1-3-4 締め括り編 【裏の糸】

第九十八話 『これは問題だよね、やっぱり』

 クロエとは『また夜に』と手を振って別れ――日もまだ落ちきっていないので、自然区のレース会場へと向かった。きっとルルル先輩たちが、まだ聞き込みを続けているはずだからだ。


 今日はもう一往復してるんだよな……。


 クロエの例のチェス部屋から自然区までというと、決して短くはない道のりで。ずっと黙って歩いているわけにもいかず、アリエスに適当な話題を振った。といっても、先程の出来事についてだけれど。


「なぁ、アリエス。今更なんだが――」


 学園内の舗装された道が終わり、そこから先は地面がむき出しになっている。


 これも魔法によるものなんだろう。道の両脇に生えている木々に掛けられているランタンに、ぽつぽつと灯りがともって。『いやぁ、今日は頑張ったなぁ』と、肩をぐるぐるぐると回していたアリエスの横顔が、橙に照らされていた。


「んー?」

「どうしてそこまでクロエと仲良くなりかったんだ?」


 自分もアリエスも、そこまで宝石の価値に執着していたわけじゃないけど。それにしても、結果的にはあれだけ高価な贈り物をしたわけで。ただの思いつきでそこまでできるものなのかと。


「……そんなにクロエちゃんと頻繁に話したわけじゃないけどさー。その何回か顔を合わせた時に感じたのが……あんまり楽しそうじゃなかったんだよね」

「楽しそうじゃなかったって、学園生活が?」


 別にそんな感じには見えなかったけどなぁ。初めて会った時のチェス勝負でもそうだったし。『あれはあれで、慣れているんじゃないか?』と言ってみると、アリエスが小さく首を振った。


「なんというか……学園生活っていってもさ、戦うための力を付けるためだけじゃないじゃない? もっとこう、友達作ってさ、みんなで遊んだりさ……」


『こういうの、なんて言うんだろうね』と苦笑するアリエス。なんだろうか、ぴったりの言葉を当てはめるとしたら、やはり“青春”というやつなんだろうか。


 アリエスの言う“遊ぶ”の範疇が、どこまでのものか分からないのだけれど、流石にそこは突っ込む勇気もなかった。


「でも、クロエちゃんときたらさ。同じ匂いのする人としか仲良くする気がないっていうか、そういうのを感じちゃうとね。コノヤローって、なんとしてでも覆してあげたくなるじゃない?」


 変なところで、負けず嫌いの血が騒いでるなぁ。


 別に他人がどんな学園生活を歩もうと、それは個人の自由のような気はするけども。それでも、『楽しそうじゃなかったから』と言って、こうまでアクティブに動いてくれる奴も珍しい。


 ――が、“友達”というのは、そういうものらしい。

 少なくとも、アリエスにとっては。だけれど。


「でもでも、これできっかけはできたわけだし――って、ありゃ」

「あらあら」


 ――と話をしている間に、向かい側から人影が三つ。

 まだ会場まで半分というところで、ヒューゴたちと鉢合わせた。


「おせぇーぞー……」


 ヘトヘトな様子のヒューゴを先頭に、その後ろをハナさんとルルル先輩が付いてきている。どうやら相当聞き込みをして回っていた様である。


「残りは明日にして撤収だってよー」


 そこまでクロエと話していた覚えもないのだけれど、やっぱり遅すぎたらしい。片付けも終わりになるからと、一足先に返ってきたとのこと。ここまで歩いてきたのも、割と短くはなかったのだけれど、くるりと引き返して。


「あー、俺も空飛びてぇなー」

「前に一回吹っ飛んだろ」


「ふっふっふ。ハナちゃん、ハナちゃん」

「……? なんです、アリエスさん?」


 一気に人数が増え、急にわりと賑やかになって。ヒューゴは大会の熱が冷めやらぬか、どうすれば空を飛べるだろうとブツブツ悩んでいたし、アリエスは先程のクロエとの話をハナさんとルルル先輩にしていた。


「今日の夜にでも来てくれるかも。ルルル先輩もどうですか?」

「んー、今日聞いた話を一度整理しておかないとだからねー」


 手帳を左手に、ペンを右手に。ペンの尻の方でぐりぐりとこめかみを抑えながら、ルルル先輩が困ったように答えた。会って一番に聞き込みの様子を教えて貰ったのだけれど、原因は相変わらず不明。その他もろもろ難しい状況になっているというのだ。


「――というわけで、明日になったら【真実の羽根】まで来てくれる?」


 いつの間にか、男女別の学生寮への分かれ道。ルルル先輩がそう言うので、俺達は頷いてそれぞれの寮へと戻っていった。






「――失礼します」


 言われた通りに【真実の羽根】へ。部屋の中にはルルル先輩と、流石に今日の片付けは参加しなくてよかったのかヤーン先輩もソファに横になっていた。


「いらっしゃーい!」

「やぁ、いらっしゃい」


 今日はヌイグルミをちくちくしていないらしい。昨日の疲れが残っているのだろうか。相変わらず疲れたような顔をしているし、寮で寝ていた方がいいんじゃないか?


 そんな先輩をよそに、ルルル先輩が机の上に大きな紙を広げた。


「ささ、コレを見て!」

「えーっと、これってレースのコース図?」


 アリエスが言った様に、森林、湖、洞窟が各地点に描かれていて。その中でも森林エリアの部分にだけ、いろいろと書きこんであることにハナさんが気付いた。


「この二本の線と、沢山ある点は何なのでしょう?」

「いいところに気づきました! これはね、ココ・ヴェルデとトト・ヴェルデが通ったであろう道を線で示して、参加者が脱落して腕輪を無くした地点に印を付けたの」


 見てみると、なんともグネグネと曲がりながら進んでいた。よくもまぁ、これで第一エリアをトップで突破したもんだ。――で、この線と複数ある点が示す事柄は……。


「……こうして見るとバラバラだな」

「ということは――?」


「トト先輩が仕掛けた糸に引っかかった、という可能性は低いってことだろ」

「そうそう。流石に関係ないところまで妨害するとは思えないし」


 見れば見るほど、点と線の位置に関連性は無い気がする。


「そうなると、やっぱり植物のツタとか、自然のものが原因だったんですか? ……でも、私が見た時は何かあるようには見えなかったけどなぁ」


「昨日の話ではよ、そんな感じじゃなかったって言ってたぜ」

「そんな感じじゃなかったって、どんな感じだったんだ?」


 そう聞いたのだけれど、ヒューゴからはふわっとした印象しか伝わらない。直接話しを聞いていない自分とアリエスは、ハテナマークを浮かべていた。


 それもそのはず、ルルル先輩が言うには、あまり深くは聞けなかったというのだ。


「そこらへんのもう少し細かい話を聞きたかったけど、そんな時間はなかったのよね。だから、昨日はざっくりと全員の位置だけを聞いて回ったの」


 もともと今日も聞き込みに行く予定らしく。ヤーン先輩に留守を任せて、自分たちもルルル先輩に同行したのだった。






 そうしてまずは話を聞いたのは、アリエスがレース中に少し言葉を交わしたという機石魔法科マシーナリーの二年生男子だった。


「いたいた、ベリオールくーん。昨日はありがとうね。で、今日はもう少し詳しく聞きたいなって」


 ベリオールと呼ばれた先輩は、自分たちよりも十センチほど背が高く、茶色い短髪をしていた。


 レース中に面識のあるアリエスを見つけて軽く手を挙げて挨拶したり、ルルル先輩に『今日はなんとも、大所帯っすね』と答えるあたり、なんとも気さくな感じがする。


「それで昨日の続きで、その“何か”に引っかかった状況のことなんだけど」

「本当によく分からないんだけど、完全にいきなりのことでさ。見えない綿の中に突っ込んだというか……。確かに感覚はあったんだよ、手になんだか細い糸みたいな手触りもあったし。あの感じだと、網……だったのかなぁ」


「網、ですか……」


 昔は鳥を狩猟するのに、細い糸で編んだ網をたゆませた状態で木々の間に張ってたってのを聞いたことはある。かすみ網っていって、わざと弛ませているのは、その方がよりかかった鳥に絡みやすいだからだそうだ。


「でもなぁ……。昨日とか今日とか、片付けのためにもう一度森に入ったりもしたけど、やっぱりそんな網なんてどこにも見つからなかったし。一瞬ツタに引っかかったのを、勘違いしたのかもなぁ」


『ま、早めに脱落したおかげで、最後の接戦も見れたし――』と腕組みしながらアリエスの方を見て、ニヤニヤと笑うベリオール先輩。


 同じ科の後輩として、誇らしい部分もあるんだろう。アリエスの方は、なんとも居心地が悪そうというか、くすぐったそうというか。


 あまり、褒められることに慣れていないんだろうな。

 自分も人のことは言えないけれど。


 ――結局、得られた情報なんて、そんな程度のもので。それ以上の具体的な情報は、他の参加者に聞いてもこれといって無かった。


 ポジティブな考え方をするならば、逆に皆が皆、同じような網にかかったというのを裏付けたとも言えるけど。それも決定的な証拠になるかと言われると微妙なところ。


「あまり思った程の収穫はなかったかぁ……」


 再び【真実の羽根】で作戦会議をしようということで、自然区から学園までの道を歩いて戻った。もう少しなにか、情報が欲しいのだけれど……。このままじゃ、それこそ雲を掴むような状態のままだ。


「ルルル先輩はレース中、機石装置リガートで全体の状況を見てたんでしたっけ。そこで何か見たりとかは……」


 せめて絡まっている様子が分かれば、それがどんなものか予測することもできるだろう。そう思ったのだけれど、先輩の表情からそう上手くいってないのだと察せられる。肩を竦め、お手上げポーズだった。


「近いリガートでは、上から落ちてきたところは映っていたけど……。それよりも高い部分で起こっているものは全く。はっきりとは言えないけれど、遠目から他のリガートに映っている様子もなかったし」


「何かしら問題が起こるんだな……この学園」

「去年はそういうことも無かったと思うけど……。これは問題だよね、やっぱり」


 もう少し、こう……つつがなく進行する、ということは無いのだろうか。

 今回のレース大会にしてもそうだし、学生大会のときだってそうだ。


「……ハルシュの試合もほぼ決着が着いていたとはいえ、もう少しさっぱりと終わらせたかったな」


 今だって、あの時のことは鮮明に覚えている。


 ハルシュの懐で光る魔導書のページ。突如、空中に現れた裂け目のような入り口。その中から這い出ようとしていた異形の魔物。そして、それを一瞬で撃退したヴァレリア先輩。


 何もかもが突然のことで、そして何もかもが理解の追いつかないまま終わった。

 言うなれば、まるで幻のような出来事だった。


 ……これだって、未だに手がかりの一つも掴めてないんだよな。


「ハルシュに聞いたんですけど、たしか【真実の羽根】が試合前に取材してたんですよね。その時の様子ってどうだったんですか?」


「んー……、私は別の子に付いていたから、直接聞くことはできなかったけど……。普段より少し緊張しているぐらいで、別におかしいところはなかったって言っていた気がするかな」


 禁術の魔導書のページも、出処でどころは不明なまま。現物は殆どが焼けてしまい、やはり手がかりにはなり得なかった。


 ハルシュも特に目立った外傷もなく、今では疑われるようなことも無くなったけど――それでも犯人を見つけ出して、理由を問いたださなければ、と思う。


 ……気がつくと、もう一年の終わりが近いというのに。

 このままで八方塞がりでいいとは、とてもじゃないが思えなかった。

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