学園の居心地がそう悪くないと思えたのも、教員の一人であるローザ・シャープウッドが管理している図書室に入り浸ることができたからである。
――そんなクロエにとって。外から持ち込まれた目新しい本というのは、興味を引くのに十分過ぎる程だった。その中でも、端から並べられた数冊の黒い背表紙の本には特に。
《薄命の吸血鬼と黒茨の騎士》
タイトルに踊る“吸血鬼”の文字。
その種族の血ならば、彼女にも半分流れている。
半分とはいえ、同族を目にしたことのない彼女にとって、それはまるで自分のことを指されているようで。その内容に興味はありつつも『読んでしまったら負けだ』という、なんともいえない座りの悪い気分を味わっていた。
そういった
「……興味ある?」
「――っ!? い、いいえ、別に!?」
本棚を眺めていたのだから、本に興味あったのだろうとクロエの背中越しに覗き込むアリエス。そしてタイトルをパッと見ただけで、彼女がいったい何を考えていたのかだいたい察していた。
「あー、『黒茨の騎士』! シエットさん、これ好きなんだよね。全巻揃ってるし」
「え、えぇ。特に気に入っている作品です。今まで何度読み返したことか――」
シエットは氷の
「学生大会の時に出てきた蕾と茨も、たぶん
アリエスが言っているのは、学生大会でシエットがタミルと対戦した時のことだった。苦戦しながらも詠唱を終え、姿を表した氷の
「――そう、ですわね。察しの通り、わたくしの魔法は、物語の場面を氷で再現するものです。特に理由はありませんけど、その方が魔力が乗る、ぐらいの認識で構いませんわ」
シエットによる精巧に再現されたものもそうだが、小説自体の知名度もそう。本に挿絵の類は入っていなかったが、アリエスが『蕾』と『茨』の二つだけでその作品が連想できるぐらいには有名な作品である。
とはいえ、この女子会に参加している中で読んでいたのは、アリエスとシエットの二人のみ。ハナもルナも本を読む、ということに対して、そこまで積極的な方ではなかった。
「面白いよー。読んだら止まらないよー?」
「コ、コホン。興味がお有りでしたら、お貸ししてもよろしいですけど……」
ただでさえ少ない仲間を、ここで増やそうと。
二人が、知らず知らずの内に同じ思考に至っていたのは、言わずもがな。
「王国の騎士団を抜けて、旅をしていた青年が主人公で――」
「呪いを受けてしまい数日の命となったヒロインと、黒い茨で覆われた古城で出会うのが物語の始まりですの」
「ふ、ふーん……」
いつの間にか、アリエスとシエットが、クロエを挟み込むようにして座っていた。
しっかりと逃さないようにしたうえで、内容の紹介にも次第に熱がこもっていく。
「だけどヒロインは吸血鬼――不死の身体だから、死んでも大きな花の蕾に包まれて、数日後には生き返られるのだけど、蕾の時に襲われたら死んじゃうんだよね」
「呪いは決して消えることなく。その度にもたらされる死の苦しみと『次こそは目覚めないかもしれない』という恐怖と戦うヒロインの心の内が、主人公の青年と時を過ごすことで徐々に変わっていきますのよ」
「ち、近い! 近いって!」
もはや、軽く怯え始めるクロエなど、まったく意に介す様子もない。
まるで内緒話をする時のように、ごにょごにょと耳元で囁くように続ける。
「ヒロインの眠る蕾を護るために、ボロボロになるまで主人公が外からの脅威と戦うんだけど……いつかは限界が訪れちゃうの」
「吸血鬼の彼女も、そんな彼の血を吸って戦うことを決意するのですわ」
「物語の最後の方で、ヒロインが血だらけの主人公を抱えて、一緒に蕾の中で眠るんだけどさ――」
「……そこで物語は終わりですわね。その先がどうなったのかは、一切語られていませんのよね」
「私は主人公を眷属にして、二人でずっと旅を続けている派だけどなー。というより、そうじゃないと幸せな終わり方にはならないと思うし」
『せめて物語の中ぐらいは、幸せな終わり方であって欲しいよねー』と言うアリエスに対して、シエットは『心に残る終わり方であれば、私はどちらでも構いませんけど』と意見を述べる。
異なった読書観に、火花を一瞬散らしかけたアリエスとシエットだったが、本題はそちらではないと、再びクロエを挟み込んだ。
「それよりも、真っ白い蕾っていうのはね……。いわば、乙女の象徴なわけなのよ。その中で二人が眠りに就く。つまり――」
「……つまり?」
…………。
そこで二人がピタリと話すのを止め、意味ありげに目を合わせた。
「な、なによ」
クロエにとっては、何がどう『つまり』なのかさっぱり分からない。
しかも、その答えを意味ありげに溜める理由も分からない。
「……暗喩」
「暗喩!? な、なんの暗喩なのよ……」
そして遂には声を揃えて、突拍子もないことを言い出したので、思わず声が上ずってしまうクロエ。ここで深く考えると、どツボに嵌まる予感があった。
「あらあら、皆さん楽しそうですねぇ」
「ですねぇ……」
そんな様子を見ながら、飲み物を啜るハナとルナの二人。
普段からよく行動を共にしている仲間の、珍しい一面にほのぼのとしていた。
「…………」
――結局、次の女子会に感想を聞かせてもらうと押し切られ、本を数冊持って帰ることに。本来なら、実力行使に出てでも断るところなのだが――
女子会に招かれ、本を貸してもらうことなど、初めての体験。
《特待生》ではなく、
ただの、クロエ・ツェリテアとして、対等の友達としての扱い。
慣れないし、慣れるわけにもいかないと考えてはいたものの。
「(……今回に限っては、またの機会に保留にしよう)」
今のこの空気を、この空間を。壊したくはないと、感じていたのだった。
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