第八十話 『それじゃあ、割りますね』

「長かったような、短かったような……」

「私にとっては短かったけどね。さ、戻ろっか」


 ――先輩との数日に渡る依頼も終え、なんとか帰ってきたぞ我が学び舎!


 複合式魔法学園、パンドラガーデン。こうして外から帰ってくる度に、その規模に驚かされる。一から建てたのか、それとも古いものを買い取ったのか。どこからどう見ても立派な城だった。


そんな中で、大量の魔法使いが育っているのだ。魔法を学ぶ場所としては、何不自由ない環境――場所も、道具も、情報も、人材も揃っている。


 なんというか……国から危険視されたりしないのだろうか。


 ただでさえ危険人物ばかりだということは、これまで生活してきてよく理解している。というのは別だとしても、単純に戦力として考えると街一つぐらいなら余裕で落とせるのではないだろうか。……特にメリットなんてないし、落とす気なんて毛頭ないけれど。


「この学園って、大丈夫なんですかね……」


 そう不安を口にすると、『ひとえに、学園長の存在が大きいらしいわね』と先輩が教えてくれる。


「様々な国に対して貸しがあるんだとか。ある程度の融通はきかせられるんだって」

「へぇ……あんな見た目なのに、そんなに凄い人なんですか」


 学園の生徒として外へ依頼を受けにいくことも何度かあったが、一応はどこでも学園の名前が通っていて、不便なこともそう多くはなかった。あのフラフラフワフワとした掴みどころのない学園長が、それほど凄い人物には、とてもじゃないが見えない。


「まぁ、魔法を使っている所を見たこともないし、あくまで噂なんだけどね」


 ――と、そんな会話をしながら。

 グループ棟の【知識の樹】の部屋へと、ルルル先輩と共に戻った。


「お、帰ってきた。遅かったな!」


 扉を開けると、アリエスにヒューゴにハナさんと、いつもの面々である。たった数日見なかっただけなのだけれど、こんなに懐かしく感じるものなのだろうか。シャンブレーにいる間は、ずっとルルル先輩としか顔を合わせることがなかったからなぁ。


 ……ん? あと一人足りない気がするが。


「あれ、ヴァレリア先輩は――」

「おっかえりー! 宝石はどうだった?」


「へ? 宝石?」


 ――なんの話か分からず、一瞬思考停止。


 ……宝石? なんの?

 シャンブレーでの話か?

 あの商人、宝石も扱ってたっけ?


 頭の上でクエスチョンマークが乱立していた。そんなこちらの態度に業を煮やしてか、アリエスが信じられないという顔をしている。


「ついでにクロエちゃんのゴゥレムに使う宝石を探してきたんじゃないの!?」

「……あ」


 そこまで言われてようやく思い出した。


 シャンブレーは金持ちが集まる街だったのではなかったのか。もともとは、ゴゥレムの目に使える大きな宝石を探すのが目的だったのではないか。


 依頼達成のことしか頭になく、すっかり頭から抜け落ちていた。


「あらあら……」

「もー!! 本当に、ただ先輩のお手伝いに行ってきただけじゃない!!」


 アリエスに怒られ、ハナさんに心配され。

 そしてよりにもよって――ヒューゴにあわれみの目を向けられていた。


 やめろ! そんな目で俺を見るんじゃない!


「人をあれだけ馬鹿扱いしておいて、馬鹿だなぁお前も」

「うわあああああああっ!」


 思わず頭を抱える。馬鹿に馬鹿扱いされるなんて、これほどの屈辱があるだろうか。依頼だって決して簡単なものじゃなかったし、そんな余裕はなかったんだって! ……前日に街中を散歩していたり、結局依頼を失敗してしまったのは言わないことにする。あれは俺のせいじゃないし。


「待って待って!」

「先輩――」


『私はちゃんと憶えてたんだから!』と胸を張りながら、ドンと木箱をテーブルの上に置く先輩。確か……執事さんから受け取って、帰りはずっと大事そうに抱えていたっけか。


「こんなこともあろうかと、ほら! 今回の報酬です!」


 サイズはサッカーボールよりも一回りほど小さいぐらい。音からして、わりと重量があるものらしい。そんなものを、ずいずいとこちらに押し出してきて。報酬ということは、俺に受け取れということなのか?


「……開けていいんですか?」

「どうぞどうぞ」


 箱を開けると――そこにすっぽりと収まっていたのは、大きな紫色の宝石だった。濁りなどはない、隅々まで均一に色が付いている。それでいて、カットもされていない、原石そのままの状態である。


「おおおおおお……!」

「まぁ……!」


 妖精魔法師ウィスパーの二人が揃って感嘆の息を漏らした。ということは、それなりに凄いものらしい。いや、大きさ的に見ただけでも、相当な価値があるのだと思うけど。


 外からの光を取り込み、紫色の反射光を散らすその宝石を見ると、全く知識のない自分でさえ引き込まれそうになるほどだ。


「……本当に貰っていいんですか? その……」


 あまりおおっぴらに家の事は言わない方がいいのだろうから、そこはかとなく尋ねてみる。これって絶対、ルルル先輩の――ヴァンシュレッタ家のものだった宝石だろ。


 こんなに大きな宝石、いわば家の財産の一角であった可能性もあるわけで。それをホイホイと受け取れるかと言われると、そこまでメンタルが強いわけでもない。


「もちろんよ。今回の依頼ではいろいろと助けてもらったんだし。それに……紫色の宝石って、他の色に比べると価値が低いの。ごめんね?」


 いやいや、先輩に謝られて自分はどうしろというのか。ここで『もっと価値のあるものをください』なんて言った日には、本当の馬鹿である。そもそも、こんな大層なものを貰えるだけの成果を上げたとは、自分では思っていない。


「全然、十二分にありがたいですけど……本当にいいんです?」

「本当本当」


「……本当に?」


 ――念を押した。こういうのは、しっかりと確認をとらないとな。

 そして先輩が、『どれだけ心配してるの』と笑いながらうなづいた。


「それじゃあ、割りますね」

「――――っ!?」


 そう言ったところで、辺りの空気がざわりと変化した。

 悲鳴ともつかない大声を上げたのは、ヒューゴとアリエスである。


「えええええっ!?」

「割るのぉ!? こんなに立派な宝石なのに!?」


 完全にこちらに譲渡されたのだから、何も問題はない筈である。


 ……これを売ったらどれだけの金になるのか、とか考えないわけじゃない。だけども、学費を心配する必要がない以上、そこまで金を持っている必要もないし。かといって、自分の魔法には宝石なんて使わないし。


「二つ必要なんだぞ? クロエも『他の宝石で補助するから、ある程度の大きさがあればいい』って言ってたのだから」


 右目と左目。流石に片目だけだとバランスが悪い。均等に割るには技術がいるだろうけど……。カットの方はクロエがなんとかするって言ってなかったかな。


 石は割るものだって、昔どこかで聞いたことがある。

 そうなると、もう道は一つである。


「う゛……二つ……」

「さ、流石にこれと同じのがもう一つは無理かなぁ……」


 これを半分に分割したところで、宝石としてはだいぶ大きい部類に入るのは間違いない。向こうも妥協してくれるはずである。……元の形を知らなければなおさらだろう。


「ルルル先輩ぃ……。いいんですかぁ……?」

「じゃないと他に使い道がないだろ? このままじゃ、漬物石にも劣る」


 まるですがるように先輩の方を見る。もともとの言いだしっぺはお前だろうが。こちらとしても、頼まれたことは早めに済ませておきたいのだ。


「私からのテイルくんへの報酬だから、判断は任せるけど――……あ!」

「先輩!? どこに行くんですー!?」


 途中でなにかを思い出したのか、部屋を飛び出していく先輩。……まだ話の途中なんですけど。急に残された自分たちはどうすればいいのか。


…………。


「なあなあ、ルルル先輩との依頼はどうだったんだよ」


 少しの沈黙の中、切り出されたのは自分がシャンブレーへ行った時の話について。そりゃあ、置いてけぼりになっていたのだから、聞きたくなるのは分からないでもない。


 とはいえ、滞在期間は三日にも満たなかったのだし、半分以上は情報収取の時間である。街の様子と屋敷に潜入したときの話を、それなりにかい摘んで話した。……先輩とのやりとりについては極力隠したけど。


 それだけでも、潜入依頼なんてものには全く縁がないヒューゴは羨ましそうにしていた。


「俺もやってみてぇ!」

「絶対にお断りだ」


 こいつに"音を立てずに行動する”なんてことができるとは思えない。そう考えると、ルルル先輩がいかに優れているのかがよく分かるな……。戦闘以外に関してだったら、完璧超人と言っても過言ではない。


 まぁ、気配のなさで言えば、ヴァレリア先輩も負けてはいないけど。


「……そういえばヴァレリア先輩は?」


 グループ室に戻ったときから気になっていたこと――ヴァレリア先輩の姿を見ていないことを逆に尋ねてみる。


「今日は朝からどこかに出てるの。……今日“も”かな。大会の日から、ここのところずーっと、朝は姿を見せないで、お昼になったらふらっと出てくる感じ」

「……どうしたんでしょうね」


「…………」


 ちょくちょくどこかに出ていたり、開かずの間に引きこもっていたり。アリエスの言っていたとおり、“あの日”から少しだけ様子がおかしいのは分かっている。


 けれども、聞いたところでヘラヘラと笑いながらはぐらかされてしまうし。かといって、強硬手段をとるわけにもいかない。……やっぱり、先輩の方から何か言ってくるのを待つしかないのだろうか。


「ただいま! はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を切らせながら戻ってきた。いくらなんでも、慌てすぎだと思う。

 そんなに、自分が我慢できずに石を割ると思ったのだろうか。


「も、もう少ししたら始まるから! ほら、これ!」

「…………?」


『これ!』と言われて、机の上に叩きつけられたのは一枚の紙。

 もちろん、シャンブレーでの告発文書――などではない。


「これが終わってからでも遅くはないよね?」


 渡された紙に書かれていた言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまった。


「――レース……大会ぃ?」


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