第四十一話 『思ってた以上に人気だねぇ』

「やあやあ! アリエスちゃんとハナちゃんは向こうに行ったんだ」

「あっちの四試合目で被ってるんで……」


 会場が二つに分かれている上に、南会場の方はにはるん先輩がいるからだろうか――こちらの観戦席にもまだ余裕があって。ルルル先輩はその最前列を陣取っていた。その姿を見つけた自分達は、隣に並ぶように席に着く。


「向こうの第一試合で目玉のニハル・ガナッシュが出るから、こっちは静かなものだと思ったけど――思ってた以上に人気だねぇ、“グレン”も」


 ペンの尻で顎をぐりぐりとしながら、先輩が楽しそうに呟く。対してヒューゴはと言えば「なんであんな奴が人気なんだろうな……」と不満そうにしていた。


「グレナカート・ペンブローグ……」


 ――試合まではあと十分近くあるものの、四角い試合場の傍にグレナカートの姿があった。側には小さなテントが張られており、先程までその中で最終的な準備が行われていたらしい。


「おやぁ? もしかして【銀の星】勢揃いなんじゃない?」


 椅子に座って待機しているグレナカートの側に居たのは、同じグループのメンバーであるシエット・エーテレインやムラサキ。あとはルナと呼ばれたメイドと……。


「あれは――」

「シーク・スクアードだね。こんな所に出てくるんだ」


「シーク・スクアード……」


 学園に入学してすぐの日、【銀の星】のグループ室へと訪れた時にも確かにいた。中性的な顔立ちの、青白い顔をした薄い緑の長髪の男。誰に対しても高圧的な姿勢だったグレンと、普通に話しているように見える。


 あれが【銀の星】……全員が揃っているのを見るのは、これで二度目だ。


「それにしても、キャアキャアとうるせぇな……」

「……先輩はあっちに行かなくても良かったんですか?」


 黄色い声援に耐え兼ね、耳を軽く塞ぎながらルルル先輩に尋ねてみる。先輩はパラパラと手帳を弄りながら、興奮気味に早口になっていた。


「私はさ、新星というか伸びしろのある子を見る方が好きなんだ。『これからの成長は如何に!』みたいなね。その方が受けがいいっていうのもあるけど。三年生ともなればそりゃあ凄い人もいるけど、それを常に追っかけて見たいという人はあまりいないの。人はなんというか、誰かの成長の物語を見たがるものなのよ。あの時に食堂で話したときとは感じが変わったし、そういう意味で言えば君たちも注目して――っと、もうすぐ始まるかな?」


 審判を務める教師――機石魔法科マシーナリーのキンジー・メイクー先生が場内へと上がり、対戦者の二人の名前を呼ぶ。白髪で機械式の眼鏡を掛けたお爺さんという感じだけど、この先生も一癖や二癖もあるような魔法使いなのだろうか。


定理魔法科マギサ一年、グレナカート・ペンブローグ。魂使魔法科コンダクター三年、オデット・コンフィ。二人とも、場内へ」


 魂使魔法科コンダクターの生徒は既にゴゥレムを展開していた。たしか開会式のときのルール説明で、機石魔法師マシーナリー魂使魔法師コンダクターは、試合前に手持ちのゴゥレムやらリガートやらを出しておくことが許されていた。


 試合始まってから出してたんじゃ、それだけで不利になるもんなぁ……。


「なんだあれ。……水か?」


 遠目から見たらスライムのようにも見えなくない。無色透明の流動体が一つ、人型で立っていて。中には核となっている魔法石がふよふよと浮いているのが見える。


「えーっと……オデット・コンフィ、オデット・コンフィは確か……。あ、あったあった! 彼女のゴゥレムはねぇ、核が周りのモノを纏うようになってるの。主に水のような液体である場合が多いんだけど、時には砂とかも纏うらしいわ」

「一口にゴゥレムって言っても、いろいろあるんだな……」


 パラパラと手帳の中身を確認しながら、ルルル先輩が解説してくれる。……溶岩とか纏ったら強いんじゃないだろうか。


「それでは、第一回戦始め!」


 パンドラ・ガーデンの生徒同士での真剣勝負。科が違う者どうしでの戦いというのは、あまり見る機会もない。依然として声援が上がる中で、少しでもその戦いを見逃すまいと目を見張る者もいた。……自分だってそうだ。当たって、勝つつもりでいるのだから。けれど――


「――――」


 あれだけ騒がしかった場内が、水を打ったように静まっていた。無理もない、あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたかを理解するのにも人によっては時間が必要なんだろう。


 場外には、カチンコチンに固まったゴゥレムが一体。術者であるオデット・コンフィの首元に、グレナカートの剣が突きつけられている。あくまで模擬試合という形のため、安全のために教師によって魔法で覆われているが、どこからどう見ても既に決着がついていた。


「わー! ぜんっぜん撮る暇がないんだけど! 大事な初戦だったのに!」


「三年だろ……? 手も足も出なかったじゃねぇか……」

「……ゴゥレムを凍らせるまでが早かった。そのまま対応できずに、ゴゥレムを弾き出されて終わりって感じか」


 開始と共に魔法陣を展開する速さも異常だったが、なにより目を見開いたのはその規模である。場内をほぼ埋め尽くすほどに大きな魔法陣が、一瞬で広がりゴゥレムを捕らえたのだ。


「勝負有り! 勝者、グレナカート・ペンブローグ!」


 先生から勝負の決着が告げられ、一気に歓声が巻き起こった。


 新進気鋭の一年生が三年と戦うというカード。初戦を飾るには相応しい戦いで、観客側が期待している通りの展開である。


「あーあ、一瞬だったねぇ。さすが定理魔法科マギサは強いなぁ」

「科が何か関係あるんスか?」


『ちょっと対戦相手の三年が可哀想かも』と苦笑いする先輩に、ヒューゴが尋ねる。ルルル先輩が言うには、単に実力の問題だけで勝敗が決まるわけではないということだった。


「そりゃあ、こういう一対一の試合の場合はね。定理魔法の一番の特徴は、幅の広さだから。向こうが水のゴゥレムを使うと分かった瞬間には、凍らせようって考えが出たんだと思う。これが妖精魔法師ウィスパーだったら、自分の契約している属性でなんとかしないといけないし、機械魔法師マシーナリーでもそんなに変わらないでしょ。今回の大会だと、戦う場所の広さも制限されているわけだから、どうしても定理魔法師マギサに軍配が上がりやすい、っていうのはあるかもしれないね。今回の大会では術者自身も場内にいないといけないわけだし」


 だからこそ、依頼を受けたりする時は何人かで組むことが多いのだと。


「……使う魔法によって、得手不得手があるんですね」 

「逆に魂使魔法師コンダクター機石魔法師マシーナリーが有利になる大会もあったりするからねぇ」


 ……そんなことを言われると、逆にプレッシャーになるんだけどなぁ。


妖精魔法科ウィスパー二年、ラック・ラック。機石魔法科マシーナリー一年、レイシー・クロスリーフ。二人とも、場内へ」


「…………」


「お、もう行くのか?」

「まぁ、集中しておきたいし」


 二回戦目がどれだけかかるかは分からないけど、早めに準備しておくに越したことはないだろう。ざっと場内の片付けが終わり、次の対戦者が呼ばれたのを確認して、自分も席を立ち上がる。


 ……三回戦、対戦相手はヴァルター・エヴァンズ。幸か不幸か――運命か、もしくは誰かの意志によるものなのか。初っ端から目的の相手と戦えるなんて。


 同じ授業に出ている間は、これといって実力の程は分からなかったけど……舐められたままでいるなんてのは、自分のプライドが許さない。


「ここでしっかり見てるから! 頑張ってねー、テイルくん!」

「それでは、第二回戦始め!」


 キンジー先生の声が響き、観客席からの歓声が一際大きく上がる。ぶんぶんと手を振るルルル先輩に軽く返して、自分の側のテントへと向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る