1-3-1 アルル編 【初めての潜入依頼!】

第六十七話 『す、すすす、少しだけ……』

「んむむむむむ……」


 パンドラ・ガーデンでの生活ももう一年の折り返しまで迎え、学生大会という大きなイベントを終えたところで、すっかり馴染んだといったところ。……馴染んでしまった、と言った方が適切だろうか。


 毎日の生活の中でも余裕が生まれ始め、グループで動くことももちろんあるが、各々も学園内で自由に行動するようになっていた。そんな中で、中央棟をぶらついていると、アリエスが掲示板の前で唸っているのが見えた。


「そんなに急ぐ必要はない、って言ってたんだけどなぁ……」






 それは、学生大会が終わった後のことだった。


「なぁ、アリエス」

「……んー? ちょっと待ってて、もうすぐキリのいいとこだから」


 グループ室に備え付けてある地下練習室の中。それぞれが好きなことをして過ごしているところで、修理中の機石バイクロアーを弄っているアリエスに声をかけたのだ。


「お待たせ! で、なになに?」

「この間の……あれだよ、打ち上げでおすそ分けに行ったときの……」


 理由はいわずもがな――クロエたちにお菓子を持って行ったことについて。大会の熱が冷めやらぬ中で、学園内のいろいろな人に声をかけられたりして、慌ただしかったこともあり、ほんの少しだけ報告が遅れてしまっていた。


「あー、誰にあげたのか聞くの忘れてたねー。テイルがかたくなに隠してたから」

「適当なことを言うなよ!」


 あれは別に、聞かれなかったから答えなかっただけで……。そんな言い方をされてしまうと、やましいことがあると勘違いされかねないだろうが。


「あはは……。――まぁ、半分ぐらいは予想はついてるけどね」

「からかいやがって……」


 ――なにはともあれ、作ったアリエスには持って行った反応ぐらいは教えとかないと。ハルシュには『後で僕からも言いに行くけど、先にテイル君からありがとうって言っておいてもらえるかな』と言われていたこともあるけど、クロエに関しても事前にアリエスからも誘っていたみたいだし。


「――というわけで、そんなにまんざらでもなさそうだった」


 よだれがダラダラと垂れていたことは、クロエの名誉のためにも黙っておこう。


「良かったぁ! 喜んでくれたんだ!」


 ぴょんと飛び跳ねて嬉しそうに両手を叩くアリエス。気合を入れて作っただけに、素直に喜んでいた。自分が行く様子がなければ、アリエス自身が持って行くつもりだったらしいし。


「こっちとしてはもう少し仲良くしたいなぁとは思ってるんだけどねぇ……。何かいい案みたいなのはない?」


 クロエのあの感じから、アリエスのことをそこまで悪く思っていないだろう、とは十分に察せられる。いくら自分を経由したからといって、嫌いな奴から何を貰ったところで受け取らないだろうし。


 となれば、さっさと直接出向いて仲良くでもなんでもなればいいのだと思うのだけれど、クロエの性格上そこで素直に応えるわけがないのは明らか。面倒極まりないな、ツンデレというのは。


 そこまで考えて、『そこからのあと一押ししてくれる何か』という意味での『いい案はない?』なのだとは思うけど。……まぁ、丁度良い感じに一つ、案があるにはあった。


『あぁ、また今度、頼みたいことがあるから。時間があったらここに来て』


「……頼みたいことがあるって言ってたから、それを聞いてやればいいんじゃないか? 流石に、恩を仇で返すようなことはしないだろ」

「下心満々な感じで少し悪い気もするけど……。うんうん、それが一番良さそうだね。というわけで、よろしくお願い!」






 アリエスに送り出される形で訪れた、クロエの地下広間。いつもとは少し眺めが異なり、中では何やらゴチャゴチャと数多くのゴゥレムが入り乱れていて、まるで働きアリを見ているかのよう。


「……何をしているんだ? これ」

「今、新しいゴゥレムを作ってる所なの」


 始めて魂使魔法師の作業風景を見るのだけども、まるで家でも建てるかのような仰々しさだった。土台はともかく、組み木が少しずつ組立てられている最中。どうやら、頼みごとというのはこのゴゥレム制作に関わることらしい。


「目のところに付けるのに、対になるような同じ大きさの宝石が二つ欲しいの。大きくて丸いの。できれば真ん丸がいいのだけれど、形の加工は後からでも頼めるから、とりあえず大きいものであることが重要ね」


 生物を模したゴゥレムを作る時には、基本的には元になった生物にできるだけイメージを近づけた方が後々操るのが楽になるそうで。どの生物を作るにしても、目だけはあるのだから、まず用意しておくのが筋だとクロエが説明してくれる。


 ……逆を返せば、それがないとゴゥレムが完成しないというのだから、割と責任重大なんじゃないだろうか。


「ちなみに、大きいってどれくらいだ?」

「これぐらい」


 手でジェスチャーをして示されたが、人の頭ぐらいはある。カラットで言えばどれぐらいなんだろうか。さっぱりわからん。そもそも、そんなレベルで宝石って存在するものなのだろうか。あるんだろうなぁ、こうして言うぐらいなんだし。


「一つ疑問に思ったんだが」

「……なに?」


 下の方では、クロエがよく使っている兵士型のゴゥレムが、今も所せましと木材を運び込んでいる。その奥では着々と足場が組まれており、やっぱり、なにか想像していたのと様子が違う。


「デカすぎないか? 宝石もそうだが、ゴゥレム自体も」

「一つぐらいは大きいのを持っておきたいと思ってたの。流石にここまで大きいと、操っている間は他のゴゥレムにまで気を配れなくなっちゃうけど」


 それにしても、規模が一般で言う“大きい”とはかけ離れている気もするが。こんなもの作って、どこで使うのだろう。


「そうそう簡単に見つかるとも思ってないわ。一応、学園の外で見かけたらお願い。ちゃんとお礼はするから」


「ちなみに、完成するまでにどれぐらいかかるんだ?」

「まぁ……これだけ大きいと一年か二年はかかるわね」


『材料を揃えるのも大変だし』とため息をつくクロエ。それなら、もう少し控えめなものを作ればいいものを……。その拘りの理由については、話すつもりはないらしいけど。


「それまた気の長い話だ」

「普段作りなれているものとは違うから、どうしても時間がかかるわよ」


 《特待生》クロエ・ツェリテア。ゴゥレムを同時に六体まで操れるという特異な力をもった半吸血鬼ハーフヴァンパイア魂使魔法師コンダクター


 こうしてワラワラといるゴゥレムも全部手作りとは……。大変なんだなぁ、ゴゥレム使いって。クロエの場合は、消費する数が尋常じゃないから尚更だろう。


「ゴゥレムを操る数って、それ以上は増えないのか?」

「もしかしたら増えるかもね」


 そう言って、ピアノを弾くような手つきで右へ左へと指を奔らせる。その動きに合わせて、下にいる何体かのゴゥレムが猛スピードで木材を運んでいた。


「普通の人は二体までなんだよな?」

「手の先から魔力で糸が出てる感覚って言えばいいのかしら。私はその本数が生まれつき多いと学園長は言っていたけどね。私にはまだ何本か余ってるけど、他の人は二本が限界、それも人によって上手く扱えるかどうかが変わってくるって」


「糸ねぇ……」


 自分の手をまじまじと眺めてみるけども、そんなものは見えてこない。自分からもその糸とやらが出ているのなら、ゴゥレムを動かしたりできるのだろうか。


「動かし方については……ちょっと言葉では説明し辛いわね。できない理由が分からないのだもの」


「あー……耳を動かせる人からすると、動かせない人がいるのが不思議に見える、みたいな感じか?」


 アリエスやヒューゴに亜人デミグランデの状態を見せた時、まっさきに気になったのが耳だという。二人には驚かれ(ヒトでも一部ではできる人もいると言ったことあるが)、ハナさんと説明しようにもどうにもうまく説明できなかったことを思い出した。


「……アンタ耳が動かせるの?」

「こっちでの耳のみだけどな」


 そういって、猫の耳だけを頭頂部に出す。右に、左に、好きな方へと向けて、その方向の音をより細かく聞くことができる。動物的に、そうなっていると都合がいいのだろう。実際、この聴力は何度か役に立っている。


 今いる異世界とは違う、いわゆる前世って時にはいくら練習してもできなかったが――亜人デミグランデとして生まれてきたからだろうか、特に意識することもなく動かせるようになっていた。


 耳を体の一部として、まるで指先を動かすときのように――神経が、筋肉が、より“深く”認識できているといった感じ。


「……! す、すすす、少しだけ……触ってもいいかな……?」

「はぁっ!? いや、それはさすがに――」


 今まで耳なんて触られたことなんてないし。正面切って『触ってもいいか』と聞かれて、どうぞだなんて言えるほど開けっぴろげな性格でもない。尻込みしている自分の様子を見て、クロエは両の手を合わせてお願いポーズをしながら頼み込んできたのだった。


「宝石、一回り小さなものでもいいから!」

「必死すぎだろっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る