1-2-2 学生大会編 Ⅱ【開花】

第四十話 『正々堂々、全力を持って』

 ――早朝。【知識の樹】のグループ室に集合して、大会前に先輩からの叱咤激励しったげきれいを頂いていた。


「こういう行事でもないとさー、いろいろな魔法使いと戦うなんてことはないわけだよ、言ってみれば。勝っても負けても経験にはなるんだから、これだけに限らず、なんでも参加してみればいいと思うよー」


 とはいっても、相変わらず『んふふふ……』とふにゃふにゃした笑いを浮かべながらのものだから、叱咤も激励も殆どないのだけれど。


「優勝を狙って必死に挑んでみるもよし! 胸を借りるつもりで割り切るもよし! どちらにせよ、悔いの残らないように頑張れ!」


 具体的なアドバイスは何一つ無し。結局のところ、適当に頑張れってだけのことだった。

 ……あれだけ特訓に付き合ってもらってたんだし、言うことも殆どないか。


「もちろん! 狙うは優勝のみだぜ!」

「私は優勝できたらラッキーぐらいに考えておこうかなぁ」


「アリエスさんも参加されるんですの?」

「出るのはタダだしねー」


 そんなところで【知識の樹】からは四人中三人。うちのグループだけでも、参加する理由は様々。クラス内でのゴタゴタのせいだったり、単なる力試しだったり、優勝賞品目当てだったり。


「体調は万全か? 不戦敗しても知らねぇぞ!」

「流石に前日は身体を休めることに集中してたし、大丈夫だって」


「ヒューゴもそれなりに動けるようになったし、頑張ればいいとこまで行くんじゃないかにゃあ。テイルも油断してると足元掬われるぞ? んふふふ……」


 ……先輩の不敵な笑み。自分がクロエの所で特訓している間、ヒューゴに付いていろいろとレクチャーしていたらしい。その成果は、ヒューゴの自信たっぷりな様子を見ても――


「ウスッ!」


 いや、いつも通りで分かんねぇや。


「こっちも、ある程度の調整は済ましてきましたから。そこはお互い様です」

「そうかねそうかね。ま、目一杯楽しんでくるといいさ」


 とか話している間にも、時間は経っていて。

 アリエスに言われ、出発の準備を整える。


「そろそろ開会式に行かないといけないんじゃない? どこだっけ」


「確か中央棟だろ? ……それじゃあ、行ってきます」

「優勝、もぎ取ってきてやるぜ!」


『テイルもヒューゴもアリエスも! 大会での奮闘、楽しみにしてるよん』と送り出す先輩をグループ室に残し、開会式へと向かったのだった。






「どう? 私達の名前ある?」

「無かったら問題だろ……」


 食堂前の掲示板には既にトーナメント表が張り出されていて。四人で足を止めて掲示板を見上げていた。


 数えてみると、参加者は自分を含めて三十二人。左右にブロックが分かれていて、ヒューゴとは別、アリエスは自分と同じブロックに入っていた。


「思ったより少ないな……」


 学園の生徒全員が出てきてもいいものだと思ったけど。食堂に着く間だけでも同じようにホールへと向かう生徒たちを見たが、観戦目的の人が殆どらしい。


「アルル先輩は“人に魔法を見せたくない”方もいるって言ってましたね」

「『どうせ参加しても優勝できないだろう』って人も多いんじゃないの?」


「個人的には、人が少ない方がありがたいから良いんだけどな」


 トーナメントだし多少は運が絡んでくるとは思うけども、それでも優勝候補とは当たりたくないもので。特に、にはるん先輩なんて――


 …………。


「あ゛ー……」

「マジかよ……」


 ニハル・ガナッシュの文字が、ヒューゴの名前から少し下にあった。順調に勝ち進んだとしても、準決勝に当たる位置である。


「あー……ご愁傷様?」

「ま、まだ絶対当たると決まったわけじゃないですし……ね?」


 俺の対戦相手はどうなっているんだろう、と見てみれば――こっちはこっちで、期待通りの面子、と言った所だろうか。


 ……初戦から、例のヴァルター・エヴァンス。

 願ってもない組み合わせだった。


 その後に控えているのは、グレナカート・ペンブローグや、ルルル先輩調べでは優勝候補だったリーオ・ガント。


 もちろん、こいつらも勝ち残っていればだけど。まさか連続で同じ定理魔法師マギサと――それも一年生と当たる、なんてことまず無いよな?


「もうすぐ開会式始まるってさ、早く中に入ろー」


 誰と誰が当たって、どのように勝ち進んでいくのか。番狂わせが起こるなら、どのあたりだろうか。そんなことを考えながら、入学式でも使われた大ホールへと入っていった。






「ふあぁぁ……」

「欠伸出てますよ、ヒューゴさん」


 長い長い学園長の話に、自分も軽い眠気を感じながら、既に十数分は経過していた。これだけで体力が削られそうな気がするんだけど、大丈夫なのかよ……。


「――今回の大会を通して、新たな繋がりを作ることを、今まで知ることの無かったものに目を向けることを、切磋琢磨していくきっかけになることを、教員一同期待しています。正々堂々、全力を持って。己の持っている力をぶつけ合ってください」


 拍手と共に壇上から降りていく学園長。周りでも自分たちのようにクタクタになっていたようで、背伸びをしているのもチラホラいた。


「お、終わったか?」

「……みたいだな」


 そして入れ替わるように、最前列にいた女子生徒が壇上へ勢い良く上がっていく。


「それではここからは、私が案内を務めさせていただきます! 妖精魔法科ウィスパー二年のウェルミ・ブレイズエッジです!」


 青色の丸みを帯びた髪型で、いかにも溌剌はつらつといった様子の女子である。妖精魔法師だというのに、大手の剣を二振り携えており――機石を利用した魔道具なのか、拡声器のようなものを使って大会の案内を進めていく。


「今日は各々二回戦までの全十六試合。学園の南北にある小会場で行われますので、この後解散して向かっていただきまーす!」


「別々の会場で行われるんですのね」

「一つの会場でやってたら、それこそ何日あっても足りないからだろうなぁ」


「明日はそこから残った八人から優勝者を決める戦いが、この大ホールを会場に行われます! その時は実況・解説は【真実の羽根】のお二人と私が努めますのでよろしくね!」


 今日一日の流れを説明する間にも、右へ左へと忙しなく手を振っていた。かと思いきや、ルルル先輩が持っていたようなカメラで、集まっている人を無遠慮にパシャパシャやってるし。


 ……【真実の羽根】とはまた別の活動をしている人らしい。


「詳しい案内については、会場の後ろに貼り出してありまーす!」


「会場が二つってことは、他の人の試合もゆっくり見れるかな?」

「被らなけりゃ大概はいけそうだけど……往復するのも面倒だぜ」


 そうして話している間に、『私は準備があるので、お先に失礼します!』と壇上から降りていくウェルミ先輩。


「一試合目は約三十分後! 試合の様子については、勝手にお邪魔して実況しますので、どうぞお構いなくー!」

「あら、出てっちゃった」


「この学園の先輩たちって、大概落ち着きがないよなぁ……」


 座禅の大会でも開けば、余裕で一位になれるんじゃなかろうか。そもそも座禅の説明からしなきゃいけないかもだけど。それはそれで面倒だから無理か。


「案内、確認してみましょうか」

「そうだな……、自分の試合の場所も分からないんだし」


 そのまま直ぐに解散となって――ホールの壁にも貼られていたトーナメント表を眺めながら、自分や仲間の試合がどこでどの時間で行われるのかを確認してみる。


「俺とテイルは北会場だぜ」

「アリエスの試合はギリギリ見れないか……」


 自分は北会場の三試合目。アリエスは少し遅れて、南会場の四試合目だった。ヒューゴは自分と同じ北会場の六試合目なので、丁度全員で見ることができるだろう。


「うふふっ。私がしっかり観戦しておきますね!」

「べっつにいいって! 見に来られても恥ずかしいだけだし!」


「どうかなー? 大会は良い感じに勝ち進めそうかな?」


 ぶんぶんと手を振るアリエスの後ろから、明るい茶色をした髪を揺らしながらルルル先輩が飛び出してきた。


「ルルル先輩? 運営側って言ってたから、てっきり準備に回っていたと」

「ウェルミに情報を渡したから今日は自由時間なのよー。まぁ試合で初めて知ることもあるだろうから、そこはヤーン先輩と分かれて観戦する予定なんだけど」


 あぁ、なるほど。だから参加者を取材して回っていたのか。


「去年よりも参加者が少ないから、今日と明日で終わるんじゃないかな。ニハル・ガナッシュが帰ってきたっていうのも、理由の一つなのかもしれないけど……優勝賞品も出るのにね。……みんなは優勝したら賞品は何を貰うの?」


「わ、私はロアーの修理費用を……」

「なんも考えてねぇ!」


「――――」


―――――――

 優勝賞品のこととか、全く考えて無かったな……。


▷アリエスのロアーの修理費

 ハナさんに宝石でもプレゼント

 クロエに適当なものでも

―――――――


「別に考えてないんで、アリエスのロアーの修理費用で」

「それじゃあ、俺もそれで!」


「えええぇ!?」

「あらあら、よかったですねアリエスさん」


 自分もヒューゴも別に欲しいものなんて無かったし、参加すること自体が目的みたいなもんだからなぁ。


「あはは、仲間思いだねぇ。しっかり紹介の時に言ってもらえるよう、私からもアピールしとくから任せて!」

「いや、そこまでしなくてもいいですから!」


 そんな自分の言葉を聞いているのか分からない様子で、ルルル先輩は『君達の活躍、応援してるからね!』と手を振りながら北会場へと走り出していったのだった。

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