第六話 『本当に先生なのかよ……』
「終わったら食堂に集合だぞ!」
「あぁ、それじゃまた後で」
――朝日が眩しく照っている中、学園の入り口でヒューゴと別れる。
先日のあの一件があったからか、ヒューゴとの距離が縮まったような気がして。朝食の時に遭遇したのを皮切りに、寮を出てそれぞれの校舎棟へと別れる入口まで。ずっと話し通しの状態から、ようやく解放されたのだった。
「まったく、なんでアイツはあんなに元気なんだよ……」
――今日から、それぞれの科での授業が始まる。自分が教えを受ける
――昨日はあの後、ボロボロの状態のまま【銀の星】から戻って来て。アリエスからは煩く言われて散々だった。
『はぁぁぁぁぁ!? 今度は何をしてきたのよアンタたち!』
『あらあら、すぐにお薬を取ってきますね』
『おっもしろいなぁ、二人とも。んふふふ……「これぞ男子!」って感じだよねぇ』
『……ちゃんと謝ってきたし、向こうにも許してもらった』
『なんでそれでボロボロになって帰ってくるのかって聞いてんのー!』
一から十まで事情を説明したおかげで、結局それから寮に戻ろうとなったのは、すっかり夜になってから。
普通、入学初日となると緊張しっぱなしで、へとへとになるもんだと思うんだが……。こいつら、いったいどういう身体の構造をしてるんだろうか。
『しっかたないなぁ……それじゃあこれで改めてグループ【知識の樹】というわけで。よろしく、二人とも』
それでもまぁ、なんとかアリエスからのお許しも貰えたわけで。これでまともにグループの活動もできると思うと、一歩前進できたのだと思う。
入学式などの行事以外は私服でも制服でもよくて、自分は制服なのだけれども何人かは私服で適当な席に着いていた。一人一人にテーブルが割り振られて、その数は八台、教室の中にいる生徒の数も八人。その中にはグレナカートとその“お付き”らしいムラサキもいた。
「――――」
……一瞬言葉を忘れるほど驚かされたのは、他でもないそのムラサキの
――気になる。気になるけども、グレナカートの関係者というだけでそれを尋ねる難易度が跳ね上がっている。まさか有り得ないとは思うけれども、自分の過ごしていた世界との繋がりがあるのではないかと。
思わぬところに情報が表れ、そして思わぬところに壁があった。
「さぁて、生徒ども! テイラー・グリムスの授業が始まるぞ! うぇっぷ……」
……酒瓶片手の酔っぱらいが教室に乗り込んできた。『こいつが先生って嘘だろ!?』とは一概には言えないんだよなぁ、この学園……。これでただの部外者だったら笑うけど。
短い黒髪は後ろに流して、薄く黒がかった眼鏡をかけている壮年の男。うっすらと顎髭を生やした顔は酒によって赤く染まっており――
きっと半数以上は「誰かこの酔っぱらいを摘み出せ!」と内心思っているのだろうけども、当のテイラー先生はそんなことはどこ吹く風と授業を始めだした。
「この世界には妖精魔法、魂使魔法、機石魔法、神告魔法などなど様々な魔法があるわけだが、この定理魔法の使い方は簡単。『魔法陣を描いて魔力を流すだけ』だ」
……それだけか。
いや、それ以外に何をするのかと聞かれたら、答えられないけどさ。
「それだけかと、そう思う奴もいるだろうさ。分かるぞ。もちろん、言葉で言えばそうなんだが……いろいろな魔法を使うわけだから、当然陣の形も変わるわけでな」
こんな世界で教科書なんてものが用意されているわけもなく、黒板(のようなもの)に書かれていく文字や図柄を見ながら手元の用紙にメモをとっていく。
「魔法陣――もっと砕いて言やぁ魔力の通る道だ。適当に、丸描いてチョンで魔法が使えると思うか? さっきは『簡単』と言ったが、答えは否だ」
長い舌を『んべー』と出しながら、授業を続ける先生。その長さは顎にまで届きそうなぐらいで。……この先生も何かの
「どれぐらいの量を、どれぐらいの勢いで、どの役割を担う部分に送るか。魔法の仕組みを理解していないと到底扱えない。基礎がモノを言うぞ、もちろんセンスも必要だがな」
合間合間にグイッと手に持った瓶を傾けて酒を煽る。授業中だぞ、自由人かよ。そして中身が切れたかと思いきや、後ろにある棚の奥から新しい瓶を取り出していた。
「なんでもありだな……」
「本当に先生なのかよ……」
「とりあえず、簡単な魔法陣の例がこれだ。魔力を炎に変換して出すだけの簡単なやつだが、まずはこれを各自で動かしてみろ。起動の呪文は集中しながら〈レント〉、そして〈ブラス〉だ、全員分かってるよな?」
各自に魔法陣が描かれた紙が配られ、『それでは、始め』の合図で一斉に声が上り始めた。自分も周りに倣って、魔法陣へと意識を集中させる。
「……〈レント〉」
初めて耳にした呪文を恐る恐る口にすると、目の前の魔法陣が淡く光り始める。一番初めに教えられた、魔力をそのまま撃ち出す魔法を使う時は、こんな工程なんて無かったのに――
浮かび上がった疑問を押し留め、今度こそ今までと同じ感覚で呪文を唱えた。
「〈ブラス〉!」
――他の生徒のように勢いよくとはいかなかったものの、マッチ大の火が灯り、少しずつ大きくなって松明程度には燃え上がり始めて。不思議と下の紙には燃え移らないらしく、意識の緊張を解いて炎を消しても、焦げたあとは見当たらなかった。
……魔法陣を描いて、呪文を唱えて。初めて‟魔法を使った”と意識したような気もしないでもない。
「……先生」
「あぁ、どうした? テイル・ブロンクス」
生徒たちが実際に教えられた魔法を試している様子を、うろうろと見回っていた所で声をかける。質問の内容は――自分の渡された腕輪について。
「この腕輪で魔法を使う時は〈レント〉って唱えないんですけど」
「ほぉ、ちょっと見せてみろ。魔法陣が彫られてて……んで、常に魔力を帯びている状態になってんだな。ふん、初心者用に〈レント〉でいちいち起動する必要が無いよう作ってあるんだろう」
……つまりは常に起動しっぱなしってことか。
「それじゃあ、魔法陣なんて全部そうすれば楽なんじゃないんですか?」
「そういう訳にもいかないんだよなぁ。『レント』には二つの役割があって――っておい、ムラサキだったか」
「どうした、まだ終わってないようだが」
「……こいつは呪文を唱えることができない」
隣のグレナカートがそう説明すると、ムラサキも先生の方を向いて頷いていた。いつの間にか教室中の生徒の視線がそちらに集まっており、ざわつきはしないものの教室内の空気が緊張したものに変わる。
「話すことができないのか……?」
「それでも魔法を扱うのには何も問題はない。正規の手続きで入学した以上、授業を受ける権利はある」
「んなこと言っても、オジサンにも生徒の学習進捗を観察するっつう仕事があってだなぁ」
いやいや、〈レント〉も〈ブラス〉も唱えられないんじゃ魔法を使うことなんてできないだろ。それこそ、何しに入学してきたんだ――と、そんなことを思った矢先にグレナカートが溜め息を吐く。
「――いいぞ、やれ」
何かの合図なのか、その言葉を聞いた次の瞬間。ムラサキは刀の鞘に手を添え、その手元から金属特有の冷たい輝きが顔を覗かせたのだった。
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