第七十九話 『最初からこうするおつもりで?』
窓の外を見て
大量の紙、紙、紙。
紙吹雪と呼ぶにしては、いやに一枚一枚が大きすぎる。
海風に乗って飛び、窓に貼りついた紙を見て愕然とした。どこかで見たことのあるような写真、どころではない。自分が撮った地下室が写っていた。その下にはでかでかと、商人を告発するような文面が続いている。
「これって……!?」
まさかこれをやっているのが自分達だとは誰も分かるまい。冷や汗を流しながら先輩の方を見ると――
「んー! 美味しーい!」
さも何事もなかったかのように、出された料理に舌鼓を打っているではないか。
証拠付きのシロモノを、ここまで大規模にばら撒かれてしまえば――流石に見て見ぬ振りはできない。いくら財力を使おうとも、もみ消すこともできないだろう。
「妙に気前がいいとは思っていたが、裏でこんなことをしてるとはなぁ……お得意様だったんだが」
「何かあるごとに、何か買わないかって言ってましたもんねぇ。わざわざ似合いもしない絵を買わなくてよかったっすね」
店の他の男たちも外から紙を拾っては、驚きの表情を見せたり、元から怪しいと思っていたんだと言ってみたり。少なくとも、『そんなことをするはずがない!』と味方になるような者はいなかった。
所詮は別の世界に住んでいるような赤の他人。
少なくとも証拠がある以上、いくらお得意様とはいえど悪事は悪事であり。
そこまで庇い立てする理由がないのも当然の事である。
「おぉおぉ。こんなに人を騙して大金を稼いでたとあったちゃあ、バチも当たらぁなぁ。――こっちにゃ、きっちり取引相手と金額まで書いてらぁ」
ひらりひらりと紙を裏返して、まじまじと中身を眺める店長。
自分も、机の上に置かれている別の一枚を拾い上げてそれを確認しする
「――――!?」
恐らくは書斎で先輩が撮っていたものだろう。
取引の内容が事細かに書かれたリストが丸々一面に載っていた。
「本来統治に使う金を、自分の道楽に使ってたところもあるんだろうな。こいつぁ、場合によっちゃあ暴動もあるかもしれねぇ。こいつらも災難だっただろうけど、まぁ、自業自得と言われても仕方がねぇな」
「ほらほら、テイルくんも食べないと。料理が冷めちゃう」
「え、えぇ……。それじゃあ、いただきます……」
なんとも変な空気になりながらも、店主たちの会話を横に、二人して料理を平らげる。流石は料理の街発祥の店という肩書きもあってか、絶品と言わざるを得ないものばかり。
特に新鮮な魚のフライなんて、特製のソースの味と相まって淡白な味わいが一層引き立っている。学食のゲテモノ料理に慣れきっていただけに、やみつきになりそうだった。
「これぞ至福のひととき……」
こんな料理をタダだなんて本当にいいのだろうか。
できることなら、毎日だって通いたいぐらいだ。
――とはいえ、自分達もやるべきことがまだ残っているわけで。先輩も少し名残惜しそうにしていたものの、十分に堪能したと言わんばかりの表情で席を立つ。
「ごちそうさま! 美味しい料理をありがとうございました!」
「はいよ! また食いに来てくれや!」
やっぱり代金を払わせてくれと言ったのだけれど、『また来た時にたくさん食ってくれ』と笑顔の店員たちに見送られる。現金だと思われそうだけど……やっぱりいい街だ、ここは。
「――あ、帰ってきた」
「…………?」
店から離れたところで、空から降ってきたのはまるで饅頭のような形をした
「うんうん、ちゃんと動いてくれてよかった」
「えっと……これからどうするんです」
「報告に行こっか。依頼人がウェリトンの外れの湖で待っているわ」
「…………」
うわーあーあー……。
……なんというか、依頼は成功しているのか、失敗しているのか。
贋物を売りつけている商人の真実を、白日の下に曝け出したのは成功だ。しかし、依頼主である貴族の名まで表に出てしまってたのは、やっぱりやり過ぎなんじゃないだろうか。
いや、やっぱりどう見たって失敗だ。
「……どうしてここまでやったんです? 途中までは完璧だったのに」
「ここまでやって初めて“完璧”なんだと思うの」
『それは違うわ』と先輩は言う。
「悪事の被害にあった人が、絶対に善い人だとは限らないでしょ? 例外もあるのだろうけど、その人が行ってきたことのツケが、こういった形で回ってきたってことを周りの人に知ってもらわないと。……じゃないと、結局は一番下にいる人たちが損をし続けることになる。隅々まで余さずその出来事を開示したら、あとはそれを彼らに判断して欲しい。本当に善い人だったら、きっと許されるはずだから。私は誰かにとっての“都合のいい結果”で終わらないようにしたいの」
それで依頼をふいにしてしまうのか。……まぁ、元はルルル先輩への依頼に協力しているだけなのだし、自分はその判断に従うことしかできないのだけれど。仮にも自分だったらどうしていたのだろう。
「…………」
「ま、私が責任持つから。テイルくんは安心してて」
これで本当に良かったのだろうか。まだ完全には納得しないのだが、先輩は『大丈夫大丈夫!』と笑っているのだった。
そうして、依頼人との待ち合わせ場所。初めに会ったときのように、既に向こうは到着していた。相手は変わらず執事が一人。事の
「それじゃあ、話をしてくるから。少し待っててね」
ペアで動いていたけれども、一応は先輩がリーダーである。自分はそれに従うまでと頷き、後ろで先輩が執事と話すのを見守ることにした。
まさか依頼に失敗したから消されるなんてことはないよな?
辺りの草むらから、一斉に武器を持った男たちが現れたりして……。
そんなことを想像しながら、辺りを警戒していたのだが――
「……お嬢様。最初からこうするおつもりで?」
「……え?」
――なんだか話が斜め上の方に動き始めた。
「私に依頼をした時点で、こうなることは分かっていたでしょう?」
「……え!?」
もしやお前ら知り合いか。果てしなく嫌な予感がした。
……というか、お嬢様ってなんだ。お嬢様って。
「お父様もそろそろ痛い目を見るべきだったのよ」
「それで“ヴァンシュレッタ”の名が落ちてもかまわないと?」
「…………」
いやいや、そんなまさか。そんなわけが。
はぁ……あんたもイイトコロの出だったのか。
「バレたら落ちるような事をする方が悪いと思わない? 家のお金でなりふり構わず道楽に
しばらくは
向こうもシャンブレーの街で謎のばら撒き事件があったことは、既に把握しているらしい。もちろん悪徳商人とその取引相手の貴族の名前が、
今の会話から察するに先輩の身内と言っても間違いではない関係らしいけども、だからこそ依頼の失敗というのは十分
「……全くお変わりのないようですな」
「あれから鍵開けだけは上手くなったけどね」
先輩の言葉に、執事の口元が緩んだ気がした。
……あれ。怒られない?
「フフッ。実に困ったことです」
「……ねぇ、テイルくん?」
結局、依頼の結果については不問ということだった。そして現在、なにやら報酬として箱を受け取り、帰りの馬車の中で揺られているのが今の状態。
窓枠に肘を突き、先輩の呼びかけに対してぞんざいに返事をする。
「……なんですか。“ヴァンシュレッタお嬢様”」
「やーめーてー! ……もしかして怒ってる?」
「別に……」
素性を隠しているのは先輩だけじゃないし。先輩が貴族の出だったからといって、こちらが何か損をしたわけでもない。
「一応は説明をしてもらえるんですよね?」
「ちょっと恥ずかしいけど……仕方ないよね……」
――アルルード・ヴァンシュレッタ。ヴァンシュレッタ家の長女。
数年前に家に嫌気がさして飛び出し、そのまま行方不明扱い。当時は大騒ぎになったらしいが、本人は何食わぬ顔でパンドラ・ガーデンへと入学。そのままずるずると今までやってきたのだとか。
「街の外に一人で出て生きていけるほど簡単じゃないから、すぐに探すのも打ち切りになったらしいけどね。私の方は、それで都合が良かったんだけど」
そんなに直ぐに打ち切られるものなのだろうか、とも思ったけども『一人で出て生きていけるほど簡単じゃない』ということが大きいのだろう。盗賊、魔物等々――やはりここは危険が多い世界なのだ。
というわけで、世間的には“アルルード・ヴァンシュレッタは死んでいる”ということになっているらしい。
「――とはいっても、家で現状を知らないのは父だけ。
先輩は『卒業したらきっと連れ戻しにくるだろうから、完全に行方をくらませないと』と笑うのだけれど、冗談なのか本気なのか……。今の自分も似たような境遇なので、どうにも反応しづらい。まぁ、命を狙われている点では大違いだけど。
「……家のことはいいんですか?」
「いいのいいの、たぶん兄がなんとかするから」
先輩の兄は両親の期待通りに育ち、エリートコースを辿っているとのこと。だからこそ、自分は好きな事をさせてもらっているのだから、それだけは感謝していると言っていた。
「家を出てまでやりたいことか……」
「情報の遮断されたところでは、間違ったことが間違っていると気付かれずに動いていることもあるし、私はそれを見る機会も沢山あったから。……あのままじゃ、他の家に圧し潰されて、声を上げることもできなくなるって逃げ出したの」
あぁ……似ているな。ただ、先輩の方がずっと強い。ただその場から逃げ出した自分と違って、目的の為に今の場所を捨てるという選択をした先輩は。
「自身の天秤が傾いて、倒れそうになっている人に気づいてもらうために。私は戦える人でありたい。その時はまた……手伝ってくれるかな?」
――――――――――――
……どう答えたものだろう。
▷【知識の樹】もあるし……。依頼を受けるのは変わらないかな。
これからも良きパートナーで! 先輩に手を差し出す。
――――――――――――
「……いつでも依頼してください。俺たちだったらいつでも手伝いますから」
「…………。うん! やっぱり持つべきは後輩だよね!」
きっと先輩が応えて欲しかったのは、こういうことじゃないのだろうな……。というのをひしひしと感じながらも、一線を越えないギリギリで当たり障りのない返事を返した。
「さっそくお願いなんだけど――」
「嫌です」
だからだろうか。ガタガタと揺れる馬車の中――始終『膝の上で撫でさせろ』と要求される羽目になったのだった。
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