第二十四話 『――もういっぺん死体に戻れ!』

「私が眠っている間に、まさか“自由貿易都市”なんてものになってたとはねぇ。今がどうなっているのかサッパリ分からないのは困りものだわ」


 復活したばかりということで、情報不足が否めない。ならば、ついでで良いので学園まで連れていってほしい、という形になっていた。


「――見えてきました! パンドラ・ガーデンです!」

「へぇ、これはこれは……。探索のし甲斐がありそうじゃない!」


 学園の広さに圧倒されたのか、嬉しそうに呟きをもらしていた。当時は魔法学園も無かったということもあり、中の様子を見て回りたいというのは半ば予想していたことだけど……。


「途中、問題が発生したからなぁ……」

「いいんじゃない? 学園長も『ゆっくり済ませればいい』って言ってたし」


 話し合いの結果――そう時間がかかるわけでもなし、学園長室に向かうのは後でいいだろうということになった。


「――で、魂使魔法科コンダクターはどこ?」


 ――やはり、自分の分野への興味が一番強いらしい。あちらこちらと目移りしながら、ふらりふらりと自分たちの後ろをついてくる。


「あぁ、こっちです。学園の東側」


 ちなみに西側が定理魔法科マギサ、自然区を含めた北側が妖精魔法科ウィスパー、南側が機石魔法科マシーナリーである。食堂やらなんやらは中心に設置されていて、学生寮は南東の方角に位置していた。


 というわけで、魂使魔法科コンダクター棟の入り口から入ったのは良いけれど――時刻は既に夕方近く。タイミングが悪かったのか、人とすれ違うことも殆ど無い。


 貸出しを受けている工房で、生徒がゴゥレムの生成をしているのを覗いたり、空いた教室の本棚に収められた本をパラパラと捲ったりして時間を過ごしていた。


「ふぅん、やってることは今も昔も変わらないわね」


 ――そんな感じで一通り回りながら、説明も終えて。現在は、棟の二階部に位置する外周廊下を移動中である。


「そういえば機石魔法師マシーナリーにも興味があるんだけど。聞いたことはあっても、私の時代ではまだ扱う人も少なかったから。よければそっちも――」


 ココさんの言葉を遮るように鳴った、グギュルルという音。


「…………」

「凄い音がしましたけど……」


 音のもとを探すハナさんと、力無く腹を抑えるヒューゴ。まだ夜まで時間があるというのに、腹の虫が鳴いていた。


 今日は昼からドタバタしてたしなぁ……。


「その前に腹減った……」

「続きはご飯食べてからにする?」


 アリエスの提案により、食堂へと向かう。――のだけれど、廊下を曲がった先で珍しい人に出くわした。


魂使魔法師コンダクターの生徒と話ができればいいんですけどねー。例えばトト先輩とか――あっ」


 噂をすれば影というべきか――魂使魔法科コンダクターのトト先輩である。


 トト先輩を見かけたのは、“蒼白回廊”の一件から数回程度。他人との行動を好む人ではないだろうし、いつも一人。それこそ、進んで話しかけようとするのはアリエスぐらいだった。


「あー……」


 そうか、ココさんを見た時に感じた面影――トト先輩に似ていたんだ。


 髪の色とか、濃さは違うけれども緑だし、癖っ毛という共通点もある。極めつけに、二人とも魂使魔法師コンダクターじゃないか。


「…………っ」

「やっほー、トト先ぱ――」


 向こうも、こちらに気がついたようで。先輩に挨拶をしようと、アリエスが駆け寄った次の瞬間――ざわりと嫌な予感がしたのを追うように、異変が起きた。


「っ!?」


 轟音が鳴り響き、礫が勢いよく飛び散る。

 窓側の壁が“何か”に突き破られ、ガラガラと崩れ始めている。


 ……何だ!? ミサイルが飛んできた――わけじゃないよな。この世界にそんな兵器があるわけもないだろうし。……いや、銃があるのだからもしかして?


 ――ゆっくりと動く時間の中で、その正体を捉えることができたのは自分だけだろう。一瞬だけ見えたのは……翼? 鳥? 学園に怪鳥!?


 突如起きた事態にヒューゴが気づき、アリエスが気づき。


「ココさ――」


 振り返ったアリエスが、危険を知らせるも間に合わず――その“鳥”はそのまま内側の壁に激突する。……ちょうど間にいた、


 再びの轟音。遅れて異常事態に気づいたハナさんも息を呑む。


「えええええぇぇぇぇ!?」


 ……なんだよこれ! 超展開過ぎて付いていけないやつじゃねぇか!


 突然の襲撃に武器を抜いたのはいいけれど、唖然とするしかない。殆ど事故のような感じだった。……建物に車が突っ込むとか、ニュースで見たことあるけどさ、だいたいこんな感じなんだろうな。


「あいたたた……」

「ココさん!?」


 ――砂煙が晴れ、降り注ぐつぶての中から、ココさんの声がした。ゴゥレムのアルメシアをあの一瞬で呼び出し、盾として身を護らせたらしい。


 二本の剣は既に抜かれていて。ぎりぎりとその剣に爪を立てているのは、二メートル近い大きさの鳥型ゴゥレムである。


 急いでココさんを助けようと駆けだすアリエスの肩を掴み、トト先輩がツカツカとココさんの方へと歩み寄る。その視線には――殺気? 確かに殺気が籠もっていた。


「……死んでたんじゃなかったの? “天才”ゴゥレム使い、ココ・ヴェルデ」


 瓦礫に半分埋まるような体勢で見上げるココさんを――トト先輩は静かに見下ろす。とても良く似た容姿の二人、纏う雰囲気はまるで真逆で。例えるならば陰と陽。開いた大穴から差し込む夕日が、二人を橙に染める。


 トト先輩から一言一句、忌々しく吐き出すように紡がれる言葉は、普段の近寄り難さを何倍にも圧縮したような濃度を孕んでいた。


「“天才”だからね、生き返りもするわ」

「……そう。手間が減ったのか増えたのか――」


 ……死ぬ前に魂をバラバラにしたってんなら、正確には生き返ったのとは違うんだろうけど。その方が説明する面倒が省けるからか、訂正することもなく。


 危機的状況(?)にも関わらず、飄々ひょうひょうとした態度を崩さない。そんな様子に苛立ちを覚えたのか、牙を剥いて唸るように語りかけていた。


「――知らないだろうから、私の名前を一度だけ教えてあげる」


 そう言って、左腕を振り上げる先輩。


「トト。――トト・ヴェルデ。


「……孫ぉ!?」

「確かに、似てるなとか思ったけど!」


 三十六年の時を経て復活したのなら、今この時代に孫がいたっておかしくない。祖母に倣って魂使魔法師コンダクターの道を進むのも、珍しいことじゃないと思う。けれど――


「……孫、ね。なるほど……アルメシア!」

「――っ! “マクィナス”!」


 なんで顔を合わせた次の瞬間に、こんな状態になってんだ。


 アルメシアが振るう剣を躱すように、マクィナスと呼ばれた鳥型ゴゥレムが大きく羽ばたいて浮き上がる。……どうやらトト先輩のゴゥレムらしい。


 薄い鉱石が幾重にも重なって形作られた翼、陽光を反射して輝くくちばしと鉤爪。そのどれを見ても、本物と見紛う程に精巧に作られていて。


「――もういっぺん死体に戻れ!」


  鬼気迫る様子で、ゴゥレムを繰る。


 先輩のこと、よくは知らないけど――こんな人だったっけ? もっと、冷静というか冷血というか……静かで暗い、ジトジトしたオーラの人だった気がするけど。


 今や、烈火の如くに怒りを露わにしていて。まるで生涯の敵のように、ゴゥレムをけしかけていく。更に懐から取り出したのは、下水道でガラクタの山からココさんが拾い上げた木製の立方体によく似たもの。


「あんたの死体を、母さんの――母さんの墓の前で土下座させてやるからさぁ!!」


 それから薄緑の魔法光が発せられた次の瞬間には、新たなゴゥレムの姿が現れていた。トトさんのアルメシアと同じ、二本の剣を持った木製の人形ヒトガタ


「同じゴゥレムが二体――」


「――“ルロワ”! 今すぐ、そのババアを八つ裂け!」

「“ククルィズ”!」


 一瞬で現れた鳥型ゴゥレムが、ココ先輩のマクィナスへと飛び掛かった。


 人形ヒトガタには人形ヒトガタを。鳥には鳥を。同系統と見られるゴゥレムが二組になり、戦いは更に混沌と化していく。


「これがゴゥレム使い同士の戦い……」

「……どっちに加勢すりゃいいんだ」


―――――――――――――――


 ……どうする?


 とりあえず暴れているトト先輩を止める!

 騒動の原因っぽいココさんを捕らえる!

▷ 入れるわけないだろ馬鹿じゃねぇの!?


―――――――――――――――


 ――完全に置いてけぼりになっている自分たち。


 戦いが激化していくほどに辺りが壊されていくのを、ただ見ていることしかできないのだった。

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