第二十七話 『持って帰っちゃおうか?』
目的の階に着くと自動でエレベータの扉が開く。時間にすれば十数秒、一つフロアを降りるならばそれぐらいか。音も無く、振動もないので少しびっくりしたのだけれど。
「うわ、凄い。本当に下に降りたんだ」
「魔物が出るかもしれない。気をつけろよ」
――警戒しながら、エレベーターの個室から出る。
探索において一番重要なのは逃げ道の確保、というのは何で読んだんだっけか。建物内の探索、それも地下へと降りる形となっている以上、外へ出る為の道はこのエレベーターしかないし、いつでも逃げられる準備をしておくに越したことはない。
万が一ヤバそうなのが出てきても、急いで上に戻ればいいんだしな!
「あれ……なんでしょう……?」
全員が外へと出ると、ハナさんが何かを見つけたようで。指差したその先には、白色の金属殻に覆われた、球体状の物体が転がっていた。
大きさはサッカーボールほど。殻は隙間だらけで、外から覗ける中心部には、核となる機石が顔を覗かせている。まだ魔力が残っているのか、ゆっくりと点滅していた。
「こいつが例の
微妙にだけど、自動で動いているような気もするし。
「ううん……これは違うよ。この建物のどこかから魔力の供給を受けて動いていたみたい、ゴゥレムと同じだね。私達の中では
機石を中心にして組み立てられた道具が
機石を中心に発生した生き物のようなのが
うん、分からん。
「細かい違いが分かんねぇ」
――素直に思ったことを口に出していた。
「前もって入力している通りにしか動かないのが
アリエスが噛み砕いて説明してくれるのだけれど、理解するにはまだ時間がかかりそうだった。……ベースになっている機石に、なにか違いがあるのだろうか。
「私の銃もそう。まぁ、そこまで深く考えなくていいんじゃない? むしろ
最初に聞いたときの話では、てっきり動物の姿をしているものなのだと思っていたけど、よくよく聞いてみれば人型のやつもいるらしい。その場合は
「――で、機石を見た限りでは、別に兵器じゃないよ、これ。建物の中に落ちているゴミを、回収して回るんだって」
「見ただけでどういうお仕事をしてくれるのか分かるんですのね」
『凄いです、アリエスさん!』とべた褒めするハナさんに、『そりゃあねー私も
今日の依頼は、どうやらアリエスの
「壁とかに比べて床だけ妙にキレイだと思ったら、こいつらが掃除してたんだな」
――とは言っても、相変わらず機石は淡く、ゆっくりと点滅を繰り返している。フル充電状態だったら活発にあちこち回るのだろうか。電気じゃないけど。
「魔力切れのせいで動けなくなってるんだね。決まった命令を繰り返すタイプの
つまりは、メンテナンス用の場所がどこかにあるらしい。端から端まで探索するよりは、このボールに案内してもらった方が幾ばくかは効率がいいだろう。
「特に害はなさそうだし、試しに戻してみよっか」
「よっと。思ったよりも軽いんだな……」
持ち上げてみると大した重さはなく、それをアリエスに手渡す。それを手慣れた手つきで機石を取り出し、何かを読み取るように眺めた後、魔力を注ぎ込んでいた。
「この施設の中心部に案内してもらえればいいんだけどねー」
機石を元に戻すと――淡い光を灯しており、
「コロコロと転がって可愛いですっ」
「持って帰っちゃおうか?」
次の瞬間には腕いっぱいに清掃用
「せめて一つにしとけっ!」
「……ただの壁じゃねぇか。壊れてんのか?」
『ピピピピピピッ!』
「うおっ!?」
――軽い音と共に、正面にあった壁が開く。
「なるほど……この子たちにしか反応しない入り口なんだ」
そのままコロコロと中に転がっていくので、壁が閉じてしまう前に後を追う。照明も死んで薄暗い中、細い廊下を真っ直ぐに。あまり人が通ることを想定していないような通路だった。
足元が悪い中、ようやく通路も終わりを迎え――目的の整備用の部屋へとたどり着く。どうやらゴミの廃棄もここで行われているらしく、奥にある廃棄所へと、
役目を終えたあとは、そのまま隅に備え付けられた、魔力の補充を行うのであろう装置へと戻っていく。ドーナツ状の台へと乗っかると、さっきまで淡い光を放ち続けていた機石が、最初に見たときのようにゆっくりとした点滅へと変わっていった。
……置台式の充電機とか、ハイテクだなおい。
「――おい、外を見てみろよ。すっげぇぞ」
「……ん」
ヒューゴが外を指差していた。……外?
「とっても広い……空洞になってます……」
――ゴツゴツとした岩の壁、ところどころに立つ石筍。洞窟の中をそのまま利用しているかのような風景が広がっていた。
地面の方には多少人の手が入った様子が見られ、ここも工房の一部であることが伺える。
自分たちのいる部屋には、
「……どうする? リーダー」
「……進むしかないんじゃないか?」
ここまでの収穫も、鞄の中の
そうして何事もなく空中廊下を渡りきり、部屋の中へと入って見ると――そこには大きな作業机と、壁一面に設置された本棚が並んでいた。
他の部屋と違って、本などが乱雑に積まれている様子から、工房の、工房としての役割をする部屋であるということは薄々感じられる。
「棚の中にあるのは研究資料かな……」
丁寧に綴じられた紙の束を棚から取り出し、パラパラと捲りながら中に目を通していた。
「へぇー、なるほどなるほど。こんなもの作ってるんだ」
「分かるのか?」
自分も棚から一冊取り出して目を通してみるのだけれど、図はまだしも文字についてはサッパリ読めなかった。
“前世”でも日本語、英語、中国語などなどの多種多様な言語があったのだ。当然この世界でも何種類かの言語がある。だから当然、読めない文字も出てくる。ヒューゴがたまに詠唱するあれ――妖精たちが使う言語も、自分にとっては聞いてても意味が分からないし。
「もっちろん!
……普段は金遣いが荒くて、クズ人間みたいな感じなのにな。
こうして普段使うものとは別の言語をスラスラと読み書きしていたりするのを見ると、伊達に読書家を名乗ってはいないなと身に染みて知る。
「こことかさ、機石を複数積んで、状況に分けての行動の多分化を図ろうとしたんだろうね。一つだと魔力効率も悪いし負荷がかかったりして――」
自分の専門分野になるからか、得意げに解説しているのだけども、専門用語が飛び交っていてさっぱり頭に入ってこない。ヒューゴの方も言わずもがな、ハナさんはしっかりと『すごいです!』と相づちを打っていた。
「というわけで、この工房は
「どうりで、部品やらなんやらが積まれてるわけだ」
「ただ、ちょっと物騒なものも作られていたみたい」
「物騒な?」
「戦争に使われた兵器だって。例えば……ほら、これとか」
手に持っていた資料の後ろの方を見せられる。そこにあったのは、巨大な砲身を持った、巨大な
「“イクス・マギア”だってさ。複数の魔法使いでやっと動かせるぐらい大きいものみたい。実物なんて見たことないけど、多分すっごいよ」
四対八脚の脚を持った、多脚型の機動兵器。ありとあらゆるものを膨大な熱量で吹き飛ばすであろうロマン砲は、正直カッコイイと言わざるを得ない。絶対に強い。
なんでも、強烈な反動を少しでも抑えるために、複数の脚で分散させているんだとか。あとは、足場の悪いところでも安定して撃てるようにしているんだろう、という考察を聞いて、確かに『なるほどな』と感心する。
「ここらへんにあるのを何冊か持って帰るだけでも、十分な収穫なんじゃないかな」
時代によって、機石の傾向のようなものも変わるらしく。当時の研究資料、というだけでもそれなりに価値はあるのだと言う。
当初の目的である『なにか使えそうな物』も、このあたりが妥当だろうということで、帰りに支障が出ない程度に荷物を詰めていく。
――そうして、同じ観覧通路を辿って戻る。下に降りる階段はあるけれど、そこまで探索したらキリがない。
「……なぁ、そういえば思ったんだけどよ」
ヒューゴがポツリと呟いた。
「この工房って、なんで廃棄されたんだろうな」
「……ん? どゆこと?」
「こういう研究の内容ってさ、あまり外には出したくないものだろ? なんで残したままいなくなっちまったんだろうって思ったからよ」
実家が鍛冶屋をしていて。長い歴史の中で、その家だけに伝わってきた技術なども当然あり。それは大切に受け継がれ、そして秘匿されていくものなんだと教えられたと、ヒューゴは言う。
「……確かに、そうだよな」
ここに残されていた資料のどれもが重要なものであるはず。たとえ研究を止めたとしても、資料の運び出すなり処分するのが普通だろう。そんな感じのことを、依頼を受けた時に聞いている。それなら――
「それじゃあ、魔物に襲われたとかは?」
あの入り口のセキュリティがあって? 考えにくいけれども、それよりも残ってないといけないものが無いだろう。
「……まず、死体だとか、血の跡だとか。そこらへんのを見かけたか?」
「いえ、中はとてもキレイでした」
自分たちが追っていたリガートが回収していたゴミにも、そんなものは無かったし。廃棄されたゴミもチラリと覗いてみたけど、そういったものの気配はしなかった。
「もしかしたら、他のリガートが回収してそのまま、という可能性も無くはないけど……。それにしてもキレイすぎるだろ? やっぱり、逃げ出したかなんかして――……?」
「……どうしたんです?」
何気なく見た洞窟の暗闇の中。その中に小さな――ほんの小さな緑の光を見つける。数は四つ。同じような光量でゆらゆらと、ふらふらと揺らめいているように見えた。
……なんだ? 何かの虫がいるのか?
それにしては、光の点滅もないし。距離が遠すぎて自分にもうっすらとしか見えていないようで。
「げ……」
左右に動くそれらが、ぴたりと動きを止めた。
「テイル?」
目があった――?
確かに今、そう認識した自分がいる。生物的なものが放つ光とは程遠かったが、それでも確かにあれは目だったと感じたのだ。
直感でわかる、あれはマズい。こちらが敵と認識されたのか、闇の中で何かが蠢く気配がする。壁に張り付いていた何かから、今度は青白い光が漏れだしていた。
「……何か光ってる?」
「っ――! 急いで戻れ!!」
方向からして自分たちを目がけているのは間違いない。そして最前列を歩いていた自分へ標準を合わせたのなら、後ろへ戻るしか避ける方法はないだろう。
自分の言葉で察したメンバーが、急いで後ろへと踵を返し走り出す。
「くっ――」
その直後に襲いかかる極太の白熱光。そして衝撃と振動。
ジリジリと自分の背中を焼くような熱気が、無遠慮に襲い掛かってくる。敵からの攻撃としか言いようがなかった。
「んだよこれ……!」
驚くべきはその威力である。自分達が通過しようとしていた観覧通路が、ごっそりと焼ききられ、退路を一瞬にして絶たれてしまった。
無茶苦茶かよこのやろうっ!
岩壁から剥がれ、独立した自重に耐えられず。観覧通路が大きく歪む。
吊っていたワイヤーの何本かが、耐えきれずに断裂する音が聞こえる。
連続では来ないようだけども……ここで立ち止まっていては狙い撃ちされなりかねない。逃げ道が絶たれた以上、早く開けた場所に移動しないと。
「階段から下に降りろ! このままじゃ狙い撃ちにされる!」
「お前はどうすんだ!」
「俺は――」
――幸い高さは建物の三階程度。一般人ならまだしも、自分は猫の
「照らすよ! 〈ブラス〉!」」
アリエスが宙へと投げた機石が、ふわりと浮き続けたまま眩い光を放つ。一瞬にして照らされた地下空洞の中で、七メートル近い巨大な塊が自分の目の前に降ってきた。
―― ひび割れる地面。舞い上がる砂埃。
その中で怪しく光る、四つの光。
…………
「おいおいマジかよ嘘だろ……」
『いいかい
『なあに、おばあちゃん?』
拝啓、お祖母様。いかがお過ごしでしょうか。
元気にしていますか? 僕は既に一度死んだ身となってしまいました。
『「かっこいい!」と思ったり、「強そう!」と思ったロボットは大概――』
『たいがい?』
あなたの言っていたこと、異世界で生まれ変わった今でも。
一言一句、しっかり覚えています。
……いや、今の今まで忘れてたんだけどさ。
『――あとで敵として出てくるんだから。よく覚えとくんだよ』
舞い上がる砂煙の中に君臨したそれは――
つい先程、資料で見たばかりの。
四対の脚をもった、
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