第四十三話 『初戦突破おめでとう』

「テ、テイルくん……」


 試合の終わりを告げられ、ウィルベル先生のいるテントへ戻ろうとすると――その入口前で、次の試合のためにハルシュ・クロロが待機していた。


「ハルシュ……」


 ――目元は完全に茶色い前髪で隠れている上に、フードを深く被っているため、表情が分かりにくい。誰に対しても背をちぢこませている上に、力の無い声で話しかけているため、オドオドとした雰囲気が服を着て歩いていると言っても過言ではない。


 ……よく大会に出ようと思ったよな。本当に戦えるのか?


 なにはともあれ、こいつも参加しなければならない理由だったヴァルター・エヴァンスはさっきの試合で敗退したわけだから、その心配も杞憂となるんだけども。


「ぶっ倒しちまって悪かったな。……自分でケリを付けたかったか?」


 冗談交じりにそう言ってみる。『僕じゃ敵うかどうか分からないけど……』と小さな声で呟くハルシュだが、『でも……』と続けて。


「どうにかしなきゃって、必死で、必死で。なんとしてでも勝たなきゃって思ってた。……けど、今の試合を見て……僕も何かが分かった気がしたんだ」


「この大会でどこまでやれるか。それから、正面からぶつかっていくよ」

「……次の試合で戦えるといいな」






「やれやれ、男子ってのは野蛮で仕方ないな……」


 一応、試合の状況を見ていたらしく。本来だったらここで関節を痛めていただとか、もう少し強ければ骨が折れていただとか、誰も聞いていないのに各々の身体のダメージの具合を説明されたりして。


「――まぁ、首が飛ばないだけ上等か」

「そんなことするわけないでしょう!?」


 たまに過激なことを言いだしたりするし。

 そもそも、首が飛ばないようにあんたらがいるんじゃないのか。


「ずいぶんと派手にやったが……まぁ、無意識に抑えているんだろう。生き物を――人を傷つけるというのは、最初は誰だって抵抗があるものだ」


 ……一応、裏稼業やってる家で育てられたんですけどね。

 まぁ、そんな甘さが捨てきれないから“落ちこぼれ”と烙印を押されたんだけども。


「最後の一撃だって、少し脳が揺さぶられただけで特に酷い傷もない。どうやっても大事にはならないな、寝ていれば治る」

「またそれですか……」


 この人そればっかじゃねぇか。薬は作れるけど、本当に保険医なのかも怪しい。


「睡眠というのは重要なことだ。体の調子を整え、成長と回復を促す。十分にそれが為されなかった場合、悪影響は如実に身体機能に現れていき、最悪死に至る場合だってある。寝たくても寝れないという状況は辛いぞ? 実に効果的な拷問でもある」


 ……最後の一言いるか?


「何はともあれ、初戦突破おめでとう。私としてはあまり本意ではないのだが……次の試合に向けて、流れた魔力の補充をさせるのも仕事らしい。これを飲みたまえ」


 そう言って差し出されたのは、例の蛍光色をした薬品だった。ヒューゴが涙目になりながら飲まされたあの薬によく似ているけど――あの時は、ただの怪我を治すためのものだったよな?


 魔力の回復にも使えるのか、それとも見た目が似ているだけで成分が違うのか。

 ……どちらにしろ、手を伸ばすのは少し抵抗があった。


「いや……それはちょっと……」

「魔力の消耗が激しい状態だろう。別にお前が嫌だと言うなら別に次の試合まで寝ていても構わないが、この後の試合も観戦したいんじゃないのか?」


 そう言われると返す言葉もない。

 ……自分としては、もう少し違ったやり方で魔力を回復したいのだけれど。


 …………


 ウィルベル先生はこれ以外の方法を認めていないようだった。確かに体が少しどころじゃなく、尋常じゃないぐらい怠いけども、ベッドで寝ているわけにもいかないし。


 ハルシュ・クロロとバスカット・オーヴィル。


 次の試合は自分の対戦者となる相手を決める戦いなのだから、一瞬たりとも見逃すわけにはいかないのだ。


「……わかりました」

「素直でよろしい。どうせ今日は一人二試合しか行わない、どうやっても一日一本止まりさ。さぁ、飲め。特製だぞ」


 ……うぇっぷ。


 最後の一滴まで飲みきらないと意味が無いと言われ――鼻を摘みながら、なんとか飲み干した。その味は、血液を飲んでいるような鉄臭い感じと、花の蜜のような強く濃厚な甘みが混じったようなもので。お世辞にも美味しいとは言い難いものだった。






「やあやあ、お疲れさまー。白熱してたねぇ、テイルくん。いい画が撮れたよー」


 ヴァルターの魔法で根こそぎ破壊された会場の修繕を横目で見ながら、ヒューゴとルルル先輩のいる席へと戻った。


「あ、あぁ……はい。なんとか勝ってきました」

「うん、おめでとうおめでとう!」


 最前列でじっくり見られていた人から白熱していたなんて言われていると、なんともいたたまれない気持ちになる。……白熱なんてしてたか?


「めっちゃ熱かったぜ! よく聞こえなかったけどよ!!」

「私はばっちり見えてたけどね!『これでも“軽い”かよ』ーっ!」


「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ……そういやこの先輩、読唇術が使えるんだった。あんだけ砂煙待っていたのにしっかりと見られてたって、侮りがたいにも程があんだろ。


「それにしても……テイルくんはあんな風に戦うんだねぇ。意外っちゃあ意外かな。遠くからチクチクやるのかと思ったら、相手の懐に入っていくんだもん」

「こっからでも威力が伝わるぐらいだったぜ。俺もそんぐらいすげぇのが出来ればなぁ……」


「あれで未完成?」

「いや、そっちの方はだいたいあれで完成です」


 なんだか取材チックになりながら――というよりもメモ帳に思いっきりいろいろ書き込んでるし。と思いきや、おもむろに機石カメラを取り出し始めていた。


「ということは……分身していた方の魔法がまだ未完成っと――続きはまた後にして、そろそろ四試合目も始まるんじゃない?」


 ルルル先輩が構えた機石カメラの先を見ると、キンジー先生が会場へと上がっていた。どうやら次の試合の準備が整ったらしく、対戦者である二人の名前が呼ばれる。


定理魔法科マギサ一年、ハルシュ・クロロ。機石魔法科マシーナリー一年、バスカット・オーヴィル。二人とも、場内へ」


 名前を呼ばれた二人が場内へと上がっていく。片方は自分のクラスメイトであるハルシュ・クロロその人――


「それでは、第四試合始め!」


 イジメを行っていたヴァルター自体は、一回戦目で敗退した。自分が下した。


 よって、これ以上は無理して勝ち進む必要もないのだけれど、その表情にはどこか鬼気迫るものがあって――


「〈ブラス〉!」


 オーヴィルが操ってひゅんひゅんと飛び回る小型のリガートを、一つまた一つと電撃の魔法で撃ち落としていく。その狙いは百発百中、正確無比。普段の様子からはおよそ想像つかないほどに迷いのない攻撃だった。


 ――けれども、ハルシュから攻撃を仕掛けることはなく、ずるずると時間が経過していく。ひたすらに撃ち落として、撃ち落として。オーヴィルが新たなリガートを用意しても、それすらも最小限の魔法で撃ち落として。


「ちまちまとした戦い方してんなぁ! もっとこう……ドーンとよぉ!!」

「待って! ――そろそろ動く?」


「あの魔法陣は……?」


 それまで使っていた雷撃の魔法陣とはまた別の陣が、ハルシュの目の前に展開されていく。『〈ブラス〉!』の言葉と共にそこから飛び出したのは――大型の火球だった。


「いや、このタイミングじゃ当たらねぇだろ……」


 発動までに溜めがあっただけに、その威力も速度も十分なように見えるけども、所詮はそれまで。軽い追尾性能はあるものの、正面から向かっていく火球はオーヴィルに軽々と躱されてしまう。


 火球が折り返して再び目標へと向かうも、今度はリガートを使って軽々といなされてしまって。それどころか、軌道を変えられて術者であるハルシュ自身に当たろうかという瞬間――


「〈ブラス〉!」

「――っ!」


 ――


 完全に油断していたところで不意打ちを受け、膨大な熱量にその身を焦がすオーヴィル。一瞬にして観客席に大きなざわめきが走る。


「わー! 座標の入れ替え!? すっごく難しいんだよ、あれ!」


 聞けば瞬間移動の類は不可能ではないものの、使える者は数が限られているらしい。ハルシュが行った入れ替わり自体は、移動するべき対象がはっきりしているため、膨大な集中力を要するものの、まだ入り口程度のものなんだとか。


「なんとも丁寧に魔法を使うねー、あの子! さっきの試合とは大違い!」

「雑ですいませんでしたねぇ……」


 ハルシュも気は弱いものの、テイラー先生の元で魔法を教わっていた一人である。……あまり認めたくはないが、あのヴァルターでさえ事前に陣を仕掛けておくなど、魔法を扱う技術については、侮れない点があるのも事実だった。


 そのまま飛び道具を迂闊に使えないオーヴィルに対して、一方的な展開で押していくハルシュ。接近戦タイプの機石魔法師マシーナリーじゃない、というのも大きいかもしれない。


「俺だったら楽勝だな! 炎なんてへっちゃらだし!」

「まだ余力を残してる感じだけど――うーん……」


 今回の学生大会――自分の魔法を人に見せたくない、という理由で参加を見送った者もいるという。


「初戦でも、やっぱり半分ぐらいは奥の手を残したままって感じの子も多いね。対策を練られると、それだけ勝ちの目も薄くなるだろうから」

「……全力で戦ってて悪かったですね」


 大会前の数日間の全てを費やした魔法――魔力を叩き込むこと。姿を消す事。持っていた両方のカードをこの一試合で出し尽くしてしまった形になってるわけだし。どちらと戦うにしても、どう動くかぐらいは考えておかないと。


 ――そうして、序盤はジリジリとした戦闘が続いていたものの、なんとか決着が訪れて。ようやく、自分の次戦の相手が決まったのだった。


「勝負有り! 勝者、ハルシュ・クロロ!」

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