第六十六話 『……ほどほどには』

「さてさてみんなおはよう!!」


 朝日が差した【知識の樹】のグループ室内に、とても元気のよい声が響く。


 用意された休日は大会が終わった翌日まで、ということでヒューゴとアリエスの二人と途中合流して室内に入ると、既に来ていたハナさんと――そして先日は全く見かけることの無かった、我らがヴァレリア先輩の姿があった。


「先輩!?」


 アリエスが素っ頓狂な声を上げ、自分もヒューゴも目を丸くする。


 こちらは多少なりとも心配していたのだけれど、そんなことは知らぬ存ぜぬな様子。まるで何事も無かったかのように、ごくごく自然な姿で、椅子に座ってクルクル回りながら、日課としてのスーハーに興じていた。


 ――回る。回ってる。

 この人、ホント悩みとか無いんだろうなぁ……。


「なーんで人の顔見てそんなに驚くかね? えぇ? それってとっても失礼なことなんだけどねぇ。知ってたかな、ふへへ……」


 クルクルと惰性で回り続ける椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げながらよだれを垂らしかねないほどに、口元を緩ませながら笑う先輩。


 ……相当ハイになってる。傍から見ると完全にヤバい人だ。


 外にいたら職務質問されかねない様子だった。

 まぁ、こっちの世界には警察なんてないのだけれど。


「昨日はどこにいたんですか?」

「それはヒ・ミ・ツ。けれどもまぁ、大会はしっかり見てたから安心したまえ!」


 勢いよく椅子から立ち上がり、ビシリとこちらを指さしてくる。

 人を指さすなよ、行儀が悪いぞ。


「テイル・ブロンクース! 同級生であるグレナカート・ペンブローグとのドロドロとした試合の末、準々決勝敗退ー!」

「うぐっ……!」


 さらには遠慮もへったくれもなく事実を述べられ、心を深く抉ってきやがった。胸が……胸が痛い……!


「ヒューゴ・オルランドー! 同じ炎の妖精魔法師であるウェルミ・ブレイズエッジに手も足も出せずに準々決勝敗ー退!」

「ぐああ……!」


 散々だった試合模様がフラッシュバックでもしたのか、ヒューゴも頭を抱えて膝を付いた。鬼かよ、この先輩……!


「悲しい……先輩はとても悲しい! 稽古を付け、送り出した後輩たちが! 見るも無残に敗退していくなんて……!」


 今度は『よよよ……』といかにも嘘らしい泣き真似をしながら机に突っ伏し始める。直前まで嬉々としてイジっていただろアンタ。今日はいつにも増してアップダウンが激しいな。


「あはは……返す言葉もないね……」


 二人で悶絶している後ろでアリエスも苦笑いしていたけども、やれるだけのことはしたのだし、割り切るしかないだろう。あーあー負けましたとも。


「俺は先輩が途中で棄権しちゃったのが残念だったな……」

「まぁ、私の方も結果はかんばしくは無かったけどにゃあ」


 ヒューゴの言葉に大きく『はぁ~あ』と溜め息を吐き。ぽりぽりと頭を掻くヴァレリア先輩。その表情は、悪巧みに失敗した子供のような、ばつが悪そうな顔をしていた。


「欲しい物は手に入らず、知りたいことは知れず。それでも――新しい発見があったから良しとしよう」


 先輩がこの大会に何を望み、何を思って参加したのかは分からない。けれども、自分も先輩の普段は見えない一面を垣間見ることができた気がした。こうしてみれば謎だらけ、何を考えているのか分からない先輩に、興味がないと言えば嘘になるだろう。


「まぁ、私のことはいいんだよ。問題は一年坊であるお前たちがどうだったか、だ。とりあえず、お疲れ様。初めての学生大会は……楽しかったか?」


 机の上で手を組みながら、こちら一人一人の表情を窺うように、いつものように先輩はにやにやと笑みを浮かべながら聞いてくる。『楽しかったか?』と。


 窓から差し込む朝日を背負い、不敵に笑う先輩。その瞳の輝きは、言葉に出さなくとも、早く聞かせてくれと急かされているような気がして。


 自分を含めた全員が、それぞれソファに腰掛け、それぞれの感想を答える。


「それはまぁ……ほどほどには」


 組んだ手を頭の後ろに回しながら天井を見上げたり。


「勝てた時はスカッとしたぜ!」


 次はもっといい結果をと、パシンと拳を打って意気込んだり。


「私はずっとハラハラしてました……」


 胸元で両手を組み、肩を縮こまらせたり。


「お金も入って来たし、文句なしです!」


 満足そうにパンパンに膨らんだ金貨袋を抱きかかえたり。


「後ろの方は近くで見てやれなかったからな。今回の大会で何を経験して、どう成長したのか、どうなりたいの思ったのか。ゆっくり、ゆっくりと聞かせてもらおうじゃあないか」


 こういった時に先輩風を吹かせたがるのはいつものことで。かといって、こちらも話したいことはいろいろあった。自分の出た試合も、自分以外の試合も、ただ見ていただけだったとしても、こういう世界もあるのだと、思い知らされた。


「決勝戦なんて凄いの一言じゃ表せられないぐらい凄かったよね」

「流石にあそこまでいくとヒトの域を超えちゃってるけどな……」


「私だったら二人同時に相手しても勝っちゃうけどねぇ! あははは!」


 流石に大言壮語にも程があんだろ。


「身体も鍛えないとダメだよなー」

「武器を振り回してるだけじゃ、差は埋まらないだろうな……」


 各者各様、大会に関わる理由もバラバラだったけども――パンドラガーデンに入学してからまた一つ、こうして大きなイベントを終えることができたことを実感しながら。その日は夕方までグループ室で話していたのだった。

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