1-1-4 工房探索編 【初めての死闘】
第二十六話 『……ちょっと、ね』
「うぅ~ん……廃棄された工房の探索ぅ?」
時はココ・ヴェルデの学園到来から数日後のこと。いつものように、それぞれがソファに腰掛け――先輩は専用の机で自堕落な一日を送っている。そんなグループ室の中で、ヴァレリア先輩の怪訝そうな声が飛んでいた。
「ヨシュア学園長からの新しい依頼ですのね」
「中に潜って物を取ってくるだけだろ? 楽勝じゃねぇか」
魔物に襲われたり、資金難により手放したりと、何らかの理由があって廃棄されてしまった施設(主に工房)は数多く残っているらしい。
その中身は大概、処分ないし回収されるが――中には、そのまま放置されているものもあるようで。今回の依頼は、そういった物の回収についてだった。
……とはいえ、『何を持って帰ればいいんですか?』という問いに、『何か使えそうな物』という非常に曖昧な答えを返されて困惑したのだけれど。
「あー駄目駄目。んー……スゥゥゥゥー……ふふ、ふふふ……。お前たちにはまだ早い!」
「せめて話すか吸うかのどちらかにしてくれませんか」
とか言うと、今度は吸う方に集中し始め――あ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!
それ見たことかよ!
むしろ袋の中に顔を突っ込む勢いでスーハーしてんじゃねぇか!
「先輩が言ったんじゃないですか!『いろんなものに目を向けた方がいい』って!」
「ううぅーん? ……言ったっけ?」
「言ったよ!」ほんとダメな先輩だなアンタはっ!
いくら言っても先輩はやれやれといった様子で。そのくせ『先輩としてのアドバイスだからしっかり聞いておけよ?』だなんてことを
「あのだねぇ、テイルくん。学園の中だとかと違ってなぁ、人目につかない場所ってのは予期しない問題が、次から次から次から次に湧いてくるんだぞ? 向こうはこっちの事情なんて、考えちゃくれないんだから」
「――とは言っていたけど、どこまで本気なんだか分からないんだよなぁ」
「学園長からの依頼って割りが良いから、断るのも気が引けるもんねぇ。先輩も折れてくれて、『こういう時は、他のグループの協力を仰ぐのも一つのやり方』とは言っていたけど……」
もちろん、他のグループとの交流なんて殆どありゃしない。【真実の羽根】のアルル先輩とヤーン先輩に頼もうかと思ったけど、近々行われる学内のイベントの準備で忙しそうだったし、あとはグループといえばグレナカートたち【銀の星】だけど、論外だろあれは。
それでもヴァレリア先輩も心配してくれているのか、『ま、学園長にそこらへん聞いておくかぁ』とは言ってくれてたけど――それなら先輩が付いてきてくれりゃあいいのに。
『私は学園に残ってやることがある!』とか、どうせロクなもんじゃねぇ。
「本当に私達だけでも大丈夫なんでしょうか……」
「トト先輩とココさんがいれば百人力だったのにな」
あの二人がいれば、どこでも踏破できる気がする。まるで自身の体の一部のようにゴゥレムを操り、対地対空なんでもござれの
あれからアリエスにも詳しく聞いたけども、ヴェルデ家ってのは昔から続くゴゥレム使いの一族のらしい。家の名前が大きくなったのは、ココさんの功績によるものって話だったのだけれど。
「……二人はお母さんのお墓があるピーコートの村に戻ったって」
「あぁ、『謝らせる』ってやつか」
「トト先輩……少し怖かったです……」
一部の景観が変わる程の破壊行為。口から次々と飛び出す罵詈雑言。『少し危ないラインにいる人なのかな?』とは思っていたけど、あそこまで豹変するだなんて誰が想像しようか。
「……何があったんだろうな」
何がどうなれば、そこまでなるのかは分からない。『母の墓前で』とは言っていたけど、トト先輩に直接聞いてもきっと詳しくは教えてくれないだろうし。あまり、ズケズケと聞いていいようなものでもない気がするし。
もしかして――ココさんが復活した理由も、それに関係しているのだろうか。
「んー、たしかこの辺りって書いてあるんだけど――」
「お? あれじゃねえのか?」
そう言ってヒューゴが指差したのは、切り立った崖の根本に取り付けられた大型のシャッターだった。外から発見し難くするためか斜めに大きく掘られており、どちらかと言うと、軍事基地のような印象を受けた。
「――へぇ、
――内装は軍事基地、というよりも研究所。
……そもそも、研究所なんてものを実際に見たことはないのだけれど。強いて言うなれば、大型の病院に近いだろうか? 天井は高く、照明が並んでいた後があり、全体的に硬質的な感じで統一されていた。
長く、薄暗い廊下を進んでいく。所々がひび割れたり、欠けて落ちていることから、廃棄されてそれなりの年月が経っていることが感じられる。
……そういや、ココさんが言っていたことだけど。『私の時代では、機石魔法はまだそこまで発展していなかった』とか。こうして見ると、まさに文明の発展に関わる技術のようにも思えなくもない。
そういった部分を含め、内部は思った以上にやけに現代的で。
例えば左右に開く、引き戸形式の機械扉。構造は自動ドアと似たようなものなのだろうけど、それにしては重厚な感じで。
頑強なセキュリティ。それだけで建物の重要性を示しているようにも思える。
「……いくら押しても開かねぇ」
「押してどうすんだよ」
騙し扉でもなんでもないだろうが。引き戸なんだからまず引けよ。
「おォォォ――!!」
ということで仕切り直し、ヒューゴが力いっぱいに引く。――が、扉はびくともしない。これだけしっかりとしてそうな施設なら、力技でなんとかするよりはその仕掛けに倣った方がまだ開けられる可能性も高いというもの。
「こうなったら無理やりこじ開けるか?」
「いやいや待ちなさい。この感じだとどこかに魔力を流すための――」
「……これか?」
扉の横に設置されていたパネルに手を当て、少しだけ魔力を流し込むと、表面に刻まれた筋に沿って魔法光が走り、鈍い音を立てて扉が左右に開く。
……誰でもいいのかよ。セキュリティについては前言撤回、むしろウェルカム精神に溢れていた。
「わっ、広い!」
扉の先に広がっていたのは、談話ホールらしき大部屋だった。所々に丸型の机が置かれており、部屋の隅には観葉植物が植えられている。
「工房とは言っていたけど、うちの学園みたいなものだったのかも」
「きっと……とても居心地のいい場所だったんでしょうね。緑もいっぱいです」
――ただ、本当にそれだけのようで。特に持ち帰ることができるような、なにか重要な物が置かれている部屋であるようにも思えない。
中を見回してみると、部屋の奥に設置されているのは、半筒型のこれまた扉のようなものが視界に入った。……階数の表示と下方を示すパネルが見えるということは――まさか
「エレベーターまであるのか……」
「…………?」
開いた扉を抜け、周りを見渡しても。そこにあったのは、だだっ広いが空っぽの部屋。……これしかないってことは、乗って下のフロアに降りる以外の選択肢はないってことだろう。
「まだ先があるのか……?」
「先というより、“下”だろうな。……油断はするなよ」
そうして扉の前――先程の扉を開けた時のように、パネルに手を当て魔力を注ぐ。再び走る魔法光。数秒ほど待つと、扉の奥に何かが来た音がして扉がゆっくりと開く。
……中身は空っぽだった。よくホラー映画であるような、中から魔物が飛び出したり――なんてことはない。ただ、他のメンバーはこんな代物を見たことがないようで、不安に足が鈍っているように見えた。
「……これに入るの?」
「一応、魔法の反応がないか調べておくけど――〈レント〉」
念には念を入れて魔法探知をかけておく。魔法陣を通して見る世界が切り替わり、魔力の反応がある部分が色の付いた靄で表れる。とはいえ、中に不審な魔力は見当たらない。
強いて言うなら、階数の選択はボタン式のようで――それを中心に魔力の残滓が残っている程度だった。工房のフロアは、今の階層を含めて三つ。あと下に二層ある。
とりあえず順番にと、地下二階を示すボタンを押す。揺れは無く、音も殆どない。指定した階まで自分たちを乗せた箱が降りていく。
……確かエレベーターの構造って、ワイヤーと重りで上下してるんだっけか。魔法のあるこの世界じゃ、単純に浮き沈みするような仕組みなんだろうけど。
その場合、重量制限なんてのは決まってるんだろうか……。なんてことをボンヤリと考えていると、隣に立っていたアリエスが気になるという様子で声をかけてくる。
「慣れてるんだね、こういうの」
「…………?」
「私だって初めて見るものばかりでワクワクなのにさ。なんだかテイルは、見たことあるような感じで操作してるから」
やべぇ。自分の“前世”では見慣れたものだけど、この世界では珍しいものだということを失念していた。
自動ドアも、エレベーターも、なにもかも。全く同じではないものの、似たようなものなら幾らでも“前世”にはあった。それが日常だった。それに驚けって言う方が無理な話だ。
……かといって、『昔はよく乗っていた』だなんてことを言った日には、いろいろと面倒になるだろうし――
「……ちょっと、ね」
はっきりとした答えも思いつかないため、そう言って言葉を濁すしかなかった。
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