幕間 ~トトの生い立ち~
トト――トト・ヴェルデはパンドラ・ガーデンの二年。
深い緑の色をした髪が特徴であり、瞳も同じ緑色。
運動は得意ではなかったが、頭は決して悪い方ではなく。
優秀な
――が、その反面、性格に問題があった。
他者との関わりを極端に避け、独りを好み、それを阻害するものには容赦がない。
さらには自身の魔法の研究のために、いくつもの危ない橋を平気で渡ってゆく。
一部では「彼女の逆鱗に触れたら、次の瞬間ミンチか実験材料になる」という噂も流れるほどで、恐怖の対象として恐れられていた。
彼女のそんな人格を形成している原因の一つに、前述した優秀な祖母の存在がある。――彼女は、祖母を誰よりも嫌っていた。
天才
当時冒険者であった祖母は、知識欲に任せて書物という書物を読み漁り、時には単身で古代の遺跡にまで知識を収集しにいく実力と探究心を備えていた。
目的とは関係なくとも、その結果として魂使魔法だけではなく、世界の技術水準を引っ張りあげてきた彼女を人々は讃えた。
若くして天才の名を我が物としていた。その地方ではその名を知らぬものはいないほど有名な魂使魔法師になるまでに、それほど時間はかからなかった。
――それがココ・ヴェルデ、トトの祖母である。
その天才である祖母は、トトの母であるララ・ヴェルデを産んだ数年後に呪われた島であるジューダス島へと向かい、そのまま帰らぬ人となった。
音信不通。一年や二年で戻ってくるはずが、三年、五年と経っても戻ってこない。
呪われた島、魔物の巣窟。元々、誰一人として帰ることのなかった、前人未到の島である。島まで行って生死を確認する者もいなかった。
非常にあっさりとしたものだった。世界中の者が耳を疑った。
『まだ若すぎたんだ』『天才と呼ばれて調子に乗っていた』と批判的な意見が出る中、『彼女のことだから、向こうで生き延びている』『あれも冗談の一つだろう』と少なからず彼女の存命を期待している声も上がっていた。
それも数十年という長い年月によって、そんなことがあったなんてことすら、人々の記憶から消えていくのだが――残された家族はそうはいかなかった。妻なのだ、母なのだ。忘れることができるはずもないのは当然である。
母親の暖かさを十分に知ることなく成長していったララだが、祖父の『ココを恨まないでやってくれ』、『彼女は冒険しているときは一番楽しそうだった』という言葉を受け止め、母と同じ道を歩まずに実家で二人で小さな薬屋を営んでいた。
――やがて、ララは
自分が受けることができなかった分、夫と共に、祖父と共に。
もちろん、自分達を置いて逝ってしまった母のことは隠して。これは自分と父の、二人だけの記憶に留めるべきことだった。
幼い頃のトトも、母方の祖母だけいないことを疑問に思い尋ねてみたこともあったが、『私が幼い頃、病気で死んでしまった』としか伝えなかった。
――たまには悪い出来事もあったが、それでも平穏な日常が流れてゆく。
狭い村でひっそりと、祖父と夫婦で薬草を売っていくだけの和やかな時間。
しかしそれも、祖父が亡くなった日から緩やかに、だが確実に歪んでゆく。
祖父が祖母であるココの形見として、書斎の合鍵をトトに渡したことがきっかけだった。最愛の妻のことを何一つ知ってもらえないのは辛かったのだろうか。『お前のお祖母ちゃんは、凄い魔法使いだった』という言葉を添えて。
ララが丁度出かけていた時に受け渡しは成され――
その日の深夜、家族に看取られながら祖父は息を引き取った。
祖母の書斎に潜り込み、こっそりと魔法の勉強をするのがトトの日常となった。
争いも諍いもない、平和な田舎の村。伝え聞いた“冒険者”という生き方に、少なからず憧れを抱いていたトトが、魂使魔法に興味を持ち始めたまではよかったのだが――その成長速度は、とても七歳の少女のものではなかった。
自分と祖父の間で交わされた秘密の取引。
あまり
決して焦ることなく。少しずつ、少しずつ。
確実に魔法使いとしての歩みを進めていくトト。
ララがトトの変化に気付いたのは、それから一年を過ぎたころである。
薬草を取りに森へと入った時、襲ってきた野犬を撃退したところを、村の住民に見られてしまったため、情報が伝わったらしい。
ララは、トトに極力村の外に出かけないよう、厳しく言って聞かせた。
娘が、母と同じ人生を歩むのではないかと、恐れていた。
――もちろん、まだ幼いトトにその思いが伝わることはなかったのだが。
母と父との家族三人での暮らし。
仕事の手伝いにも、この魔法が役立つ時はある。
突発の問題が起きたときでも、村の外へ薬草を取りにいくことができるからだ。
もちろん、両親はあまり良い顔をしてはくれなかったが。
それでもトトは、母の役に立てていることを実感していた。
彼女は、自分が持っている力がとても好きだった。
魔法のことを知られてからは、特にそれを隠すようなことをしなくなり――夜中であろうと、書斎に入り浸って勉強する毎日が続く。
ある日、祖母の残した資料を読み漁りながら、魔法の修行を行っていく中で――トトは、隠されていた日誌を見つけたのだった。
『わぁ……!』
そこにも綴られていた冒険の数々。“アルメシア”、“ククルィズ”、“スロヴニク”、三体のゴゥレムを操りながらの旅。中には難しい記述もあり、全部を理解することはできなかったが、そこらの小説よりも格段に面白い物語だった。
止まらない。止まらない。
文字を追う視線が。ページを捲る手が。
進んでいく時の中、膨大な量の書物に溺れながら生きていた。
――そして、とうとう最後に綴られた部分へと到達する。
まだ小さい頃の母と最愛の夫である父を残して、ジューダス島へと、最後となる冒険へ出ることを綴った話へと。
彼女の人生の終わりを知らせる、空白のページへと。
『……あれ?』
そこでトトは目を疑った、記憶を疑った。残りの空白のページも全て確かめた。過去の日記に遡って、必死に目を凝らした。
『……? …………? ……!?』
だが、どれも自身の好奇心を満たすものしか綴られていない。最初から最後まで他者のいない、登場人物がたった一人の冒険譚。
私の母は? 祖父は? 一行でも存在を示唆する文章はあっただろうか?
二人から祖母の話を聞いたことはあったが、祖母の残したものからは二人の情報をまったく得ることがなかった事実。母が昔「病気で死んだ」と嘘をついた意味を、トトはたった今理解できた気がした。
被害者である母と祖父を見て育ってきたトトにとって、家族を捨て己の探究心を優先して飛び出した祖母を憎み始めるのに、そう時間はかからなかった。
――しかし、相手はすでに死者である。自身の力量も量れず、無謀にも死の島へと探索を行って、そして命を落とした愚か者である。
母の墓前の前へと引き摺り出して、その頭を地面に押し付けながら赦しを請わせてやりたい。それすらも叶わないのだとしたら、この怒りはどこにやればいい?
…………
『……いや、手が無いわけじゃない』
なんだ、ぴったりの方法があるじゃないか。
問題解決の鍵なら、この部屋にいくらでもあるじゃないか。
なぜなら私は――
『――私は
生きていなくてもいい。死んでいてもいい。
死体であろうと見つけ出して、無理矢理にでも――
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