第四十四話 『――蕾だね。花のつぼみ』
第三試合で穴ぼこだらけになり、先の第五試合では氷漬け。
試合が終わる度に修繕が行われる様子を見て、大変だなぁとは思ったけれども――それはそれで時間が空いたところで、退屈というわけでもない。
会場へと集っている自分たち以外の観客も、これまでの試合について思い思いに言葉を交わしていた。
例えば、隣の席の者と。例えば、後ろの席の者と。
――まぁ、自分の場合はヒューゴとルルル先輩なわけで。
「今年の一年は粒揃いでいいね!」
「“今年も”の間違いでしょう……?」
決していい意味というわけでもないだろうが、粒揃いは粒揃い。個性の塊のような、一癖も二癖もあるようなのがゴロゴロといるのが、このパンドラ・ガーデンである。
先輩としては、露出の少なかった一年たちのデータを取れるというだけで、十分に満足できるものらしい。……けど、こっちとしてはいろいろと複雑な気分ではあった。
自分のものを含めた四試合――勝った者もいれば、負けた者もいた。
こっちが優れていると安心することもあれば。
こっちが劣っていると焦燥を覚えることもある。
――長い、永い学園生活はまだ一年目の半ばなのだ。
この先、誰とライバルとして相対することになり。
誰と味方として共闘することになるのか。
純粋に自身の為に出た者もいれば、今後のための打算によって参加を決めた者もいるだろう。それは、あえて観察に回った者も然りである。
「あーいたいた。こっちはどんな感じ?」
そんなことをルルル先輩から聞かされていると、背中の方から声をかけられた。
あっけらかんとした、特になんにも悩みを抱えていなさそうな気楽な声。
「ん……? あぁ、そっちは終わったのか」
流石に試合をすっぽかしてこちらへ来たと言うわけではないだろう。いくら普段は人の金で遊ぶようなド外道であろうとも、一度決めたことを覆すような奴じゃないのは、仲間として戦ってきた日々でよーく理解しているつもりだ。
「おかげさまで初戦敗退でした! 別にいいけどね!」
……まぁ、戦果の方はあまり期待していなかったのだけれど。
初戦敗退。勝った者がいれば負けた者も当然いる。勝ち抜き戦だし、必ず半分の数がここで敗退するのだ。別にそれを責める気もなく、かといって慰めるという雰囲気でもなく。本人も気にしてはいないようだし、ここはさらっと流しておけばいいのだろうか。
「テイルは勝ち抜いたぜ!」
「おおー。やるじゃん、リーダー」
「おめでとうございます、テイルさん!」
――負けたからといって腐すわけでもなく。
素直に称賛されたので、こちらも素直に受け取っておく。
「……わ、こっちの審判キンジー先生だったんだ。いいなぁ……」
「別に自分の先生だからって、有利になるわけでもないだろ……」
「ねぇねぇ、アリエスちゃんは第四試合だったっけ。こっちも今、第四試合が終わったところなんだけどさ、ということはそっちの方が早く終わったのよね」
向こうの試合の流れも気になるのか、ルルル先輩がアリエスに尋ねる。
「そーですねぇー。向こうは初戦から、にはるん先輩だったからさー」
「試合開始と同時に魔法が場内を埋め尽くして……一瞬でした」
『ねー』と、互いに確認し合う二人。そりゃあ、にはるん先輩の魔法は、実際に個の目で見たことがあるし、誇張無しでそうなのだろうと納得ができる。
――問題なのは、この試合でそれを見せられても、なんの参考にもならないということだった。こんなもの、対策もクソもないだろう。
「あらら、やっぱりそうなっちゃうのねぇ。流石、優勝候補は伊達じゃないわ」
「あとは……私の前の試合なんだけど、ちょっと変な人がいてさ……」
「変な人なら、この学園のどこにだっているじゃねぇか」
「違うの! 名前を隠してて参加してて、『謎の美少女魔法使い』って……」
「なんだよそれ――」
「わー! なにそれ! すっごく面白そう!」
絶対に怪しいだろそいつ、と言おうとしたところを、興味津々のルルル先輩に遮られてしまった。先輩はそのまま『くわしく!』とアリエスにがっつく。
「か、顔は兜を被ってて全然分からないんだけど、その人も一瞬で試合を終わらせちゃったから、私の試合まですぐだったの。
――“妖精魔法科”で“炎の魔法”を使う“変な人”なんて……。
知る限りでは一人しかいないんだが?
「それってもしかして――っ!?」
「さあさあ! 午前の部も既に折り返しに入りましたぁ!」
静かに、穏やかに進行していた準備の中で、突然に騒がしい声が響く。
……今度はなんなんだいったい。
見ると、そこにいたのは――
「わたくし! わたくし、ウェルミ・ブレイズエッジが! 今度はこちら、北会場の実況を行わせていただきます! キンジー先生も若くないんですから、ささ、こちらに、ほら早く!」
誰に対しても傍若無人、跳んで跳ねての天真爛漫。
大会の説明をしていた先輩――自分の中での騒がしい“先輩ランキングNo.1”にルルル先輩を押しのけて入った、ウェルミ先輩その人だった。
その先輩が、機石メガホン片手に、青い髪を揺らしながら。準備が終わった場内へと躍り出て、次の試合の対戦者の名前を読み上げる。
「
金髪のロール髪を揺らしながら場内へと上がるシエット・エーテレイン。その服装はひらひらとしたドレスでも、戦闘の邪魔にならないよう意匠がこらされているように見える。
それに対象的なのは、白い髪に褐色の肌、服装ともに
「この試合の勝者が俺の相手だ! その実力、ここで見極める!」
「第六試合に勝ったら、でしょ。気ぃ早すぎ」
「それでは、いいですか!? いいですよね! 第五試合、始めぇ!!」
開始の合図と共に、シエットの足元から魔法陣がいくつも浮かび上がる。――氷の妖精魔法。ヒューゴが一瞬で氷漬けにされたあの魔法である。
しかし、タミルの方もそれを黙って見ているわけではなかった。シエットが完全に詠唱を終える前に、迅速に距離を詰め、鋭い鉤爪を――完全に魔物の腕としか思えないその右腕を振るう。
「タミル選手は魔物の手足を扱って戦う
ヒューゴや他の妖精魔法師の戦いを見る限りでは、既に魔法を使うにあたって二句、三句程度の詠唱しか行っていなかったのが――シエットは依然として長いままだった。
――足元を凍らせたり、氷の盾を張ったりと細やかな魔法を断続的に使ってはいるものの、追撃に次ぐ追撃に、ウェルミ先輩の実況の通り防戦一方の状態。
「……なんだアイツ、まだ詠唱の短縮もできないのかよ」
同じ
「あんなんじゃ無理だろ。やっぱり、良い家を出たところで――」
『ヒューゴ』
勢いで席から立ち上がり、“悪い癖”が出ていたヒューゴの名前を呼んだのは――どうやら自分だけじゃなかったらしい。とはいっても、誰が呼んだかなんて確認するまでもないんだけど。
「……悪かったよ」
――アリエスと自分、二人から同時に
……とはいえ、ヒューゴの言いたいこともわからないでもない。
未だ決定的な一打は受けていないものの、終始防戦。誰が見たってシエットが不利なことぐらい理解できる。少し離れた観客席からでも、その表情に焦りが見えた。
「相手の行動の先読みだったり、魔法を使うタイミングだったりは悪くないんだけどね。……シエット・エーテレイン、氷の
先輩曰く、戦闘の技術自体はそう悪いものでもないらしい。ただ、肝心の魔法についてが、それほど奮っていないだけで……って、魔法使いとしてそれはどうなんだ。
「でも――少しずつ時間を稼いで詠唱してるから……あ、あれ!」
――長い、長い詠唱が行われていたのだろう。不利に見える状況の中で、既に使われた氷を上手く再利用しながら立ち回って。ひたすらに、ただひたすらに、その一撃の為の詠唱を行っていたのだろう。
その大きな魔法陣からは――
「おい……なんだか変なもんが出てきたぞ」
……“変なもん”って言い方もどうなんだ。
ともあれ、怪しい物体が現れたことには代わりないんだけど。
余程に空気を含んでいるためか、透明な部分などない。
それは――真っ白い氷でできた、楕円形の塊だった。
「卵……か?」
「いや、あれは――
確かに、言われてみれば……表面が完全な曲面ではなく、少し凸凹しているような気もする。塊の上の辺りに顕著なのを見るに、花弁の重なりを表しているのだろうか。
「……まさか……」
「全く動かねぇぞ? 失敗か?」
――不気味。一言で表すとしたら、そう言う他ないだろう。
ただただ、白く丸い氷が空中に浮かんでいるだけ。実際の花の蕾のように、少しずつ開いていくわけでもなく。あれが攻めにも、守りにも繋がるとはどうも考えにくい。
しかし、ただならぬ雰囲気を纏っているのは確かで――そこはタミル・チュールも警戒の色を見せて、迂闊に飛び込むことはしていなかった。
「んんん……? 今呟いてるのって、呪文じゃ……ない?」
「呪文じゃないって?」
直接の対戦者意外で唯一、中での発言が理解できるルルル先輩。
――この局面で呪文でないというのなら、一体何を言っているのだろうか?
「…………?」
「んーんー……『黒い…薔薇の……』?」
口の動きをトレースしながら、言葉の内容を掴み取ろうとしていた。別に魔法でもなんでもない、持ち前の技術をフルに活かして、シエットの観察を続ける先輩。
「『
「あ、あー。……あー! そんな本があったわね!」
スパッと答えを出したのは、なんとアリエスだった。
ルルル先輩もルルル先輩で、心当たりがあるようで――それはどうやら、何かの本の名前だったらしい。そういえば、自分も図書館でもそんな名前を見たような……?
「……本? なんでそこで本の名前が出てくんだよ」
「……その本に、大きな花の
ヒューゴの疑問にルルル先輩が答える。それを引き継ぐように本の内容を語り始めたのは、他でもないアリエスだった。
「訳あって兵士をやめた男が、とある廃城に訪れるんだけどね。そのお城っていうのが、黒い茨に全てを覆われていたの。奥深くへと潜っていくうちに玉座の間にたどりつくと、そこには大きな花の蕾があって――」
――その瞬間だった。先輩の口にした黒茨――ではなく、それもまた氷で作られた幾百束もの茨が、蕾を中心にして場内を覆うように広がっていく。
機能よりも造形を優先させたような、まさに芸術品と呼ぶにふさわしいほど精巧な
「いったい、どれだけ出てくるんだよ……」
観客席に居た誰もが――その光景に目を奪われた。
「ひゃー、すっごい……」
夢中になって機石カメラのシャッターを切る先輩。
……中の魔法生物は大丈夫なのだろうか。
さっきまで殺風景だった場内が、一瞬にして茨のカーペットへと早変わりである。茨は対戦相手だったタミルを一瞬で捕捉し、捕縛し――形勢を逆転させていた。
「あんな狭いところじゃ、完全に逃げ場ナシじゃねぇか」
「キラキラしてて、とってもキレイです……」
「これは続行不可ということでいいですね? いいですね?」
身動きが取れず、魔物の手足を振るうことのできないタミルの様子を確認して、ウェルミ先輩が高らかに宣言する。
「でしたら――勝負有り! 勝者ァ、シエット・エーテレイン!」
まさかの劇的逆転勝利。場内を埋めつすく茨は、観客を魅了するには十分過ぎる。
溢れんばかりの歓声が場内に響き渡っていた。
「……んじゃ、行ってくるわ」
「おう、頑張ってこい。……目の前の敵に集中しろよ」
“あの”シエット・エーテレインが、次戦へのコマを進めてきたのだ。ヒューゴとしても、外面は平静を装っているものの、内心では様々な感情が渦巻いていることだろう。
――今の試合運びを見て、勝ちを確信したのか。それとも、必至に頭の中で対策を立てているのだろうか。どちらにせよ、この試合を勝たなければ、話にならない。
別に既に勝利を掴んだものの余裕、というわけではないけれど。
そこはリーダーとして、釘をさしておく。
「見てろよ、俺も勝ってくるからよ!」
「しっかり撮ってあげるわ! 頑張って!」
「ヒューゴさん、応援してます! 頑張ってくださいね!」
「しっかりやんなさいよ!」
「
第六試合――名前を呼ばれ、場内へと上がるヒューゴ。
その姿は意気揚々、というよりは……ぐるりと観客席を見渡したり、アップをしているのかぴょんぴょんと飛び跳ねてみたり。なんだか落ち着きの無いようにも見える。
「な、なんだか……すっごいそわそわしてるんだけど」
「あちゃー……」
もしかして――いや、もしかしなくても――
あの馬鹿は慣れない大舞台に、浮足立っていたのだった。
……不安だ。もの凄い不安だ。
「それでは第六試合、始めぇ!!」
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