第二十二話  『やっぱり私って天才なのね♪』

「さ、好きな物を持って帰ってくれ」


 ――そうして案内されたのは、別の浄化槽が置かれた部屋で。


 いったいどれほどの間、盗みを続けてきたのだろう。案の定、ガラクタ山が積み重なっていた。『好きな物を』と言われ、追加の報酬でも期待していたけれども、こんなものを持って帰ったところで何の役に立つのか。


「――あ、ありました。これです、これ」


 盗んだばかりの物だからか、山の比較的表側に置かれていた黄色い宝石を見つけて。ハナさんが手にとって、自分の物だったかどうかを確認する。


「ありがとうございます、皆さん」

「まぁ、仲間だしさ。いつだって助け合わないとね」


 そんなことを話している間にも――新しく戻ってきた一人が、別の場所で盗んできたのであろうガラス瓶をガラクタの山へと投げ込む。


「……そんなに雑に扱って、何の為に盗んでんだお前ら」

「俺ら鼠の亜人デミグランデは、なんだか変わったものが集めたくなるんだ。今の瓶だって、口が星型で少し変わってただろ?」


「こんなガラクタを持って帰っていいって言ったってなぁ。他に何があるんだよ」


 ――ガサゴソと、少年が山を漁り始める。


「例えば、小さな鏡」

「鏡……」


「――眼鏡とマント」

「はぁ、マント」


「……下着」

「下着!?」


 掲げられたのは、なんだか高級そうな生地の、紫の三角布。横が紐並に細くなっていて、なんだかそれだけでアダルティな雰囲気を醸し出している。


「下着ドロってお前……。最低じゃねぇか!」

「はいはい! 絶対に許しちゃいけない気がします!」


 ヒューゴとアリエスが、盗人共を突き出す方向性へとシフトしかけていた。なんだか、その理由がかなり異なってるような気がするのは俺だけか?


「な、なんでも持って帰っていいんだよな……」

「おい! 欲望がダダ漏れだ――って、……んん?」


 亜人デミグランデの少年が持っていた下着が、さっき投げ込まれていた空き瓶が、ハナさんの持っている宝石が。心なしか淡い光を発し始めていた。


「宝石が――光ってます!」

「……おい、なんだか様子がおかしいぞ」


 それらは次第にガタガタと震え始め、青白い光だけが浮きだし、一か所へと集まって。そして――眩い閃光があたりを包む。


「――――っ!!」


 あまりの眩しさに、思わず目を瞑ってしまう。


 けれども、何かが起きているのなら対処しなければ。異変の正体を探るために、恐る恐る目蓋を上げて状況を確認すると――


 ……人? 女の子?


 ――突然に現れた、一つの人影。まるで最初からそこにいたかのように、悠然とガラクタの山の上に座っていた。マントを羽織り、杖を片手に。三角帽も揃っていれば、いかにも“魔法使い”といった風貌ふうぼうの女の子。


「はー、やれやれだわ。初めてだったけど、復活ってこんなに疲れるものなのね」


 緑色のくせっ毛の隙間、細型の眼鏡の奥からはパチリとした大きな目が覗いていた。……自分たちよりも少し年下のように見える。よく見ると、まとっているマントはガラクタの中に紛れていたものじゃないのか。


「下着も消えてるだと……!?」

「そこは重要か!?」


 ヒューゴのアホな発見は軽く流されて、謎の少女は何かを考え込むようにしながらいろいろと呟いている。かと思いきや、前触れなくこちらに話しかけてきたので、思わず返事が上ずってしまった。


「鼠の亜人デミグランデ……ここは地下かしら。――そこの貴方」

「はいっ!?」


「ここはトワルの街で合ってる?」

「……トワルの下水道だよ。概ね合ってる」


「――世界中から人が、物が集まるトワルの街。そして下水道を縄張りとしている亜人デミグランデたち」


 少女はこちらの答えに納得したのか、『うんうん。少し足りない部分もあるけど、概ね予想通りじゃない』と呟いて満足そうに頷いたり、しまいには語尾に音符が付きそうなほどに弾んだ声で、自らを褒め称えていた。


「やっぱり私って天才なのね♪」

「何が起きたんだいったい……」


 瞬間移動や透明化から戻ったような素ぶりは見られない。まるでランプの魔神のように、ガラクタから湧き出た光の中から現れたのである。


「――あぁ、あったあった」


 闖入者ちんにゅうしゃとでも言うべきか。……いや、最初からいたのか?


 正体不明、秘密めいた謎の少女は、ごそごそとガラクタの山を漁っていて。探し物が山の中に混ざっていたのだろう。一つ、二つと、薄汚れた、木でできた立方体を懐に収めているのが見えた。


「両方とも戻って来たのは僥倖ぎょうこうね。流石に損傷が目立つけど……」


「復活ってどういうこと?」


 これが“蘇った”という現象ならば、もともと死体があったはず。なのだけれど――この山を築き上げた亜人デミグランデたちも、身に覚えがないと首を振っていた。


「分割した自分の魂を道具に宿して、世界中にバラ撒いただけよ。いつまた復活できるか分からなかったけど、いつかは必ず戻れると思ってたわ」

「そんなこと……とても信じられないです……」


 そんな『ね? 簡単でしょう?』みたいな調子で言われても。ハナさんの言うように、それが本当に可能なのかどうかすらの判別がつかないわけで。


 魂を分割するだとか、道具に宿すとか――見たことも聞いたこともないし、そんなのどうやるんだ。


「あぁ、良い子は真似しちゃ駄目よ、かなり複雑な魔法だから。中途半端な結果に終われば、元に戻らないどころかバラバラの魂のまま、永遠に世界に取り残されることになるわ。蘇生の魔法もあるけど、よっぽど高位の神告魔法師ディーヴァでもない限りオススメしないわね。最悪の場合は全身が、良くても一部が魔物化しちゃうんだから」


 ……それでも、蘇生の魔法ってのはあるんだな。失敗したら灰になるどころか、魔物になるってのが最悪だけど。


「…………」


 実際に転生してしまった自分からすれば、この世界で死んだ場合にどうなるのか気にはなるが――そもそも真似するつもりもないし、あまり深くは突っ込まないことにする。


 それよりも、未だにまともな情報を得られてないわけで。

 まず、お前は誰なんだと。


「ええと、ちょっと聞きたいんだけど――」

「あなた達も見たところ魔法使いみたいだけど? 冒険者かしら、それとも狩猟者? どちらにしろ若すぎるんじゃないかしら?」


 こちらの話を遮るように、怒涛の質問ラッシュで攻めてくる。品定めするようにジロジロと眺め回したり、アリエスの機石に興味津々だったりと、まるで好奇心の塊のような少女だった。


「俺たちよりガキの癖に何言ってんだ」


 自分たち四人に見下みおろされながら、そんな少女はフンと鼻を鳴らして――


「こう見えても、二十四歳よ」

「嘘だろ……」

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