第七話 『仕組みを……理解する……』

 刀を抜いた一瞬は見えたものの、その先はとてもじゃないが目で追いきれない。一筋、二筋と反射する太陽光だけを視界に残していきながら、その度にガリガリと何かが削られていく音が聞こえていた。


「――――」


 一通りの動作を終えたあと、テーブルに刃をつき立てるなり――ほんの数瞬だけだが爆炎が上がった。


 テーブルに彫られていたのは他でもない、授業で出された魔法陣で。なんと持っていた刀で、完璧に彫り上げるというなんとも器用なことをしていたのだった。


「すげぇ……」


 直線は言わずもがな、曲線も揺らぐことなく引かれていた。その鮮やかな手際に、小さく感嘆の声を漏らす生徒もいた。


「あぁ……詠唱ナシで使えるのね……。……ったく、この机高いんだぞぉ? 魔法を使う度に天板削られちゃ堪んねぇよ。とんだやんちゃガールだ」


 やれやれと黒板の前へと戻ってそう言うなり、ムラサキのテーブルの足元に魔法陣が浮かび上がる。恐らくそれと対になっている陣が先生の右手にも浮かんでいた。


「で、だ。丁度いいことに、さっき〈レント〉の役割が二つあるって話をしていたんだが――」


 先ほどまでのように、新しく紙に魔法陣を描いたわけじゃない。何もないところから魔法陣が出現して、テーブルをすぐ傍へと移動させていく。


「実際に見せた方が早いな。――〈レント〉」


 先程ムラサキが彫った魔法陣に手を添えて呪文を唱えると淡く光り始めた。そして〈ブラス〉の呪文と共に、今度は炎がほとばしる。


「一度描いた魔法陣は、消さない限り魔力を通すことでこうして何度でも使える。それは、だ。そんでここからが重要なんだが――」


 最前列にいた金髪の三つ編みをした女子生徒を指名したテイラー先生。


「キリカ・ミーズィ。俺がもう一度〈レント〉で起動するから、お前は〈ブラス〉で発動してみろ」

「……え? は、はい!」


 名前を呼ばれた生徒がオドオドとした様子で前へと出ていく。厚手の眼鏡をかけたミーズィと呼ばれた生徒が、再び先生の呪文で光り始めた魔法陣を前に『〈ブラス〉!』と唱えた――のだけれども、これといった変化は見えず、炎も出ていなかった。


「……発動しないです」

「そりゃ、そうだろうな。俺が邪魔してんだから」


「酷いっ!?」


『悪いな、戻っていいぞ』と言われ、とぼとぼと戻って行くキリカ。……なんだったんだ、このくだり。必要だったのか?


「まぁ言うなれば、“使用権の独占”みたいなもんだ。俺がこうして〈レント〉で使用権を主張している限りは、誰もこの魔法陣で発動することはできない」


 続く言葉は、明らかにグレナカートとムラサキの方を意識しているものだった。


「――俺よりも上の魔法使いなら、こっちの妨害を無視して無理やりに発動させることもできるだろうが、な。……うぇっぷ」


 先ほどのテーブルを移動させる時などの魔法の手際を見ても、先生っぽいとは思えたのだけれど、その片手に持っている酒瓶はどうにかならないのだろうか。


「それじゃあ、授業に戻るぞ! 今度はその炎の強さを倍にしてみろ、それが終わった奴から帰っていい。俺も早く戻って酒を飲みたいからな。使った魔力は同じくらいで、魔法陣の方に手を加えろ。陣の意味を考えながらだぞー」


「難易度高ぇ……」


 いきなりアレンジを加えろだなんて、どんなスパルタなんだろうか。もっと、こう……魔法を教えるにしても、懇切丁寧に伝授したりとかそういうのを想像していたのに。


「グレナカートは――まぁ、こんなものはお手の物だろうな」


 いち早く魔法陣から炎を出したのは、案の定グレナカートだった。しかも、先ほどの先生がやっていたことと同じように、手元に魔法陣を浮かび上がらせてそこから炎を出していて――再び周りの注目を集めていた。


 ……なんだよそれ。なんでまだ習ってもないことまで軽々とやってみせちゃってんの。予習大好きっ子かよ。


「……くそっ」


 ――とはいっても、スタートに差があるとはいえ、これ以上差を広げられないようにしないと。いつか鼻を明かしてやると、そう決めたのだから。そのためにも、まずは――


「仕組みを……理解する……」


 ――そのためのヒントは、他人よりも倍近くある。二度目の人生だ、ここで活かさないと何のために転生したんだって話だろう。……なんで転生したのかなんて、さっぱり分からないのだけれども。


 ……テイラー先生は、線一つ一つにも役割があるって言っていた。


『どれぐらいの量を』

『どれぐらいの勢いで』

『どの役割を担う部分に送るか』


 魔法陣とは魔力の通る道。

 全てを一つの道として隅々にまで魔力を走らせる。


 ……一種のパズル。いや、頭に浮かんだのはプログラミング。


 前の世界の時に少し齧っていた記憶がある。まだ学生だったし、仕事としてじゃないけれど――技術は無くとも、考え方ぐらいなら時間をかければ当時の自分でも理解はできた。きっと、これにも応用を利かせることぐらいはできるはず。


 互いに干渉することなく。できるだけ簡潔に。

 余分を取り払え。最短を見つけろ。


 最小の労力で、最大の効率を。


「……こう、か?」


 今はまだ教えられたものしか使えないけれども、それでも自分なりに魔法陣を組んでみる。魔法陣を大きくするわけでもなく、ただ一部の線を重ねて、いくつか付け足しただけ。思考錯誤の末、その形に落ち着いた成果は――


「〈レント〉――〈ブラス〉!」


 初めの時のマッチのような火が嘘だったかのように、キャンプファイヤーのように炎が魔法陣から溢れ出てくる。


「あのなぁ……。遅すぎだぞ」

「え、あ……すいません」


 ……集中しすぎて周りのことが目に入ってなかった。気が付けば、教室に自分と先生以外いなくなってるし。呆れた声を出していた先生が、教壇から離れ自分の魔法陣を覗き込んでくる。


「――へぇ、綺麗にできてるじゃねぇか。テイル・ブロンクス、一から魔法を使った経験は無いんだったな?」

「……今日が初めてです」


 変に褒められて、どう答えればいいのか分からないのと、ただ単に酒臭くて口を開きたくないのと。この状況は中々にきついものがあった。


「初めてだと、線をごちゃごちゃと足したがるものなんだがなぁ。まぁ、センスは悪くない。目の付け所はだいたいそんな所だ。……だけれど、魔力の使い方がまだまだだな。ほら、炎が消えそうになってんぞ」

「……っ」


 単純に出力が倍になっていても、陣の組み方のお陰で魔力の消費は抑えられているはずなのに――それでも魔力を通す事自体の調整が難しい。どんどんと炎は小さくなっていき、ゆっくりと消えていった。


「陣の方は良くても術者が未熟じゃ意味がない、と。……まぁ、そう焦るなよ。センスを磨くのは時間がかかるが――技術なんてのは続けてりゃあ、自然と身につくもんだ」


 酒瓶を煽りながら笑うテイラー先生。いや、こっちは‟自然と”とか悠長なこと言ってられないんですけど。


「……魔力の制御ってどうやるんです」

「今日の授業はもう終わりだって言ってんだ。何を勉強するかまでは教えてやったんだから、どう勉強するかは他の奴に聞きな」


 こんなこという教師を初めて見た。酒を飲みながら授業をする教師も今まで見たことなかったけれども、投げっぱなしとかそういうレベルじゃねぇぞ。


「グループに所属してるなら、先輩がいるだろう?」






「先輩っつったってなぁ……」


 教室を半ば追い出されたような形で、向かったのは食堂。朝の話では、ここに集合する予定だったはずなのだけれど、昨日にもまして学園の生徒でごった返していた。


 高い天井、石畳の床に並べられた沢山の机と椅子。奥にはカウンター。せめて開いている席を確保しなければと、あたりを見回していると――遠くからヒューゴの声がした。


「テイル! こっちだ、こっち!」

「――ン」


 軽く片手を上げて、こちらが気付いたことを知らせる。隣にはアリエスとハナさんもいて、席の確保は済んでいるらしい。


 それならあとは、何か食べる物を取ってこないと……。


「……あの――」

「あぁ、新入生の子だね! 今日はいつもより多いから張り切ってます! 攻め気味の料理も出してるよ」


 厨房の人は入れ替わりで入っているらしく、昨日にいたおばちゃんではなく、歳の若そうな青年――それこそ、自分よりもまだ四、五年程度しか離れていなさそうな男の人が中心になって料理を作っていた。


「攻め気味って……」人に料理を振舞う時に言うような言葉じゃねぇぞ。


「そこで獲れたカエル」

「攻めすぎだ」


「獲れたてで新鮮なんだけどね」

「鮮度の問題じゃないと思うんですよ……」


 カウンター奥を覗いてみると、皮を切り開かれ張りつけ状態になっている食材カエルが。冗談抜きでメニューに入っているらしい。鶏肉の味がすると聞いた憶えはあるけれど、それをここで試す気にはなれなかった。


「そ、それはいいから普通のやつでお願いします。できれば魚で――」


 …………。


「どうしたの、遅かったねぇ」

「そいつぁ授業の話か。それとも、料理をとってくるまでの話か」


 どちらにしても手こずっていたわけなんだけど。更に言えば、後ろの件については、現在進行形で心に大きな傷をつけられている真っ最中である。


「わぁ、大きな‟おめめ”ですの」

「テイル……お前も中々に攻めてんなぁ」


 そんな豪勢なモノを望んだわけでもないけれど、そんなに食が豊かな時代にいるつもりもないけれど、スープの中に大きな玉がごろりと二つ。


「‟普通の”って言ったのに、何故に目玉を出されにゃならんのだ」


 もう魚とか関係ねぇだろこれ。――とか愚痴りながらも、出された以上は食べる以外の選択肢なんてないし。正直腹が減ってどうしようもない状態だし。カチャカチャとスプーンを鳴らしてスープを掬い上げる。


「はぁ……で、そっちの授業はどうだった――……っ!? 美味うっまぁ!?」


 突如襲ってきた味覚への衝撃に質問が中断される。スプーンで一口含んだだけなのに、みずみずしい白身の塊を口の中に敷き詰められたかのような旨味が、これでもかと口内に広がっていく。


「やべぇだろ……そんな見た目の料理しか出て来ないのに、絶対美味いって評判らしいぜ……」

「お、おう……。なんだこれ、わけが分からん……」


 ……しばらくの間呆然としていた。一口食した前と後では、目の前のスープに対する印象が180度変わっていた。こちらをジーっと見つめている気がするその目玉さえも、自分に驚きと感動をもたらすのではないかと、どこか期待し始めている自分が怖かった。


「なんだっけ、授業の話だったっけ」

「――っ! あ、あぁ……こっちは驚くようなことばかりだったけど、そっちの授業の感想は?」


「……私は少し退屈だったかなぁ、基本的なことばっかりで。まぁ一番初めの授業だからしかたないんだけどさー」


「こっちは自分と一緒にいる妖精について知ることから始めろだってよ」

「わたくしは妖精さんとゆっくりお話できて楽しかったです」


 一応はどの科も、初歩の初歩から初めているらしい。まぁ、そっちの方はそうだろうな、というのが正直な感想で。どちらかと言えば、そこはかとなく目の前のメンバーの経験値を測る方が目的だったんだけれども。


「もっと凄いのを期待してたんだけどな」

「まー始まって間もないからねー。面白くなってくるのは半年後くらいからかなぁ」


「それは流石に言い過ぎな気がしますけど……」


 ヒューゴの方は図書館でも魔法を使っていたし言わずもがな、アリエスもこの学園に入る前から既に魔法に触れている臭いがプンプンしていた。


「やっぱり俺が一番遅れてるよなぁ……」

「……? ごはん食べたあとは授業もないし、今日はそれぞれの棟を見て回ろっか」




 


「だいぶ歩いたなぁ、今日でだいたい回れたんじゃね?」

「あとは学外の区画だけど、新入生だけで入るのはね……」


 ――そうして、食堂から入学式のあったホールを回り、それぞれの科の棟を一通り回って、いつものグループ室へと向かった時には既に夕方となっていた。


「――どうだい、彼ら…誘って…………は」

「……別に、…………。四人……“伸びしろ”も……。卒業……………立派な……使いに…………だろう…」


「…………ん?」


 向こうから、なにやら話し声が聞こえる。


「先輩、お疲れさまで……す……?」

「あら……?」


 部屋の扉を開けると見慣れぬ人影。というより、そもそもこの部屋に入るようになってまだ二日目なのだから見慣れるもクソもないのだけど。それでも、まさかこの場所に来ることはないだろう、という人物がそこにいた。


「学園……長……?」


「――やぁ、学園での生活はどうかな。楽しめそうかい?」

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