第二十三話 『ココ・ヴェルデとは私のことよ!』

「――そう、三十六年も経ってるの……」


 上へと出るための梯子を探す道中――自分が眠り続けていた期間を知り、考え込み。そして空白の期間を埋めるためにと、再び質問攻めにあっていた。


 魔族との戦争はどうなっただとか、何か面白いことはあったのかだとか。


 こちらから質問する暇なんて全くない状態で、依然としてこの少女が何者なのか、名前すらも分かっていない状態だった。


「えぇと……今の歳が二十四で? で、三十六年の間、復活の時を待ち続けて――ってことは、産まれたのは六十年前!? 俺の婆ちゃんと同じ時代じゃ――あでっ」


「またアンタは何も考えずにものを喋って!」


 失礼千万なことを口走ったヒューゴの頭に、アリエスの工具スパナが落ちる。頭をグイグイと押さえつけながら謝らせようとするも、言われた当人は全く気にした様子もなく。


「これでも肉体は若く保つよう工夫してるのよ」


 それって“若作り”っていうんじゃないんですかね。――とはいえ本当に二十四歳なら、そんなレベルの話じゃないんだけど。


「けど、精神的にはそこらの年寄りなんかより達観してるかもね。魔法使いなんて、一線を越えたら皆そんなものだし」


「……テイル、どうしたの?」

「んー、いや、大したことじゃない」


 ……はて、この女の子(二十四歳だけれど)。どこかで見たような感じがするんだけどなぁ。どことなく面影が誰かに似ているような?


「…………?」


 その外見にそぐわない、余裕を持った笑み――


 いくら首を傾げても、その面影をどこで見たのか思い出せなくて。そんな自分の悩みなどどこ吹く風で、少女は一方的に質問を飛ばしてくる。


 ……というより、質問が止まらねぇ。それに逐一答えて、さらには談笑までしている女性陣を前にして、自分とヒューゴは一歩後ろを付いていく状態だった。


「――で、魔法学園に通ってるんだっけ? 私の時代にはそんなもの無かったけど、どんな感じ? 面白い?」

「パンドラ・ガーデンっていうんですけど、定理魔法マギサ魂使魔法コンダクター妖精魔法ウィスパー機石魔法マシーナリーの四つの科に分かれていて――」


 ハナさんの説明を興味深そうに聞いたあと、『なるほどねぇ』と納得したように呟く。そして、質問の内容は自分達へと向かっていた。


「私が機石魔法師マシーナリーで、こっちの二人が妖精魔法師ウィスパー。残りの黒いのが定理魔法師マギサです」

「おい!」


 黒いの呼ばわりってなんだよ! リーダーだぞ俺は!


魂使魔法師コンダクターがいないのね」

「……確かに、言われてみればいないかも」


 ……今更だった。グループによっては、同じ科の者が集まっているものもあるわけだから、別段これといって問題があるわけでもないけど。


「ま、一癖も二癖もあるのばっかりだから。魂使魔法師コンダクターなんてのは」

「ええと、お姉さんってもしかして――きゃっ!?」


 横を流れていた下水から、三つの影が飛び出した。それぞれの影につき一対二本。計六本の触手がウネウネとうごめいて。鼠の亜人デミグランデを助けたときに、取り逃がしてしまった怪物と、同じものがあと二体。


「仲間を呼んで来やがったか……!」


「――“アルメシア”!」


 ――その時、背後から物凄い速度で何かが走り抜ける。一瞬だけ視界に映った“それ”は、三体いるうちのひとつを一瞬で細切れにした。


 ……人ではない。魔物でもない。残りの怪物へと向かっていく、二本の剣を持った木製の人形ヒトガタ。自分達より大きな――二メートル近くある体躯が、勢いよく地面を蹴る。


「何!? あれって味方なの!?」

「片方は私が片付けてあげるから、貴方たちも頑張んなさい」


 人形の体を淡く照らす、あの魔法光は――


「ゴゥレム――!」


 同じ魂使魔法師コンダクターでも、同じゴゥレム使いでも。実際に戦ったクロエのものと比べると、何もかもが違う。動きのキレが、その速度が、まるで獣のような獰猛さを宿したままに、確かな人のわざで振るわれていた。


「こっちも片付けるぞ! 例の酸には気をつけろ!」


 ――残り一体、既に手負いの怪物へと向かう。


「ロスク・リ・バー・アクト! ティタ・フェラム――」

「触手は――俺がさばく!」


 まるで鞭のようにしなる触手を、悠々とかわしながらナイフで斬りつける。


 一度戦った相手だ。動きの癖も、攻撃の方法も、知っていれば対応できないものではない。全身を焼かれ、触手の動きも鈍った状態の怪物など敵ではなかった。


「――ヴァナ・モート・ルーフラ!」

「――〈ブラス〉!」


 ――怪物が息絶え、動かなくなるまで、それほどの時間を必要とすることもなく。もう片方の加勢へ向かうつもりだったのだけれど、既に例の“アルメシア”が片付けたあとだった。






「んー。まぁ、その歳ならまずまずってところかしらねぇ」


 ――自分たちより年上で、自分より背の小さい魔法使いは。あれだけ巧みにゴゥレムを動かした後でも、『なにはともあれ、お疲れ様』と余裕の表情だった。


 特異な才能を持った半吸血鬼の少女――ゴゥレム使いであるクロエは、動かすにも神経を使うとか言っていたような気がするんだけど。


「やっぱりお姉さんは魂使魔法師コンダクターでしたのね」


 生物の肉体についての知識が必要不可欠の魂使魔法師コンダクター神告魔法ディーヴァには一段劣るものの、回復に関しての魔法も使えるようで。ヒューゴの怪我のことを伝えると、魔法で治療をしてくれているのだった。


 くるりくるりと杖を回して。眼鏡を光らせながら。小柄な魔法使いは自己紹介を始める。とは言っても短く、簡潔で、そして尊大なものだったけれども。


「――えぇ、稀代きだいの天才ゴゥレム使い。ココ・ヴェルデとは私のことよ!」

「自分で“稀代”とか“天才”とか言うか……?」


 自分から大げさに言う奴に限って、何かしら問題があるというのはよくあること。いきなりガラクタの山から現れて、数十年の時を経て復活してきた、という時点である程度お察しではあるが。


「……うん? どこかでそんな名前を聞いたような――」


 ココさんの自己紹介に、今度はアリエスの方が首を傾げる。


「うふふ、私ったら本も出してるからね! 天才だから!」

「いや、そんな感じじゃなくて――」


 そんな歯切れの悪いことをアリエスが言ったお陰で、学園へと戻る道中はココさんの話を延々と聞かされることになって。本を出しているというのは本当なのか、話題は次から次へと事欠かないらしい。


 その内容も『私の時代では~』だとか、『私の若い頃は~』だとか。現役時代の武勇伝を、さも自慢げに話すその様はなんだか……。


「――なんだか年寄りっぽいな……あいたぁっ!?」


 思わず呟きを漏らしてしまったが最後、自分の頭にも工具スパナが降ってきたのだった。

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