第二十八話 『お前に何か賭ける時は』

 一歩一歩を踏み出すたびに、キチキチと金属の擦れる音が鳴る。地面が重さに耐えかねて、表面がひび割れる音が鳴る。


 自分たちを軽く跨げるほど巨大な機石装置リガート――アリエスの言っていた例の“イクス・マギア”と対峙することになったわけで。


「……こっからどうすりゃいいんだ?」


 闇の中に浮かんでいた緑色の光は、視覚情報を得る為のカメラから放たれたものだったらしく。まっすぐに伸びた砲身の根本、その上部に、まるで虫の複眼のように並んでいた。


 ……今では全部がこっちに向いているわけだけど。


 とりあえず、あの砲だけは食らうとマズい。八本もある脚も十分脅威的なんだけど。一発でもまともに喰らえばひとたまりもないだろう。


「おっと――〈ブラス〉っ!!」


 叩きつけられる脚を避けながら魔法を放つも、対魔法のコーティングでも施しているのか(そんなものがあるのか不明だけど)、装甲によって弾かれてしまう。


「どうすんだよこの状況ッ! 逃げ道なんてねぇぞ!?」


 そうしていうちにヒューゴも降りてきて。


「あの……ここからどうすればいいんでしょう」


 四人揃ったところで、絶望的な状況には変わりがない。どうすればいいかなんて、俺が聞きたいんだけど。ほんとどうすりゃいいんだ。


「複数人で動かすって言ってたけど、魔法使いの姿なんて見えないぞ!?」

「つーことは勝手に動いてるってことか? アリエス!」


『話が違うぞ!』というニュアンスで名前を呼ぶも、機石魔法師マシーナリーとしては優秀な彼女でさも、えさっぱり状況が掴めなてないらしい。


「私に聞かれても分からないよ! こんなもの、勝手に動くには魔力が足りるわけがないし! でも、現にこうして動いてるんだもの!!」


「どこかに外に出るための出口とか……探せばあんだろ!」

「向こうの機動性からして難しい――ってぇ!?」


 ヒューゴも加わり魔法で応戦するも、自分の時と同様に効果は見られない。流石に、自分のように避けろだなんて無茶も言えないし、こっちが前に出るしかないのだけれど――


「くそっ――」


 流石に四本の脚を躱し続けるのにも限界があった。頭に一発だけ掠り、出血が起きたあたりで、見かねたヒューゴが代わりにと前に出た。


 ……このままじゃらちがあかない。


「射撃が始まる前に機石を……いや、やっぱり……」

「……突破口は見つかりそうか?」


 今はハナさんもヒューゴの援護のために集中しているため、自分で止血を行いながらアリエスの元へと寄る。


「い、いやぁ、あるにはあるんだけど……」

「……あるんだな?」


 あれだけ残されていた資料を読み込んでいたアリエスならきっと。


 確信に似たものを胸に、問いかける。

 ゴクリと、唾を飲み込む様子が見て取れた。


「無理だって!! あんなに大きいんだよ!?」


 ――声が震えていた。


「失敗したら大怪我じゃ済まないんだって!」

「一か八か――それでも、俺たちはやらないといけない」


 もしかしたら、手も、足も震えていたのかもしれない。


 ここで全滅だなんてこと、誰も受け入れたくない筈だ。目の前のアレを倒す、それ以外に方法なんてない。ヒューゴも、ハナさんでさえも、それを理解して戦っている。


「一か八かって言うけどさ……! こ、こんな賭けに――」

「こんな賭けに、みんなを巻き込むなんて……」


「いつものアリエスさんらしくないです」

「ハナちゃん……」


「お前の知識なら乗り越えられるって、全員が信じてんだ。同じグループの仲間として、一蓮托生――一緒に死んでもいいって思えるぐらいには」


「――っ」


「お前に何か賭ける時は、捨ててもいいと思える時だけだ」

「人の物を賭ける時は『負けられない!』って感じがするんだろ?」

「私たちだって!『負けたくない』です!」


「みんな……」


 どちらにしろ、ここでやらなきゃ終わりなんだ。全ては全員が生き残るために。大きく出るには十分な理由だ。それなら――命だって賭けてやろうじゃないか。


「は、排熱――機石からの魔力自体で熱は発生しないけど、砲撃を行う上ではどうしても内部に熱は蓄積してしまうの。あれだけ高威力の砲撃をしておいて、動作に異常をきたさないとは到底考えられない」


「――つまり?」


「“イクス・マギア”の背面上部に付いている排熱口は、それによって溜まった熱を放出するためのものだって、資料には書いてあった。そうしないと、すぐに限界が来てしまうから。だから――」


「そのタイミングを見計らって、俺が思いっきりぶち込んでやればいいんだな?」


 ……珍しく察しがいいな。


 内部にあった熱エネルギーを外に放出しなければならないのなら、あえて外から更に熱を加えてやれば。一気にその稼働限界まで持っていけるはず、というのがアリエスの案だった。


「でも! どうやって! あんなところまで上がるんだよ!!」

「ハナさん。妖精魔法でアイツをひっくり返したりできないか?」


「……ごめんなさい。難しいと思います」


 もともと足場が悪い中でも動けるようにするための多脚型。全体を覆うレベルの魔法でもなければ、その機動力を封じることはできないだろう。となると――


「――俺が」


 今とれる手段はそう多くはない。


「俺が、ヒューゴをあそこまで連れて行く。絶対に、命を賭けて」

「テイル……」


 ハナさんの妖精魔法があれば、人一人ぐらいを打ち上げることぐらいはできるだろう。あとは手持ちの道具の中にあったロープさえあれば不可能じゃないはず。


「ヒューゴ、こいつを腕に巻き付けておけ! 絶対に離すんじゃねぇぞ! ハナさんは指定したタイミングで俺を打ち上げてくれ! ――アリエス!」

「な、なに!?」


 ヒューゴたちと入れ替わりに前に出る。ロープの端を投げて渡し、自分が向かうはイクス・マギアの股下へ。


「排熱口が開いてから閉じるまで、何秒あるっ?」

「資料通りなら四十秒きっかり!!」


 よし――


「――全員気張れよ!」


 八本もある脚――姿勢を維持するための四本を除いても、まだ残っている四本。それらを掻い潜って、


 ……いつもの感覚で避けていたらアウトだ。今はこの、文字通り“頼みの綱”であるロープを取られないようにしないと。


 右へ、左へと降ってくる脚をなんとか躱しながら距離を詰めていく。こちらを薙ぐように伸びてきた脚を飛び上がって回避して――っ!?


 ――突然の制動。上方へと引っ張られ、体ごと地面から足が離れる。先程避けたはずの脚の先から、鉤爪が飛び出していた。


「爪っ――地味にこすいことを――」

「ロープに引っかかって――!?」


「テイルっ!」

「手を出すなよヒューゴ!!」


 ここでヒューゴに標的が移ってしまっては元も子もない。せめてもう少し、ギリギリまでは自分が引きつけておかないと――


「眩しっ――」


 持ち上げられた勢いをのままに、持ってこられたのは極太の砲口。奥に取り付けられた機石の輝きが目に痛い。


「くっ――」


 空中で身体を捻り、掴まれた縄をナイフで切り離す。……だてに猫に転生したわけじゃねぇ。空中での軽業なんて得意中の得意だった。


 そのままヒューゴに繋がるロープの端を掴み直し、地面へと着地した直後――


 砲身から放たれた一本の光線が、高くにある天井を貫いていた。熱気が頭上を走り抜け、砕けて落ちてくる瓦礫の音に紛れて、排熱の為に背面装甲が開いた音がした。


「――開いたっ! テイル走って!」

「分かってる!」


 砲撃直後は反動によるものなのか、動きも鈍っていた。一気に下へと入り込み――あとは背面まで回り込むのに、もう数秒もかからない状態。


「ヒューゴもうまく潜り込んだな!? 頼む、ハナさ――」


 自分たちを追い、その場で足踏みしてくれるなら御の字だった。けれども、自分とヒューゴが視界から消えたせいで、標的を失ったイクス・マギアが今度に狙ったのは――


「ハナちゃんっ」

「――っ」


 圧倒的速度で、圧倒的硬度で、圧倒的質量で。後方で支援していたハナさんへ、イクス・マギアの機械脚が襲いかかっていた。


 ハナさんの妖精魔法なら、詠唱の必要はない。上手くタイミングを合わせて、脚を上方に逸らすことができれば、もう一度チャンスを待って――


「マト・メイト、ラ・ノスト、トゥ・レンディ!」

「なっ――」


 ――詠唱していた。あの、


 いつものような“お願い”などではない。有無を言わせぬ“命令”で。、自身を打ち上げることを優先させていた。


 だけれど、ハナさんは? 

 あの攻撃を叩きつけられては、ただじゃ済まないだろ!?


「〈ブラス〉!」


 魔力が通され発光している機石を、ハナさんの前へと投げるアリエス。その機石から一瞬で展開される、二重、三重、四重にも重ねられた魔力障壁が――歪み、軋みながらも、その威力を減衰させていく。


「――きゃあっ!?」


 ――が、その全てを消すことはできなかっようで。弾き飛ばされるハナさんと、自身の足元に表れた、黄色がかった魔法光を放つ陣。ハナさんの扱う、土の妖精魔法の魔法陣だった。


「跳んでください――テイルさんっ!!」


 めりめりという音が鳴った次の瞬間、一気に地面が隆起し――こちらも力いっぱいに地面を蹴り上げた。


 地上が遠くへ、遠くへと離れていく。


 まるでカタパルトのように勢いよく身体が打ち上げられて、一気にイクス・マギアの頭上を飛び越えたのだった。

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